第2話。その1 幼なじみ。
木銃には二種類ある。
一つは166cmの銃剣道用に作られた物と、それよりだいぶ短い 銃剣術用の物だ。
この木銃の長さにしても、元々三八式小銃に着剣した長さと言われている。
だから現在の自衛隊の主力武器に比べたら随分長い。
寅の刻……だいたい午前3時ごろに猛烈な暑さで起こされたがコップ一杯の水で気持ちを落ち着かせる。
毎朝の日課である家から公園までのrunからの朝稽古。早い時間だと近隣に迷惑だけど遅くても子供達が遊んでいて中々大きな動きが出来ない……だから朝8時までには終われる様にしている。
そういえば近所のOLさんはジョギングしながらの出社を『エクストリーム出社』なんて言ってたっけ。
私は木銃を持って型の稽古を近所の公園でおこなっていた。
昇段試験では型の出来・不出来を見る。まあ試験に受かった後も訓練は怠ったことは無いし……。
『大和さんの唇って柔らかいですね……男性なのに』
私は頭を振って気持ちを切り替える。
一礼をして木銃を構える。
銃剣術の技には、大きく三つある。刺突・斬撃・打撃である。
正面突きを二度繰り返して前に出る、立ち止まって木銃を立てる様に真っ直ぐ持ち床尾を相手の鳩尾を抉る様に下から上に弧を描き突く。
そのまま流れる様に床底を空想の相手の顔面に二発お見舞いして袈裟懸する感じで斬撃。
一連の流れを終えると回れ右をしながら木銃を右手で納めて息を整えながら虚空の相手に礼をした。
後ろから拍手をされた。
私は振り向き様に木銃を構えた。
剣先は奇抜な色のユルフワカールの女の子に向けられた。
「銃剣道を辞めて無いみたいね」
「沙夜。何時こっちに戻ってきた?」
「最近だけど……物騒な物を下げてくれないかなぁ?幼なじみと判って……ヤるって話?」
沙夜は両手を軽く握り徒手格闘の基本姿勢で構える。
殺気は無いが私は勝てる気がしなかった……むしろ今はその時では無いのだろう。
「悪かった、下げさせてもらうよ」
「あら残念、再会のキスも無いのね♪」
彼女は18の誕生日に単身北海道の教育隊に行ったメガネ丸との共通の幼なじみ。桂木 沙夜。
「メガネ丸から聞いて驚いたのよ?これでも。朝、目覚めたら女の子に成ってたって!」
人差し指を立てながら『通称朝おん!』とビシッと極める!
「あのねぇ沙夜!私が女だって知ってるでしょ!」
「相変わらずね、少し背が伸びた?」
沙夜は私の前に並んで背比べをするポーズをする。
チョンチョンと目の前で軽い水平チョップされる。
「はぁぁぁぁっ!私の身長は変化してないわよ!それにコレまだ続けるの?」
この茶番劇は私は好きじゃ無いのに沙夜は毎回やる!お互いに成人なんだからやめてほしい。
「実はコレを渡したくって来たのよ」
沙夜から白色の封筒を受けとると中を確かめた。
チケットが二枚入っていた。
「今度駐屯地祭りがあるから友達誘って来てよね、メガネ丸のはもう郵送してあるから心配しないで」
「ありがとう。友達と遊びに行くね」
「それって女の子?」
「そうだよ」
「そう……じゃあ週末にね!」
前より逞しくなった沙夜の背中を見送り私も訓練の仕上げに走る準備を始めた。
公園の往復はルートを変えて行っている。
行きは身体が硬いから平坦な道を使い、帰りは坂道が多いルートを選択していた。
国馬駅付近から約40分離れた場所にある国馬公園の周りには、いくつものマンモス団地が連なっていて住民の憩いの場としての機能もあるのだけど。
この公園はとにかく広い!
私が走り出すと幼稚園児が列を作って歩いていた。
そこで見知った顔を見つけた。
エプロンの胸の部分に『研修生』のバッチを付けた女性……どこかで会った気がするが思い出せない。
女性はこちらに気付くと微笑みながら会釈をしてきた……どうやら私は遅れをとったらしい。
列を離れて研修生が私の方に小走りで近付いて来た。
「今は無理ですが、聞きたい事がありますからお時間貰えますか?王子様」
「君は……」
「詳しいことは後で……ワタシ怒られちゃうからね!じゃあねぇ」
手渡された名刺を見る。
アミューズメント施設にある20枚500円の『名刺つくーる』で作ったものだろう。
彼女の肩書きは『世界のお姉ちゃん』
名前は『糸色 愛』と書いてあるが……本名だろうか?名刺をひっくり返すと携帯番号が書かれていた。
―――絶愛。
人の名前と気持ちは一目見ただけでは判断するのは難しいものだ……『柿』と『柿』の様にね。
遅くなりました。
暫く第2話は続きます。
因みに本来駐屯地祭りはチケット制じゃ無いですが、架空の駐屯地ですのであしからず。