星の追憶
異世界のごちゃごちゃした感じを出せたらいいなぁと思います。
初心者ですが、今の私に書けることを精一杯書かせていただきますので、よろしくお願い致します。
序章
歴史とは、古代より受け継がれし魂の記録である。
人類、動物、亜人に至るまで過去どういう文明を築き、どの様に生活したのか。名も無き遺骨、名も無き生活用品、名も無き家の跡からその軌跡、変連をたどることができるもの。
人々はそれらから推測し、学びまた次につなげるために記録する。考古学者は更なる真実を求め、未開の地に赴き、神話の検証をし、時には命をかけて亜人種のもとに乗り込んだ。それらは必ずしも実を結んだ、とは言い難いが、概ねの歴史書は形を成すことができた。
ただ一つ、世界から抜け落ちた歴史以外は。
あらゆる情報すらなく、ただそのへんに転がる小石のように遺跡が点在するだけの過去が、この世界にはあった。考古学者たちがこぞって書物をあさり、遺跡を調べてもなんの成果も挙げられていない歴史。星の監視者と呼ばれる龍族すらも沈黙し、世界が消したがっているような歴史。
今の文明の始まりとされるその空白の歴史を、人々はこう呼んだ。
『ZERO歴』と。
声が聞こえる。
『……ゃく!!……』
必死なのはわかるが、ノイズが酷くて聞き取れない。力強い声のはずだ、と無意識に思う。
(俺は……この人を知ってる……)
ぼんやりとした頭でも、不思議なくらいはっきりと理解できた。この男を知っているはずなのに、顔はぼんやりと霞がかっている。
『……!!!今だ!!!!』
はっきりと声がかかる!!何が今なのかまったくもってわからなかったが、身体は分かっているようで勝手に動く。手には何やら強い力が溢れていてそれを巨大な何かに向けている。RPGの主人公が、ラスボスに向けて魔法を放つ。そんな場面だろう。
(これは夢か……)
自分が魔法なんか使えないくらい知っている。そんなものを信じる歳でもない。
31歳。嫌でも現実を知っているお年頃だ。世界が綺麗なものだけではないことも、身をもって経験してきた。いよいよストレスで会社を吹っ飛ばしたいのか、とも思ったがそれとも違うことを彼は知っていた。
(……またか……)
何度ともなく見てきた夢。初めは映画を見ているような気分だった。今はさながら、見飽きたDVDを永延と流しているような気分だ。
『ためらわずやりなさい……』
力強い声とは真逆の、少し冷たい印象を持つ声がはっきりと聞こえる。感情に身を任せたままの身体は、はっきりと見えなくなるくらい涙が滲んでいた。自分の身体のはずなのに、ちぐはぐにすれ違っているような感覚に囚われる。
長身、長い髪ととんがっている耳。滲んだ視界から捉えたもう一人の男は、人ではなかった。
(エルフ……?亜人か……まてよ、最初の男も人間じゃないのか……?)
