↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

SF作家のアキバ事件簿266 ミユリのブログ さよならを言うには秋葉原は近すぎる

作者: ヘンリィ
掲載日:2026/08/16

ある日、聖都アキバに発生した"リアルの裂け目"!

異次元人、時空海賊、科学ギャングの侵略が始まる!


秋葉原の危機に立ち上がる美アラサーのスーパーヒロイン。

ヲタクの聖地、秋葉原を逝くスーパーヒロイン達の叙事詩。


ヲトナのジュブナイル第266話「ミユリのブログ さよならを言うには秋葉原は近すぎる」。乙女ロードのコンビニ地下に"時空トンネル"のコピーが?


爆発した"時空トンネル"にコピーがあった?異なる世界線で生まれたはずの娘に会うために、僕と超能力の蘇ったミユリさんが企てたのは…


お楽しみいただければ幸いです。

第1章 昨日に向かって撃て


池袋。


乙女ロード裏。

午前2時4分。


セブンイーブンの乙女ロード店。

その小さなコンビニの裏手に、僕たちはいる。


正確には、裏に停めたケッテンクラート。

エンジンを切ると、辺りは妙に静かだ。


僕とミユリさんは、向かい合っている。

そして、キスをする。


1度、離れる。

ミユリさんの瞳を見る。


「ホントに、良いの?」

「ええ」


即答だ。


「後悔しない?」


ミユリさんは、少しだけ笑う。


「テリィ様」


そして、僕の胸に手を置く。


「私たちは、一緒でしょう?」

「うん」

「約束したじゃありませんか」


ミユリさんは、僕を見つめる。


「死んでも離れないって」


その言葉と同時に、もう1度唇が重なる。

今度は、さっきより長い。


そして、激しい。


昨日まで、あれほど優等生だったミユリさん。

僕の肩に腕を回し、そのまま推し倒しにかかる。


「ミユリさん…」

「今さら何を遠慮しているのですか?」


耳元で囁く。


「私、もう決めたんです」


その顔には、迷いがない。


「テリィ様と一緒に、何処へでもお供します」


僕は、思わず笑う。


「コンビニ強盗まで?」

「もちろん」

「そこは即答なんだ」

「だって」


ミユリさんは、僕の胸に顔を寄せる。


「テリィ様と犯す、初めての犯罪ですもの」

「今日は、2人の犯罪記念日か」


2人で笑う。

そして、もう1度キスをする。


僕は、ミユリさんの額に手を当てる。


「じゃ超能力の準備は?」


ミユリさんが目を閉じる。


「大丈夫です」


ゆっくり目を開く。


「今のキスでエネルギー充填120%」

「よし」


僕たちは、同時に車を降りる。


トランクから黒い衣装を取り出し、

目出し黒覆面をかぶる。


乙女ロードの午前2時。


静まり返った裏通りに立つ

2人の怪しい人影。


僕は、ミユリさんを見る。

ミユリさんも僕を見る。


「行きましょう、テリィ様」

「うん」


2人並んで、コンビニへ歩き出す。

かつて僕たちは、秋葉原を救う。


そして、今度は…


コンビニを襲う。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「動くな!」


ミユリさんの声が店内に響く。


「全員、手を挙げて!」


銃口がラッパ型に開いた音波銃を構える。


ワンオペのアジアンな店長は、

アッサリ両手をあげる。


僕は、ミユリさんの横に立つ。


「ミユリさん、まずカメラを」


言い終わる前に、ミユリさんが手を上げる。


パッ。


天井の監視カメラが火花を散らす。


もう1台。


パッ。


さらにもう1台。


「これで良いですか?」


僕は、アジアンな店長の耳元で

なるべく優しい声で告げる。


「彼女を怒らせると怖いよ。

 お願いだから、腹ばいになって」


アジアンな店長はうなずき

進んでフロアに腹ばいになる。


ミユリさんは振り返り、店の奥へ向かう。


「テリィ様、こちらです」

「わかった」


バックヤードへ入る。


そこには、普通のコンビニにはあり得ない

分厚い鉄の扉がある。


ミユリさんは"雷キネシス"のポーズ。


「下がってください」


白い電光。ジジジジジ……。

鉄が赤く焼け、ゆっくりと溶けていく。


「すごいな」

「感心している場合ですか?」

「久しぶりにミユリさんの超能力を見たし」

「今さらです」


ミユリさんが笑う。

鉄の扉は、音を立てて倒れる。


鉄扉の向こうには、 

地下へ続く階段が口を開けている。


「店長さん。

 悪いけど、そこに伏せていてください」


僕に代わってミユリさんは

店長を音波銃を突きつける。


「殺さないで!姐さん」


店長は、何語かわからない言葉で、

恐らく彼の神に祈り出す。


「早く!」


ミユリさんが叫ぶ。


「時間がありません。あと数分!」


僕は、階段を駆け下りる。

地下のペイロード。


そこに、ある。

見覚えのある巨大な螺旋状の装置。


"時空トンネル"だ。


僕は、思わず頭巾を外して

つぶやく。


「これだ」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


同時刻。


コンビニから少し離れた裏通り。

1台の黒いセダンが停まっている。


車内には、コート姿の女。

彼女は、スマホを耳に当てている。


「はい。警察ですか?」


窓の向こうに、

セブンイーブンの乙女ロード店の看板が見える。


「今、コンビニ強盗が入っています」


淡々と告げる。


「ええ。乙女ロードの裏です」


少し間を置く。


「たぶん…音波銃を持っています」


女は、時計を見る。


「急いでください」


通話を切る。そして、バックミラーを見る。

その口元に、微かな笑みが浮かぶ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


コンビニの地下に"時空トンネル"が眠る。


僕は、ポケットからダイヤを取り出す。

そして、トンネルに向かってかざす。


その瞬間。


ダイヤが光る。

トンネルの内部に、一斉に文字列が浮かび上がる。


「え?」


見たことのない数字?記号?

無数の数列が、光の中を次々と流れて逝く。


ゴォォォォ……。


眠っていた時空トンネルは

低い唸り声を上げて回転を始める。


「再起動……?」


トンネル全体が青白い光に包まれる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「……何?」


ミユリさんが顔を上げる。

地下から漏れてくる光。


「テリィ様!」


その直後。

遠くからサイレンが聞こえて来る。


「警察です!」


ミユリさんが店長に音波銃を向けたまま叫ぶ。


「テリィ様、警察が来ます!」


僕たちを待ち受けていたもの。

それは、思っていたより、ずっと近くにある。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「まずい!」


僕は、ダイヤをポケットに突っ込む。

すると"時空トンネル"の光が急速に弱くなる。


「回転も止まった……?」


考えている暇はない。

僕は、階段を駆け上がる。


鉄扉のところまで戻り、

ミユリさんと合流。


「逃げましょう!」

「賛成!」


ミユリさんは、焼き切った鉄扉に手をかざす。


「隠れて!」


溶けた鉄が盛り上がり、何事もなかったように

扉の形を取り戻していく。


「これで少しは時間を稼げます」

「急ごう!」


僕たちは、コンビニを飛び出す。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


午前2時。


乙女ロード。

ケッテンクラートが急発進する。


その直後、パトカーが現れる。

1台。2台。3台。


「なんでこんなに早いんだ?」

「私にもわかりません!」


ミユリさんがハンドルを切る。

前輪タイヤが鳴る。


パトカーが猛追してくる。


「テリィ様!」

「何?」

「これ、普通のパトカーじゃありません!」


バックミラーを見る。

青い警戒灯。


その下で、カメラのようなものが

こちらを追尾している。


「AIパトカーか」

「そのようです!」


ミユリさんがアクセルを踏み込む。


「すみません、振り切れません!」


「じゃあ、これ!」


僕が音波銃を渡す。

ミユリさんは一瞬だけそれを見る。


「失礼します」


音波銃を窓から出す。


バチッ!


