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プロローグ 〜とあるいつもの日常〜

「だあああああああっしゃあああああああぁぁぁぁぁ」

 後ろ回し蹴りが蜘蛛型怪人の腹に直撃する。

その際放たれた右足は炎のように赤く輝き、鳩尾にめり込んでいく。

「ぐえええええ」

 体を折り呻き声を上げるという怪人らしくないリアクションをとりつつも、何とか崩れ落ちるのだけは耐えたようだ。

たたらを踏みつつその場に止まるが、微妙に震える以外は体を動かせずにいる。

「今だ」

 それを見て取ってヒーローが叫ぶ。

バイザーを緑の光群が走り抜け、体が淡く白い光に包まれた。

 「とう」と一声して伸び上がって垂直にジャンプする。

人外の跳躍を見せると丁度アーケードの天井あたりで限界点を迎えた。

 そこから自由落下を始めた時、ひときわ大きく声を上げた。

「必殺…」

 纏っていた光が力強く輝きを増す。

 目の前の空気を蹴り――「スーパー…」――伸身でひねりを加えたバク宙を決め――「シャイニング…」――着地して体を丸めてクルクルと三回宙返り……をすべて空中でこなした。

「キィィィィィィック」

 赤い光群がバイザーに流れる。

体を包んでいた光は爆発的にその光量を増していき、小さな太陽のようになっていた。

 それが、一直線に落ちてくる。

狙点の中心には怪人の姿があった。

 落下に合わせて楕円になった光は体中に塗された羽毛が風に剥がされるように散っていき、その下から赤い人型の輝きが現れた。

 同じ場所を何度も塗りつぶすような長い一秒。

実際は、ちょっと待って、とも言い切れない瞬間。

「ちょ、待っ……」

 果たしてそれを蹴りと呼ぶ意味があるのか?

 体重六十kgの火の玉が時速二百kmくらいで突っ込んできた時、そいつがどんな格好をしているかなんてのは、さして重要ではないと思うのだけれど……しかし、さもそこが大事だといわんばかりにヒーローは蹴りの体裁を保っている。

「ぎゃぶあろっしゅたぶろれぶるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 胸にキックを喰らい怪人は吹っ飛ばされたが、こうなってしまえば、やはり何を喰らったかなんて些事でしかなかった。

 災難のような攻撃によるベクトルが人幅大の溝を作っていく。

五十メートル程進んで停止すると、シューという出処のわからない音を立て始めた。

「…………」

 沈黙とともにピクリとも動かなかった体が、矢庭にぶるりと震えた。

ぼんっと間の抜けた音を立てて爆発するとたちまち白い煙を吐き出した。

「あら、もう終わり?」

 突然艶っぽい声が上がった。

 ヒーローが声のした方を振り返ると、視界に見覚えのある一人の女が立っていた。

「ちっ」

 思わず舌打ちがこぼれた。

 四季を冒涜するようなボンテージファッション。

黒い革のビキニに幅の広い同色のマント、ゴテゴテと蝶の装飾のされた半面の仮面をつけ、もう半分、素顔には同じように蝶をイメージさせるメイクをしている。

手袋にブーツ、チョーカーのように見えるのは首輪だ。

それぞれが黒い革製で出来ていた。

 そんな格好の女が、口元に指を当て困ったように首をかしげていた。

「プルーム……」

 忌々しげにヒーローが呟く。

 返事のつもりかプルームと呼ばれた女はヒラヒラと手を振ってくる。

「おはよう。調子どう?」

「……おかげさまで最悪だ」

「あらん、それはお気の毒に」

 色のある笑顔でそういうと、パチンと指を鳴らした。

「でも残念。今日は時間が無くて慰めてあげられないの」

 彼女の背後に全身黒タイツの集団が現れた。

「そう言わずにゆっくりしていけよ」

「ダーメ。さ、みんなはクモちゃんの回収」

 「ウィー」と、ぎりアウトな掛け声を上げて全身タイツたちが散っていく。

「させるかっ」

 駆け出そうとしたヒーローの足元で小さな爆発が起こった。

「ぐっ」

「邪魔しちゃダメよ。あれだってタダじゃないんだから。あれ一つあるとないとでどれだけ家計に影響を与えると……」

「なら、最初っからやるんじゃねえっ」

 言いつつもプルームから目を離さない。

 爆発の後には小さな水溜りが出来ていて妙な匂いが立ち昇っていた。

「ウフフ、それもイヤ」

 からかうようにそう言うと自分の唇に指を沿わした。

搦めとられるような視線にヒーローは後じさった。

プルームはそれを楽しそうに見ている。

「……終わったみたいね」

 出し抜けにプルームがそう口にした。

 耳を澄ませると、確かに背後からやり遂げたような「ウィー」が聞こえてきた。……どんなだ。

「名残惜しいけど、そろそろ行かなきゃ」

 プルームが親愛を籠めたウインクを送ってくる。

「黙って逃がすとでも思ってるのか」

「思わない。でも逃げるの」

 言うと右手をすばやく振った。

カラだった指の間に緑色の液体の入った小さな試験管が挟まっていた。

「しまっ…」

 次の瞬間、それは先ほどの水溜りに放り込まれていた。

パリンと試験管の割れる音がして中の液体が水溜りに混ざり合う。

俄に紫色の煙が発生して視界を奪い始めた。

「じゃあ、またね」

 煙に巻かれる寸前、そう言い投げキッスをして走り去るプルームの姿が見えた。

「ぐっ、くそっ」

 必死で手を振るうが簡単に払えそうも無い。

そうこうしてる間にも「ウィー」という声は確実に小さくなっていく。

「ちっくしょうっ」

 ……そして。

「二度と来るなあああああああああああああああああああああああ」

 煙が晴れた時、虚しく叫ぶヒーローの姿が有ったとか無かったとか。

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