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番外編3  ”希望”  3

 以前、誰かに言われた事がある。

「何年も土の中に居たんだからさ、一夏鳴き続けるくらい我慢してやろうよ」

 蝉の事だ。

夏の風物詩。

季語になっているかどうかは知らない。

 橘美晴は、疲れたような声で返した。

「目の前に、一週間何も食べてないライオンの親子。それだけ我慢してたんだから、あなたは黙って食べられてあげるのね」

 もの凄い極論だった。

条件は同じだが、差し出すものの重さが違う。

それでもそいつは黙った。

 大体、と、美晴は思う。

蝉にとって土の中に居ることが苦痛だと、どうして決め付る事が出来るのか。

ヤツらは、地上に出なければならない己の不幸を嘆いて泣いているかもしれないではないか。

もしそうだとしたら、夏中泣き言を聞かされる身にもなって欲しい。

……というか、そもそも、アレは鳴くと表現していいのか。

羽を震わせて音を出すのだったら、人が拍手するのも鳴くと言うのではないのか。

足は本当に六本もいるのか。

真ん中の足を上手く活用しているヤツなんか見た事ないぞ、こら。

 要するに、虫全般が嫌いな美晴である。

色々いちゃもんをつけてみたが、本当は想像するのも嫌なのだった。

それなのに、ミンミンジョワジョワと聞こえて来る鳴き声は、いやでもその姿を脳裏に浮かばせる。

 ふう、と表情には出さずに冷や汗を拭った。

黙ってテレビの音量を上げてみる。

「あ、おい」

 不満が挙がったのは、ソファから。

ランニングにトランクスと、今年も下着で行きますけどみたいな格好で、父親が甲子園を見ていた。

右手に団扇、目の前にはビールと枝豆。

直ぐそばに置かれていたテレビのリモコンは、美晴に奪われた。

 ぐてっと体を弛緩させた父親を見て、これは、何て言うか相当見苦しいのではないか、と思う。

かえりみて彼女の格好はと言うと、モスグリーンのタンクトップに、デニム地のホットパンツ姿。

型紙に大差はなさそうだが、観賞価値では雲泥の差がある。

 溜息をついて、美晴はテレビの方を見た。

音量を上げたため、内容が耳に入ってきたのだ。

 大きくサイレンが鳴っている。

試合の決着がついたらしい。

敗戦校の生徒の一人が、泣きながらチームメイトに慰められていた。

実況によると、彼はエラーを犯し、それが決勝点に繋がったそうだ。

「……あんな小さい球使ってるから」

 そういう問題か? と父親は首をかしげたが、黙っておいた。

娘が高校野球を嫌っているのを思い出したからだ。

彼女にとって、嫌い、は、苦手、と同義のようであった。

どうして好き好んで、こんな切ない光景を見なければならない、と言うのが彼女の言い分だった。

総じて、夏に楽しみの少ない女である。

 逃げるように視線を逸らすと、そのタイミングを窺っていたかのように電話が鳴った。

リビングの入り口付近に据え置かれている電話台から、受話器を持ち上げる。

「はい、橘です」

「こんにちわ、こちら映都祭運営委員のモノなんですが」

 声は男のものだった。

いやに軽妙な喋り方は、軽薄さよりも世慣れた感じがする。

「…………ああ、夏祭りの」

 しばらく考えた後、思い当たった。

八月の第四週。

夏の終わりと言うよりは、秋の入り口に近い頃にある中々大きなお祭りだ。

「そうです、そうです」

 受話器の向こうで声が弾む。

「去年はどうもお世話になりまして、今年は我々西町商店街が当番をやらせていただきます」

「……はい」

 伝わるわけもないのに、美晴は頷いていた。

 この夏祭りは、商店街が主体となり、その運営は各商店街で毎年持ち回りで行われている。

去年の当番は東町商店街だった。

美晴自身も何故か運営にかり出され、内情について、あれやこれや記憶していることは多い。

そんな事情もあったから、何となく用件を尋ねてしまっていた。

「……それで、どういったご用件で?」

 彼女の声には相変わらず疲労感が漂っていたが、相手は気にした様子もなく言葉を続ける。

「はい。実は今年の祭りでステージを設置する事になったんですよ。ところが、予定していた地元出身の歌手を押さえる事が出来ませんで」

「……それは残念でしたね」

 美晴としては、そうとしか言いようがない。

しかし、相手はそれではすまなかったらしい。

「それが、ただ残念ではすまなくて。実は、もう資材やらなにやらの搬入はすんでるんですわ」

 そのワリに暢気な声で言ってくる。

「……そうなんですか」

 と、こちらは、今年の委員会の段取りの悪さに、多少苛立ちを覚えている。

東町商店街だって出資はしているのだ。

「あのー、そこでですね、一つお願いがありまして」

 声に、窺うような音色が混じり始めた。

明るかったり、媚びてみたり。

なんとも忙しい交渉術だ。

「そちらでいつもってらっしゃる、ヒーローショーをですね、そのステージで演って欲しいんですが」

 ……………………。

 ……………………。

「は?」

 いかがでしょう? と訊ねてくる向こう側で、ミン、と、蝉が一鳴きしたようだった。




 その言い種に、美晴は正直首を傾げざるをえない。

彼らはいつから、職業、役者になったのだろう。

劇団何わりで、何メルボックスなのだろうか?