青白い電撃が走る。

音波銃は一瞬で蒸発する。


「やっぱり"雷キネシス"って便利だな」

「感心している場合ではありません!」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


首都高の高架下。


僕たちは蛇行しながら逃げる。

前方からもパトカー。


「前にもいる!」

「挟まれます!」


ミユリさんが急ハンドルを切る。

車は道路を外れ、空き地へ突っ込む。


「テリィ様!」

「何?」

「そのダイヤも持っていたらまずいです!」

「…やっぱり?」


僕は、ダイヤを握りしめ…放り投げる。

暗闇の中へ、小さな光が消えて逝く。


「これで……」


その瞬間。


前方からパトカー。

後方からも。

左右からも。


完全に包囲される。


「ゲームセットだ」


ドアが一斉に開く。

警官たちが拳銃を構えながら降りてくる。


「よし!そこまでだ」


怒鳴り声。


「手を上げろ!」


僕は、両手を上げた。


ミユリさんは…そっと手を下げる。


「テリィ様?」


その手に電撃が集まり始めてる。


「やめよう」


僕は、首を振る。


「もう十分だよ。ありがと」


ミユリさんは、悔しそうに唇を噛む。


「わかりました」

「おい!」


警官が怒鳴る。


「さっさと出ろ!」


僕たちは、半装軌車から引きずり出される。


「車に手をつけ!」


僕は、ボンネットに手をつく。

ミユリさんも車体に両手をつく。


背後から手錠をかけられる。


「動くな!」


僕は、地面に押さえつけられる。

そしてミユリさんも。


2人並んで、アスファルトに伏せる。

警官が淡々と告げる。


「君たちには、黙秘権がある」


僕は、夜空を見上げる。

乙女ロードのネオンが、遠くで滲んでいる。


「発言は、法廷で不利に使われる場合がある」


僕はミユリさんを見る。

彼女も僕を見る。


そして。


ほんの少しだけ笑う。

かつて、この世界線を救おうとした僕たちは、


午前2時4分。


コンビニ強盗として逮捕される。


第2章 逮捕されたオタクたち


ミユリさんのブログ。


"テリィ様は、私に言った。


「ミユリさん。話すことがある」


嫌な予感はしていた。


「ティルとのことだ」


そして、もっと嫌なことを聞かされた。

2人の関係は、もう一線を越えていた。

一夜を共にした。

そして…なんと子供ができた。


あまりにも唐突で、このスピード感は

テリィ様らしくないと思った。


私は、聞いたわ。


「これから、どうするんですか?」


テリィ様は答えた。


「娘を助ける」


そして、地下を指差した。


「"母なる世界線"へ帰る」


そう。


実は、私は地底王国の第3皇女。

少なくとも、彼はそう思っている。


そして私は、どうしても聞かずにはいられない。


「教えてください」

「何を?」

「テリィ様は…ティルを愛しているんですか?」


テリィ様は、少し黙ってから言った。


「君ほどじゃない」


その言葉だけは、今でも覚えている。

そして、もう1つ。


ティルの妊娠そのものが

"母なる世界線"へ帰るための計画だったと。


万世橋の地下に眠っていた"時空トンネル"。


あれは超古代文明のマッドサイエンティストの

実験的な施設だったらしい。


そして。


身重のティルは、1人で

"時空トンネル"へ入っていった。


「これで終わりだと思うな」


テリィ様は、そう言った。

ティルは"母なる世界線"へ消えた。


私たちは秋葉原に残った。

そして3か月後。


私は


コンビニ強盗になった"


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


乙女ロード署。


「右手、親指から」


刑事に言われ、僕は指を一本ずつ差し出す。

インク。指紋。またインク。


「次、左手」


僕は、黙って手を差し出す。

隣では、ミユリさんが婦警に連れられていく。


「身長、測りますね」

「はい……」


壁の前に立たされる。


「正面」


カシャッ。


「横向いて」


カシャッ。


僕は、その光景をぼんやり眺めている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


3か月前。


御屋敷(メイドカフェ)のバックヤード。

あのときのミユリさんは、まだ僕の隣にいる。


僕は、思い切って声をかける。


「ミユリさんさえよければ、また会ってほしいな」


メイド服のミユリさんは、少し驚いた顔をする。


「それって…デートってことですか?」

「いやいや」


僕は、慌てて否定する。


「話を聞いてくれるだけで良いんだ」


そして、少し照れながら付け加える。


「もう1度、ミユリさんのTO(トップヲタク)としてやり直したい」


――TO。


トップ・ヲタク。


推しを誰よりも理解し、誰よりも応援するヲタク。

現場を愛し、尊敬の下に現場を仕切るヲタク。


それが3か月後。


僕たちは、警察の拘置場にいる。

しかも理由は…コンビニ強盗。


「テリィ様」


振り返る。


ミユリさんが婦警の後ろから、こちらを見ている。

その顔には、ほんの少しだけ笑みがある。


「私…」

「うん?」

「未だテリィ様の推しでしょうか?」


僕は、何も言えなくなる。


「もちろんさ」


ミユリさんが微笑む。

そのとき、刑事が僕の肩を叩く。


「おい。感動の再会はあとにしろ」

「はい」


僕は、立ち上がる。


この世界線を救うはずだった僕たちは、

今度は、この国の司法制度と戦う。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


3ヶ月前。


御屋敷の門が開き、ミユリさんが出て来る。

ピンクのワンピースメイド服。


僕は、花束を差し出す。


「きれい」


ミユリさんの顔が、ぱっと明るくなる。


「この花、好きなんです」

「知ってるよ」

「覚えていてくださったんですね」

「もちろん」


花束を胸に抱く。


「それで、今日はどこへ?」

「来てのお楽しみさ」


ミユリさんが、少しだけ首を傾げる。

それから、うっとりした顔で僕の隣を歩き始める。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


神田リバー。


川に突き出した古い桟橋。

夜の川面を、電気街の灯りが細長く揺らす。


遠くには水上空港。


飛行艇が灯りを明滅させながら、

鮮やかな離着水を繰り返している。


「暗いですね」


ミユリさんは、夜空を見上げる。

すると…夜空に、星座が1つずつ灯る。


13?


「素敵…」


ミユリさんは、自分で灯した星座を見上げ、

うっとりする。


(13星座…蛇遣い座まで入れてるのか)


僕は、内心ミユリさんの天文好きに驚く。

でも、口には出さない。


「ミユリさん」

「はい」

「今までのこと…

 全部、なかったことにしたいんだ」


一気に勝負に出る。

ミユリさんの笑顔が、少しだけ曇る。


「そうですよね」


黒い川面を見る。


「ティルは、テリィ様のお子さんを身ごもった」


ヤバい展開だ。


「そして、テリィ様とセックスした女性は、

 私たちの親友を殺した」

「…うん」

「そのまま別の世界線へ逃げてしまった」


僕は、黙っている(に限る)。


「そんなこと、簡単に忘れられると思いますか?」

「まだ許してくれないのか?」

「当たり前です」


即答だ。


「テリィ様は、ティルを妊娠させたんですよ」


少し間を置く。


「私は、とても傷つきました」


僕は、ため息をつく。


「ティルは……巨乳だった」


ミユリさんが眉をひそめる。


「そこ、正直に言わなくても良いです」

「でも、そこに惹かれた」

「最低です」

「だ・か・ら!それだけなんだ」


ミユリさんは、黙って歩き出す。

僕も慌てて隣を歩く。


そのとき――


遠くから飛行艇のエンジン音。


上海からの最終便が、夜の神田リバーに

鮮やかな灯りを落としながら着水する。


ミユリさんが振り返る。


「そんな簡単に仰らないでください」

「僕は、どこにも行かないよ」

「え。」

「ここにいる」


僕は、遠く秋葉原の街を指差す。

電気街の辺り。


「もう僕たちには

 "母なる世界線"へ戻る手段もない」

「テリィ様…」

「それに」


僕は、ミユリさんを見る。


「僕がこの世界線に残った理由は

 ミユリさんがいたからだ」


ミユリさんの目が揺れる。


「僕は、アキバでミユリさんと一緒にいたい」

「でも…」

「うん」

「ティルが身ごもった、テリィ様のお子さんは?」


僕は、しばらく川面を見つめる。


「僕には、もう何もできない」

「……」

「ティルの娘は、別の世界線で生まれる。

 もう僕の手は届かない」


僕は、歩みを止める。


「だから、吹っ切れた」


ミユリさんも立ち止まる。


「僕のために、ミユリさんは傷ついた」

「……」

「何度も危険な目に遭った」

「テリィ様……」

「だから、これからは僕が償う」


僕は、ミユリさんの前に立つ。


「ミユリさんの夢を、僕が叶える」

「私の……夢?」

「そう」


僕は、胸に手を当てる。

イタリア人モード全開だ。


「ミユリさん。僕の人生は、君のためにある」

「……」

「君が笑えば、僕も笑う。君が泣けば、僕も泣く。 君が宇宙を手に入れたいなら…」

「要りません」

「そうか」

「絶対に要りません」

「残念だ」


ミユリさんは、吹き出す。


「もう……」


笑っている。

久しぶりに、心から笑っている。


「そんな、めちゃくちゃなことばかり言って……」

「許してくれる?」


ミユリさんは花束を抱きしめる。

そして、少し涙の残った目で僕を見上げる。


「……少しだけ」

「少しだけ?」

「はい」

「じゃあ、残りはこれから取り戻そう」


ミユリさんは、黙ってうなずく。

13星座が、夜空で静かに瞬いている。


遠くで、また飛行艇が離水する。

どこへ飛ぶ便か、僕たちは知らない。


ただ。


少なくとも今宵は

2人ともアキバにいる。


第3章 元カノは弁護人


乙女ロード署の拘置場。


僕は、壁際のベンチに座って頬杖をついている。

最悪の朝だ。


いや。


最悪の人生だ。

鉄格子の向こうから、看守の声がする。


「面会だ」

「誰?」

「国選弁護士」


扉が開く。

入ってきた女を見て、僕は目を疑う。


「……リルラ?」

「テリィたん?……やっぱり貴方」


そこにいたのは、かつて一緒に暮らした元カノ。

今は弁護士…なのか?


