第6話、帝国鉄后騎士隊、エスト・アイギス
「ともかく、地上に出ようか。そうしなければ始まらないからね」
トバルカインの墓を作った後、尋ねるでもなくアルベルトが言う。
「……ええ、そうですね」
赤い目をごしごしとこすりながら、シャーロットは震える声で言う。
まだ14歳の少女に、人の死というものはあまりにも重すぎるのだ。そのことを考慮してか、アルベルトはむやみに口は開かずに、ただ前に進む。
首の広間を抜け、彼らが下りてきた平原を見上げると、アルベルトはため息を吐いた。
「……簡単には登れそうもないね。ここは使えそうにないよ」
返事を待たずに、アルベルトはもう一方の通路――最初にトバルカインが歩み寄ってきた通路へと向かう。
シャーロットはうつむいたまま、ただ静かにアルベルトの後ろに就いていた。蝋燭の明かりを頼りに、アルベルトはひたすらに通路を進んでゆく。
やがて、アルベルトは足を止める。シャーロットがアルベルトの脇からその先を眺める。
「……地下墓地、か。それならば合点が行く」
アルベルトの視線の先、石の広間には、多くの石棺が並んでいた。部屋は溶けない蝋燭で照らされ、棺の中を――首の無い白骨死体を映していた。
「アルベルトさん……ここって……」
「カタコンベだよ。詳しくは知らないけどね。だが、この死体の首はあの騎士が狩ったものだろう」
アルベルトは広間にはいりながら推察を述べる。壁もくり抜かれ、多くの石棺が据えられていた。
「おそらく10数年は経っているはずさ。ここに埋葬された人たちがどの年代かはわからないけどね」
アルベルトが述べることに、シャーロットはあわててメモを取った。
「カタコンベと地図。情報収集」とだけ走り書きしたそれを、シャーロットは服のポケットに折りたたんで入れる。
「まあ、私は墓荒らしをするほど度胸があるわけではない。なんとか出口がないか探してみよう」
きょろきょろとアルベルトとシャーロットは周囲を見渡す。どこも土が露出しており、とても隠し通路の類があるようには思えない。
きっと、できた時はきちんとした出入り口があったはずなのだろうが、長い年月の末にそれは消え去ってしまったようだ。
「しょうがない。多少手間がかかるがあの入り口から――」
アルベルトがシャーロットの方を向いたとき、アルベルトは大きく目を見開いた。シャーロットの後ろから、一人の女性が現れたからだ。
右の手に長いハルバードを持った、栗色のウェーブのかかったセミロングの髪の女性だ。栗色の瞳と目が合ったシャーロットもまた大きく目を見開き、アルベルトの下へと駆け寄り、剣を抜いた。
「へ? いや、え? ちょっと待ってくれない?」
鎧で全身を覆った、その小柄な女性は、二人の対応にあわてながら弁解をする。少々パニックになっているようで、両手を前に突き出しておろおろとうろたえている。
「ええと、とりあえず私はあなたたちに敵意なんてないわ。私はただ地面に穴があいてたから興味本位で降りてみたのよ」
しどろもどろで女性が言うと、シャーロットは小さく口を開けて剣を収めた。
「ご、ごめんなさい! てっきりあの、その……て、敵かと……」
心底申し訳なさそうにシャーロットが言うと、女性は笑みを浮かべる。
「いや、良いって良いって。こんな時代だしね。あ、私はエスト。エスト・アイギス。ヴァルコラキ帝国の鉄后騎士隊。っていっても、もう昔の話で、今はフリーの旅人だけどねー」
けらけらと、エストは笑う。
重そうなハルバードを右の肩に乗せた彼女は、見た目の華奢さとはかけ離れたギャップがある。だが、そんなことよりも、アルベルトはあることが気になっていた。
「鉄后騎士隊? たしか広範囲制圧の為のエリート近接部隊だろう?」
「おお、良くご存じで。いかにも! 私が所属していたのは帝国随一のエリート部隊! っていっても、私は魔法支援専門だったんだけどねー」
はあ、と息を吐きだし、女性は言う。
「エストさん、魔法使いなんですか!?」
「ん? うん。そうだよお嬢ちゃん。ええっと……」
さらっと、エストはそう回答し、少女の名前を尋ねる。
「あ、申しおくれました! 私、ダコード村の『勇者』、シャーロット・シュナウファーです! こちらは――」
「アルベルト・ウェンディだ」
その名前に、ぴくっとエストの眉がつりあがった。
「全身凶器のアルベルトさんかー。こりゃあずいぶんと有名な人を御目にかかったもんだねー」
ニヤニヤと笑みを浮かべ、女性は歩み寄る。
「御二人さんは今何してんの? って、勇者なんだから当然進撃だよねー」
少し考えるそぶりをして、エストは次の言葉を紡ぐ。
「よかったらさ、私も一緒に行かせてくれない?」
エストのその言葉に、シャーロットはアルベルトを見上げた。
「悪くない話だ。戦力が増える」
ひどく単純な答えだが、シャーロットは納得したようだ。
「こちらこそ、お願いします! エストさん!」
ぺこっと頭を下げ、シャーロットはいう。
そんな様子にクスクスと笑みを浮かべ、エストは言った。
「よろしくね、小さな勇者さま」