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Ocean Blue  作者: 満月おばけ
4/14

白きメサイア

 さやさやと柔らかな緑が風に揺る。

 空は気持のいいくらいの快晴で、髪を揺らす風が心地いい。


『俺は・・・・死んだのか・・・・』


 つい先程まで雪の残る山脈に居たのだ。それも空から堕とされたはずだ。だからこの景色はありえない。

 天国は豪く何もないのだな、と有韭はどこまでも続く草原と空を見つめた。

 暫くしてカンカンと小気味のいい音が聞こえてきた。その音は楽しげで、それでいて時折熱気も含んでいる。


『何の音だ?』


 有韭は他にすることもないので、その音がする方向に向かうことにした。

 音が近づくにつれて、楽しげな笑い声も聞こえる。


『どうした!!これで終わりかっ?』


『っ・・・・まだまだ!!』


 今までカンカンと軽い音が、ガツンっとした重い音に変わる。大の男が棒を振り回す様子は、遠目で見ても分かる。試合だ。それもチャンバラごっこでは済まない、本気で倒す気でいる実践重視の。

 棒の長さから、一人は槍で対峙しているもう一人は剣といったところだろうか。

 中々の白熱っぷりに、有韭はもう少し近づいて見たくなった。


『…ねぇ?』


 一歩、もう一歩と歩みを進めるうちに声をかけられた気がした。誰だろうか、と有韭が振り返れば声の主は愉快そうに口角を上げる。金色に輝く瞳には見覚えがあった。


「お前はっ!!!」


 有韭が声を上げたところで視界が一変する。気持のいい草原は見る影もなく、唯の暗闇へと変わる。

 足元も沼の様にぬかるむと、ずぶずぶと有韭を飲み込んでいく。


「っ!!やめろ・・・・・やめ・・・助けてくれ!!!!」


 ねっとりとした暗闇は、有韭の懇願も虚しくとぷんっと全てを飲み込んでいった。






 ツキンと鋭い痛みで有韭は目を覚ました。

 視界は未だ暗くぼんやりとした灯りがあるな、としか認識出来ない。

 次いで鉄格子が見え、捕まっているのは明らかだなと顔を歪める。


「…っううぅ…」


 どこか痛いのかはっきりせず、有韭はうめき声だけを漏らした。

 すると、ユウク博士?と小さい声が近くから返ってくる。聞き覚えのある声に顔を向ければ、ユンが膝を抱えているのが目に映った。

 助かったのか?と有韭は慌てて身を起こす。


「無事か?怪我はないか?ユン」


「はい、大丈夫です…」


 博士は?と目で訴えられて、有韭は大丈夫だと頷いて見せた。覚醒して、自身がとても寒い環境に置かれてる事にようやく気づく。息も白く、落ち着いてきたからこそ体温が一気に下がるのを感じた。

 時折天井からポタリと身を刺すような雫が落ちてきて、最初の痛みはこれか、と独りごちた。


「ここはどこだ?良くあの高さから落ちて助かったな??」


 女に空から落とされたのだ。例え下が柔らかな雪だったとしても、即死していたことだろう。

 何より、人ではない者の国だ。常識では測れないだろう。


「普通に考えて助かるなんて有り得ません・・・・助けられたんだと思います」


 カタカタと歯を鳴らしてユンは膝を抱えなおしながら答える。


「あの場に居たあの人(ユエ族)・・・・」


「アイツが助けたっていうのか?何でまた・・・」


 助ける義理なんかないはずだ。何より、話の通じる感じすらなかった。

 人の姿をした化け物。感情は読み取れなかったが、落ちていく様を楽しんで見ていたに違いない。


「理由は分かりません・・・でも殺す気はなかったんじゃないかって思うんです・・・」


 彼女から殺気が感じられなかった、とユンは続ける。


「そうか?まあ客観的に考えれば、侵入者を排除したってだけなのかも知れないが・・・

 しかしそれだと何故助けたかが・・・」


 無意識にポケットを弄れば、大事な物の感触がしない。

 命よりも大事なメモリが無くなっていた。


「っ!!!ないっ!!!ない!!!・・・あの時かっ!!???」


 ポケットを裏返しても大事なメモリは見当たらず、顔から血の気が引いていく。

 交渉が出来るとしたら、あのメモリが必要だ。メモリ内のセキュリティは万全にしてあるが、実物が無ければ交渉の余地など無い。今度こそ、あの化け物(ユエ族)に消されてしまう。


