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僕は9ボルト  作者: 大友 鎬
Radiant Hero
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光り輝くようなヒーロー(2)

「やっぱり小学生以下限定だよなあ……」

 吾妻光輝は握手を待つこどもたちの間をぬってヒーローショーをやっていた会場をあとにする。

『昨夜未明、東京湾に現れた改獣(キメラ)をムサシマンが倒しました』

 そんなニュースが帰り際に通った電気売場から聞こえ、足を止めた。

 ヒーロー好きとしては聞き逃せないニュースだ。

 テレビの中では東京スカイツリーと同じ高さが自慢の侍ヒーロー、ムサシマンがキリンの首長の頭とカメの甲羅を背負った胴体、ライオンの筋肉質な足を組み合わせた怪獣――改獣(キメラ)を海へと投げ飛ばし『六百三十四万トンアタック』という必殺プレスを食らわせている。腰に提げた刀はもはや飾りだった。

 ムサシマンと改獣(キメラ)との戦いは先ほどショーをしていた挑戦戦隊チャレンジャーのような創作物ではない。この世界で現在進行形で起こっている出来事だ。

 現在、地球上には職業ヒーローと悪の組織が数多に存在している。

 光輝はいわゆる戦隊物と呼ばれる特撮ヒーローも好きだが、今現在この世界で戦っている本物の職業ヒーローはもっと好きだった。いつヒーローに憧れを抱くようになったか、思い出すことはできないけれど、小さい頃から光輝はずっと憧れていた。

 ――僕が何度だって助けてやる。

 小さい頃に好きな女の子を助け、そう言った記憶だけがおぼろげにあった。

『では続いてのニュースです』

 ニュースの話題がヒーローから政治問題へと切り替わり、光輝は興味をなくして帰路につく。

 赤信号の横断歩道で立ち止まると夏の強い日差しが光輝を照りつける。

 光輝の住む弓山市は弓形に湾曲したふたつの山に挟まれた街だ。盆地になっているため、夏は暑い空気が流れ込み、かなり暑かった。

 ――夏休みの間、この暑さが続くんだなあ。

 そんなことをしみじみと考えていると、光輝の後ろからやってきた男の子が側を通り過ぎていった。

 小学生だろうか。黄色のTシャツに半ズボンのオーバーオールを組み合わせた服装は、爽やかで元気いっぱいなイメージだ。

 男の子は空を見上げたまま横断歩道を渡り始めた。光輝も男の子につられて空を見上げる。青い空にはまばらに白い雲が流れていた。夏のありふれた風景。そこに一点、赤い風船が浮かんでいた。何かのきっかけで男の子は風船を手放してしまい、その風船を追いかけているようだった。

 そこでふと気づく。

 光輝が立ち止まっていたのは、横断歩の信号が赤だったからだ。

 急いで車道を見渡すと風船を追いかけて信号無視をする男の子へと旧式トラックが迫っていた。

 旧式トラックはほぼ機械任せにできる現在主流のものとは違い、21世紀前半の仕様と変わらない。

 自動車税が少ない旧式は一般企業や運送業では経費削減の名目でいまだ使われ続けていた。

 そのトラックの運転手はラジオから流れる曲を熱唱しているのか、口を大きく開き自分に酔っていた。旧式を運転するのにはあるまじき行為だ。

 おそらくプライベートでは旧式に乗っていないせいで、注意力が薄れているのだろう。

 このままでは男の子が轢かれる。

 そう思ってしまった瞬間、光輝の足はまるで石になってしまったかのように動かなくなった。

 なぜだかわからない。本能的にこのまま男の子を助ければ自分に危険が及ぶと体が悟ったのだろうか。

 ヒーローに憧れているくせに、ヒーローになりたいと思っているくせに、こういうときに限って、光輝の足は動かない。

 動け、動けよ! 動いてくれっ!

 いくら念じても、足は動かない。

 このまま男の子を助けることができないのか。

 光輝の顔はゆがみ、今にも泣きそうになる。

 動けぇええええええええええええ!

 そんなときだった。

 まるでヒーローのように察そうと横断歩道へ男が突入したのは。

 その男はどこかの戦隊の隊員服だろうか、銀色のライダースーツを着込み、赤いマフラーを首に巻いていた。マフラーはワイヤーで固定でもしてあるのか、横にのびたまま、形を崩していない。そのマフラーのつけ方は21世紀のアニソン界の帝王のようにも見えた。

