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Ocean Blue  作者: 満月おばけ
5/14

2人のフウネ

※12/10 追記

『あの青年は何故いきなり怒ったのだろう』


 いや、有韭には分かっている。あの女(ユエ族)を化け物と呼んだからだ。

 値踏みされていた様子だったとはいえ、話をするつもりで来た青年(フウネ)の地雷を踏んでしまった。知らないが故に踏み抜いたそれは、交渉の余地をも無くしてしまう。


「・・・ごめんな、ユン・・・」


 仄暗く環境の悪い所にじめじめとした湿気。底から這い上がってくる冷気に、気も心も凍てつき始める。

 鬱々とした気分に、有韭は何も考えられないと壁に寄りかかった。冷たい感触が背中からも伝わってきて、このまま凍りそうだな、と一つ息を吐いた。


「大丈夫ですか?博士・・・」


 落胆の色が目に見えて分かる有韭の様子に、ユンは申し訳なさそうに語りかける。


「私が口を挟まなければ・・」


「いや、決定的に駄目にしたのは俺だ」


 ユエ族に対して良い印象は抱いていなかった。母国に居た時からユエ族は化け物だと認識していた。そもそも勤めていた会社も人類至上主義的だったのだ。

 そこがネックになることなど今まで無かった。

 だがきっとそれは、ユエ族と親しい間柄の人物なら良い気がしない事だろう。


「フウネはユエ族の彼女と知り合いなんだ・・化け物と言われていい気はしないよな・・」


 口は災いの元、とはよく言ったものだ。


「実際、フウネに人間嫌いって言われて心が痛くないわけじゃなかったしな」


「そ・・そうですね・・」


 ユンにも思うところがあるのだろう。どこか苦々しい表情を浮かべて有韭に返した。


「反省会、といったところかな?」


 どこか楽しげに金色の瞳が暗闇から顔を出した。音もさせず、滑るように有韭達の前に立ち止まる。いくら呆然としていたからといっても、扉を開閉する音を見逃す筈ではない。フウネが去っていった時も、重厚な音を響かせていた。灯りもなく現れたと言うことは殺すつもりか、と有韭は胡乱げに金の瞳を見上げた。

 ユンも再びの邂逅に身を硬くする。


「・・・何の用だ?」


「何って?これよこれ。ご飯」


 そう言って女は二人分の食事を牢の下へ滑り込ませる。鉄格子の下に丁度いい穴が在るのに有韭は初めて気づいた。暗いのも一因だが周りを見渡す余裕がなさすぎてはいけない。有韭は改めて女に向き合う。

 初めて在った時から主張の強い胸とガラス玉のような瞳。楽しげに弧を描く口元はどこか能面を思い起こさせる。

 張り付いたような、作られたような表情に飄々とした態度。


「お替りもあるからごゆっくりどうぞ?」


 女はそう言って倒れていた椅子を起こして座る。先程フウネがけたたましく転がした椅子だ。奇しくも同じ格好で足を組んだ。深いスリットから足が覗いて見えて、有韭は慌てて食事に目を向ける。

 パンとスープという質素な食事だが、温かく湯気が上がっている。そういえば、朝から飲まず食わずでメサイアまで来た。正直に言うと食事はありがたいが、一つ問題が浮上する。


「・・・毒とか・・ないよな?」


 ふふっと女は笑った。


「わざわざ助けた意味がなくなると思わない?」


 警戒するのは良い事だよ、と女は続ける。


「今君達の処分はどうしたらいいのか、上司も決めかねてるみたいでねぇ?利用価値の高いヒトは大変だね」


 そう言っておかわりと称して持ってきたパンを一つ齧った。毒など無い、と見せ付けるようにペロリと平らげられれば有韭達の喉も鳴る。

 ずっと緊張状態にあって後回しにしてきた食欲は、スープを一口飲み込むだけで堰を切ったように要求し始める。ユンも有韭も終始無言でスープを啜った。


「いやぁ~お見事」


 空になったスープ鍋とパンの入っていた籠を見つめて、女はパチパチと拍手した。

 食事したおかげで体が温まり、今まで鬱々としていた気も幾分か浮上してきた。


「あのっ・・おねえさん・・貴方はユエ族なのよね?」


 ユンが空いた食器を女に渡しながら訊ねる。女はそうだよ、と軽く返した。


「私はユン。魔女よ」


「さっきフウネから聞いた。魔女と博士って珍しい組み合わせだよね~」


 ちろり、と女が有韭に視線を送る。フウネから全て聞いているのかと、有韭は内心冷や汗を流した。


「別にユエ族は化け物だから、私は怒らないんだけどね?」


「ほっ・・・本当に申し訳ございませんでした・・・」


 綺麗な笑みから冷気を感じて有韭は手をついた。女は気にしてない、と構わず食器を片付け始めた。大切なものを取り扱うように、丁寧に丁寧にパンが入っていた籠に収めていく。