「ユウク博士?」


「ユン・・・助けた理由なら心当たりがある・・・俺の持っていた【ZERO暦】の情報だ」


「え?」


「発表するはずだった情報・・・大分注目をされていたみたいだからな・・・ヒュウ族が知っていても可笑しくない・・・」


「・・・成る程・・・確かにその情報が目当てならユウク博士は必要ですね・・・」


 人類が分からない歴史を紐解いているんですから、とユンが思考を巡らす。


「紐解いている、とは言えない・・・出てきた遺産の解析をしただけなんだ・・・」


 そしてそのデータを持って逃げ出した。


「発表できない代物なんだ・・・それは世界の為にも良くない・・・」


「内容を詳しく聞いても?」


 ユンは単純な好奇心で聞いているのだろう。ランランとした目で問いかけているのがわかる。


「済まない・・・一方的に巻き込んだとしてもそれだけは言えない」


 そういう物なんだ、と付け加えれば残念そうな声が聞こえる。


「そうですか・・・分かりました。博士の立場はいまいち分かりませんが、博士を信じます」


 ありがとう、と返せばユンはにっこりと笑みを返してきた。


「なんていったって博士のファンですからね!!」


 そうとなったらここから逃げ出しましょう、と気持を新たにする。


「・・・しかし如何しましょうか」


 う~ん、とユンは思考を巡らせる。


「魔法で何とかはできないのか?一先ず鍵を開ける・・・とか」


 魔法が使えるなら使ってます、とユンがカタカタ震えながら返した。それもそうか、と有韭も体をさする。これだけの寒さだ、標高が高いのかメサイア国自体の気温が低いのかも知れない。

 狼に似ている、と聞いているから毛皮を背負っているのなら気温が低いほうが丁度いいのだろう。


「何より逃げたとしても戦闘になりますよね・・・?」

 私戦うの苦手なんです、とユンはますます体を縮込ませる。


「さっきのユエ族のお姉さん倒せませんよ・・・なんですかあの戦い方~」


 隙が一瞬も無かった。魔法を編む仕草も、計算をしている様子も見せなかった。

 まるで呼吸をするかの様に使ってたのだ。


「魔法には詳しくないんだが・・・やっぱり違うのか?」


「違いますね」


 きっぱりとユンは答える。


「私達みたいな魔女は、自然にある魔力を使って魔法に変換しているんです。ええと・・・有韭博士の国に魔法はないから・・・・例えるなら・・・マッチ?」


 火を起こすあの道具です、とジェスチャーで問いかけられる。有韭はあっている、と頷き返した。


「燃えやすい薬を擦って火を起こしている?って認識でいいですか?」


「あぁ。簡単に説明すると、木の軸の先端に燃えやすい薬をつけて、火を起こす薬の塗ってある所を擦ることで熱を発生させて発火させている」


「魔法はその薬の部分なんです」


 薬よりも単純ですが、と補足する。


「燃えやすい魔法と着火させる魔法を足して火が着く。だから計算が必要なんです」


 規模が大きくなればそれだけ演算も負担がかかる。また自然にあればいいが、無ければ自分の魔力で代用する。魔力量が多ければ優れた魔女だ、と言われるのはそのせいだ。優秀な者は場所を選ばない。


