表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/20

幕間 〜目を覚ます者、迷う者〜

 鼻をつくのは何もかもが燃える匂い。

炎そのものと熱気が頬の産毛を焼いていく。

「おかぁさん」

 佳乃は母親の手を引っ張っていた。

「佳乃……」

 弱々しく自分を呼んでくる母親へ涙にまみれた顔を向ける。

「…よく聞いて……」

 力なく持ち上げられた手で頬を挟まれる。

ジワリと熱い体温が伝わってきた。

「…おかあさん」

 その熱で溶かされた何かが涙となって流れてくる。

「…お母さんは、一緒に逃げられない」

 母親が佳乃の視線を促すように、自分の足元へと顔を向けた。

うつ伏せに倒れた体、足の上には燃える瓦礫が詰みあがっていた。

「だからあなただけで逃げなさい」

「や、だぁ」

 泣き声をあげて首をイヤイヤと振った。

そんな佳乃を母親が上半身だけを無理矢理起こして抱きしめる。

「…それで、真琴の事をお願い」

 耳元で呼吸の荒い声がした。

佳乃の脳裏に四つ下の妹の姿が浮かんだ。

 母親は少しだけ佳乃から体を離して、その目を見つめた。

「…あなたが、辛い思いをしてまで守ってくれなくていいから……その代わり、あの子の事をずっと大好きでいてあげて」

 母親の真剣な声に、躊躇いながらも佳乃はこくんと頷いた。

小さな胸の中に、生きる理由というには幼いしこりが出来た。

 頷いた佳乃を見て母親が安心したように笑う。

「…佳乃」

 もう一度強く抱きしめて、佳乃の頬に何度もキスをした。

「あなたが大好きよ」

「おかあさん…」

 どれくらいの時間かは分からない。

抱き合っていた二人の耳に、どこかで、何かが激しく崩れる音が聞こえた。

「……行きなさい」

 佳乃はもう嫌だとは言わなかった。

「おかあさんも行こう」

 その代わりお願いをするようにそう言った。

 母親は返事をしなかった。

目を瞑り顔を俯けて、その下で最後の顔を作る。

 ……ゆっくり顔を上げる。

にっこり笑って…


「大好き」


 佳乃の体を突き飛ばした。

「おか……」

 急激に転がる視界の中に、崩れていく燃える天井と、そこに飲み込まれていく母親の姿が見えた。




「お姉ちゃんは?」

 ラボへと降りてきた真琴は一人で作業中の祖父に声を掛けた。

「ん?そういえばまだ、来ておらんな」

 きょろきょろとお座なりに顔を動かしてからすぐに作業へと戻る。

「大方まだ寝とるんじゃろ」

 そう言って、再び目の前のコンソールに集中しだした。

「……何やってるの?」

 思いっきり不審の目を向けながら真琴が尋ねる。

訊かれて祖父がキラキラとした顔を上げて嬉しそうに真琴の方を見た。

―――うわ、めんどくさそう

「今、暇か?」

 あいにく、課題には既に目処が立っていた。

今日は誰かと会う約束もないし、ぶっちゃけド暇だった。

「う、うん」

 躊躇いがちに頷くと更に祖父の顔が輝いた。

「じゃあ、ちょっと見ていけ」

 実は先程から気になっていたのだが、中央のベッドに妙なふくらみを持った布が掛けられていた。

見たところ中身は人型の何かだという事だけは分かる。

―――また怪人か何かだろうなぁ

 そう予想をつけ、既に秋名への弁明を考え始めた真琴に、祖父が大きな声で訊ねてきた。

「真琴はこれまでの怪人を見てどう思った?」

「どうって……」

―――はた迷惑だなあ、とか、やめてくれないかなあ、とか…

 黙ってしまった真琴を気にすることなく、祖父は言葉を続ける。

「これまでの怪人はみな一様に人の嫌悪感や恐怖心を刺激するようなフォルムをしておった……しっかーし」

 大声を上げて拳を振り上げる。

「そんなものっ、慣れてしまえばこれほど戦いやすい相手はいないっ」

 唾を飛ばしながら顔を真っ赤にするお祖父ちゃんに真琴は少し引いていた。

……孫娘なんて所詮こんなもんだ。

「……何してるの?」

「お姉ちゃんっ!」

 エレベーターから降りてきたばかりのプルームが怪訝そうな声を上げる。

 助かったとばかりに、真琴はプルームに飛びついた。

「あら、今日は熱烈ね、まあちゃん」

 おねえちゃーん、助かったよーと胸の中で言っている真琴の頭を優しく撫でてやる。

包み込むような柔らかい目が真琴のつむじを見ていた。

「よし、お前も聞け」

 張り切る祖父にプルームが声をかけた。

「…完成したの?」

「うむ、今真琴に説明していた所じゃ」

 言われた当人は、しなくていい、しなくていいと首を振っている。

