お幸せに……
寒い風が吹いたので私は身震いすると、部屋に戻ろうと決めた。
私が好きなのは拓さん、あなたです。
三年ほど前からお慕いしておりました。
でもそれを伝えてもきっとあなたは信じてくださらない。事実を伝えても、あなたには……。
いつしか与えるだけから求めるようになった。花は奇形とかし、私はそのまま永遠に枯れる一歩手前まで妖精としてあり続けた。
―――このまま消えるなら、一瞬でもあなたの目に―――そう思ったことは間違いではないのに、それが叶うと欲が出て、私を蝕み始める。私はもう二度と妖精に戻ることは出来ない。たとえ、魔女に会って、妖精に戻してもらえたとしても……。
―――拓さんの心には、私の居場所はないのでしょうか?
思い足取りで部屋にもどると、拓さんは、なにやら張り詰めた表情で受話器と向かい合っていた。
「おかえり」その一言すらもかけてもらえなかったことが何故だかとても悲しくてお風呂の中で私は1人で泣いた。その後は拓さんが電話を切って私に気付くまで私はベランダの菫さんに話し掛けていた。
彼女は私よりも長いことこのベランダにいて、まるで頼れるリーダーみたいな存在だった。でも、今の私には彼女の姿どころか何を見ても妖精すら見えない。
自分で選んだはずなのに、どうしてこんなに悲しくなるのだろう……。
ベランダの窓が開く音がして、拓さんの声が私の背後から聞こえた。
「あれ?白百合?おかえり。なんで濡れてるの?風邪引いちゃうよ。中においで。」
私は素早くたまっていた涙を服と、拓さんを振り返り、「シャワー浴びたの。電話、終わった?」と笑顔できいた。
「え、あ、うん……。」
「拓君?」
「……白百合にも言わなくちゃかな……今、元カノにより戻そうって言われたんだ。」
私はしばらく何も反応できなかった。
しばらくしてから、「で、より戻すの?」と聞いた。
「わからない……すごく、好きだったんだ。でもだからこそ勝手に男作って勝手にいなくなったあいつがすごく、憎かった……それこそ、誰も信じるものかって思ったよ。今、より戻したら何かが戻るのかなって思うけど……すごく、悩むんだ。」
ずるい。あなたは、ずるい。私に結果を決めさせるというの。私に後押ししてもらえば、後悔しないで元カノと寄りを戻せるから?
私の胸のうちにどす黒い何かがたまっていく。
寄りを戻さないで、そう言ってもきっとあなたは私を何だかんだ理由を付けて好きにはなってくれないのでしょう?それならば……。
一瞬どす黒い光景が頭をもたげ、そう考えた自分に酷く後悔した。
私は、最低だ……。
「そう、ゆっくり考えて決めたらいいんじゃない?それよりもお風呂入ってきたら?」
笑顔でそう返すと、拓さんは、頷いてお風呂へ向かった。
いつからだろう、楽しくもないのに笑うことが増えた。いつからだろう、おもしろくもないのに笑ってる。人間は、悲しいと思うときも笑うのですか?
苦しいと思うときも、辛いと思うときも、笑うのですか?
それとも、こんなにもがいているのは、私だけですか?
時間は流れ、百合の花はいよいよただの枯葉のように咲いた形をとどめたまま萎れていく。
拓さんは毎日毎日首をかしげ、百合が元気になるようにネットで検索していたりする。
違いますよ、拓さん。
白百合が元気がないのは、あなたが私を見てくれないからです。白百合が枯れていくのは、私がどんどん汚れていくからです。
このままでは消滅する、わかっていても、黒くなる感情は止まらなくて、止められなくて、どうせ私を見ないなら、と包丁を手に握った事も数回ではなくなりました。その考えが最低だとも思わなくなりました。
それが最も最低であることも、知っていました。
今日、拓さんは元カノに返事をするそうです。
でも私はもう持たない。
百合の花びらは枯れはて、もはや腐ったように黒く変色し、茎の部分ももはや緑ではなく、どう見ても枯れているようにしか見えないからです。
だから今、私は消えるか殺すかの決断を迫られます―――……。
包丁を握って首に突き付けた手が震える。
呑気そうに寝ている彼の顔に憎しみさえ覚える。それでも私は、それでも私は……!
振り下ろした手は宙を切り、誰に中でもなく私の横に添えられて、そのまま床に落ちた。
殺せない……殺せない……憎くても、許せなくても、それでも一緒に、あなたと一緒に生きられないのなら、私だけが生きていても意味はない。
死後もバラバラにすごすのなら、意味はない。
涙がボロボロと溢れて床を濡らした。
私は、罪深き百合。
人間に恋をした、哀れで、愚かな百合。
「ん……白、百合……?どうしたの?」
拓さんが寝呆けた声で私に手を伸ばした。
私は走りだすと、拓さんはあわてて追い掛けてきた。
「白百合!?」
「こないで!来たら飛びおりますっ!」
ベランダの手摺りに腰掛け、拓さんを制止させた。
「白百合?危ないからおいで。」
「拓君、なぜ白百合は枯れて、黒くなったかわかりますか?」
「は?」
固まった拓さんを前に私は話を続けた。
「それは、私が黒くなったから、白百合は、白百合じゃいられなくなった。私は……白百合の妖精です。三年前、いえ、四年前からあなたをお慕いしておりました。でも所詮、私の恋は制限つきの叶わぬ恋。」
体が軽くなった気がしたとき、拓さんは私に手を伸ばした。
「白百合!体がっ!」
「私はあなたが心から私を好きになってくれなければ消える定めだったのです。だからどうか、元彼女とお幸せに……。」
私はそのまま外へ身を乗り出した。
「白百合ぃいいい!!」
私は一階の庭に体が叩きつけられる前に光のつぶとなり弾けて消えた。
痛みは、なかったように思う。