「でもユエ族は違いました。いえ、ユエ族は有り得ない者の集合体の総称なので、あのお姉さんが特殊なのかもしれませんが・・・」


「どういうことだ?」


「個の魔力量に底が見えませんでした。あと、魔法も違うんです・・・なんて言ったらいいのか・・・まるで体の中に魔道書の図書館があるみたいな・・・」


 初見の感想ですが、とユエは渋面を作る。

 ともかく戦闘は避けるべきだ、と有韭に力説しているところに重厚な扉が開かれる音が響いた。

 もう一度したか、と思えばコツコツと誰かが近づいてくる。

 ユンと有韭は一気に緊張が高まった。口を割らされて殺される、と気が気ではない。

 ぼんやりとした灯りも足音と共にやってきて、暗闇に目が慣れていた二人には少し眩しく感じた。

 足音は二人の前で止まると、何やら言葉をかけてきた。話しかけられて居るのだろうが、言語が分からない。ユンも魔法の補正が無いからか困った顔を有韭に向ける。

 足音の主は舌打ちをすると、今度は言語を変えて話しかけてくる。


「何故、メサイアにきたんだ?」


 今度は理解できる言語が、声変わりして間もないような若者の声で再生される。


「は?」


 え?ジャポン語?と返せば、もう一度舌打ちが返ってくる。


「お前はそこの出身だろう?違うのか?」


「いや、まさか話せるとは・・・ええと・・」


 今度は、はぁ~、と深いため息が返ってきて鋭い目で睨まれる。

 ぼんやりとした灯りでキラキラと輝く銀糸の髪を、ガシガシと乱暴にかいた。

 下から見上げる形だから、より一層見下されているように感じる。

 ユンとは共通語である世界語(バベル語)で会話をしていた。そのせいで、彼女自身ジャポン語は分からないようだ。彼にその言語で話してくれ、と頼めばもう一度大きく舌打ちが返ってきた。

 その若者は長くなると思ったのか、どこからか椅子を持ってきて有韭たちの居る牢の前に座る。

 灯りが足元にあるせいで、はっきりとした姿は捉えられないが顔が整っているのだけは分かる。何より、彼の瞳はユエ族の女を連想させる金の瞳だった。


「もう一度聞く。何故メサイアにきた」


「・・・友人の勧めだ。逃げるならメサイアにしろと・・・」


「とんだ友人を持ったもんだな?」


 はんっと鼻で笑うと、彼は長い足を組みなおした。ちょっとした仕草から、気位の高さが分かる。

 うまく彼と話が出来れば、王族とも接触できるか?と有韭は確率の低いことを考える。


「今俺は重要な情報を持っている・・・王家の人と・・・せめて外交の窓口になる人物と話しがしたい」


 ぴくり、と彼が反応した。


「俺は、高槻 有韭という。研究者だ。海から引き上げられた神の遺産(ブルー・ノート)の分析を行っていた」


「知っている。今世界中でお前の捜索がされている。厄介なことを持ち込まれるのはごめんなんだ」


 面倒くさい、と彼は零した。


「人間嫌いの国だから捜索に人間は来ない、とでも踏んだか?人間嫌いが故に、面倒になるならさっさと引き渡す可能性の高い国がメサイアだ。人間の問題は人間で解決してくれ」


 彼は名乗るわけでもなく、純粋に思ったことを口にしているのだろう。しかし、有韭の顔をまるで値踏みするかのように見ている気がする。ユンはそう感じて、二人の間に割って入った。


