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Ocean Blue  作者: 満月おばけ
2/14

逃走

簡単に食事を済ませ、目を覚ますためにコーヒーを啜る。

緊張と不安で正直吐き気がひどいが、次に食事が出来るのはいつになるかわからない。

補給用の携帯食料を忍ばせてはいるが、足りなくなるのは目に見えている。

高層のホテルから見下ろす世界は、有韭の心とは裏腹に朝日と新緑が眩しく輝く。

世紀の発表とのことで、色とりどりの花で飾られ祭りのような喧騒が見て取れる。


「おはようございます。高槻博士…お迎えにあがりました」


スーツをかっちりと着込んだ2人の(SP)が有韭に声をかける。

がたいの良さが見て取れる男たちは、母国語で話かけてきたところを見ると会社で雇った者達だろう。


「もうそんな時間か」


「時間としては少し早いのですが…マスコミも集まっておりますし、安全上早めに移動された方がよろしいかと」


そうか、と呟いて席から立ち上がる。

なるほど理にかなっている。通常時であればその仕事の有能さを褒めたいくらいだ。

今ほど、そのプロ意識を恨みたい時もないが。

男達は有韭を守るよう両脇に並び歩み始める。


「車を用意してあります。こちらです」


「裏口?」


「マスコミが張っておりまして…従業員口から出るよう手配しております」


「わかった…」


いよいよだ、と気を引き締めなおせば2人の誘導するまま車に乗り込む。会見前にインタビューをもらおうとする連中が、人が出入りすたびフラッシュを点滅させる。

なるほどホテルの出入口は出れたものじゃないな、と横目にホテルを後にした。


部屋においてきたPCは初期化しデータは何もない。さすがにハードディスクを壊しては怪しさ満点なのでしなかったが、会社に没収されるのは間違いないだろう。

後は着替えなどの衣類か…許されるのなら着替えをいくつか持って出たかった。


「会場までは30分程度で着きます」


運転手が業務連絡として告げる。

気になるのは会場の警備だが、要人に教えてくれるものだろうか。


「すごいマスコミだが・・・・会場はもっと凄そうだな・・・・」


と苦笑交じりに話せば、運転手の男が話に乗ってくる。


「世紀の大発見ですからね!私もこうして会場へお連れできるのは名誉なことです」


ZERO暦は男のロマンですよ、と続けた。


「会場の警備ならご安心ください」


運転手に続き、有韭の右隣に座ったSPだ。情が移るのも嫌なので名前は覚えないことにした。

わかり易いようにAとでも仮称しよう。


「会場までは私達が付き添わせて頂きます」


「会場の警備も万全です。セカンドの兵士たちが担当してくださっています」


Aに続きBも続ける。


「セカンドは中立国です。兵士も人間から亜人まで幅広くおりますし錬度も忠誠心もあります」


滅多なことでは警備が崩れることはありません、と力説する。

それが有韭には最悪でしかなかった。


(逃げ出すには会場に入る前じゃないと無理だ)


だがどうやって、と頭を抱えるうちに会場が視界に入る。

マスコミ用に張られた規制線、一目でも有韭を見ようとする群集。

車は無慈悲にも有韭に考える時間を与えず、戦場へ降ろそうとする。


(俺が何とかしよう、確かいいましたよね岩崎さん)


有韭は考えることもできない真っ白な頭で友人に独りごちる。

車が減速する、キッと鳴る金属音、変わるギア、その一つ一つが走馬灯のようにゆっくりと感じられる。

逃げる、逃げねば、ここから、そんな言葉で頭が埋め尽くされていく。

やがてBが扉を開け有韭に降りるよう促してくる。自分の考えとは裏腹に動き始める時間。ちぐはぐな思いで動きはじめる自分の足。右足、左足と順序良く赤い絨毯に降り立たされる。

会場まで続くこの赤は、世界の破滅にまで続いてそうでぞくりとする。

向けられるフラッシュライトに連呼させる名前。今まで聴いたことのない黄色い歓声が血の気を引かせる。


「有韭博士、大丈夫ですか?」


「すまない…緊張してしまって…いこうか」


このまま会場に行くしかないのか、と有韭が歩みを始めた時だった。


ドカン!!!