彼女は、僕を見るなり、

なんとも言えない哀れみの目を向ける。


「ごめんな、リルラ」

「いーから」


リルラは、僕の向かいに座る。

鞄から書類を取り出す。


「私がいないところでは、何も話さないで」

「え?」

蔵前橋(けいむしょ)に行きたくないならね」


リルラは、弁護士の顔をしている。


「今の私は、あなたの元カノじゃない。

 弁護人として言ってるの」

「心配ないよ。僕は大丈夫だから」

「何を言ってるの?」


リルラの声が一段高くなる。


「心配だから言ってるのよ!」


書類を机に置く。


「どうしてコンビニ強盗なんかしたの?」

「……」

「しかも、逮捕されちゃって」

「……」

「池袋まで来て、いったい何をしてたの?」


僕は、黙る(に限る)。

リルラは、身を乗り出す。


「答えて」

「落ち着けよ、リルラ」

「無理な相談」


即答だ。


「テリィたんは、こんなことをする人じゃない」

「……」

「誰かにそそのかされたのね?」


リルラは突然、何かに気づいたような顔をする。

見覚えのある表情。


「そうよ」

「何が?」

「そうだわ。今カノにそそのかされたのよ」


僕は、天を仰ぐ。


「リルラは、いつも人のせいにするね」

「なんて口を叩くの?」


リルラの目が吊り上がる。


「元カレでも許さないわよ」

「僕は、依頼人だぜ?」

「関係ない!」


実は、関係ないのは僕の方だ。


「いー加減にして。正直に答えて」


僕は、肩をスボめてみせる。

何もかも同じじゃないか。あの頃と。


「僕は…」


リルラは、待つ。


「君と暮らしていた頃のルールを

 もう12回は破ってるな」

「…12回?」

「たぶん、もっとだ」


リルラは頭を抱える。


「テリィたん……」

「うん」

「あなた、昔からそうだったわ」

「何が?」

「ルールを破った回数だけ、妙に正確なの」


僕たちは、しばらく見つめ合う。


恋人だった時間。

別れた時間。

そして今。


僕は、犯罪者で、彼女は弁護士。

人生というものは、時々妙な再会をする。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


3ヶ月前の桟橋。デートの続き。


神田リバーの川面。

夜の電気街がゆらゆらと映っている。


僕とミユリさんは、並んで寝転がっている。


「元カノとのルールって……

 どんなルールなんですか?」

「1度、ひどく傷つけることがあった」

「テリィ様が?」

「そう。以来、

 彼女は怯えて色々うるさくなった」

「例えば?」

「トイレの便座のフタ」

「あ、それは…」

「日曜日の朝は、必ず一緒に朝食を食べる」

「なるほど」


ミユリさんが考え込む。

突然、いたずらっぽく微笑む。


「では、推しと夜の神田リバーで泳ぐなんて

 絶対にルール違反ですね?」

「もちろん」


僕が答える。


「それは…」


ミユリさんは、立ち上がる。


「ミユリさん?」


メイド服のリボンをほどく。


「ちょっと待って」

「はい?」

「まさか……」


ミユリさんは、平然とメイド服を脱ぐ。


「やめろよ」

「どうしてです?」

「わかった。冗談なら笑えないから

 もうやめてくれ」


ミユリさんは、僕を見る。


「ホンキです」

「嘘だろ……」


次の瞬間。


ミユリさん in 黒いランジェリーは

神田リバーへ飛び込む。


「ミユリさん!」


水しぶき。


「来て!」


水面から顔を出して、笑っている。


「気持ち良いですよ!」

「冗談を言うなよ!」


僕は、桟橋から身を乗り出す。


「僕は、金槌だ。知ってるだろ?」

「大丈夫です!」

「何が大丈夫なんだよ!」


ミユリさんが手を振る。


「私たちに子供ができたら……」


僕は、言葉を失う。


「今夜のことを話してあげたいの」

「……」

「早く来て!」


僕は、唇を噛む。


「わかった。待ってろ」


靴を脱ぐ。


「でも、僕たちの子供って、

 どんな子になるんだろうな」

「きっと素敵な子です」

「やっぱりヲタクかな?」

「もちろんです」

「そこは否定しないんだ」


僕は、笑う。


「いっとくけど、下着も脱いで欲しいんだ」

「どうして?」

「山田省吾の歌さ。下着もつけずに」

「何ですか、それ?」

「知らないの?"dancing on the knife edge"」

「濡れた私の髪、息を呑むほどsexy?」

「……foxyの間違い説」


覚悟を決める。


「行くぞ!」


飛び込む。


ザブン!