「私はユン。魔女よ。ユウク博士は事情があるみたいなの・・・話だけでも」


「断る。聞く必要性を感じないな?」


 試されている。有韭は本能的にそう感じた。


「せめて名前くらい名乗ったら如何なのよ!!」


 ガツンと感情に任せてユンが牢の鉄格子をつかむ。


「そもそも!!!事情も聞かず、名乗りもしないで突き出すならこんな話に来る必要も無いでしょ!!」


 ふはっ、とヒュウ族の若者は笑いを漏らした。


「最初に聞いたぞ?何でメサイアに来たかってな?その問いに答えてないのはそっちだろう?名前は・・・そうだな、フウネという」


「フウネ?・・ん・・聞いたことがあるような・・ないような?」


 ユンはあれ?と首をかしげた。フウネはそんな事どうでもいい、と言わんばかりに有韭に向きなおす。

 答えを待ってくれている。友人の薦めでは答えになっていない。人間の問題は人間で解決しろ、とも言われている。だからそう言った類の説得には応じないのだろう。今手元にはないメモリーの内容を一部言えばいいのか。恐らく空から落とされた時に無くしたであろうメモリーに・・・・


『ん?あれ?』


 そもそも、なんで国境を越えて直ぐに攻撃を受けたんだろうか。一度目は手加減されていたとはいえ、国境に片足を踏み入れた程度だったはず。それを察知して攻撃するのは、あのユエ族には可能だったのだろうか。


「厄介ごとを持込む気があったわけじゃない・・・確かに人間の不始末だ・・・だから解決するために力を借りたいと思ってきた」


「・・・・力を貸す?何故?こちらに何のメリットがある?」


「もはや人間だけの問題じゃなくなったからだ」


 それを説明する前に、一つ聞きたい、と有韭はフウネに近づく。


「ユエ族の女の攻撃するタイミングが可笑しい。片足を国に踏み入れただけで攻撃は可能なのか?」


「・・・・なるほど?」


 フウネは意地悪そうに微笑んだ。


「俺は人間だからな・・・他の種の常識は知らないが、上空は雲もなく見通しが良かった。だからこそ、攻撃できる位置に居たのなら分かったはず。しかし、女は死角から攻撃を当ててきた」


 見えていないからこそ急襲が成功した。逆に言えば死角にいたユエ族には有韭たちは見えていなかったはずだ。それが成功しているのなら、ユエ族は初めから有韭達が来るのが分かっていたことになる。


「あまり考えたくは無いが・・・誰かから情報が漏れているのか?」


「あぁ、成る程・・・そう考えるのか」


 危機感はあるんだな、とフウネは返す。


「答えはNoだ。まぁギリ及第点をやるか・・・仮にお前の言う情報をリークするやつらが居たとしても、お前達が国境を越えるタイミングは分からないだろう。計算したとしてもその予定通りにたどり着けるかは自分達が良く理解しているのでは?」


 確かに、と有韭は冷や汗を浮かべる。たまたま怪しげな協力者が居たから、何とかこられた。

 何故協力したのか、どこに逃げたのかは不明なので、怪しさは倍増したがフード男のお陰だ。

 そうなるともう一つしかない、()()()()()()()()()()()


「ユエ族は・・・本当に化け物か・・・」


思わず呟いてしまった。それがいけなかった。フウネはピクリとその言葉に反応すると、ガツンと思いっきり鉄格子を蹴りつけた。大きな音が響き、その力で鉄格子がぐにゃりと歪んだ。

勢いよく立ち上がったのか椅子もけたたましく音を立てて転がった。一瞬に起きた殺気で訳が分からず、ユンも有韭も呼吸を忘れて壁ギリギリまで慌てて下がる。獲物を追い詰める獣の殺気とでも言えばいいのか、一瞬でも気を許したら狩られる恐怖が全身を襲う。


「・・・今度アイツの事を化け物呼ばわりしたら殺す・・・」


行動とは裏腹に冷やかな声が落ちてきて、フウネは有韭にポイっと何かを投げて寄越した。


「・・・え?あ・・・」


なくなったメモリーだと気づくと、フウネの顔を見上げる。


「・・・・・」


フウネは有韭を一瞥すると灯りを持ってその場から去っていった。彼の足音の先には騒がしく、人の声が複数聞こえた。きっとさっきの騒音で身の心配でもされているのだろうと、と想像に容易い。

有韭は大事な交渉の場を、自分で閉ざしてしまった、と呆然と彼が去った方向を見つめた。































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