「おねえさんのお名前を聞いても?」


 おずおずとユンが訊ねれば、あぁと女がユンに向き直った。


「私はフウネ」


「「え???」」


 ヒュウ族にとってはメジャーな名前なのだろうか。さっきの青年もフウネと名乗っていたが、青年のが偽名だったりするのかもしれない、と有韭は(フウネ)に聞き返した。

 フウネも直ぐに合点が言ったようで、同じだよ、と返した。


「私の名前は青年(フウネ)からもらったから同じなんだ」


 次いで、生まれてからメサイアに来るまで名前など無かったと告げる。


「名前が・・・ない?」


「ユエ族には珍しい事じゃないよ。産まれて直ぐに隔離される場合があるんだ。力が強すぎて制御できない奴もいるから。私がそれ」


「それは・・・・」


 有韭は言葉に詰まった。全てのものが親の庇護下で育てるわけじゃない、それは頭では理解している。

 託卵する鳥類もいる、魚類だって子を見る前に果ててしまうものもいる。ただ人型というだけで、こうも印象が違うものなのか、と少し心が痛んだ。産まれて隔離されて名も与えられず、この女はどうしてきたのだろうか。そして、この女に自分の名前を与えた青年に対して【化け物】と言った自分が恥ずかしくて仕方ない。


「気を使ってくれてありがとう。君達はとても優しい人間だね。だけど私は命令があったら君達を殺すよ。さっき私が君達を殺しかけた事実は変わらない。優しいのが君たちにとっては美徳なのかもしれないけど、それは時に自分の首を締め上げるよ」


 にっこりと笑うとそっと食器の詰まった籠を持ち上げる。なんとも繊細に持ち上げる様が不自然に見えて、有韭とユンは視線で追った。


「寒そうにしていたから、後で毛布でも差し入れてあげよう。楽しいひと時だった」


「待って!!もうちょっとお話を」


 ユンが慌ててフウネ呼び止める。フウネはユンと有韭を見て笑みを返した。


「上司は最期にチャンスをあげると思うよ?それがホントの最期。だけど殺す気は無い。()()()()()()()()()()()()()()。それは覚えておきな」


 そう言い残して、フウネは闇の中に溶けていった。



フウネが去ってから数刻、言っていたとおり毛布が差し入れられた。

ありがたい、と二人は届いて早々に包まる。これで幾許か寒さが薄れてくれれば体を休めることが出来る。そして、今後についても考えておかねばならない。


『生きている限り価値がある』


有韭はふとフウネが去り際に残した言葉を思い出した。

フウネが言い残した言葉を鵜呑みにするのであれば、有韭にはまだ交渉の余地があるはずだ。

生きている限り、というのがどういう意味なのかは解りかねるが死体に用は無いだろう。

利用価値と言っていたから、有韭の勤める会社に対しての人質としてもありうる。

結構手広い商売をしていたはずだ。表向きは製薬を生業としていたから、そういった医薬品関係の融通かも知れない。主に人間向きだが、亜人種にもいくつか効果があるのも実証されている。


「・・・博士」


うんうんと唸っている有韭に、ユンが話かける。

どうした、と返せば、ユンも考えながら言葉を続ける。


「ちょっと整理したくて・・・博士はこの後どうするおつもりですか?」


「確かに完全に巻き込んでしまったな・・・ユンだけでも帰してやりたいんだが・・・」


「それはいいんです!私がやりたい様にやっているだけなんですから!!

それよりも今後どうするか、です!!」


ユンは鼻息荒く反論した。


「ともかく、博士は交渉をしたいんですよね?どんな交渉をしたいんですか?」


「・・・どんな・・・か・・・」


有韭は苦笑した。

交渉をしなくては、と意気込みはあったものの内容までは考えていなかった。

具合的にどうすればいいのかまで考えがたどり着けていなかった。

このまま交渉したところでは相手にされなかったな、と独り冷や汗を流す。


「そうだな・・・一先ず護衛を借りたいな・・・」


「護衛?・・ですか?」


ユンはきょとんと目を見開いた。何かと戦うのか、と次いで問う。


「ここまでフード男が居なかったら辿りつけなかっただろう?俺にはユンみたいに空を飛ぶ魔法も無いし、戦えるほど武道に心得があるわけじゃないんだ」


「はぁ・・・それで護衛をつけてどうなさるんです?」


腑に落ちない、とユンの目が物語っていたが有韭は構わず言葉を重ねた。


「実は・・・神の遺産(ブルー・ノート)は一つだけじゃないのが解ったんだ」


これぐらいの情報なら大丈夫だろう、有韭はユンに告げた。

考古学者の間でもいくつか指摘されていた事だから、機密でも何でも無い。

海底から引き上げられた悪夢の始まりは神の遺産(ブルー・ノート)としては大きい欠片だったが、それでは完成されていない。絶対に完成させるパーツが点在しているはずだ。


「他の神の遺産(ブルー・ノート)を回収するか、回収しようとする会社側の妨害をしたいんだ」


「・・・発表してはならない、でしたね・・・」


ユンは有韭と出合った時の言葉を改めて口にする。


「護衛を借りるのは何でヒュウ族なんです?傭兵じゃだめなんですか?」


「それは・・・だめだ」


「何故です?」


「傭兵は金で雇うだろう?それだけの金も無いって言うのが一番だが、裏切りが一番怖い。

その点で言えば、ヒュウ族と協力関係になれる可能性の切り札を持っているからな」


交渉しだいだけどな、と有韭はそっとため息をついた。


『大丈夫だ。今のメサイア外交官なら食いつく』


メサイア行きを推した友人の声が脳内に響く。

その友人が与えてくれた知識を活用して何とかしなくてはならない。

外交上手の外交官に小手先の話術なんかでは歯が立たない、それなら馬鹿正直に話すだけだ。


「ともかく、今は体を休めておこう。いざといういう時に動けなくては元もこうもないしな」


ユンと有韭は冷気が入り込まないよう丁寧に毛布を巻きなおし硬い石畳に横になった。











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