想像したより冷たい。


そして……浮かない。


水面に、僕の頭だけがぽっかり浮かぶ。

顔を川面につけたまま、動かない。


「テリィ様?」


ミユリさんが叫ぶ声。


「テリィ様!」


僕の頭を川面から上げる。


「大丈夫ですか!」


……僕たちの子供。

まだ存在もしない未来。


でも、もう1つの未来は

どこか別の世界線では、もう始まっている。


その夜。


僕は知らない。

僕の娘がどうしているのか。


その小さな"今"が、世界線を超えて

もうすぐ僕の下へ届くことを。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


外神田ER。


白いカーテン。消毒液の匂い。モニターの電子音。

トゴウ院長が、ベッドの上の僕を覗き込んでいる。


「何があったの?」


ミユリさんが答える。


「水中で意識を失ったんです。

 さっき、やっと目を覚ましたんですが……」

「確かテリィたんは金槌よね?」

「はい」


トゴウ院長は、僕を見る。


「この子、小学校時代から知ってるけど……

 金槌が夜の神田リバーで泳ぐ理由って何?」

「それは……」


ミユリさんは、言葉に詰まる。

僕は毛布にくるまり、ガタガタ震え出す。


寒いからなのか。

それとも、別の理由なのか。


「ショックで、何も話してくれないのです」


ミユリさんは、困ったように笑う。


「こういう時、

 ヲタクにどう接して良いのかわからなくて……」


トゴウ院長は、溜め息をつく。


「ヲタクだって人間よ。先ず熱い粉末コーヒー」

「夏ですけど……」


ミユリさんは、熱いコーヒーを持ってきてくれる。

僕は、カップを両手で包む。


湯気が顔にかかる。

そして、小さな声で告げる。


「……娘のビジョンを見た」


ミユリさんが止まる。


「娘?」

「別の世界線で、もう生まれてる」

「……」

「僕に助けを求めてきたんだ」


ミユリさんは、何も言わない。


マグカップから立ち上る湯気だけが、

2人の間を漂っている。


「どうやって?」

「わからない」


僕は、目を閉じる。


「でも、確かに僕の娘だった」

「テリィ様……」

「僕は、世界線を越えて交信したんだ」

「交信……?」

「あの子の"今"が見えた」


僕は、ゆっくり目を開ける。


「そして、あの子も僕を見た」


異なる世界線は、交わることはない。

時空が異なるから。それでも。


親子という関係だけは、

物理法則の外にあるのかもしれない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


外神田カルチャーセンター。


「お願いします、先生!」


眼鏡の講師にメイドが頭を下げている。

ヲタッキーズのマリレだ。


「センセのラテン語の単位がないと、

 私、卒業できないんです!」

「だったら真面目に出席すればよかっただろう」

「だから今回は、ちゃんとやります」

「悪いけど、君の"今回は"は信じられない」

「理由があるんです!」

「どんな理由だ?」

「前回は、秋葉原を出るつもりでした。

 だから、圧倒的に手を抜いてたんです」


センセは、黙ってマリレを見る。


「どんなに遠くへ行っても、

 成績データは、死ぬまで君について回る」

「それが、成績すらついて来られないほど、

 遠くに逝く予定でした」

「……」

「ところで先生」

「なんだ」

「先生、私のこと嫌ってますよね?」

「……」

「でも、それはお互い様です」

「威張ってる?」


センセは、自動販売機へ向かい、コーラを買う。


「そもそも、それがものを頼む態度なのか?」

「私が卒業すれば、私とは縁が切れますよ」


センセの手が止まる。


「……一理あるな」

「でしょう?」

「よし。良いだろう」


マリレの顔が輝く。


「授業を受けることは許可する」

「ありがとうございます!」

「ただし」


センセは、人差し指を立てる。


「1回もサボらないと。ここで誓いたまえ」


マリレの笑顔が固まる。


「……」


そのとき。


教室の入口に、エアリが現れた。

肩出しのセクシーなメイド服。


普通に美人。


「エアリ?」


センセは、驚く。


「君は、もう卒業したはずじゃなかったのか?」

「ええ」


エアリは、愛想よく微笑む。


「でも、懐かしくなって。つい来ちゃいました」


そして、マリレの耳元に顔を寄せる。


「話があるの」

「でも、これからラテン語の授業なのよ」

「良いよ」


センセが、鷹揚に顎をしゃくる。


「行っても」

「先生?」

「急用なんだろう?」

「はい!」


マリレが立ち上がる。


「1分で戻ります!」

「OK。1分だけだ」


センセは、エアリを見る。


「しかし、その髪型。似合ってるよ」

「どうもです」


エアリが微笑む。

センセは、教室を出ていく。


マリレは、溜め息をつく。


「……で、何なの?そんな急用って」


エアリが、真顔になる。


「ミユリ姉様とテリィたんが……」

「うん。また、キスしたとか?」

「乙女ロードでコンビニ強盗をして、逮捕された」


マリレは、天を仰いだ。


「……なんでコンビニ強盗なのよ!」

「私に聞かないで」

「これからラテン語の授業なのよ!」


秋葉原では今日も、

世界線の危機とラテン語の単位が、

同じ時空で発生している。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


乙女ロード署。


面会室。

扉が開く。


「姉様!」


エアリとマリレが同時に立ち上がった。


「大丈夫?」

「今、情報を集めてるところよ」


ミユリさんが答える。

その後ろにはリルラ弁護士。


さらに、その隣には見慣れない若い女性。


「こちら、私の仕事を手伝ってくれているジェシ」

「こんにちわ。みなさんのことは

 神田明神の水まきイベントでお見かけしてます」


ジェシは、笑顔を浮かべて順番に握手する。

リルラが書類を開く。


「明日、拘置審問があるわ」

「どうなるの?」

「2人とも初犯。しかも、物的証拠がない」


一同が息を呑む。


「軽い処分は避けられないでしょうけど

 すぐ釈放される可能性が高いわ」

蔵前橋(けいむしょ)には送られない?」

「刑事裁判にならなければね」


ジェシが口を挟む。


「証拠となる銃器が見つかってません」

「そうね」

「しかも、目撃者はレジのアジアン1人だけ。

 その証言は、信憑性に問題があります」

「どんな?」


「存在しない地下室から黄色い光を見たとか、 

 死後の世界に通じるトンネルを見たとか……」


ジェシが肩をすくめる。


「かなり独創的な証言でした」

「つまり、証拠さえなければ心配ないのね?」


マリレが確認する。


「そう願ってるわ」


リルラは書類を閉じる。


「テリィたんにも会えますか?」

「ええ」


リルラが微笑む。


「会ってあげて」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


面会室。


コツ。コツ。

エアリが指先で机を叩いている。


一定のリズム。

そこへ扉が開く。


「テリィたん!」


僕が入ってくる。

エアリが駆け寄り、僕を抱きしめる。


続いてマリレ。


「バカ!」

「え?」

「何も知らない秋葉原のヲタクに

 どれだけ心配かけたと思ってるの?」

「"ブラックパンダー"を買うお金、

 持ってなかったの?」

「いや、それじゃない」


僕は、真顔になる。


「コンビニの地下に"時空トンネル"があった」


2人の顔が止まる。


「あら……」

「……まぁ」

「オカルト雑誌"ラー"の創刊号の付録によれば、

 あの地下室は"影の政府"の秘密基地なんだ」

「そーなの」

「それは驚いたわ」


まったく驚いてない。


「おい。驚かないのか?」

「だって、テリィたんだから」

「なんだよ、それ」

「で?」


エアリが促す。


「本当にあったんだ」

「何が?」

「だから"時空トンネル"だょ」


エアリの表情が変わる。


「万世橋地下の"科学センター"遺跡にあった、

 あのヤタラ螺旋状のアレ?」

「YES」

「でも、爆発して木っ端微塵になったはずよ」

「ところが、コピーがあった。

 完全に復元されてる」

「……」

「嘘じゃない」


マリレが椅子に腰を下ろす。


「やれやれ」


深い溜め息。


「今年のラテン語の単位は、

 諦めた方がよさそうね」

「それで?」


マリレが身を乗り出す。


「トンネルの状態は?」

「完全に復元されていた」

「再起動できる?」

「多分」


エアリが僕を見る。


「テリィたん」

「うん」

「私たち"母なる世界線"には

 もう帰らないって決めたんじゃなかった?」

「……」

「この秋葉原で生きていくって」

「そうだよ」

「じゃあ、どうして"時空トンネル"を探すの?」


僕は、答える。


「娘を見殺しにはできない」


エアリが黙る。

そして、静かに首を振る。


「テリィたん。少し冷静になって考えて」

「……」

「テリィたんが見たというトンネルは壊れてるの」

「でもさ」

「きっと欠陥品よ」


エアリの言葉は、いつになく厳しい。


「そもそも、あれは確立された技術じゃない。

 不完全な実験技術だったから、

 私たちはこの世界線に漂着したんでしょう?」


マリレもうなずく。


「エアリが正しいと思うわ」


旗色が悪い。僕は2人を見る。

そして、声を落とす。


「実は……見つけて欲しいものがある」

「何?」

「逮捕される直前、車から投げ捨てた」

「嫌よ」


エアリが即答する。


「それとトンネル探しは手伝わない」

「エアリ」

「バカげてるわ」

「見つけて欲しいのは、トンネルじゃない」


2人が僕を見る。


「僕とミユリさんは、ダイヤを盗んだんだ」


マリレが目を丸くする。


「コンビニでダイヤを売ってたの?」

「違う」


僕は、首を振る。


「実際には」


少し間を置く。


「トンネルの鍵だ」


2人の表情が変わる。


「もし警察が先に見つけたら

 僕たちは、別の余罪に問われる」

「……」

「間違いなく蔵前橋(けいむしょ)送りだ」


エアリが大きく溜め息をつく。


「もう……」


マリレも諦めたように椅子へ深く座り直す。

そして聞く。


「で?」


僕を見る。


「そのダイヤって、どんな形なの?」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


御屋敷(メイドカフェ)のバックヤード。


僕は、1枚の手紙と、その横に描かれた、

手描きのダイヤの絵をじっと見ている。


そこへミユリさんが歩いてくる。


「テリィ様。こちらにいらしたの?」

「うん」

「それは?」

「ティルの遺留品だ」


ミユリさんが手紙を覗き込む。


「ナセラの手紙だ。殺される前に描いたらしい」


僕は、読み上げる。


「"この世界線で君を守るのは私だけ。

必ず守り抜く。ただ、万一私が死んだら、

 帰る手段はこれだけだ"」

「それで?」


ミユリさんの声が少し曇る。


「娘に連絡を取りたい」


沈黙。


ミユリさんが小さく溜め息をつく。


「やっぱり……」

「?」

「テリィ様は、この世界線で生きて逝くつもりは

 ないのですね」


僕は、答えない。

手紙に描かれたダイヤだけを見つめる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


神田リバー。佐久間河岸。


あの夜、僕たちがAIパトカーと

カーチェイスを繰り広げた倉庫街だ。


マリレが、雑草と薮をかき分けている。

スマホを耳に当てたままだ。


「ちゃんと授業に出ろ?

 ええ。わかってます。マジで」


1歩。


「態度を改めろ?

 はい。モチロンですょ」


さらに1歩。


「カルチャーセンターを甘く見るな?