 疑問はつきなかったが、無下に断るわけにもいかず、返事は保留とした。

 受話器を置き、しばし黙考。

「なんだった?」

 父親が尋ねてきた。

「…………出演依頼?」

 何故か疑問系で答える。

「なんの? お前に?」

「……まさか。夏祭りの役員から、ここでやってるヒーローショーをやってくれって」

「ふーん……って、二代目にか?」

 大仰な呼び名は、殆ど彼の趣味である。

ぽよんとしたお腹で何言ってんだかな趣味だが、慣れているので頷いた。

「それは……何て言うか……共食い? いや、逆輸入?」

 言いたい事は分かっても、どれも的を射ない。

セルフカバー、自虐ネタ、言葉は何でもいいが、演出からキャスティング、はては脚本主演までこなす監督に抱くような、何となく不健康なイメージは拭えない。

「……問題は、アキナ君がうんと言ってくれるかどうかだけど」

 あえてそこからは目を逸らし、美晴はしかつめらしく呟いた。

「いや、無理だろう」

 妥当な即答だった。




だ」

 斯くして、橘親子の予想は当たった。

 東町商店街からも程近い、駅前のドーナツショップの店内。

そこに、東町商店街所属、劇団無名座の面々は集められていた。

大手のチェーン店……を模して作られたその店は、見倣った通りの概観と内装で、恥ずかしげも無く本日も元気に営業している。

本店? と同様ほぼ全面ガラス張りで、椅子やテーブルにも偽者ならではのどこかチグハグな統一感がある。

ただ、店主はカンバン泥棒ではあっても、調理人としての良心は残しているらしく、味にはそこそこの評判がついた。

 で、その一席。

窓際四人掛けのテーブルに、四つの人影があった。

秋名大地、水城佳乃、橘美晴、如月ハニ子、の三人と一体だ。

ハニ子を除く劇団員二人の前には、飲茶中心のランチセットが供されていた。

前払いの会計は美晴が持ったが、財布から伸びた紐を辿っていけば、西町商店街に繋がっている。

 どうも奢りと言う言葉に素直になれないらしい大地は、疑わしげに美晴を見ていたが、空腹時を狙った甲斐もあって、プレート上の食事は直ぐに片付けられた。

食後のタイミングを狙って、美晴は前日の電話の内容を二人と一体に語った。

なので、上記の返答は、セット内容のウーロン茶を啜りながらのものである。

 ズズズズ……と、蓋のされたカップから突き出たストローで音を出しながら、目の前に座った美晴に向って大地は首を振った。

「……て言うか、やっぱりタダじゃなかったんすね」

 どこかガッカリした様子の大地を見て、少しだけ前傾していた美晴は姿勢を正し、何を当たり前の事を、と言う顔をした。

「当然でしょう」

 少し前まで、彼女を含めた東町商店街の一部の人間は、無償で大地達――と言うか、秋名薫を支援していた。

過去に、知る機会が無かった為に招いたある事に対しての罪滅ぼしのつもりだったのだが、およそ三ヶ月前に何とか大団円を迎える事ができている。

「今回は全然別口からのお願いだから」

 疲れたようにそう言うと、視線をチラリと大地の横にやった。

「あなたはどう?」

 食事を終え、楽しそうに二人のやり取りを見ていた佳乃は、んー、と、これまた楽しそうに唇に指をあてた。

「……私は別にいいけど」

「嫌っす」

「ですって」

 大して悪びれた様子も無く、佳乃は微笑んだ。

 ふうと息をついて、美晴は背もたれに身を預けた。

腕を組み、考える素振りになった。

 将を射んと欲すれば……考え方としては間違っていないはずだ。

この場合、どちらが将か馬かは微妙な所だったが、ただ、目の前の二人の力関係は意識してか無意識にか、美晴が考えているほどには単純では無さそうだった。

(そう言えば……)

 ふと、以前も顔を出した疑問が浮かんだ。

(この二人はどうして今も闘っているんだろう)