「…どこまで……そうじゃっ……これほど戦いやすい相手はいないっ」

 ずびしっと律儀にリプレイされる時間。

……これは鬱陶しい。

そんな事気にもせずに続けるハッスルお祖父ちゃん。

「そこで、わしが考えたのは、逆に人の庇護欲、つまり、守ってあげたいと思わせるビジュアルを持ったもの……」

 ベッドの布をがっと握り締める。

「それが、この、美少女怪人、如月きさらぎハニ子じゃっ」

 ガバッと布が剥ぎ取られると、そこにはベッドに横たわる裸の少女がいた。

 ………………。

「……いや、普通にアウトだって」

 確かに出来は良かった。

どこからどう見ても普通の女の子が眠っているようにしか見えない。

「次点に子犬、子猫というのがあったんじゃが、どうしても、戦闘力が上がらなかった」

 酷く残念そうに言うお祖父ちゃん。

丁寧に布をたたみ傍らに置く辺り、育ちの良さがうかがえる。

「設定年齢はあの坊主の歳を想定して、十六〜十八歳、高校生あたりじゃな。もう、とにかくありとあらゆる雑誌や書籍を日夜読み漁り、さらに黄金率を元に全身と顔を形成し完成した、究極の、美少女アンドロイドといっても過言ではない」

 お祖父ちゃんの勢いに飲まれて真琴はベッドの上に仰向けに寝ている少女を覗き込んだ。

 目を瞑っている為定かではないが、確かに整った顔をしていた。

すっと通った鼻筋に、可憐な印象を与える唇。細い眉毛は最近の雑誌を読み漁っていただけの事はあり綺麗に整っていた。

妙に小さな顔に青っぽい髪と言うのが、読んでいた雑誌に混ざったイレギュラーを思わせるが、概ね良く出来てはいた。

体のほうも細身のスタイルだが、均整の取れたきれいなものだった。

 好みもあるだろうが、なるほど男の子受けしそうな外見だと真琴は頷いた。

「じゃなくて問題は名前だって」

 この名前はダイナミックな誰かを想像させる。

 真琴の言葉を無視して、お祖父ちゃんはスペックを語りだした。

「身長百五十四センチ、体重八十一キロ、少々重めじゃな」

 というかもの凄い隠れ肥満だ。

「わし特性の特殊合金で体を作り、わし特性自家培養人工皮膚でそれを覆った」

 恐るべき自給自足。

ただしプレゼンには向かず。

「また人工知能は、より人らしい動きを可能にする為、研究に研究を重ね、つい先頃完成したばかりのスーパー人工知能を使用」

 とにかく、最新の科学には一切頼らずに完成させた、お祖父ちゃん究極の一品らしい。

アスリート風に言うと自己新記録。

「…うーん、本家よりボリュームが無いのね」

 プルームが胸を触りながら言う。……いや、本家って。

「そうじゃな、まあ、ミサイルでも詰もうと思えば、でかくもするんじゃが……さて」

 また、すれすれの事を言いながら、お祖父ちゃんが、コンソールの方を向く。

画面には簡略化されたハニ子の姿があり、隅の方を、縦に数値やらが流れて行っている。

「いよいよ点灯式ね」

 プルームがそう言ったが、クリスマスツリーを前にしたような高揚感は真琴にはなかった。

―――また変なモンが出来上がろうとしている

 呆然としながらも、多少の興味があるのは否めなかった。

「スイッチ……オン」 

 きゅいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ。

 ハニ子の体から耳の奥に綿を押し付けられるような音が聞こえてくる。

「動いた…」

 いつの間にかハニ子に釘付けになっていた。

 その手が足が確かめるようにゆっくりと握ったり開いたりを繰り返す。

 続いて、瞼がピクリと動いた。

重たそうにゆっくりと持ち上げていき、開ききったところで、数度瞬きを繰り返した。

「綺麗な目ね」

 エメラルドグリーンの瞳の色。

よくよく見ると虹彩の部分は小型のカメラになっているのだが、よっぽど近づかない限りそれも分からない。

「凄い…」

 思わずこぼれた真琴の言葉にお祖父ちゃんが嬉しそうに目を細める。

 そうこうしている内に、ハニ子は上半身を起こそうとしていた。

きちんと肘を突いて、手で支えるようにして体を起こす。

 上半身が起ききると今度は周囲を確かめるように頭を動かした。

 真琴、プルーム、お祖父ちゃんの順番で、きちんと顔の位置で視線が止まっていく。

 それから、観察の対象は自身の体に移って行った。

手で確かめるように、一箇所一箇所を恐る恐る触っていく。

「この子喋れないの?」

 真琴がお祖父ちゃんに向かって訊ねた。

「いや……ほれ」

 胸を触っていたハニ子が三人の方を向いて、ゆっくりと口を開こうとしていた。

「……ぺ」

 ぺ?