 まさか!それもちゃんとわかってます」


薮の中で、何かが光る、

マリレが足を止める。


「……」


拾い上げる。

ダイヤ。


「これだ」


その瞬間。

背後から声が飛ぶ。


「姐ちゃん」


振り返る。


そこには、女が立っている。

コロンボ刑事を思わせるくたびれたコート。


手には、ラッパのように開いた銃口。

またまた音波銃だ。


マリレは、スマホを耳に当てたまま、女を見る。


「センセ。また後でかけます」

「スマホの相手は誰?」

「ラテン語の先生」

「ラテン語?」

「卒業がかかってるの」


女コロンボは、鼻で笑う。


「ラテン語なんかやめて、腐女子になれば?」

「それじゃ永遠に就職も結婚もできない」

「それでも、私は立派にやってるわ」

「殺し屋として?」


女が音波銃を持ち上げる。


「……」


マリレの笑顔が消える。


「ヲ友達のテリィたんに伝言よ」


銃口が、ゆっくりマリレを狙う。


「探すのをやめて」

「……」

「アタシのボスはね、言うことを聞かない奴には、 どんな汚い手でも平気で使うの」

「汚い手って?」


女が引き金を引く。


殺人音波。


マリレの背後にあった廃車の窓ガラスが

一瞬で粉々に砕け散る。


「――!」


マリレの肩が跳ねる。


「姐ちゃん」


マリレは、動けない。


「イキがるのはヤメて」


女が笑う。


「そんなだから、センセからも叱られるのよ」


音波銃の銃口が、もう1度マリレを捉える。


「2度と乙女ロードに来ないで」


背を向ける。

そして、最後に振り返る。


「次は……外さないから」


女は、倉庫街の闇へ消えて逝く。

マリレは、しばらく動かない。


右手にはダイヤ。

左手にはスマホ。


画面には、ラテン語のセンセの着信履歴。

そして彼女は、震える指でリダイアル。


「……センセ」


誰もいない倉庫街に、マリレの声だけが残る。


「今日の授業……休んでも良いですか?」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


乙女ロード暑前。赤いベンツ750Kが停まる。


ドアが開く。

スピアが降りてくる。


「姉様も、どうせ逮捕されるなら、

 もう少しおしゃれな街を選んでよ……」


ぶつぶつ言いながら署を見上げる。


「乙女ロードなんて、

 今じゃインバウンドしか来ないじゃない」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


拘置所の女子房。


「ウソみたい!」


ミユリさんが立ち上がる。


「スピア、来てくれたの?」

「当たり前ょ。ヲタ友でしょ」


スピアは、両手を広げる。


「ほら。挨拶は?」


2人は、抱き合う。


「まずはこれ」


スピアが差し入れ袋を掲げる。


「マチガイダの納豆パイ」

「あなたって、ホントに女神サマみたい」


ミユリさんが袋を抱きしめる。


「スピアが男だったら、キスしまくるわ」

「それは遠慮する」


2人で笑う。

しかし、スピアの表情がすぐに変わる。


「……それで」


納豆パイを頬張るミユリさんを見る。


「私、とある筋から情報を集めてきたの」

「何の?」

「乙女ロードの、ミクスとか言う地方検事」


ミユリさんの手が止まる。


「来月が再任命の時期なの」

「なるほど」

「市議会から再指名されたい。

 でも最近、ずっと手柄がない」


スピアが腕を組む。


「つまり姉様は、格好の標的ってわけ」

「……」

「事態は最悪」

「そうね」

「私からの報告は以上」


スピアが椅子に座る。


「次は姉様の番」

「私?」

「テリィたんとは、時間をかけて

 付き合っていくって言ってたはずよね?」


ミユリさんは答えない。


納豆パイを1口。

視線を床へ落とす。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


2週間前。

御屋敷。


僕は、カウンター席で資料を読んでいる。

そこへ突然、背後からミユリさんが現れる。


「テリィ様!」


次の瞬間。

僕の膝の上。


「え?」


激しくキスされる。


「ちょ、どうしたの?」

「ねぇ」


ミユリさんは、僕を見つめる。


「私が好きですか?」

「大好きだけど何か…」

「どれくらい?」

「どうしたんだよ、急に」


ミユリさんは、胸元から写真を取り出す。


「これを見て」

「……」


僕の顔から笑みが消える。


「どこで見つけた?」

「カルチャーセンターの図書室」

「何時間?」

「16時間」

「16時間?」

「マイクロフィルムと睨めっこしてたの」


ミユリさんは、得意げに笑う。


「例のダイヤは、

 富豪ブラウ女史の所有物だったのよ」

「どこにある?」

「普段は上野の国立美術館」

「今は?」

「しながわ水族館に貸し出されてる」

「……」

「そして2週間後」


ミユリさんが指を一本立てる。


「外神田に来るわ」


僕は、コピーを手に取る。


「なるほど」


「時空トンネル再起動の鍵に間違いない」


僕は、小さくつぶやく。


「やっと見つけた」


コピーを取ろうとする。

その手を、ミユリさんが押さえる。


「ダメです」

「え?」

「私もテリィ様と一緒に行きます」

「なぜ?」


ミユリさんは、少しだけ黙る。


「もし私とテリィ様の子供がいなくなったら――」

「……」

「やっぱりテリィ様に探してほしいもの」


そして、僕を見る。


「でも、それだけが理由じゃない」

「ミユリさん……」

「またテリィ様が、私を置いて何処か遠くへ

 行ってしまうんじゃないかと思うと」


声が震える。


「それが、どんなに辛いかわかってる?」


僕は、黙る(に限る)。


「だから、そばにいたいの」

「でも……」


僕は、ミユリさんの手を握る。


「もし君に何かあったら、僕は耐えられない」


ミユリさんは、微笑む。


「大丈夫です」

「……」

「テリィ様はヲタクの王様でしょう?」


そして、胸を張る。


「私も、もう昔の腐女子じゃありません」


目が輝く。


「超能力を取り戻したスーパーヒロインです」

「ミユリさん……」

「テリィ様を守って差し上げます」


1拍置く。


「しかも……」


いたずらっぽく笑う。


「テリィ様のお好きなコスプレで」


hallelujah!


「ありがと」


ミユリさんも笑う。


そのとき僕たちは、まだ知らない。

そのダイヤを追った先で警察に捕まり、


そして――


この世界線そのものを揺るがす秘密に

再び触れることになるなんて。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


駅前の「ホテル23」。


ノック。


振り返るジェシ。

扉を開けると、そこにエアリが立っている。


「すみません。お話があるの。お邪魔?」

「とんでもない。どうぞ」


ジェシは、エアリを中へ招き入れ、扉を閉める。


その瞬間。


エアリが笑う。

そして、ジェシの胸に飛び込む。


唇が重なる。


「久しぶり」

「マジ驚いたわ。電話もできなかったんですもの」

「ボスにバレるから?」

「私は、構わないけど」

「ダメよ。私たち、年が離れすぎてるわ」

「貴女は充分大人よ。それに、私より

 ずっと人生経験も豊富だし」

「さぁ、どうかしら」


エアリは、いたずらっぽく笑って視線を逸らす。


でも――。


ジェシの顔をじっと見つめる。


「貴女たち、何か隠してるでしょ?」

「どういう意味?」

「そんなの、貴女の顔を見ればわかるわ」


エアリは、1歩近づく。


「ねぇジェシ。本当のことを全部話して」


ジェシの表情から笑みが消える。


「去年、神田練塀町で強盗事件があったの。

 子供が1人、殺された。

 犯人は、未だ捕まってない」


エアリの顔からも笑みが消える。


「それと万世橋(アキバポリス)がどう関係するの?」

「警察は今、躍起になってる。

 インバウンドへの反感もあって、

 住民の怒りは高まり、

 警察自身が槍玉に上がってるわ」

「だから?」


ジェシは、言葉を選ぶ。


「警察は、身代わりを探してる」


エアリが息を呑む。


「私たちが?」

「YES。だから、今は何も動かない方がいい」

「でも……テリィたんたちは?」


エアリは、視線を落とす。


「私は、みんなを助けたいの」


言葉とは裏腹に、彼女の指は、

ジェシの指を探している。


ジェシがそっと握り返す。


「エアリ」

「何?」

「貴女が私の部屋に来たこと自体が

 もう危険なの」

「百も承知」

「ホントに?」


エアリは、微笑む。


「わかってるから来たの」


ここでスマホが鳴る。

ジェシが画面を一瞥する。


「センセ。はい。今、ホテルで調べ物を……

 わかりました。すぐに参ります」


通話を切る。


「何かあったの?」

「証拠が出たらしい」

「何の証拠?」

「未だわからない。

 去年の事件と、万世橋の事件を

 つなぐ何かカモしれない」


ジェシが立ち上がる。


「行かなくちゃ」


エアリも立ち上がる。


「私も行く」

「no thank you」

「どうして?」

「貴方まで巻き込まれる」

「もう巻き込まれてる」


エアリは、ジェシを見る。


「貴方に恋した時から」


ジェシは、一瞬、言葉を失う。

そして、エアリの手を強く握る。


その瞬間。

2人のスマホが同時に震える。


画面には、同じメッセージ。


"証拠を見つけた。だが、これは罠"


