第14話、サヴィジガーデンからの冒険者
靴音が領主邸のホールに溶け込んで行く。シャーロットとエストが衛兵に事情を話したところ、あっさりと謁見許可をもらえた事もありエストとシャーロットは緊張をわずかに感じさせる程度の面持ちで衛兵に付き従っているのだ。
「この分じゃよっぽど苦労してるみたいだね、領主さんもここの衛兵さんも」
エストはハルバードを肩に担いだままぐるりと周囲を見渡す。衛兵は注意深く三人の様子を監視しているが、兵士達の顔にはありありと疲れが見える。おそらくこれでは、本来の戦力を発揮する事などとても出来ないだろう。
「この部屋の奥に、領主様がいらっしゃいます。くれぐれも、粗相の無いように」
目の下に隈を作った青年兵士が吐く息に乗せてそれだけを呟き、ゆっくりと扉を開くと、内部からは話し声が聞こえてきた。青年兵士はしまった、と言う風に口を小さく開けると、深く頭をたれる。
「申し訳ございません。お話中でしたか」
「いや、かまわないさ。旅のお方かな?」
執務用の机に腰掛けているのは、白髪の混じった髪を後ろで束ねている初老の男性である。顔にはありありと疲れが見え、顔だけ見れば50代にも見えるだろうか。しかしはきはきとした声やまだ肉のある指を見る限り、そこまで老いてはいないようだ。部屋にはあと二人の男女がいるが、どうやら彼らも旅人らしい。
「はい。ダコード村で勇者に任命された、シャーロット・シュナウファーです。魔王討伐の旅の最中にこちらに立ち寄らせていただいた次第です。港街であるこの街で船が出港できないというお話を聞いたので、その根源を解決するために微力を尽くしに参りました」
シャーロットは背筋を伸ばし、はきはきとそう答える。シャーロットの後ろで背筋を伸ばしている二人はその言葉に舌を巻いたが、領主はにっこりと笑みを浮かべると言葉を紡ぐ。
「ああ、ご丁寧な紹介をありがとう。楽にしてくれてかまわない」
「勇者」という肩書きに二人の旅人は驚いたようだが、そのうちの一人、金髪の少女は値踏みするようにシャーロットを見つめる。年齢はおそらくシャーロットと同じくらいだろうか。
「へえ、あなたが勇者? ダコードで任命されたとは聞いていたけれど、本当に子供じゃない」
その言葉にシャーロットはむっとしたような表情を浮かべるが、エストはやさしくシャーロットの肩を抱く。
「ははぁ、まだ親離れが出来ていないのかしら?」
金髪の少女が嘲笑を含ませながらそう呟いた途端、少女の横に立つ大男の瞳がぎょろりと少女を捕らえた。全身に鋼鉄と思われる金属の防具を纏い、唯一露出した顔でさえ無表情である。大男が左手に持つのは二メートルを優に超える四角い金属の盾で、右手は空いたままだ。これが魔法による筋力強化なのか、それともこの男の筋力なのかは分からないが、少なくともこれは普通ではない。
大男は息を吸い込むと、排水溝から水が噴出すように低い声で少女に制止をかける。
「エレノア、やめるんだ」
その声にエレノアと呼ばれた少女はふんと鼻を鳴らし、大男を見上げた。
「分かってるわよ、ゴリアテ」
緊張の糸が未だはりつめる中、領主は手を叩くと言葉を切り出した。
「まあ、戦力が多いに越した事はあるまい。それでは状況の説明をさせてもらおうか」
その言葉にシャーロットとエレノアは顔を見合わせ、そして同時にそっぽを向いた。
――――
「――では、討伐はあさっての正午に?」
「ああ、そういうことだ。もちろんバックアップはきちんとさせてもらうつもりだから、安心して欲しい。君達があの魔物にたどり着くまでの露払いは私が引き受けるさ。時間を取らせてしまって申し訳なかったね、二日後までは自由にしてくれてかまわないよ」
おおよそアルベルトの手に入れた情報と同じような事を領主から説明された後で作戦開始の日程を説明された五人は、質疑応答の後に最後の確認を行い、そして解散となった。五人は一礼をして領主邸を後にするまでは一言も言葉を発さなかったが、領主邸の鉄の門が閉められた途端にシャーロットは珍しく眉を吊り上げてエレノアを見つめている。