 以前までの闘いは、佳乃はともかくとして、大地の方は、薫のわがままに巻き込まれていただけの筈である。

その事を不満に思っていたはずだし、現に今も態度自体は不満そうなのだ。

佳乃の妹である水城真琴が言うには、コレも”約束”らしいのだが。

 或いは、その辺りを突いてみれば何か突破口が開けるのかも。

 表情にはあまり出ないが、美晴も一所懸命だった。

夏祭りの成否は、商店街、ひいては橘家の財政にとってもかなり重要な事だった。

もし仮に上手くいかなかったとして、食卓から一品おかずが消えると言うのは、商売人の娘として中々プライドを傷つけられる。

 美晴が黙った事による沈黙は長くは続かなかった。

言い訳がましいことを、大地が気まずそうに述べ立てていた。

「大体、仮にも本物が偽物を演じるなんて不健康だ。どうして好き好んでこんな罰ゲームみたいな事をしなくちゃいけないんすか」

「……アキナ君、”don't think don't feel”」

「……な、なんすか、その恐ろしい標語は」

 たかがお祭りくらいで、思考と感受の権利を奪われそうになった大地に、美晴は冷ややかとも取れる溜息を漏らす。

「町を愛する一員として、地域に貢献したいと思わない?」

「商店街への貢献なら今だって十分にしてるでしょ」

 この言葉は事実だった。

本物のヒーローという世にも珍しい客引きによって、集客数に伴い、各店舗とも以前より売り上げを伸ばしている。

薫が関わっていない分、商店街の人間に遠慮がなくなった結果だった。

 痛い所をつかれた思いで押し黙った美晴だったが、助け舟は意外なところから出された。

「なら問題ないのではないか?」

「は?」

 一同の視線が発言者――ハニ子に向って伸びた。

放って置かれた(飯食えないし)為、不満気な表情で、それでも突然集まった視線に、やや居心地の悪そうな態度で言を繋ぐ。

「今までやっていた事を、これから出来ない道理はないのである」

「そ……れも、そうねぇ」

 明快な言い様に、感心したような口調で佳乃が応えた。

きっちり三秒後、褒められたと気づくハニ子。

嬉しそうに口元が綻ぶ。

「い、いやいや、問題あるって」

「む、どこがだ? 人目についているのは今も同じであるし、違いと言えば場所が決められているくらいで、それも大きな違いではないのである」

「う、ぐ……」

 言い返されて、言いよどんでしまう。

「そう考えれば、いつもやってる事をやって、アルバイト代も出るんだもんね」

 佳乃が頷きながら言ったのを見て、美晴はこの流れに乗ることにした。

「急に頼んだ事だし、バイト代の事はきちんと交渉させてもらうから」

 大地が何か言い出す前にそう付け加えると、佳乃が身を乗り出すようにしてハニ子の頭を撫でた。

「えらいえらい」

「当然であります」

 頑是無い笑顔で、心なし、頭を佳乃の方に差し出している。

「よかった。皆にOKしてもらえて」

「え、お、俺もなのっ?!」

 慌てたように大地が視線を向けると、水城家の二人はコクリと頷いた。

「だって」