エアリの表情が変わる。


恋のために踏み込んだ、小さな1歩は

いつの間にか事件の核心へと向かって逝く。


第3章 恋するメイドは止まらない


2週間前。


乙女ロードの現代美術博物館。

オープニングセレモニーのレセプション。


乙女ロードのセレブたちが、

シャンパン片手に現代アートを眺めている。


その中央。


四方をレーザー光線で囲まれた展示台の上に

ひときわ大きなダイヤが輝いている。


「まぁ、お久しぶりね」


セレブ同士が握手を交わす。


その間を、シャンパンを載せたトレイを持った

ウェイトレスが優雅に巡り歩く。


カマーベスト。

長いスカート。


そして……ミユリさん。


僕は別の方向から、展示ケースを眺めている。

やがて、1人の女性が近づいてくる。


「それじゃ、またね」

「ありがとう」


女性がシャンパンを交換する。

僕は、声をかける。


「光栄です」


振り返る女性。


「あなたが、あのドレス・ブラウさんとは」

「あの、なんていうのは照れちゃうわ」


ブラウ女史は、笑う。


「すごい数のダイヤですね」

「YES。ほとんど私のものよ。あなたは?」

「テリィたんです」

「ただのウェイターじゃないわね」


僕を上から下まで見る。


「芸術家?それとも役者?」

「いいえ。ただのヲタクです」

「そうなの」


ブラウ女史は、愉快そうに笑う。


「じゃあ、頑張ってね」


その瞬間。


トレイを持ったミユリさんが、 

ものすごい勢いでこちらへ歩いて来る。


「ねぇ、ちょっと!」


僕が振り返る。


「何なの?何してるのよ?」

「別に何も」

「何度私を裏切れば気が済むの?」

「ミユリさん?」

「信じられないわ!」


声がホールに響く。


「私が必死で働いてるっていうのに、

 また胸の谷間チラ見せ女とイチャイチャして!」

「落ち着いて」

「しかも、テリィ様より倍以上も年上じゃない!」


会場がざわつく。

ブラウ女史が困ったように1歩下がる。


「では、私はこれで……」

「あの、失礼しました」


僕が頭を下げる。


「何をメス豚に謝ってるのよ!」

「なんですって?」

「ミユリさん。もうみっともないから帰ろう」

「みっともない?」


ミユリさんは、僕を睨む。

目から光線とか出そう。


「いつもそれよね」


そして、ブラウ女史に向き直る。


「何でもかんでも"みっともない"。

 その一言で片付けるのは良くないわよ!」

「失礼します」


セキュリティが集まってくる。声をかける。


「少しお静かに願います」


イヤホンをつけた黒服がミユリさんを取り囲む。


「貴方もいい気にならないでよ!」

「ミユリさん!」

「ほっといて!」


ミユリさんが叫ぶ。


「貴女だけじゃないんだから!」


ブラウ女史を見る。


「もの欲しそうな女なら、

 誰だって口説くんでしょう!」

「よせ!」


僕が駆け寄る。


「ミユリさん、もういい加減にするんだ」

「あなた」


ミユリさんが振り向く。


「私が誰だか知ってるの?」


セキュリティに護られ、聳え立つ女史。


「何よ。それがどうしたの?」


シャンパン。


ばしゃっ。


ブラウ女史のドレスに見事に命中。

会場が凍りつく。


「捕まえて!」


セキュリティが一斉に動く。

僕は、ミユリさんを庇う。


1人を突き飛ばす。

その肩が展示台に当たった。


ガシャーン!


レーザーの光が乱れる。

展示台が傾く。そして――


ダイヤが宙へ飛ぶ。


「あっ!」


全員が見上げる。


僕も手を伸ばす。

ダイヤを掴む。


その瞬間。


僕の左手の指先で

本物と偽物が入れ替わる。


誰にも見えない一瞬。


僕は、何事もなかったように

入れ替えたダイヤをブラウ女史に差し出す。


「申し訳ありませんでした」

「……」


ブラウ女史は、鷹揚に受け取る。


「本当に、申し訳ありません」


僕は、ミユリさんの肩を抱く。


「もう帰りましょう」

「え?」


ミユリさんが僕を見る。


「ミユリさんが、それを言う?」

「テリィ様のせいで、私は大恥をかきました」


僕たちは、会場を飛び出す。

残されたセレブたちは、ただ呆然と見送る。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


美術館の外。


ミユリさんは、先を歩いている。

僕が追いつく。


「ミユリさん」


返事がない。その代わり…


「うまくいきましたか?」

「もちろん」


僕は、ポケットからダイヤを取り出す。


「……!」


ミユリさんの顔が輝く。


「やったわ!」

「名演技だったね。巨乳への憎悪がこもってた」

「それほどでも」


ミユリさんは、僕の腕に腕を絡める。


「テリィ様には負けるわ」


ケッテンクラート。僕が運転する。

ミユリさんは、僕の肩に手を回している。


「すごく面白かったです」

「そう?」

「興奮したわ」


突然、ミユリさんが僕にキスをする。


「こんなにうまくいくなんて」


ミユリさんは愉快そうだ。


「大成功だわ」

「……」

「なんだってできそうな気分です」

「……」


「シャンパンを引っ掛けたときなんて

 ものすごく興奮したわ」

「確かに僕たちがやったことは犯罪だけど」


ミユリさんが楽しそうに笑う。


「とても快感だった。この私がダイヤ強盗?」

「そうだね」

「信じられないわ」


ミユリさんは、僕に顔を寄せる。


「次は…」

「"時空トンネル"探しだね」

「はい」


僕は、笑う。


「でも、今はそんなこと、どうでも良いや」

「え?」

「ミユリさん」


僕は、前を向いたまま言う。


「大好きだ」


ミユリさんが黙る。


そして、僕の肩に、さらに強く抱きつく。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


御屋敷(メイドカフェ)


2人が戻ってくる。

午前2時。


突然。

灯りがつく。


「こんな遅くまで、どこに行ってたの?」


階段の上。


クラシカルなメイド服。メイド協会のマデラだ。

秋葉原メイドの重鎮。僕たちは凍りつく。


「夜中の2時です」

「……」

「Missミユリ」


マデラがミユリさんを見下ろす。


「部屋に入って」

「……はい」

「何してたの?」


ミユリさんが親指で後ろを指す。


「別に」


マデラの目が細くなる。


「なんなの、そのヘソ出しメイド服」

「御主人様のバースデイで…」

「Missミユリ!」


ミユリさんは、階段を駆け上がっていく。

僕は、その場に残される。


マデラと目が合う。


僕は、回れ右して退散する。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「それが池袋流のやり方です。

 どうぞ、ご心配なく」


アキバのメイド協会長、マデラが

サンャイン通りで立ち話をしている。


相手は乙女ロードの地方検事、ミクス。


「あら。おはようございます、マデラさん」

「どうも」


そこへリルラが現れる。


「リルラさん。私たち、ちょうど今

 裁判の仕組みについてミクスさんから

 教えていただいていたところなの」


マデラがにこやかに笑う。


「それはご親切に」


ミクスも柔らかく微笑む。


「被告にとって、一番良い方法を

 選んであげてください。それでは私はこれで。

 また改めて伺います」


そう言って、ミクスは去っていく。

その背中を見送りながら、リルラが声を落とす。


「あの女、2人を蔵前橋送りにするつもりよ」

「え?」


マデラは、目を丸くする。


「でも……ミクスさんは、

 罪を認めたほうが有利だって」

「当然です。彼女は検事なんだから」

「でも、無罪を主張すれば検察を刺激して、

 それこそ刑事裁判に回されるって……」

「マデラさん」


リルラが遮る。


「強盗事件で罪を認めたら、

 罰はもっと重くなるわ。

 刑事裁判に進む可能性が高い。

 ミクスはそれを知っていて、

 あえて甘いことを言ってるの」

「でも……」

「検察官は、被告に罪を認めさせるためなら、

 何だって言うわ。

 安心させることも、脅すことも。

 場合によっては同情を誘うことだってする」


リルラは、ミクスの消えた廊下を見つめる。


「だから、絶対に乗らないで」

「リルラさん……」

「ミユリ姉様とテリィたんを救うには、

 私たちも力を合わせるしかないの」


1拍置く。


「私を信じてください。必ず2人を助けます」


マデラは、黙ってリルラを見る。


その頃、廊下の角を曲がったミクスは

誰もいない場所で足を止める。


笑顔が消える。


懐からスマホを取り出す。

画面に表示された名前。


テリィたん。


ミクスは、一瞬だけその名前を見つめる。

そして、小さく息を吐く。


「久しぶりね」


かつて愛した男の名前を、指先でそっとなぞる。

だが、その目には昔の恋人を見る色はない。


「今度こそ、逃がさない」


スマートフォンの画面が暗くなる。

ミクスは、何事もなかったように歩き出す。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「貴方たちの容疑については理解していますね」


乙女ロード地裁。拘置審問。

僕とミユリさんは、並んで立っている。


「はい。知っています」


僕が答える。


「容疑を認めますか?」

「認めません」

「いいえ」


ミユリさんも、きっぱりと否認する。

裁判長は、小さくうなずく。


「よろしい。では座ってください。

 本法廷は、検察側および弁護側から

 提出された資料を…」

「裁判長!」


リルラが立ち上がる。


「裁定の前に、追加資料を提出させてください。

 重要な資料があります」

「よろしい。提出してください」


リルラは、1歩前へ出る。


「最近の池袋地裁での判例です。

 過去4件の判決において、

 毛髪のDNA鑑定の一致だけでは、

 決定的な証拠とは認められていません。

 今回の事件で提出されている物的証拠も

 毛髪だけです。これだけでは、

 被告人を拘束し続ける理由としては、

 極めて不十分であると言わざるを得ません」


一呼吸。


「両被告とも初犯であり、犯罪歴はありません。

 不起訴、あるいは釈放が妥当と考えます」


裁判長は、資料に目を落とす。


「……よろしい。その指摘は考慮します」


リルラが僕たちを見る。

小さく、うなずく。


その隣。


検察側に座っている女を見る。

あ、あれ?