 見守るのにも何故か力が入る。

きっと子馬が立つのを見守るのはこんな心境だ、とすっかり入れ込んでる自分に気付かない。

 眉毛がゆっくりと八の字になり口を尖らせ、完全なご不満フェイスになるハニ子。

「…ペタンコであります」

 ボソッと悲しげにいうハニ子に顔からこける真琴。あわてて真琴を抱き起こすプルーム。

「…それはまた別のアンドロイドじゃな」

 一人だけ冷静なお祖父ちゃん。

本当に色んな本読んだんですね。

 こうして、如月ハニ子は無事目を覚ましたのである。




「困った」

 駅を出るとそこは人で溢れていた。

 道に迷うなどというレベルじゃあない。

そもそも一歩目のきっかけすら掴めずに、枝村えだむらいつきは立ち尽くした。

 村の人間の話だと、薫様の使いの人が駅の構内まで迎えにきてくれる筈だったのだが、初めて見る人の多さに圧倒されてる内に、気付けばここまで流されていた。

(これだけの人がいて、果たして使いの人間は私を見つけてくれるだろうか)

 ぼっと立ち尽くしていると、不安ばかりが浮かんでくる。

 樹は改めて自分の着ている物を見直した。

初めて村から出るということで、村の皆から渡された都会用・・・の洋服。

 二十年くらい前からすっかり見なくなったような格好を見つつ、樹は愕然としてしまう。

(まるで遜色なしっ!)

 何てことだ、恐ろしいほどの溶け込みよう。これじゃあ、絶対に使いの人間に見つけてもらえるわけがない。

絶望的な気分に囚われている樹には周りの人間のボソボソと噂し合う声など聞こえていない。

……一番多かったのはタイムマシーン?という意見だった。バブルからゴー。

(いやっ)

 打ちひしがれていた樹は拳を握った。

(ここで、ジッとしていても埒が明かない。こうなったらとにかく動いて活路を見出さねば)

 完全に道に迷う人間の思考回路で、樹は歩き出した。

(とりあえず西へ!)

 力強く始まる一人西遊記。目指す映都東町商店街は、はるか東……。




「名前は?」

「如月ハニ子であります」

「わしが誰か分かるかの?」

水城みずき善一郎ぜんいちろう博士。わたくしの生みの親であります」

「ふむ……」

 淀みなく答えるハニ子に、お祖父ちゃん……善一郎は満足そうに頷く。

「お前の目的は?」

「にっくきサンレッドを倒す事であります」

「…だれそれ?」

 振り返ってプルームのほうを見る。

さあ、と肩をすくめた。

「あの子ってそんな名前だったかしら?」

「…いや、特に名前なんてなかったと思うが…」

 戸惑う二人に、ハニ子が初めての大声を上げる。

「ダメであります!あらゆる存在には名前が無くてはいけないのであります。私を見てください」

 ドンと無い胸を叩く。

「私には如月ハニ子という立派な名前があるであります。それゆえに身の内から輝くような個性も生まれようというものであります。それが、例え敵とはいえ名前が無ければ憎しみも半減するものであります」

「……あなた特A級のパクリなんだけどね」

 プルームの言葉は置いとくとして、善一郎はうーんと唸った。

「まあ、わしらが困るわけでもないしな、好きに呼ぶがいい」

 ハニ子がぱあっと顔を輝かせる。

「さすがっデガスターの大幹部であります。度量が……」

「ちょっと待て」

 ハニ子の言葉を速攻で遮る。

「……それは?」

「それ、とは?」

 ハニ子が首を傾げる。

「そのデガスターって言うのは?」

「ああ、われらが組織の名前でありますか?」

 わ・れ・ら・が・そ・し・き・?

「ださい」

 プルームの言葉を心外だと言わんばかりに、口を尖らせる。

「ダサくないであります!名前はいるのであります!」

「そうかの?他に比べる対象も無いのに名前なんかいるとは……」

「イヤでありますっ。名前はいるであります。名前をつけてグダグダだった昨日にサヨナラするのでありますっ」

 彼女なりの克己心らしい。

 伺うような善一郎にプルームが笑って答える。

「まあ、昔から泣く子には勝てないって言うしね」

 ……こうして、商店街の長い戦いの歴史において初めてドラスティックとも言える改革が行われる事となったのである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