「何も問題ないのである」

 ねー、と二人は仲良さ気に視線を合わせた。

「そ、そうなのかな? 本当にそうなのかな?」

 どこか納得のいかない様子の大地を尻目に、満足そうに頷いている美晴であった。




 と、いう事があったのが、実は三日ほど前。

 そして、現在。

 八月十二日の空は、丁寧に濾したカスタードクリームのように、濃く滑らかな青を地平へと伸ばしていた。

膨らんだシュー生地を思わせる巨大な雲が、段々に陰を作りながら、青色の下に大きく広がっている。

 日本中の彼方此方でグラスの中の氷がミシミシと軋み、時折カランと大きく音を立てる。

八月も半ばに差し掛かり、蝉の声は益々盛況だ。

彼方へと遠ざかっているはずの夏の音を聞きながら、家へと帰る秋名大地の足取りはやや重かった。

 三日前に無理矢理取り付けられた予定は、大地の心を一時暗くした。

 しかし、そこはそれ、いつまでも悩んでいたからと言って、事態が彼にとっていいように転がるわけでもない。

早々に諦めて、諦める事に軽く慣れてしまった自分に溜息をつきながらでも、この日、気持ちはようやく上向きになり始めていた。

(確かに考えてみれば、やってる事は変わんない訳だし、夏休みのバイトと思えば、割りの良いモノではあるんだよな)

 その点において、橘美晴は信用できるマネージャーであった。

時給にして、五パーセントのアップを取り付けてきた旨を知らされたのは、つい昨日の事だ。

(まあ、人生どっかで辻褄は合うそうだし、不運の前借りをしたと思えば、悪い話じゃない、の、か?)

 自分で首を捻ってしまうような理屈だった。

 強引な割りに消極的な希望にすがりながら、大地はいつの間にか目の前にあった自宅の玄関を開けた。

「ただいま」

 帰宅の声を上げ、直ぐにそれに気が付いた。

 行儀良く揃えられた革靴。

黒く磨き上げられた、高価そうな。

 見覚えがあった。

「これ、渡さんの……」

 それを見た途端、脳裏に閃いたのは、嫌な知識だった。

 靴を脱ぎ踵を揃えて置いて、駆けるように居間へと向う。

勢い良く開け放った障子の向こうに、談笑する二人の姿があった。

「おかえり」

 その内の一つ、枝村樹が声をかける。

「あがらせてもらってるよ」

 彼女に対座している、渡康平が顔を向けた。

胡散臭いくらいにこやかに微笑まれて、寒くもないのに背筋が震える。

(……闇金より酷ぇんじゃねえか?)

 どうやら、不運にも利子はつくようだった。




 同日、ほぼ同時刻。

「またぁ?!」

 奇矯な声を上げた玲子は、思わず周囲を窺っていた。

職員室内をキョロキョロと見回す。

……よし、誰もいない。

「いえ、そういう芝居をしてほしいんです」

「あん?」

 続いた那乃川の言葉に、上司に対するモノとは思えない声を返す。

「……どういう事ですか?」

「説明しましょう」

 コホンとわざとらしい咳払いが聞こえた。

「えーと、およそ三ヶ月前ですか、あなた達がフィックスを不当に使用したのは」

「んがっ、そ、それは……」

 な、何故知っている!