ミクス。

僕の元カノだ。


弁護人も元カノ。

検察官も元カノ。


なんなんだ、この裁判。


「Mr.テリィ」


裁判長の声で我に返る。

僕は、立ち上がる。


「当法廷は、

 マチガイダ・サンドウィッチズYUI店長を

 あなたの後見人とし、

 その保護および監督の下、

 あなたを釈放するものとします」


一瞬、意味がわからない。


「ただし、秋葉原へ戻った後、還暦を迎えるまで、 2度と乙女ロードに足を踏み入れないこと」

「……はい」


傍聴席から安堵の息が漏れる。

釣られて、僕も息を吐く。


助かった…のか?


「Mr.テリィ。同意しますか?」

「同意します」

「では座ってください」


僕は、椅子に戻る。


「続いて、Missミユリ」


ミユリさんが立ち上がる。

いつもの笑顔。


少しだけ自信ありげな

あの優等生の笑顔。


「あなたの声と身長は、音波銃を所持し、

 コンビニを襲った人物の特徴と

 完全に一致します」


ミユリさんの笑顔が消える。


「武器を使用した強盗は、池袋の刑法上、

 重大な犯罪です」


裁判長は、資料を閉じた。


「したがって、貴女の身柄は、

 蔵前橋刑事裁判所へ送致するものとします」

「待ってください!」


リルラが立ち上がる。


「しかし、音波銃は発見されていません。

 店員の証言にも重大な矛盾が」

「それは本法廷で判断すべき事項ではありません」


裁判長は、淡々としている。


「別の法廷で審理してください」

「そんな……」


ミユリさんの顔から血の気が引いていく。


「どうして……?」


そして、ついに声を上げる。


「こんなの、ひどいわ!」


僕も立ち上がる。


「裁判長!彼女は秋葉原メイド協会が認める、

 品行方正で優秀なメイド長です! 

 ナンバー級のキャラですよ!」


裁判長は、冷ややかに僕を見る。


「しかし、ここは秋葉原ではありません」


その一言で、法廷が静まり返る。


「では、閉廷します」

「なんでだ!」


僕は、ミユリさんへ駆け寄る。


「僕の推しを連れて行かないでくれ!」


屈強な婦人警官が、難なく僕を引き剥がす。


「離せ!」

「テリィ様!」


ミユリさんが振り返る。


「大丈夫です。私、きっと……」

「必ず助けるわ」


リルラが言い切る。

ミユリさんは、一瞬だけ微笑む。


「……ありがと」


僕は…両膝をフロアに付き泣く。


法廷の扉が閉まる。

その向こうへ、僕の推しが消えて逝く。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


乙女ロード暑。面会室。


ガラス越しではなく、

特別に許可された面会室で向かい合う、

メイド協会のマデラとミユリさん。


マデラは、母親のような穏やかな顔をしている。


「ミユリ姉様。ミクス検事とも相談したけど……

 私は、検察と取引する方向に切り替えた方が

 利口だと思うの」

「司法取引ですか?」

「YES。姉様は品行方正で、萌え活にも熱心。

 これまで一度だって問題を起こしたことがない」


黙って聞いているミユリさん。


「だから検察は、姉様のことは、

 本当の犯罪者だとは思ってないそうよ」

「だから?」

「テリィたんに誘われたという筋書きにするの」


ミユリさんの表情が変わる。


「……テリィ様に、罪を着せるの?」

「違うわ。罪を認めるのは、あくまで姉様。

 でも、主犯はテリィたんだった。

 そう説明するだけなの。

 貴女は、彼にそそのかされただけ。

 そうすれば刑はずっと軽くなるそうょ」


マデラは、あくまで優しく続ける。


「貴女は何も悪くない。

 ただ悪いTO(トップヲタク)にそそのかされただけなの」

「私に、テリィ様を売れと言うの?」


マデラの笑顔が止まる。


「……そういう言い方をしないで」

「だって、そうでしょう?」

「聞いて。テリィたんは無罪なのよ。

 姉様だけが最悪の場合、

 長い刑を受けることになる。

 何かおかしくない?

 それを避けるためには

 事実を話すしかないのょ」

「事実?」

「YES。姉様はテリィたんに音波銃を持たされた。

 彼に命令された。彼についていった」


ミユリさんは、静かに首を振る。


「違うわ」

「でも…」

「全部、私たち2人で決めたことよ」


マデラは、溜め息をつく。


「姉様……貴女は何もわかっていない。

 テリィたんは、もう釈放されたの。

 秋葉原に帰れる。貴女が彼を庇ったところで、

 彼は貴女を救えない」

「それでも良いわ」


即答だ。

マデラは、言葉を失う。


「私はテリィ様を信じてる」

「でも、20年よ?」

「それでも」

「ねぇ音波銃だって、誰が持たせたのか

 わからないでしょう?」

「私も持ったわ」

「どうやって手に入れたの?」


ミユリさんは、答えない。

マデラが少し身を乗り出す。


「姉様。お願い。貴女の人生を捨てないで」


しばらく沈黙。

やがて、ミユリさんは唇を噛む。


「……マデラ」

「なに?」

「私、優等生だったでしょう?」

「ええ」

「だったら、1つくらい落第させて」


ミユリさんは、まっすぐマデラを見る。


「テリィ様を売って助かるくらいなら

 私は自分の罪を全て負うわ」


マデラの目が揺れる。


「姉様……。」

「私は、テリィ様を信じる。

 その言葉だけなら、何度でも言える。

 たとえ、何年かかっても」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


車を背に、へそ出しメイド服で立つミユリさん。

因みに、カラダ中の脂肪を寄せ集め胸に深い谷間。


完璧に僕の好みだ←


「違う違う。もっと脇を締めて。

 そうだよ。両手でしっかり持つンだ」


僕は、ミユリさんに音波銃の構え方を教えている。

ミユリさんは、真剣な顔で照準を合わせつぶやく。


「バキューン!」

「……音波銃なんだけどな」

「だって銃でしょ?」

「そうだけど……はい。もう1度」


ミユリさんは、片目を瞑り音波銃を構える。


「バァーン!」


マジ楽しそうだ。


「テリィ様。なんで音波銃が必要なの?」

「タイムマシンセンターで調べたんだ。

 "時空トンネル"が隠してあると思われる

 "影の政府"の秘密基地は、

 規模から考えて全部で5か所ある」


地図を広げる。あれ?4か所しかないな…

ミユリさんは、その横で、また音波銃を構える。


「バキューン!」


だから音は出ないって。


「なんだか強くなった気がします」

「"再覚醒"したミユリさんは、十分強いけど」


ミユリさんは、満足そうに音波銃を下ろす。


「それにしても、この服で強盗って……。」


裾を押さえながら、ふっと遠くを見る。


「oh……モーレツ。」


いったい、いくつなんだ。君は?


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


池袋。乙女ロード裏。


ラブホテル街のど真ん中。

ポツンと建つセブンイーブンの乙女ロード店。


店頭に"425%増量ソーダ!"。

もはや人間の胃袋を完全に無視したノボリだ。


「これの、どこが政府の秘密基地でしょう?」

「うーん僕にもわからない」

「じゃ帰りましょう。おへそがスースーします」

「いや、入ってみよう」


そう言って店内へ。


インバウンド向けのお土産コーナーに立ち寄る。

"乙女ロード"と金文字で刺繍されたキャップ。


「似合います?」

「ものすごく似合う」

「じゃコレを買って帰りましょう」

「ミユリさん。強盗の下見だよ」

「そうでした」


ミユリさんは、キャップを戻す。


僕は、コンビニのパンを眺めるふりをしながら

その後ろの壁にそっと手を当てる。


……何もない。


ミユリさんを見る。

彼女も小さく首を振る。


やっぱりただのコンビニ?

そうかもしれない。


でも、その地下に秘密基地があるかもしれない。


顔を見合わせる。

なんだか楽しくなってくる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


首都高。池袋線。

ケッテンクラートが夜の東京を走っている。


運転は僕。

後席でミユリさんが音波銃を抱えている。


「大丈夫。音波カートリッジは抜いてある」

「それでも……。」

「どうした?」

「……音波銃を持ってコンビニに押し入るのは

 さすがに抵抗があって」

「やっぱり優等生だね。生徒会長タイプだ」

「だって、私はテリィ様の御屋敷を預かる

 メイド長ですから…

 店員の気を引くだけではダメですか?」


ふざけてグラビアポーズをとる。


「それでは時間が足りない。

 地下基地を調べるには最低5分は必要だ」


ミユリさんは、黙って前を見る。

やがて小さくうなずく。


「……わかりました」


覚悟を決めた顔。


「でも。」

「ん?」

「もしホントに時空トンネルが起動したら……。」


ミユリさんは、必殺の上目遣いで僕を見る。

勝負に出る時の視線を飛ばす。


「そうしたら、テリィ様は"母なる世界線"に

 永遠に帰ってしまうのでは?」

「わからない。先ずは可能性を探るだけだよ」

「でも、もし帰れるとしたら?

