魔女
あなたは、今どこで何をしていますか?
あなたは、今何を見ていますか?
あなたは、今何を聞いていますか?
あなたは、今何を感じていますか?
尋ねてみたいことはたくさんあります。
でも、私の声は、気持ちは、あなたには届くはずもなく、私の姿があなたに見えるわけもない。
私は、百合の妖精だから―――……。
百合の妖精なんていったら、あなた方人間はそんな非科学的な、と笑うでしょうか?でもこの世には科学的には表せない物事がたくさんあるんです。
それらもすべて非科学的だから、あり得ない、というなかったことになってしまうのでしょうか?もしかして、あなたもそんな考えの持ち主なのでしょうか?もしそうであれば、少しばかり私は寂しいです。
人間になりたい、いつしかそう望みだした私は、花としてあなたのそばにいるよりも、人としてあなたの傍にいることを望みだしました。
ああなんと欲深い。
わかっているのです。本当は望むことも、考えることさえも罪深い行為であると。
そのせいでこの頃私が咲かせる花はまがまがしいものへと変わってきてしまいました。
このままでは花が枯れてしまう。花が枯れてしまえば私も消滅してしまう。それでも人間になりたいと思う心を止められないのです。
一瞬だけでもいい、どうせ同じく消滅してしまうなら、あなたの目に一度だけでも私の姿を映してほしい。
恐れ多く、罪深い、私はすでに、妖精としての勤めを放棄してしまってます。やがてこの百合は再起不能なほどに枯れはてるでしょう。私はあなたに恋い焦がれたまま百合と共に朽ちて、消滅するでしょう。どうか、どうか、それが定めなら、あなたの目に、映りたい。会話を、してみたい。できなくてもいい。ただ、ここに、あなたに恋をした馬鹿な妖精がいたのだということを知ってほしい……。
あぁ、私はどうすればよいのでしょう?花の定めるままに、咲いて、眠り、またあなたに出会い、叶わぬ思いを胸に抱きながら枯れるまでの時間を生きるのでしょうか?あなたと出会って3年が立ちました。
想いは募るばかりで、気持ちは苦しくなるばかりで、もがいても、もがいても、見えない出口を探し続けるのでしょうか?
「白百合。」
「は、はい。何でしょうか?」
お隣の菫さんに声をかけられ、私は焦ったようにそちらを向くと、菫さんは困ったように笑って、「キミが人間に焦がれているのはわかった。だが、そのままでは花が枯れてしまう。ずっと向こうの赤バラさんのところに魔女がいるという話だ。行ってみるといいかもしれない。ただし、何を対価にされるかは、わからないよ。」と言った。
私は素直に頷くと、赤バラがあるお庭までひとっ飛びして、そこで噂の魔女と会った。
魔女と言うには美しい容姿をしていたけれど、彼女は「純潔・無垢の花、ねぇ。」と呟いてからいやらしく笑い、「で?どうしたいって?」と尋ねてきた。
「人間に、なりたいのです。かなうのなら、彼と一緒に時を過ごしたいのです。」
「一途ねぇ……。」
「願いが無謀であることも、望むことすら罪であることも、承知の上です。それでも、それでも私は、望んでしまうのです……!」
すがるように両手をきつく握り締めた。
「……何を対価にしても?」
「私がもっている何かで対応できるのであれば、何でも!」
弾かれたように顔をあげ、魔女を見た。
「まるで、人魚姫だね……。」
魔女は、クックックッと喉をならした。
「人、魚姫……?」
わけがわからずに首を傾げると、魔女は、「そう、人間達の世界に存在する一種の物語さ。でもあたしは対価に声をよこせなんて言わないよ。代わりにその純潔さをもらおうかね。あたしは汚れすぎてしまった。たまには感情を清らかにしないとこのままじゃ身の破滅を招くってもんだ。」と言ってニヒルに笑みを浮かべた。