 玲子は慌てかけたが、直ぐに理由に思い至った。

「もしかして……渡君ですか?」

「……あろう事か、私を懐柔しに来ましたね、彼」

 ケータイの向こうで、くいっと眼鏡を押し上げたのが分かった。

(あの馬鹿)

 吐き捨てるように、心中で零す玲子。

よりによって、監査する立場の人間に共犯をそそのかすとは。

不正を暴く人間と秘密を共有してしまえば、罪自体に問われない、と言うのは確かに一つの理屈ではあったが。

……世の中には、屁理屈と言う言葉も存在する。

「え〜っと、そ……れで?」

 か細く窺うような玲子の声には構わず、那乃川の説明は続く。

「我々のように、日常的に非日常と接する機会の多い職業であっても、フィックスは破格の存在でしてね。タイムマシーンと言えば夢のアイテムですから、これまでも一部の人間にとっては興味の対象でした」

 それは玲子の知るところでもあった。

だからこそ三ヶ月前、あの場で彼女は最初反対を示していたのだ。

「日本支部はアレの研究には消極的で、以前から不満を持ってる人たちも結構いたみたいですね。それが、あなた達が三ヶ月前に使っちゃった所為で、そんな人たちを悪い具合に刺激しましてね……まあ、一応調査による実動試験としておきましたが、こちらとしても何らかの対応が必要なんです」

「……でもフィックスは」

「そうですね。あの玉ころには確かに大きな力はありません。人助けは出来ても、世の中を変えることは出来ない。現状を固定して、時間移動による変動はありえないと言うルールがある限り。あれは歴史の教材としては優秀でも、はっきり言って、この機能がある所為で価値は半減してますし、何よりこの機能自体存在する意味があまりないように思われる」

 少しの間のあと、ただ、と前置いた。

「我々の理念を覚えてますか?」

「”空想できるものは、存在できるもの”」

「そうです。このなんとも懐の広い標語の所為で、少しばかり困った想像が成立してしまうんです」

「困った、想像?」

「そ。……もしかしたら、世の中を変えることの出来るタイムマシーンもあるのではないか、という夢」

 あ、と玲子は声を上げた。

 言われるまで、そんな事思いもよらなかった。

なまじっか中途半端な本物がある所為で、変な固定観念が出来ていた。

よくよく考えてみれば、こちらの方が異端なのだ。

「今のところ、そんなモノの存在は確認されていません。もともと、目的はあっても目標はないような組織ですから、それは良いんですが。困った夢に取り付かれた人たちは、血眼になってそれを探しています。……しかし、見つからない。すると、どうなると思います?」

 答えは玲子にも分かった。

「……都合よく、事実の方を解釈するんだと思います。現状をセーブするという一見意味の無さそうな機能。……これには、本当に意味がないのではないか? って」

「その通りです」

 今にも良く出来ましたと続きそうな声色。

「現状を固定する機能には意味がなく、有ったとしてもそれは飽くまで機能の一つで、フィックスこそが、そのタイムマシーンなのではないか。……というのが夢想家達の見ている夢です。しかも、遅々として進まない日本支部の研究に対して、実は解明はすんでいて日本支部は装置の独占を計っている、なんて事まで言われちゃいまして」

