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Ocean Blue  作者: 満月おばけ
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空の彼方

びゅうびゅうと音を立てる風の声に、ふらふらと進む箒。

高度がかなりあるこの場所で、縋れるものが棒だけとは心もとない、と有韭はため息を零した。

フード男が何をしたのか分からないが、追っ手が来ないことを見ると見た目を変化させたのかもしれない。

ちらりと目線を向ければ、フードを目深に被ってるせいで顔すらも見えない。

この男も化け物(ユエ族)の存在を教えたきり、一言もしゃべらなくなった。

ユンはユンで集中してないと飛べないらしく、ぐぬぬと厳しい顔を保ったままだ。

飛行に酸素の調整、この分だと風の抵抗に関しても魔法で何とかしているのだろう。魔法がどんな原理で動いているかは知らないが、同時進行で何かを行う事の難しさは身にしみている。

無言が空気を重くしている気がしてならない、と有韭は思い切ってフード男に話しかけた。


「なぁ…あんた。ユエ族に会って何を確かめるんだ?」


フード男は視線をちらりと向けると、何事もなかったように直ぐに前を向く。

話すことなどないって事か、と有韭が内心腐っていると声が返ってきた。


「…別に…」


ただの見物だ、と消えそうな声で呟く。


「知り合いでも探しているのか?」


なんとなくそんな雰囲気がして有韭が返せば、詮索は好まないとでも言いたいのかぎろりと睨まれる。

紅い瞳がさらに燃え上がったような気がした。


「…見えてきたな…あの山脈を越えればメサイアだ」


先程の瞳とは反対に冷やかな声で、高い山脈をフード男は指差す。

その方向に目線を向けば、白銀の山脈が広がる。有韭たち自体ずいぶんな高さに居ると思うのだが、降りたてるくらいの高さだ。山脈というだけ在って先のとがった峰が幾重にも重なっているのが見えた。

土地勘がなくても、霊峰という名を冠しているだろうと分かる程、白銀に覆われ気高く聳え立っていた。


「…山の上は唯でさえも風が予測しにくいのに…」


本当にあの上を越えるの?とユンがフード男に叫ぶ。余裕のなさが見て取れた。


「最短でいきたいのだろう?」


フード男はあきれた様に笑った。


「すまない、ユン。もう少し堪えてくれ」


有韭がユンに伝えれば、素直に「分かりました、博士」と声が返ってくる。フード男との対応の差に少し苦笑した。

正直有韭も早く空の旅を終わらせたかった。理由はいくつかあるが、地に足が着いていないと今後のことを考える余裕もない。

何事もなくここまでこれたせいで気が緩んでいたのかもしれない。

箒が山脈を越えた瞬間、有韭が視界に捕らえたのは地面へと真っ先に落ちていく箒とユンの姿だった。

当然有韭自身も落ちているのだが、何があったのか分からず天を仰ぐ。

恐らく先程まで居た高度だと思うが、フード男の足の裏が見える。はるか高い高さで何かと対峙していた。


「ううううううっ…上がれ上がれ上がれ上がれ上がれ!!!」


ユンは顔を青くさせて、しきりに叫んでいた。このままでは墜落する。二人して即死は免れないだろう。

その下に居るのは人間嫌いの亜人だ。死体すら食われて何も残らないかもしれない。


「こんのっ…あがりなさいよーーーーー!!!」


火事場の馬鹿力というべきか、ユンの叫び声とともに箒の矛先を平行させて何とか上昇させた。

バクバクと鳴る心臓と、ぜえぜえといした息遣いからユン自身もギリギリだったことが伺える。

冷や汗が止まらないユンと有韭の耳に響いたのは、パチパチと楽しげな拍手だった。


「すっごいねぇ?あれからよく持ち直したねぇ?」


フード男とは違う女の声だ。虚ろな目で声の主を探れば、嫌でも目に付いてしまう。


「…おっぱい……」


言うなユン、と心の中で有韭がごちた。

見ただけでもセクハラになりそうな見事なものだが、有韭はあえて見ないよう視線をさ迷わせる。

主張が激しすぎて、どいんとした効果音まで聞こえてきそうだ。

見ないように見ないようにとし、別の意味で見てはいけないものを有韭は見つけてしまった。

月だ。大きく月の形があしらわれたベルトをしている。

あ、と声を上げれば、女はガラス球のような眼を細める。金色の蛇のような瞳だ。


「ようこそメサイアへ」


上空だということ忘れそうなくらい、女の周りは静かだった。

道端で話しているような安定感もあり、風の抵抗を一切受けていないことが見て取れる。

フード男は助けてくれないのか、と視線を巡らせれば女がにたりと笑った。


「もしかして彼をお探しかな?残念…私も逃がしちゃったんだよねえ」


「「はあ!?」」


あんにゃろう逃げやがったな、とユンはメラメラと炎を燃やした。次にあったら唯じゃおかない、ああしてこうして、とぶつぶつ続ける。


『次があったらな』


有韭は目の前に居る女が化け物(ユエ族)だと気づいていた。

区別の為でもあり、力を抑える為だと聞いたこともある月のアクセサリー。

生物学者はそんなに怖いものじゃないとも言っていたが、対峙して分かる。これは異物だ。

人の形をしている、しかも女でナイスバディだが、目がガラス球だ。

楽しそうに口は弧を描いているが、感情が一切読み取れない不気味さがある。人形が話しているような奇妙な感覚だ。


「…なるほどなー…」


女は何か納得した様子で呟くと、ユンと有韭は衝撃を受けた。

一瞬過ぎて何が起こったのか理解できなかったが、今度はユンも有韭も箒も猫もバラけるように落下していく。頼りの箒もユンもいない有韭に、なす術はなかった。

落下して行く中、あの女が叩き落としたのかと理解できた。手は一切出てなかったので、魔法なのだろう。

フード男が使ったような呪文もなく、ユンがやるような計算もしていなかった。ノーモーションでの魔法。


『チートじゃねえか』


薄れゆく意識の中で、有韭は悪態をついた。



















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