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ロリな勇者と全身凶器  作者: V1アームロック
第1章 勇者、出発
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第9話、星のかけらを探しにいこう

 ぱちぱちと、炎が爆ぜる。時刻は既に20時をまわっているだろうか、夜空には満天の星が輝き、呼吸をするたびにほんの少し冷たい外気が鼻腔を刺激する。その空気に乗って、肉の焼ける匂いが嗅覚を撫でる。三人は焚き火を囲みながら、夕食を摂っていた。アルベルトが大猪を仕留めたのは夕方だったのだが、さすがに女性に獣の処理をさせるということを考え直したようである。彼が懐に持っている短刀にて肉を切り分け、血まみれの様相で肉を抱えてキャンプに戻る、という光景は、テレサはおろかエストでさえ絶句をし、まるでこの世の悪鬼羅刹が現れたような顔つきでアルベルトに指を差したのだ。

 アルベルトはそんなことを気にした様子はなく、血の滴る肉をエストに預けると上の胴着を脱ぎ捨て、湖を少し歩いて血を洗い始めたのである。近い場所で洗わなかったのは、飲料水を汚染する危険を避けてのことなのだろうが、女性だけの空間で半裸になることは、アルベルトにとっては常識の範疇だったようだ。ちなみに、洗った胴着は焚き火の近くで乾燥させている。

「しっかし、良い体してるよねー、アンタ」

 小枝の先をアルベルトに向けながら、茶化すようにエストは言う。その枝の先には、一部の隙もなく鍛えられた肉体が存在しているのだ。全身を覆う筋肉は盛り上がる岩、というよりは幾層にも重ねられた紙のような印象を与えており、薄い薄い、それでも高密度の筋が何層も何層も重ねられて立体を作っているようだった。余興で行われるボディビルのようなものではなく、もっと実践的なものであった。たとえるならば、装飾のない直刀が「殺すデザイン」であるように、アルベルトの筋肉は、「殺すデザイン」であった。

 また、その体には全体に、傷痕が分布している。切り傷、刺し傷、擦り傷。ありとあらゆる傷が、その体に刻まれているようだった。

「一体その体維持するために何をしてたんだか。どっちにしろ、楽なもんじゃないわよね」

 焚き火の上に乗せた金属の網の上では、肉が音と匂いを発しながらその存在を主張している。

「……それは君も同じことだろう」

 アルベルトが何気なくそういうと、エストはぽかんとしたように口を開け、やがてくつくつとのどを鳴らした。

「あっははは。私は全然。ハルバード振るってるのは魔力で体力を強化したりしてるから全然平気なの。それにこれ、力じゃなくて技術で振るものだからなれれば誰でも扱えるわよ」

 焼けた肉を小枝で突き刺して口に運びながら、エストは朗らかに笑う。会話から放り出されていたシャーロットは、その言葉に視線を自らの剣に向ける。まだ新品同様のその剣を振り回すだけでも、シャーロットは疲労を覚えてしまうのだ。無論、毎日の素振りは欠かさないが、いかんせん、戦闘経験が圧倒的に足りないのだ。

「どうすれば、強くなれるでしょうか」

 ぽつりとシャーロットがつぶやくと、アルベルトとエストは難しい表情を作る。

「……君は強くなりたいのか?」

 アルベルトが静かにたずねると、シャーロットは首を縦に振る。

「私は『勇者』です。この身は神に、この心は民にささげたつもりです。だからこそ、私が強くなければいけないのです」

 その言葉に、アルベルトはくつくつと笑う。まるで岩がかすかに形を変えたように、まるで口がぱっくりと割れたように。

「君はすばらしい。気骨がある。うらやましい限りだよ」

 アルベルトは笑みを浮かべながらそう言う。すると、エストがあきれたように口を挟んだ。

「どうでもいいけど、肉、こげちゃうわよ?」


――――


 野営において夜という時間は恐怖を生み出す。かつて偉人が述べたように、確かに街灯というものは、民間伝承における「ゴースト」を駆逐し、もう二度と立ち上がれないほどに完膚無きほどに打ち倒したのだ。だが、その街灯の誕生は、かえって現実に存在する物事をありありと照らす道具となり、より鮮明な「恐怖」を人間に教えたのだ。たとえそれが魔物による征服であれ、同じ人間による制圧や抑圧であれ、恐怖と言う物事はこの世から完全に消えうせることはないのだ。