乾いた破裂音が響いた途端、黄色の歓声は悲鳴へと変わる。


「なんだ!!!????」


近くにいたBが怒鳴る。


バァン!!!ドカン!!!!と破裂音が連続する。

立上る炎と黒煙に爆発だと気づいた。会場の周りにいた群衆は悲鳴をあげて逃げ惑う。規制線などもはや意味はない。

誰かがテロだと呟き、誰かが火を消せ、と捲し立てる。誰もが冷静さを欠き、傍に控えていたSPも人ごみに流される。


(まさか、岩崎さんあなたか!?)


そんな不穏な気持ちを覚えたが、有韭にとっては好機だ。人にまぎれて会場を後に出来る。

勢い良く燃える炎と黒煙のせいで視界も悪い。


「っ!!!くそっ!!!」


ちくちくと良心が痛んだが、自分の社員証を燃え残りそうな場所へわざとおき上着を脱ぎ捨てる。

あえて向かうように黒煙に飛び込む。悲鳴に混じって有韭を探す声が響いてきたが無視をする。

せめて反対へ、会場よりもはるか遠く。希望するのは港だがこの騒ぎで船が出る可能性はないだろう。

遠くへ遠くへ、それだけで走った。



どれくらい走っただろう。

悲鳴を上げる肺に少しでも酸素を入れようと暗い路地裏に身を潜める。

ぜぇぜぇとする呼気と、いまだ爆発の続いている町の喧騒が聞こえる。少ししか離れてはいないが同じように避難してきた人が多数いる。幾分安全なところだと知ってほっとしつつ、ここからどうすればいいか考えねば、と腰を下ろした。


(岩崎さんがやったにしては規模が大きすぎるな・・・・)


少し冷静になったところで検証すれば些か腑に落ちない。

そもそも爆発物を仕込んだところで、警備が厳しくなっているのだから見つかってしまうのでないか。

自分で言うのもなんだが、世界が注目している案件だ。セカンドにとっては不名誉極まりないことだろう。そして注目の博士が行方不明になる。名誉回復のため、全力でセカンドは有韭捜索に力を入れる事だろう。早く国外に出なければ連れ戻されてしまう、そんな事を考えているとどこらか視線を感じた。

視線の主を探すと、一人の少女と目が合う。一匹の猫に手には箒。それは昔絵本で見たとおり、魔女だ。

その少女は目をキラキラと輝かせて有韭に近づく。


「あなた…もしかして!!!!たかtむがぁ!!」


大声で名前を呼ばれそうになり、あわてて口を塞ぐ。

むぐむぐと言う少女に、頼む静かにしてくれと囁けばこくりと少女はうなずいた。心なしか顔が赤く、涙ぐんでいるようにも思う。

犯罪者、の文字が脳裏に浮かび、少女をあわてて開放する。

友人が見たら間違いなく通報されたことだろう。おじさんが少女を羽交い絞めにする、とんだ痴漢だ。


「事情があって隠れてるんだ。すまないが騒がないでくれ」


「あの・・・・ユウク・タカツキ?あってますか?」


たどたどしく少女が小声で話しかける。そうだ、と返せばパァァァと音が鳴りそうなくらい目をキラキラさせて捲し立てる。


「私あなたの大ファンなんです!!!前から神の遺産(ブルー・ノート)には興味があって!!でも中々発見されていないし、古文書とかの解読にも尽力されていた、とか!!今回の発表だって!!!」


「すまない静かにしてくれ…」


しーっと人差し指を口元に立てれば、すみませんと返す。


「私、ユン…ユン・S・エリート。ユウク博士はどうして隠れているんです?」


「…今回の発表はしちゃだめなんだ…神の遺産(ブルー・ノート)は名前のとおり神の物だ」


「良く分からないけど・・・・・えっと・・・・どうするつもりなんです?」


「…南に…メサイアに行きたいんだ…逃げないと」


そう呟いて、はっと有韭は我に返った。見ず知らずの少女に言うべきことではなかった、と後悔する。


「忘れてくれ、長く休みすぎた…もう行かないと」


「待って!!」


その場を離れようとする有韭に、ユンと名乗った少女が引き止める。


「さっきあなたを探している人を見ました。すぐ近くにいると思います」


「えっ?」


驚いて立ち止まれば、遠くから有韭の名前を呼ぶ声が耳に届く。

この声はたぶんAの声だ。カツカツと革靴の音が岩畳に響いている。その音は今いる有韭のすぐ傍まで迫ってきていた。

まずい、と有韭は青ざめた。思わず物陰に隠れるように体を縮み込める。心臓がやけに煩く喚くが今飛び出すわけにも行かない。たまたまAだっただけで、警備に当たっていた人員が動員されるのも時間の問題だ。

