第17話、姫君と狂王
夜、5人は部屋で作戦会議を行う。アルベルトとゴリアテは、いろいろと有益な情報を手に入れていた。
「……先ずは、ハーメルンとブレーメンという場所について。これに関してはアイギスの方が詳しいかも知れないな」
「いや、全然。私は地理とか歴史とかはからっきしだから」
アルベルトの言葉に軽い反応を返してエストは言う。だが、アルベルトはクスリともせずに本題を切り出した。
「ハーメルンとブレーメンは、かつてのヴァルコラキ軍部政権時代に占領された国だった。そこで何やら非倫理的な実験を多数行った結果、『瘴気』によって人が踏みいる事のできない場所になった。ここまでは、書物にも載っている」
アルベルトの言葉を、シャーロットは素早くメモをする。そしてアルベルトも、その様子を見て一拍呼吸をおいた。
「とはいえ、ヴァルコラキの軍部政権時代は魔王が現れる遥か前の出来事だ。そんな昔から封印されていた場所が、今になって再び注目を浴びると言うのはいささか妙だと思ってな」
アルベルトはゴリアテに視線をやると、ゴリアテが一つ頷いてそれからの言葉をつなげた。
「私達は魔術に関しては明るく無いのだが……一つだけ、気になる情報を手に入れた。『死霊術』だ」
「ちょっとお待ちなさい!」
ゴリアテが死霊術という言葉を口にした途端、エレノアが叫ぶ。まるで、その言葉自体が呪詛の言葉であるかのような反応だ。
「バカげてますわ! 死霊術なんて、御伽噺に登場するだけの魔法のはずですわよ!?」
「いんや、現に存在しおる」
エレノアの言葉に反論を述べたのは、マーレボルジェであった。一段暗い声で、鞘は空気を揺らす。
「何、魔法としてはそこまで複雑なものではない。要は魔力を強制的に精霊に変換し、肉体に宿らせて意のままにあやつるだけじゃからのう」
その声に、エレノアはぱくぱくと、小刻みに口を動かす。どうやら、信じたくないようだ。
「無論、今は禁呪に指定されておるじゃろうな。じゃが、それはあくまで人間の話。魔王の軍勢が即席の軍団を組もうとすれば、そのブレーメンとハーメルンはこれ以上無い場所じゃろうて。魔力さえ込めれば十重二十重の軍勢が隊伍を組んで方陣を敷くとあれば、これほど使いやすい軍もあるまい」
たまらず、エレノアは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべて視線を落とす。一瞬だけ、沈黙が訪れる。
「……さて、ではここからが本題だ。聞き込みをしていくうちに、興味深い事が一つ。これはアルベルトさんに説明してもらおうか」
アルベルトは咳払いを一つ落として大きく息を吸い込む。彼は、シャーロットの瞳を見つめていた。
「……シュナウファー、私達があの地下墓地で何と戦ったか、覚えているか?」
「へ? あ、はい。トバルカインさん、ですよね?」
シャーロットはわずかな記憶をたどるように、その名前を紡ぐ。そしてシャーロットは、彼の遺品であるペンダントを取り出した。
「信じたくない事だが、ブレーメンの王女の名前が、『リリ』というのだ。そのペンダントの中の写真に書かれている名前も、『リリ』ではなかったか?」
はっとしたように、シャーロットはペンダントを開き、中を確認する。
「『永遠の愛と忠誠を誓って。女王陛下、僕の妻、リリとともに』。でも、それなら何で……」
シャーロットが疑問を浮かべる。ブレーメンから地下墓地まで、決して遠くは無い。それにトバルカインは死霊術ではなく、怨恨の果てにあのような存在になったはずだ。
「……詳しい事は分からないが、何か我々には想像もできないような事があるはずだ」
そしてアルベルトは、ちらりとエストに視線を移し、決定的な一言を導いた。
「私の考えでは、アイギス。君はこの事を知っていたのでは無いか?」
エストの肩が震え、全員の視線がエストに注がれる。エストは怯えたような表情で、両手を前に軽く突き出した。
「ちょ……ちょっと待ってよ! ヴァルコラキ生まれの人なら、リリ王女とブレーメンの話は知ってるはずよ! 『姫君と狂王』っていう童話、知らない!?」
エストのその言葉に反応したのは、エレノアであった。彼女は言葉を切り出そうと口を開き、そしてはっとしたように大きく目を見開いた。
「あの物語がブレーメンを描いている、っていうのはヴァルコラキでは一種のオカルトとして扱われているの。だから私はそれを確かめようと、冒険者として世界をめぐる事にしたのよ。ブレーメンを眺めて、船で海を渡って、そしてエルバ・カタコンベを見つけて……あなた達と出会ったの」
エストは徐々に平静を取り戻したのか、両手を下げる。
「そうかぁ……後一足早かったら、『王女に恋した騎士』を見られたのね……残念だわ」
本当に残念そうにエストは言う。よほど悔しいのか、声が震えてさえいる。
「でも、私がそれを知っていたらどうだっていうの? まさか私が、魔王のスパイだと――」
「否、そうでは無い。君を疑うつもりは毛頭無い。ただ……件の瘴気を知るために、と思っただけだ。気分を害したのならば謝る」
アルベルトは、胡坐を掻いたまま深く頭を下げる。そんな様子をみて、エストは軽く息を吐いた。
「ま、喋らなかった私も悪かったわ。あんな童話を根拠にしても、信じないと思ったの」
エストは朗らかに笑い、そして物語を紡ぐ。
「……『狂った王は処刑され、誇り高い騎士はついに王女を救い出したのです』。たしかお話はこんな最後だったと思うわ」
アルベルトは顎に手を当てて考え込む。聞く限りでは、ハッピーエンドなのだから瘴気が生まれるはずも無い。
「……手に入れられる情報は、これで全部か。あとは直接出向いて確かめるしか無い」
「ええ。計画では明日、ブレーメンへ向かうつもりです。対瘴気の術はマールが使えるそうなので」
「ふふん、困ったときの儂じゃよ」
おおよそ作戦会議も終わり、アルベルトは立ち上がり、それに続いてゴリアテも立ち上がる。そしてアルベルトはマーレボルジェを掴み上げると、男部屋へと戻っていった。
「……エストさん?」
エストは放心したように、虚空を見つめていたが、シャーロットがそう呼びかけるとはっとしたようにシャーロットに向き直る。
「ん? どうしたの?」
努めて朗らかに、彼女はそう答える。常にパーティのムードメーカーを買って出ていた彼女に、暗い雰囲気は似合わない。
「どうして、物語をなぞろうとおもったんですか?」
その言葉に、エストは自嘲気味な笑みを浮かべ、答えを導いた。
「んー、私の初恋が、物語の騎士様だったから、かな。本当に子供の頃にあのお話を読んで、それで一目ぼれしちゃったの」
心底ばかばかしそうに、エストは言う。
「もちろん、その初恋がかなわないって言うのは気付いたわ。でも、自由になってやりたい事も無かったから、せっかくだし未練を断とうと思ってね。我ながら乙女チックなことをしたものだわ」
けらけらと笑いながら、エストはささやかな反撃に転じる。
「勇者ちゃんやエレノアちゃんは、恋とかした事無いの?」
その質問に、二人の顔が一瞬で赤く染まる。どうやら、この質問はまだ彼女達には刺激が強すぎたらしい。ささやかな反撃に満足したのか、エストは深く笑い、そして大きく息を吐いた。