回り出す運命の歯車
ーー翌日、正午近く。
大広場の人混みの中にて、俺の隣に立つ父さんが苦笑した。
「こりゃ、残念な天気のハレの日だなァ」
王都の空は厚い灰色の雲に覆われており、朝だというのにどんよりとした暗さである。そればかりか、ポツリポツリと小雨まで降り出す始末だ。
配られた新品のローブを身にまとって王宮前の大広場に集まったものの、早くも屋内に入りたくなってくる。
しかしすでに大広場には魔法適合者を一目見ようという人々が集まっており、人口密度はめっぽう高い。
「父さん、ごめん。迷惑かけて。」
ぐしゃりと、頭を撫でられる。
俺の手よりもさらに大きな手。
「おいおい、なーに言ってんだ。俺は嬉しいよ、ナイン。キュレアもきっと天国で喜んでる。」
緑色の瞳がきゅっと細まる。笑う父さんの顔が、心なしか眩しい。
口を開こうとしたとき、辺りに鐘の音が響きわたった。
入寮式ーーその式典開始を知らせる鐘だ。
「只今より、入寮式を執り行う。」
ウィレミナ様が昨日と同じ場所に現れ、杖を空に向けて一振りした。すると、上空が光り、ドーム状の青い半透明の膜がみるみるうちに張られていく。雨を遮るためのものだろう。
滅多に見ることのない魔法の奇跡に、観衆から黄色い悲鳴が飛び出す。
「すごいー!!」
「こっ、これが魔法…!!」
「俺、初めて見た!」
「ウィレミナ様!万歳!」
「魔法、万歳!」
ウィレミナ様がスッと手を出し、観衆を鎮まらせる。
「女神に導かれし魔法の申し子よ。我が王国の希望の実りよ。これより、かの十五名を王宮の魔法特区に迎えん。」
王宮の門が再び開いた。
昨日、魔法特区はこの巨大な王宮の中にある、と説明を受けた。
そしてーー、一度入寮すれば基本的に三年間は出て来られない、ということも。
今年の魔法適合者の名前が次々と読み上げられ、階段を上り、王宮の中に入っていく。
「ナイン・オディアール。前へ!」
名前が呼ばれた。
俺も王宮へと歩き出す。
「ナイン!」
父さんの声。
振り向くと、一冊の本が差し出された。
「これは?」
「キュレアが遺した物だ。俺には読めなかったが、もしかしたら魔法に関わる物なのかもしれん。持っていけ。」
「ーーありがとう」
手を伸ばし、古びた書物を受け取る。
「元気でやれよ、ナイン」
「…うん。父さんもね。お酒、飲みすぎないでよ」
父さんがはにかむように笑った。
俺は頷いて、再び前を向く。
王宮へと続く階段を上る。
一歩ずつ、確実に。
王宮に近づいていく。
俺に魔導師の素質があったと、数日前の俺が聞いても、きっと信じないだろう。
人生の歯車が、時に自分の思わぬところで回り、噛み合いーーそして、その後の自分の動きが決まっていく。
これが俗に言う"運命"というものなのだろうか。
得体の知れない、大きな力。
まるで神の掌に乗せられているかのような、そんな感覚を感じながら、俺は王宮の門をくぐったのだった。