 そう、人間である限りは。

 最初に異変に気づいたのは、夜の番をしていたアルベルトであった。この湖に到達した頃から違和感を覚えていた彼は、獣のごとき嗅覚で異変の主を探り、薪の明かりを用いてなんとか異変の主の姿を捉えたのだ。

 それは、異形であった。ぶよぶよとしたゴムを思わせる皮膚には分厚く草やコケが生い茂り、まるで断層のようにぱっくりと開いた口からはただただ、ごうごうという風が流れるだけであった。二つの眼は黄色く淀み、鼻はただぽっかりと、小さな穴が二つ開いているだけであった。大きさはアルベルトと同じ程度であるが、質量は彼とは比べ物にはならないだろう。だがそれは、地響きを鳴らしながら二足で、アルベルトの元へと歩み寄っていた。

「スキンダウナー、か」

 アルベルトは冷や汗を浮かべながら構えを作る。そして同時に、威嚇と戦意高揚、そして戦闘準備の意味を兼ねての雄たけびを発する。

「ふぇ!? 何!? 何ですか!?」

「まだ夜じゃない……って、この臭いはやばいわ。勇者ちゃん、戦闘準備! 早く!」

 テントの中からきゃあきゃあと黄色い声が――やれそれは私の服だだの、私の下着がないだのという言葉が聞こえるが、アルベルトはそんな言葉に反応してやれるはずはないのだ。アルベルトは、目の前の怪物をどうやって打ち倒すのか、ただそのことだけを考えているのだから。そして、その考えは目の前の化物――スキンダウナーも同じのようだ。まるで暴風が吹くような音で一声その化物が叫んだとたん、アルベルトは体を低くして真正面に突っ込んだ。そして地面に薪を突き刺し、腹部に向けて強烈な後ろ回し蹴りを叩きこんだのだ。スキンダウナーの腹の皮が波打ち、衝撃を体中に分散させている。

「ッッしィィィィ!!」

 後ろ回し蹴りの体制からすばやく正面を向き直ったアルベルトは、右足で円を描くような軌道で、スキンダウナーの首と思しき場所に足を突っ込む。ガコン、という鈍い音が響くが、アルベルトはそんなもので満足はしない。続いて、その右足に体重をかけ、スキンダウナーのわずかに飛び出た顎に向けて左膝蹴りを突き刺したのだ。どう考えても完璧な攻撃であったが、アルベルトは追撃をやめない。今度は右の肘で目元を殴打し、続いて左肘で目元を殴打する。たまらず、スキンダウナーは苦悶の声を上げ、短い手でアルベルトの左足をつかみ――無造作に投げ飛ばした。まるで肩にかけられたタオルを放り投げるように、アルベルトは地面へと向かい、衝突した。

「ぐ……お……!!」

 数十センチは地面から飛び上がったアルベルトは、自らを見下ろす巨体を見つめ、視線を交えた。確かに、目元からは出血しているし、腹もかばっている。攻撃は、利いているようだ。

「エンチャント! プロミネーション!」

 エストの声がスキンダウナーの背後から響き、同時にその地点で炎が上がる。スキンダウナーが虚を疲れたように振り返ったその瞬間、衝突音と肉を焼くにおいが立ちこめ、悲鳴が響く。

「何寝てんのさ、全身凶器!」

 エストは声を震わせながら、精一杯の虚勢を張る。ハルバードは炎が燃え盛っており、スキンダウナーの頭部には煙の立ち上る傷跡があった。

「大丈夫ですか?! アルベルトさん!!」

 エストの横で剣を構えながら、シャーロットは言う。二人の姿に笑みを浮かべながら、アルベルトはよろよろと立ち上がった。

「なんとかな……さて、それでは、やろうか」

 再び戦闘態勢に入った三人と一匹は、わずかな明かりの中で向かい合う。わずかに湖の生き物が動いたのか、水音が響いた瞬間、それぞれが「敵」に向かって突っ込んだ。

 

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