『………よ』
エルフっぽい男が何か呟いたが雑音にかき消される。
「待ってくれ!!なんて言ったんだ!?」
何故かその先が聞きたかった。しかし、自分の手の内の力が溢れ、煌々と輝き始める。もう抑えられるものではない。その光が全てを飲み込み、世界を真っ白に変えていく。
「待って!!ダメだ!!!待ってくれええええええええええ!!!!!!!!」
目を開けてみれば全身から汗が吹き出ていた。ぐったりとした身体を起こせば、優しい朝の光が窓から注ぎ込んでいる。春独特の柔らかな風が、慰めるように頬を撫でた。
「寝た気がしない……」
自室とは勝手の違うホテルだからか……。
頭を抱え深い溜息をこぼす。最早、毎朝の恒例行事になりつつある。起こされる予定だった目覚ましを解除してTVをつければ嫌でも自分の名前を目にした。
「本日、中立国セカンドにてZERO歴についての会見が行われるそうですね!!」
「いやぁ~、楽しみですね。我が国の高槻博士よる発見というのも誇らしいです」
「若くして責任者に抜擢されるような天才だとか」
「このあと、若き天才高槻 有韭博士の特集をお送りしたいと思います!!」
自分のことを全く知らないコメンテーターやアナウンサーが囃し立てる。お前らが俺の何を知ってるんだ、と内心腐って映像を見つめた。
本来なら光栄なことなのだろう。だが、真実を知る故に会見に臨みたくはなかった。世の中には知らなくていいことなんて沢山あるものだ。だからこそ、世界はZERO歴を望んだのかもしれない。空白になったのは、全ての破壊を望んだ神のしたことなのかも……、と科学者ならざる考えが上がる。
「今日は長い一日になるな……」
逃げ出すための。
高槻有韭は科学者だ。平凡な学生生活を送り、これまた平凡に就職活動をし、奇跡的に一流上場企業である製薬会社に就職した。これまた天地をひっくり返したような結果に親戚を上げての喜びようといってはすごいものだった。そして、可愛い彼女もでき、婚約、と順風満帆な道を歩いてきた。平凡でも、幸せな人生だ、と満足していた。そんな日が続いていくと思った。
(ZERO歴にさえ関わらなければ……)
関わってはいけない神の遺産。それを海底探索隊が海から引き上げてしまった。その遺産の調査に抜擢された有韭は、エネルギー含有量が驚愕な数値を叩き出したこの遺産に夢中になった。あらゆる科学の英知が詰め込まれていたからだ。組み立て式の物体は長い間海で眠っていたにも関わらず、錆びることなどなかった。磨けば元の色を取り戻すのではないだろうか。そして、特記すべきは洗練されたデザインだ。綿密に設計された美しいフォルム。欠けたパーツさえ揃えば、模型を作り動かせるかも知れない、と昼夜分析に明け暮れた。今思うと、のめり込みすぎてしまっていた。それ故に、彼女の実験に気づいてやれなかった。
『すごいでしょう?新人類だって!!』
婚約者、清華の声が脳内にこだまする。自分はその声に怪訝な表情で返した。
『はぁ?なんだそれ』
『新しい薬の開発なんだ~。ほら、人類ってさ他の種族からみても弱いでしょう?最弱だと思うのよね。神様はなんで人類作ったのかなって思うくらいに』
ふふっと微笑みながら清華は答えた。
『それを薬で強化しようって話が出てるんだ』
『まぁ確かにな。獣人、亜人、魔女に妖精。そんなもんに比べたら紙みたいなもんだよな。一番怖いのは隣国にいるっていうユエ族だな。あいつら、生まれちゃいけない化物界の化物らしいぜ』
と、有韭はキーボードを叩きながら受け流した。この話を肯定してしまったのが有韭の一番の罪だったとも知らずに。
『有韭ならわかってもらえると思った!!私このプロジェクトに抜擢されたのよ!!今まで治せなかった病気が治せるようになるかも知れない!ううん、感染する前に死滅させられるようになるかもっ!!そしたらすごい薬をつくれるわ!!』
彼女はそのプロジェクトに乗り気まんまんだった。有韭自身、研究プロジェクトとして素晴らしいものだと思っていたし、彼女のやる気に負けられないとばかりに仕事に没頭した。嫌なすれ違いではなかったと思う。慌ただしく時がすぎ、いよいよ挙式まで数ヶ月というところで、彼女のプロジェクトは新薬を開発した。何度も治験を行い、人体に投与しても問題ない事が証明されると、最終治験として研究に携わった者たちが投与することになった。
『清華……大丈夫なのか?』
