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僕は9ボルト  作者: 大友 鎬
Trouble With Spanish Yellow
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黄金色の問題(7)

「だーかーらー、てめぇがやってくれねぇとこっちが困るっての!」

「いや、それはお前の仕事だろ。俺がなんでやらないといけないの? アホなの? バカなの? 死ねよ!」

「死ぬのはてめぇらだ。静かにしやがれ、こっちは上司の無茶な作戦直すのに集中してぇんだよ」

 今日も〈奇機怪械〉の待機室では朝からガレージ同士の罵詈雑言が飛び交う。ガレージは同じ部屋にひとまとめにされてはいるものの、従う機人は違う。だからそれぞれの機人が出す作戦を同じ部屋で整理せねばならない。同じ部屋で違う作業をやっているも同然なのでぶつかり合うのは必然とも言えた。

 うんざりしながらも寧色は今日も黙って隅のテーブルに座る。今日はすぐさまアウトレットの衣装に着替える。簡易ロッカーに何重も鍵をつけておいたので私服がなくなることはないだろう。

 どれだけ行きたくないと思っても、寧色はお金のために行かなければならない。

 お金がなければ家族が路頭に迷うだけではなく弟の未来さえ啄ばんでしまう。

 ――はあ。

 それでもため息が出るのが無理はなかった。

 ――今からでも戻ろうかなあ……。

 とはいえ、それができたのはおそらく自分が敵になっているとばれるまで、つまり一昨日までだった。一昨日の戦闘で寧色は〈奇機怪械〉のアウトレットとして戦っていることがばれている。

 だから今更無理だ。グレイスもきっとそれを知って辞表を受理したことだろう。

 つまりもう戻る場所なんてない。ここでやっていくしかないのだ。

 そう思うとますます悲しくなった。

 そんな寧色にひとりのガレージが近づいてきた。

「やあ、寧色さん」

 しかもあろうことか、ここに来て誰にも名乗ったことのない自分の名前をそのガレージは知っていた。

 思わずそのガレージを見た寧色はその不自然さに気づく。ここでは誰もが覆面をとっているのにそのガレージは覆面をつけているのだ。

 だからそのガレージは人一倍目立っていた。

 それでもそんな違和感にほかのガレージが気づかなかったのは、作戦を練るのに必死だったり「しゃべり方が変なんだよ、あの上司」と愚痴をこぼしたりするのに精一杯だったからだ。

「誰よ……?」

「あれ……? 声で気づくと思ったんですが……」

「もしかして……光輝?」

「そのもしかしてです」

「でも……いったい、どうやって?」

「イビルコンサルティングってところからバイト求人が出てたんですよ。今は悪の組織でも求人広告を出すんですね。だから採用された人のもとを訪れて、今日一日だけ変わってもらいました」

 光輝がそんなことをさらりと言ってのけるものだから寧色は唖然とするばかりだ。

「覆面、とりなさいよ」

「バレませんかね?」

「9Vスパークの認知度は意外と低いわよ」

 そう囁いて、寧色は光輝の覆面を引っ張る。

「それにここは待機室だから逆に覆面をつけているほうが怪しいわ」

「そういうもんですか?」

「そういうもんよ」

 光輝から視線を外して、寧色は気に食わなさそうに言い放つ。

「で何しに来たの?」

「何しに、って寧色さんを連れ戻しにですよ」

 その言葉に、寧色はまだ自分がカンデンヂャーに戻れるチャンスがあると少しほっとしてしまう。

 ――けど、甘えちゃダメ。

 ――我慢する、って昨日、言い聞かせたじゃない。

「それ、独断でしょ? グレイスはなんて言ってるのよ? どうせ、わたしがここにいるって報告したんでしょ?」

「グレイスさんは信じませんでした。ウソデース、戯言デースって喚き散らして」

 それを聞いて寧色は甘えたくなった。グレイスでさえも戻る場所を用意してくれている。

 ――けど、けどダメ。

「無理ね。ヒーローなんかじゃお金が足りないの」

「なんで、そんなにお金が……必要なんですか?」

「あって困らないものでもないでしょ」

 寧色は家庭の事情を告げるつもりはなかった。

「何か……理由があるってことですか?」

 うまく言い繕ったつもりだったが、光輝はあざとく気づく。

「だったら、話してくださいよ。力になります」

「ただ、お金が欲しいだけ。それだけよ」

「ウソですね。僕は以前にもカッコわるいからヒーローやりたくないって人にも会いましたけど、その人にもこどもたちの憧れになりたかったって願望がありましたよ」

 少し言葉を強めたせいで光輝は周囲の注目を集めていた。いつの間にか悪口の嵐はおさまっている。

「うるさい」

 もっと言いたいことはあったが注目されてしまった以上、寧色は余計なことを言うのを控えた。その代わり、寧色はこう言った。

「みんな、こいつスパイよ。ひっ捕らえたらボーナスもらえるんじゃない?」

 指された光輝にガレージ全員の視線が集まり、静寂が怒号に変わる。我先にと光輝へと向かっていく。光輝がスパイかどうかはどうでもいい。ボーナスがもらえるかもしれない。それに目の色を変えていた。