 いや、言われちゃいましてって。

 それは結構、大事おおごとなんじゃねーかなー、とか思いながら、玲子は溜息をついた。

 それにしても、なんとも想像力豊かな事だった。

この場合純粋に想像力と言って良いかどうかは分からなかったが、少なくとも自分より多くの可能性を見ている人たちなのだろう。

 ふと思いついて、玲子は聞いてみた。

「まさか、那乃川さんも夢想家の一人だったりしませんよね」

「……」

 向こうから、どっちとも取りにくい、すごく困る沈黙が降りる。

「……え? 図星?」

 その言葉を何とか飲み込んだとき、通話口から反応があった。

「……ここだけの話なんですが」

 なんとも深刻そうな声。嫌な予感を煽るような。

「本当言うと、実際これっぽっちも進展がなくて、全く何も分かってないんで…………あれ?」

 がちゃーんと言う音が聞こえたのだろう、もしもーしと心配そうな声が聞こえてきた。

「だ、大丈夫です。ちょっと椅子からこけちゃっただけで」

「気をつけてくださいよ、君も若くないんですから」

 ……なんだと、このやろう。

 めでたく額の三叉路が復活した所で、打って変わって明るい声が。

「そんな具合でね。そういった諸々がばれる前に、とっとこ盗まれちゃいましょう」

 夏休みの宿題が終わってない小学生が、学校燃えねーかなーって言うのと同じトーンだった。

「そんなこと言って、具体的にどうするんですか?」

「ここは、経験者優遇という事で。水城佳乃さんに話は通してあります」

 なんつーバイトだ。

絶対履歴書に書き込めない職歴だった。

「でも、いつまで……」

 と問いかけて、思い出す。

「あ、そうか、だからこのタイミングなのか。確かアメリカ支部から視察が来るんでしたね」

「そうです。フィックスの件で一名エージェントが送られてきます」

「あー。……あ、だったら秋名君の方にも?」

「はい。渡君が話をしに言ってます」

 どっちもどっちに思える共犯関係だった。




、です」

 と言うわけで、再び秋名家。

 一通り康平に話を聞いた大地の返答だった。

「そこを何とか」

 懇願するように、目の前で康平が手を合わせてきた。

 しかし、拝み倒されたって、聞けることと聞けないことがあった。

ただ、今回の話をどっちの箱に詰めるかは、正直引越し業者の頑張り次第だったりする。

なんと言っても、三ヶ月前の後始末なら、責任の一端は大地にもあったからだ。

「で、でも、だって俺要らないじゃん! エージェントだかジェントルマンだかが来るんだったら!」

「そうもいかないんだって。…あ、良い?」

 と、樹に煙草の箱を見せる。

「ちょっと待って」と言って、樹はどこからかごつい灰皿を持ってきた。

喫煙者に寛容な家、秋名ハウス。

「そいつにばれちゃいけない以上、ある程度は本気でやらなきゃいけないんだよ。そうなった時、俺じゃあ説得力無いだろう?」

 灰皿に灰を落としながら、それに、と続ける。

「視察に来るヤツ、元々協力者だったらしいんだよ。つまり君と同類」

 激しく反論したかったが、意見をさしはさむゆとりは無い。

「なんか力を持ってるとしたら、展開次第じゃあ佳乃さんにも危険が及ぶ可能性がある。いいの? 彼女が怪我しても?」

「……そりゃあ…嫌、ですけど……」

「だったら、頼むよ。相手が本気でどうこうしてくる前に、未解決で事を解決しなくちゃいけない。それには適当な力を持った人間が必要なんだ」

「…………」

 沈黙は長くは続かず、溜息がそれに報いた。

続く言葉はなかったが、受諾と同じ意味だ。

「よかった」

「……まあ、この件に関しちゃあ、俺にも責任はあるわけだし、しょうがないっすね」

 それにしても、と、大地は思う。

「……なんか最近こんなんばっかりだ」

「あははは」

 樹になんかウケた。



「よし、それじゃあ行こうか」

「え、どこに?」

「空港」

 康平は煙草を消して、立ち上がった。

キョトンとしている大地に向けて、なんでもないように言う。

「なんで?」

「ジャックを迎えに行かなきゃ」

「えと……そのリゲインなしで二十四時間闘ってそうな人誰?」

「視察に来るエージェントだよ。もう直ぐこっちに着くんだ」

「え! 今日!?」

 勢い良く立ちあがろうとして、膝を強かにテーブルに打つ。それを見て、樹がきゃっきゃ喜んだ。……楽しそうで良かった。

「……ぃったー。だ、だって心の準備とか」

「悪いけど車の中でしてくれ。千葉を拾っていくから、少し時間有るし」

 そんなこと言われても、とか口の中でもごもごしているうちに、腕を引かれた。

「じゃ、行こうか」

「だ、で、が、ちょ、無理、心の準備無理!」

 無理ーーーー! と廊下に消えていく声を聞きながら、

「いってらっしゃーい」

 暢気に樹が送り出した。

魔法が飛び交う異世界なんかより、アメリカのエージェントって言葉の方が書いてて嘘くさいのはどうしてなんでしょうか。

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