幕間 〜悪党どもの挿話〜
薄暗い部屋。
世の小型化の流れをあざ笑うかのように、巨大な演算装置がカタカタと音を立てている。
オシロスコープの青白い画面が、暗闇の中にボウっと光り、そこにモノクルをつけた白髪の男を浮かび上がらせた。
この過去の遺物展のような場所こそ、東町商店街に出没する悪の組織の秘密ラボである。
部屋の中央にベッドが置かれ、その周囲にたくさんのモニターが置かれてあった。
ベッドの上には、蜘蛛を歪形させた体を持つ人型の何かが横たえられていた。胸の中心には深い凹みがあり、体中にコードが繋がれていて、それが、医療機器に見えなくもないものへと伸びていっている。
「ふむ……」
ベロベロベロベロベロ……と機械から吐き出された紙に書かれた数値を見ながら、男は顎に手を当てた。
「どう思うね」
背後を振り返り、紙を差し出しつつ尋ねる。
暗闇に片羽の蝶が浮かんだ。
細長い紙を受け取ったプルームは、それを一瞥すると興味なさそうに手を振った。
「さあ?考えるのは私の仕事じゃないし」
ベッドに横になっている蜘蛛男を撫でながら、婉然たる笑みを見せる。
「とにかく、もうこんな事は勘弁して欲しいわね」
いわれて決まり悪そうに男が頭を掻く。
「んー、悪かったとおもっとるよ。お前にもあの坊主にもな。どうしても新しい人工知能を試したくてな」
そう言うと、蜘蛛男の体からコードを抜いていく。
「ん、問題ないじゃろ」
手を当てて首をコキッと鳴らす。
「それで、アレはいつ頃完成しそうなの?」
プルームが期待するような目で男の方を見る。
「ふむ、外装自体はもう出来とるしな、今回の事で人工知能の欠陥も見つかった。…まあ、無駄足にはさせんですみそうじゃよ」
「お願いよ」
にぃ〜っと猫のあくびのような笑顔を浮かべた。
と、その時。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああ」
頭上。地上の自宅で叫び声が上がった。
「「あ」」
プルームと男が、しまったと言う様に顔を見合わせた。
ガタガタと何かが揺れる音がし、カターンと何かが倒れ、カシャーンと割れたのは一体なんだろうか。
ラボから地上に繋がるエレベーターが上昇しだし、直ぐにまた降りてきて、地上で飲み込んだものを吐き出した。
「何で起こしてくれなかったの?!」
「おはよう。まぁちゃん」
陶然としたプルームが、現れた少女に抱きついた。
「いや、ちゅう、は良いからお姉ちゃん」
顔を近づけてくるプルームの顎を押さえつつ少女は男の方を見た。
「どういうこと?おじいちゃん」
「ん、いや、実はな、この蜘蛛男が逃げ出して……」
「あ、ごめん、やっぱ聞いてる時間無いや」
「う……う、む」
残念そうに俯いた男を尻目に、少女は時計に目を遣る。
ちゅ、っと音がして頬に湿り気を感じた。
「隙あり」
「ちょ、止めてって……あ、ほらもう口紅付いちゃったじゃんかー」
「うふふ、可愛いまぁちゃんが悪いんだもん」
「もう、まぁちゃんはやめてっていってるでしょ」
手鏡を取り出してハンカチで口紅の後を拭き取っていく。
「まぁちゃんはまぁちゃんだもん」
プルームが少女の後ろから抱き着いて頬ずりを始めた。
「お、お姉ちゃん、面が痛い、面が」
「あーほれ急がなくていいのか?」
じゃれ合う二人に、落ち込んでいた男がそう言ってプルームに睨まれる。
「もう、だからお年寄りって空気が読めないとか言われるのよ」
がくーんと肩を落とした男を慰めるように少女が笑顔を見せる。
「ああもう、おじいちゃん落ち込まないで。ほら、今日は何番でいけばいいの?」
そう言われて嬉しそうに顔を上げた男がモニターの方を見た。
そのうちの一つを指差す。
「今は五番じゃ。人通りが一番少ないからのこの時間」
嬉々として教えてくれる男にクスッと笑みこぼした少女はエレベーターに乗り込んだ。
五番のボタンを押す前に一緒に乗り込んでいたプルームを追い出すのを忘れない。
「ああん、まぁちゃぁん」
「もう…………いってきますっ」
扉が閉まって、エレベーターが動き始めた。
モーター音は遠くなって行く。
「まぁちゃあぁん、カンバッーーーク」
「お前ホントに直らんな、その病気だけは」
病名、重度のシスコン。
プルームはモニターを凝視していた。
「ん?」
男の目が別のモニターに一人の男子学生が走ってくるのを写した。
少女の乗ったエレベーターは地上に彼女を吐き出した後、既に地下へともぐっている。
「……こいつも遅刻かの?」
モニターの中、少女は眼鏡を拭いていた。
ラボでばたばたしていた時にほこりでも付いたのだろう。
走ってくる少年には気付いている様子は無い。
一方、男子学生の方も、リンゴを銜え何故か蒼い顔をしながら走っている。
心ここにあらずとその顔に書いていた。…二人が同じ画面に映る。
次の角を曲がった時、二人はぶつかってしまうかもしれない。
「この坊主も東高の生徒か………もしかして、これが原因で何かが始まったり…」
「ない」
「いや、もしか…」
「ないから」
未だかつて無いほど冷たい目で見られ男は黙った。
只、プルームの想いはともかく、モニターの中で二人は正面から衝突してしまっていた。