治験が決まり、無菌室に入る彼女に声を掛けるが、彼女はいつものように微笑んだだけで声を返してはくれなかった。
結果は失敗。プロジェクトのメンバーは全員が命を落とした。しかし、その遺体が帰ってくることはなかった。
この不可解な対応に有韭は疑問を抱いたが、すぐに真実を知ることとなった。有韭がプロジェクトの引き継ぎに選ばれたからだ。もちろん極秘として、研究に当たるよう指示された。引き継いだレポートには驚愕な事実が述べられていたがそれを誰にも打ち明けることなどできなかった、監視が付いたからだ。
妙なことを喋れば消される。直感でそうはっきりとわかった。いっそ消されてされたほうがマシだ、とも考えたがそれだとほかの誰かが選ばれるだけだ、真実は隠されてしまう。
そして、有韭がずっと研究してきた神の遺産も、その分析結果を会社に報告していいか躊躇う。新人類計画なんて馬鹿なものを研究させるような会社だ。悪用するに決まっている。
神の遺産は文字通り、神の兵器だった。
会見では、この発表をすることになっている。会社の爆弾2発を身に持っている有韭を会社が野放しにするわけがない。いづれ真実を隠して世間に発表するだろう。下手したら戦争を起こすかも知れない。会社の中には人類至上主義者も少なくはない。
逃げなければ。
全ての真実を公表できるように。本当に会社をふっとばさなければならない案件だ。それなりにパイプは作ってきたと思う。ジャーナリストに、若き天才生物学者。生物学者は婚約者に考古学者がいると言っていたから、ZERO歴の知識も明るいはずだ。彼らを巻き込むのは申し訳ないが、世界に関わることだ。自分には荷が重すぎる。
ひとまず逃げてから、今後について考える。正直行き当たりばったりだが、それも仕方ない。逃げることに専念しろ、と言ったのはジャーナリストからだ。
『移動は全て車。SPは絶対につくだろう。移動までは人間だと思うが、会場は絶対に亜人種が配置される。空も陸も海も全部な。人ごみに紛れた上で逃げろ』
『そんなうまくいくか……』
『セカンドは中立国だ。妙な揉め事は起こせない……集まった観衆を混乱させられればいいが……』
『混乱か……うまくいくかな?』
『なに、俺がうまくやってやるさ。見返りは大きいしな!』
『すまない……全てが終わったら真実をあなたに託します!!岩崎さん』
岩崎は最近では珍しい、ありのままを発信する記者だ。読み手にうけるように脚色することなく、淡々とした文章で世間に公表する。そこに彼自身の感情は挟まない。だからこそ、有韭は彼の記事を気に入ってもいた。自分の感情が混じっては中立な記者ではなくなってしまう、と言った彼は紛れもないジャーナリストだった。ありのままを述べるのは難しいことだ。感情による先入観、政治的な利用を目的とした記事、面白おかしく脚色された記事、報道する側があえて報道していない真実。そんなものが溢れている中で、彼の記事についつい目が行くのは自然なことだろう。実際、敵は多いが彼は自身が握っているペンを変える事はなかった。
とにかく、そんな彼に手伝いをお願いしてしまった以上、逃げ延びなければならない。逃げ先に、メサイアに行け、と生物学者は助言をくれた。
『メサイアはヒュウ族という亜人種の国だ。人間嫌いで有名だから、そこまで逃げれれば追手も入れないはずだ。メサイアまでは海路を勧める。国境を最悪な軍国と接してるんでな』
『亜人種……だ、大丈夫なのか?』
『亜人種だからって身構えすぎなんだよ。メサイアは王族による立憲君主制だ。人間ほど腐ってない政治体形してるぜ?王族も外交やら何かで世界飛び回っているようだしな。歳の取り方違うから、人間より知識もあるし知り合いでもできれば一石二鳥だろ?』
『そ、そうなのか?』
『話もわかるし獣相手じゃないからな?頭がいいが故に、交渉は気をつけろよ。西側はほとんどが王国制だ。クロノス、メサイア、クリーンジアの三国は外交上手で有名だからな』
『外交……』
『高度なポーカーゲームだな。お前はジョーカーを持ってるんだからそれで交渉しろ。大丈夫だ。今のメサイア外交官なら食いつく』
『……』
『会場あとにしたら南。忘れるなよ!!』
死に物狂いで会場から逃げ海路を進み、亜人種と高度なポーカーゲームとは、何とも充実した日々になりそうだ。有韭は何度とも分からない溜息をこぼし覚悟を決めて部屋を後にした。