靴音はさらに近づき、刻一刻と迫ってきている。


「ラヴィッチ…」


ユンは小声で猫に話しかけると、分かったとでも言うように飛び出していく。

うわっ!!とAの声が聞こえた。


「何だ猫か…しかしこのあたりは静かだな…大通りの方かなやっぱり」


Aはため息をひとつついてその場を離れていく。

こちらの路地にAの意識が向いたらどうしてくれるんだ、と冷や冷やしたが彼女なりの援助なのだろう。

ありがとう、と彼女に言うと箒にのるように促す。


「本当は一人乗り用だけどつかまって!!大丈夫この町から飛び出すくらいはできるから!!」


おいでラヴィッチ!!と猫を呼び寄せれば、にゃんと一鳴きし肩に飛び乗った。


「早く!!」


「わ・・・分かった・・・・」


不安でしかないが藁に縋りたいのが実情だ。

そろりと箒にまたがるとよたよたと上昇し始める。

コツン、カツンと壁にぶつかり衝撃が酷い。ふらふらと視界が開けてくると、遠くから何か近づいてきているのが見えた。

有翼族じゃないのか、とユンに話しかければそれどころじゃないと返ってくる。


「集中しないと落ちちゃうの!!はなしかけないでっ!!」


「は!?でも…」


ぎゃあぎゃあ、と鳥の群れが近づいてくる様は、どう見ても箒に向かってきている。

セカンドの警備隊ではないか?

有韭を探すのに、空から探す部隊がいてもおかしくはない。これは見つかったか!!と有韭も腹をくくった。


風よ暴れろ(カテギダ)


鳥に向かって強い風が吹く。群れはその風でバラバラに散らされる。


「何をしている!!今のうちの鳥に擬態しろ!!」


フードを目深かぶった、声からすると若い男が怒鳴る。


「それができたらとっくにそうしてるわよ!!」


話しかけないで!!とばかりにユンも怒鳴り返した。チッと男が舌打ちする。

風よ暴れろ(カテギダ)、ともう一度唱え男は有韭達に向かいあう。


我羽ばたく(オフサルマパティ)鳥なり(・プリ)


何かされたのだと思うが正直何をされたのか分からない。

男は自分にも同様に唱え、ユンの余裕のなさを見て有韭に話しかけた。


「どこに行く?」


「…なぜそれを聞く?あんたは何者なんだ?」


「警戒心はあるんだな…一応」


ふん、と男は鼻で笑った。そして、そうだな、とよたよた飛ぶユンの箒についてくる。


「発表されては困る者、とでも言っておこうか」


「…名乗らないんだな?」


一先ずは味方、ただし今だけとでも言っているかのようだ。


「…メサイアだ」


先ほどの男の行動を考えて見れば助けてくれたのだと思う。

有韭はここを離れられればひとまずよかった。空の旅になるとは思わなかったが、ここでこの男が護衛でもしてくれれば助かる。


「…人間嫌いの国にいくのか?わざわざ?」


「…友人からの勧めだ…」


正直なところ、人間社会しかしらない有韭には恐怖しか抱かない亜人の国だ。

何の縁か知らないが、魔女にも初めて出逢ったし、この男も人ではないのだろう。

話して見れば、案外人と変わらないと思いつつ、さっきの魔法には恐怖を覚える。

何もない所から事象を生めるのは科学者には理解できない。


「さっきのはなんだ?魔法か?」


「古い知り合いの真似事だ。わりとうまくできたな」


は?と有韭が眉を潜めれば、男は気だるそうに口を開く。


「…メサイアまでは護衛してやろう…確かめたいこともあるしな」


「それはどうも…しかし…確かめたいこと?」


「知らないのか?メサイアは化け物を飼ってるんだ…有名な話だが」


「ば…化け物?」


化け物の中の化け物(ユエ族)だ」


(あんのっ生物学者!!)


生物学者がにやにやして笑っている様子が見て取れて、有韭は頭を抱えた。









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