 どこから走ってきたのかはわからないが、全力疾走する男のナチュラルショートの髪の先からは汗の滴が飛び散り、顔から汗が流れている。

 その男は横断歩道の手前で踏み切ると跳躍! 男の子へと手を伸ばし、なんとか男の子を歩道へと突き飛ばす。わけもわからず転んだ男の子は身体に擦り傷を負い、泣き始めた。

 トラックの運転手は横断歩道の直前で男に気づき、ブレーキを踏む。

 キキーッ。

 タイヤが路面をこすってトラックがとまる。が間にあわず男は跳ね飛ばされた。

 額から血が流れ出し、確認するまでもなく全身を打撲しているだろう。

 トラックの運転手はやってしまったと顔色蒼白。

 一瞬、静まり返った道路に響くのは男の子の泣き声だけだ。

「ううっ……」

 トラックに飛ばされた男が呻きながら立ち上がろうとする。

 そこでようやく光輝の足は動き出す。

「大丈夫ですか?」

 駆け寄り肩を支えて男が立ち上がるのを助ける。

「ああ、なんとか大丈夫そうだが救急車を呼んでもらえるか? ついでに警察も」

 そうは言うものの、額から血は流れていた。

 泣きじゃくる男の子の近くへと男を運んだ光輝は携帯端末〈i-amulet〉、通称〈i-am〉を取り出して、救急車と警察を呼ぶ。

「すぐに来るそうです」

「ありがとう。ついでにトラックの運転手も呼んできてもらっていいか?」

 言われるがままに光輝は運転手を男のもとに連れていくと、運転手は男に何度も謝っていた。

 やがて警察と救急車が到着する。

「ちょっと待ってくれ。少年、少し頼みたいことがある」

 搬入される寸前、男は光輝を呼びとめる。

「なんでしょうか?」

 警察の聴取が簡潔に終わり、帰ろうとしていた光輝は男に歩み寄った。

「これを電光基地に届けて欲しいんだ」

「これは……?」

 光輝が手渡されたのはオイルライター程度の大きさの黒い長方形の物体。何かを入れるのだろうか下のほうには空洞があった。上はスイッチになっている。特殊な装置か何かだろうか。

「とにかくそれを届けてくれ。病院でなくしたり落としたりなんかしたら大変だからな。電光基地の住所はわかる……わけないよな……?」

 もちろん、分からない。けれど電光基地という名前には聞き覚えがあった。この街を守るヒーローたちの基地だ。

 男は〈i-am〉を取り出し内蔵されている光速無線ネットワークによる通信で、光輝の〈i-am〉に電光基地の住所を送った。

 ついでに男の名前と通信番号も一緒に送られてくる。通信番号というのは一昔前のメールアドレスのようなものでこれだけあればメールに電話、無料通話型アプリすべてに対応する優れものだ。

 男の名前を確認すると、稲乃光暉とあった。一瞬、自分と同じ名前だと思った光輝だったが、似ているだけだった。でもそれだけで親近感が少し湧く。

「これから用事があったりするのなら、先に謝っておく。すまない。ただそれは俺にとって大事なものだからな、安全な場所においておきたいんだ。頼めるか?」

「絶対に届けます」

 これは光暉にとってかなり大事なものだ。だから届けないといけない。そんな使命感が光輝に生まれる。

 同時にもしかしたら電光基地の中を見学できるかもしれないというほのかな期待も生じていた。ヒーロー好きにとって、本物のヒーローの職場が見れることは嬉しいに決まっている。

 オイルライター風装置をポケットに入れた光輝は〈i-am〉に送られてきた住所データを読み込ませる。地図が表示され、現在地からの道筋が示される。電光基地はここの近くなのかもという光輝の予想に反して意外と離れており、矢印がバス停でバスに乗るように促していた。バスの時刻表もすぐに表示され、待ち時間は三分だと教えてくれる。

 正義の味方が着用するヒーロースーツの開発により日本のみならず世界の技術は飛躍的に向上した。

 〈i-am〉もそのひとつで、最新のナビが搭載されている。住所データを読み込むだけで最短の経路を解析し3D映像で表示する。ネットワークで交通機関のデータベースと繋がっており、遅延にも対応し自動的に別の経路に組み替えてくれるのも特徴だ。さらにそこに行くまでの交通費も算出され、必要であれば登録した口座から引き落としもできるようになっている。

 光輝は示されるとおりに道を進み、半時間ほどで電光基地へとたどり着く。

 そこは五階建てのビルだった。もっと壮大なイメージを抱いていた光輝は少しだけがっかりしてしまう。それでも電光株式会社というおそらくカモフラージュの社名を見て少しだけ興奮する。

「いらっしゃいませ。どのようなご用でしょうか?」

「あ、あの……これ……を」

 中に入った光輝はオイルライター風装置を受付に見せる。

「お待ちしておりました。三階でみなさんがお待ちです」

 エレベーターを指す受付の対応を見て、光輝はきっと光暉さんがあらかじめ連絡してくれていたのだと理解した。

「ありがとうございます」

 お礼を言った光輝はエレベーターに乗って三階を目指した。

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