 光輝は人の波を縫うように待機室から出た。

 扉から出る瞬間、光輝は寧色の悲しげな表情を見て、やっぱり戻りたがっていると確信した。けれど寧色はお金を言い訳にして、戻ってこないような気がする。

 とはいえグレイスに話を聞いた限りではヒーローの給料は査定以外での昇給は難しいらしく、昇給させて連れ戻すなんてこともできない。

 何かきっかけがあれば寧色は戻ってくるんじゃないか、そうは思うものの、簡単に見つかるものでもなかった。

 なにはともあれ、今はともかく逃げるだけだ。


 ***


 翌日、昼。「emergency」という文字が表示され、天井の赤ランプが点滅する。

「boyaitterに『昼休憩に機人なう』という書き込みあり」

「faith bookにはタレコミなし」

「boyaitterに『洗濯機っぽい』と追加情報。洗濯機人ヨゴトリーで間違いなさそうです!」

 オペレーターがパソコン上の情報を拾い、叫ぶ。

「よし、行こうか。きっと寧色もいるよ」

 光輝は次郎花とともに車で現地へと出発する。

 伴は外出しているため、現地集合だ。

「つい先ほど場所の特定ができまシタ。どうやら弓山西中に機人が出たようデス」

「西中ね……」

 グレイスの言葉に次郎花がつぶやく。

「何かあるんですか?」

「いや、少しね……」

 光輝がたずねると次郎花は言いよどむ。そのあとはずっと無言が続いた。

 次郎花と光輝はそんなに話すタイプでもなく、グレイスも寧色が抜けたのが心配でここのところ元気がない。寧色と伴がいない車内はあまりにも静かだった。

 赤信号で車がとまる。

 そんな車内に大きな震動が響く。

「オゥ、地震……デスか?」

 グレイスは見えるはずもない天井を見上げて何が起こったのか確認する。

 けれど確認するまでもなく、何が起こったのか誰もが理解した。

「グワハハハハハハ!」

 伴だった。

 グレイスの車を見つけた伴はあろうことか、車の天井に飛び乗ったのだ。変身もしておらず、肥満体な伴だが、カンデンヂャーのなかで誰よりも身体能力が優れていた。

「伴。そんなことしてないで、信号が赤のうちに乗りなよ」

「よいではないか。よいではないか!」

「いやよくないから。このままじゃ現場にいけないから」

「そうですよ、伴さん。横断歩道の信号が点滅してますからもうすぐ青になりますよ」

「吾妻ックスよ。お前も言うようになった」

「いや、ごく当たり前のことだと思いますけど!」

 伴が車の天井から飛び降り、車に乗ると信号が青に変わる。

 車が発進するとすぐさま次郎花の怒声が飛ぶ。

「伴、シートベルト」「よいではな……」「よくないから。マナー的に!」

 言われるがまま、伴はシートベルトをして、

「グレイス、そういえばさっき、車の天井が凹んでいたぞ」

「というかそれ、さっきあなたが飛び乗ったのが原因ではありまセンか?」

「ナビで自動操縦だからって、天井を見ようとするのは危ないよ、グレイス!」

「いえ、デスが気になります」

 窓から確認しようと身を乗り出したグレイスだが、危うく落ちそうになる。

「グワハハ、グレイス。ウソだから安心しろ」

 グレイスの白衣を引っ張って車内に引っ張り込む。

「ひどいではないデスか!」

 伴の胸倉を掴んで糾弾するグレイスだが、涙目のその姿は滑稽以外の何者でもなかった。

「グワハハ、それよりもグレイス、もうすぐ到着だな!」

 胸倉を掴まれている伴はグレイスをからかったことに対して微塵も悪気を感じてない様子だった。

 伴が現れたことで明るくなった車内。

 けれどやっぱり光輝はこの中に寧色がいてほしいとそう思った。

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