「なんであなたのような田舎者と一緒に船に乗らねばならないのかしら」
「こっちが聞きたいですよ。なんであなたみたいな人と魔物を討伐しないといけないのかしら」
ぴりぴりと二人が火花を散らす中、エストが二人の間に割って入り、朗らかな空気を漂わせて言葉を紡ぐ。
「はいはい、そこまで。こんなところで争っても何にもならないわよ?」
「ああ、その女性の言う通りだ。酒場とまでは行かなくても、腰を下ろして言葉を交わしたほうが良い」
エストに追随するようにゴリアテも言葉を紡ぐと、さすがの二人も争いをやめざるを得ないようだ。
「それでは、どこか適当な店で互いの事を話そう。少なくとも我々は敵ではないからな」
アルベルトがそう締めくくると、ゴリアテとエストは深く頷いた。
――――
「それでは私から紹介させてもらおうか」
「お待ちなさい、私からですわ」
カフェの一角で、テーブルを囲みながら五人は言葉を交わす。アルベルトの言葉を切って落としたエレノアは小ぶりな胸を張ると威風堂々と自己紹介を行う。
「私はエレノア・アーデルハイド。南方のサヴィジガーデン共和国の貴族の娘ですわ」
「へぇ。サヴィジガーデンの貴族の娘さんがどうしてこんな旅を?」
エストがさりげなく質問を投げかけると、まるで自分によっているような尊大な声色でエレノアは答える。
「それはまさしく『貴族の義務』だからですわ。高貴な立場には高貴な義務を、これが私の信条ですの」
そんな態度にため息を吐きゴリアテは自己紹介を行う。
「ゴリアテ・ヴォルグ。同じくサヴィジガーデン出身の重騎士だ。特にこちらからはなすような事は無いさ」
ゴリアテはそういうが、シャーロットは興味深そうに質問を投げる。
「お二人はどういう関係なんですか?」
「ん? ああ、なんていうかな……まあ、年の離れた幼馴染って感じかな」
ゴリアテは複雑そうな表情でそう答える。シャーロットも何かタブーに踏み込んだ感じがしたのか、それ以上追求する事は無かった。
「……アルベルト・ウィンディ。故国オルヴィスティが墜ちてから放浪の生活だ」
「ああ! やっぱり全身凶器のアルベルトさんか! その雰囲気からしてそうじゃないかと思ってたんだ!」
ゴリアテはアルベルトの名前を聞いた途端テンションを上げ、言葉を挟む。どうやら、よほどうれしいらしい。アルベルトが珍しく困惑している間に、エストは一つ咳払いを落として自己紹介を始める。
「んっと、私はエスト・アイギス。出身はヴァルコラキだけど、私も冒険者だったから結構冒険慣れはしてると思うわよ」
ゴリアテはヴァルコラキという単語に息を漏らすが、エレノアは怪訝そうにエストを見つめている。
「あなた、強いの?」
「ええ。なんと言っても私は帝国鉄后騎士隊の魔法戦士だもの。機会があったら稽古をつけて上げても良いわよ?」
「まさか、結構だわ」
ふん、とそっぽを向いたエレノアに苦笑いを浮かべ、エストはシャーロットに視線を送る。シャーロットはその視線に気付いたのか、背筋を伸ばすと言葉を切り出した。
「シャーロット・シュナウファーです。生まれはダコード村で、そこで勇者に任命されました。まだ旅を始めて間もないので、分からない事だらけですけどよろしくお願いします」
「あら、足を引っ張らないようにしてくださいな?」
エレノアは再び憎まれ口を叩くが、シャーロットが買い言葉を返す前にゴリアテが言葉を紡ぐ。気を悪くしないでよ、シャーロットちゃん。エレノアだってまだ冒険に出て何週間もたってないんだから」
「んなっ! それは余計でしょうゴリアテ!!」
二人のやり取りに、思わずシャーロットの頬は緩む。
「(あ、そういえば)」
マーレボルジェの紹介をしていないことを思い出したのだが、黙っていると言う事はおそらく必要ないとマーレボルジェ自身も思っているのだろう、と自らを納得させ、シャーロットは太陽のような笑みを浮かべた。