 きっと、そのときは……。」


僕は、笑う。


「戻ってくる」

「ホントですか?」

「もちろんだ。すぐには行かない。

 まずはシステムを調べる。

 それに、僕は起動できないからね」


ミユリさんは、微笑む。


「私たち、捕まったら大変ですね」

「大丈夫さ」


何が大丈夫なのか、自分でもよくわからない。

ただ、2人で笑う。


夜の首都高をケッテンクラートが走り抜ける。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


荒れ果てた高層タワー群。

その向こうに沈む、黒い山並み。


僕たちの知らない秘密が

まだ東京の地下深くで眠っている。


ミユリさんは助手席で音波銃を手にして

無邪気に笑っている。


その横顔を見ながら、僕も笑う。

このときの僕たちは、まだ知らない。


この夜が、2人にとって

最後の"ごっこ遊びの夜"になるなんて。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


現在。乙女ロード署の拘置場。


廊下に、コツ、コツ、と足音が近づいてくる。

ミユリさんが顔を上げる。


現れたのは、警官の制服を着た…僕。

一瞬、目を丸くするミユリさん。


「テリィ様……?」


人差し指を口元に当てる。


「静かに。迎えに来た」


鍵を開ける。


「さあ、行こう。逃げるんだ」


ミユリさんは動かない。


「どうした?」

「そして私たちは、一生逃げ隠れして

 生きて逝くのですか?」

「……。」


答えられない。くそっ。


「2度と秋葉原に帰れなくなります」

「それも悪くないさ」


僕は、笑ってみせたが、

ミユリさんは、静かに首を横に振る。


「いいえ」


きっぱりとした声だ。


「私はまだ、ヲタクも秋葉原も

 捨てる覚悟ができていません」

「……ミユリさん」

「ごめんなさい」


彼女は、鉄格子の向こうから僕を見る。


「テリィ様は、自由でいてください」

「僕が代わってあげたいよ」

「バカ」


ミユリさんが、少しだけ笑う。


「そんなことを言ってはいけません」

「でも、テリィ様が自由な方が

 私は嬉しいのです」


僕は、言葉を失う。


「娘を助けるために、ここまで来たのでしょ?」

「うん」

「だったら戻ってください。御屋敷へ。

 そして、あのコンビニの地下へ。

 "時空トンネル"を手にお入れください」

「あぁ」


ミユリさんは、いつものメイド長の顔だ。

しかし…


「そうしないと……。」


一瞬だけ声が震える。


「私がやったことが全て無駄になってしまいます」


僕は、鉄格子を握る。


「ミユリさんは、ホントに変わらないな」

「何がですか?」

「どんなに目に遭っても、

 最後は秋葉原に帰ろうとする」

「もちろんです。だって……。」


ミユリさんは微笑む。


「ここが、私の世界線です。

 私の大切なヲタクがいる場所ですから」


僕も笑う。


「そうだったな」


鉄格子の隙間から、互いに手を伸ばす。

指先が触れる。


鉄格子越しにキス。

ほんの一瞬。


けれど、それは逃亡のためのキスではない。

帰る場所を、もう一度確かめるためのキスだ。


僕は、立ち上がる。


「必ずココへ帰って来る」

「待っています」


警官の制服を翻し、僕は廊下の暗がりへ消える。

メイド服のミユリさんは、その背中を見送る。


そして、つぶやく。


「いってらっしゃいませ、テリィ様」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


池袋のビジネスホテル。

深夜。


コン、コン。

ドアをノックする。


ソファで眠っていたマリレが顔を上げる。

立ち上がり、ドアを開ける。


そこに立っていたのは、僕。


「何かあったか?」

「スピアは……あれからずっと泣いてたわ」

「それ以外は?」

「特にない」


マリレは、僕の顔を見る。


「でもね」

「何?」

「あの女。コロンボみたいな」


マリレの表情が曇る。


「あいつ、本気だった」

「また時空トンネルを探したら、必ず襲ってくる」

「ありがと。気をつけるよ」


僕は、短く答える。

そして、本題に入る。


「ダイヤが欲しい」

「……。」

「僕が落とした奴だ」


マリレは、黙って僕を見る。


「娘が"母なる世界線"で困ってるんだ。

 ダイヤを渡してくれ。お願いだ」


しばらくの沈黙。

やがて、マリレは深い溜め息をつく。


「エアリには、私が寝ている間に

 勝手に持ち出したってコトにしてね」


マリレはベッドへ歩き、枕を持ち上げる。

その下から、小さな包みを取り出す。


そして、僕の手に載せる。


ダイヤ。

それを見た瞬間……


背後で、スピアが息を呑む。


「なぜ……。」


僕は、振り返らない(に限る)。


「なぜミユリ姉様に音波銃を持たせたの?」


沈黙。答えない僕。

スピアの声だけが、部屋に残る。


「テリィたん。なぜ?」


僕は、ダイヤを握りしめる。

そして、そのまま部屋を出る。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


狭いホテルの廊下。


僕は、ダイヤをポケットに入れる。

これで"時空トンネル"を再起動できる。


やっと娘を……

そのとき。


ガチャッ。


突然、目の前のドアが開く。

僕は、立ち止まる。


出てきたのは……


「……エアリ?」


エアリも固まる。


「テリィたん」


僕は、彼女の部屋を見る。


「エアリの部屋は、あっちだろ?」


エアリは、一瞬だけ黙る。

そして、何でもないことのように答える。


「マリレと一緒にいたの」

「……マリレと?」

「YES」


エアリは、完璧に微笑む。


「テリィたんは、どこへ行くの?」

「ちょっと川まで洗濯に」

「そう。桃太郎に気をつけて」


何とエアリは、頷く。


「お休み」

「そうだね。良い夜だ」


エアリは"自分の"部屋に戻る。

静かにドアが閉まる。


僕は、その場に立ち尽くす。


「……。」


そして、小さくため息をつく。

ポケットの中で、ダイヤが冷たく光る。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


駐車場。


ケッテンクラートまで戻った僕を

ひとりの女が待っている。


「テリィたん」


振り向く。


「私は南秋葉原条約機構(SATO)のエージェント。

パンズよ」


え。パンツ?


差し出す身分証に大きく「SATO」と描かれてる。

しかし、そんな堂々と見せるものなのか。


「なぜあのコンビニを襲ったの?

 わざわざ池袋まで来て」

「僕は、不起訴になった。

 事件はもう終わったんだ。

 この街ではね」


パンズは、身分証をしまう。


「今なら小遣い稼ぎの頭の悪いヲタク。

 そういうことにしてあげる。

 でも……」


1歩、僕に近づく。


「別の理由で、あの店に入ったのなら話は別よ。

 警告しておく。

 あのコンビニには、もう2度と近づくな」

「……。」

「これ以上嗅ぎ回れば、貴方だけじゃない。

 貴方の推しもよ。

 蔵前橋(けいむしょ)送りじゃ済まなくなるわ」


僕は黙ってパンツ、じゃなかった、パンズを見る。


「しっかり覚えておくのね」


パンズは、それだけ言うと背を向けて

スタスタと歩き去る。


僕は、ケッテンクラートに乗り込む。

エンジンをかけようとして……少し考える。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


コンビニ。


現場を封鎖する黄色いテープが張られてる。


"CRIME SCENE — DO NOT ENTER"


その先に僕たちが侵入した地下への入口がある。

頭の中で、声が交錯する。


――連絡を取る。娘が危ないんだ。


――この世界線に生きると決めたはずでしょう?


――娘を見殺しにはできない。


――一緒に行くわ。いつも一緒よ。


――なぜ?


――もし私の子がいなくなったら、

  あなたに探してほしいから。


――僕は君に何かあったら、もう生きていけない。


――だったら戻って。コンビニの地下を調べて。

  "時空トンネル"のコピーを探して…


僕は、黄色いテープをくぐる。

地下へ。ポケットの中には、ダイヤ。


階段を下りる。

そして――。足が止まる。


ない。


あの巨大な螺旋装置が、跡形もなく消えている。

残っているのは、床に固定された架台だけ。


時空トンネルは、持ち去られている。


そんな……。


僕は架台に手を触れる。

そのとき。


白い粉が目に入る。

床に、わずかにこぼれている。


「やっぱり薬物ね」


背後から、声。


「触らないで」


肩に手を置かれる。

振り返ると…リルラだ。


「何しに来たんだ?」

「あなたの後をつけてきたの。

 私に何かを隠してると思って。

 同棲してた時みたいに」


彼女は、床の白い粉を見る。


「ドラッグ絡みだとは思ってたけど……。」


しゃがみ込む。臭いを嗅ぐ。


「どうも違うみたいね。何を探してるの?」


僕は、答えない。答えられない。


「これは何?」

「それを話したら、リルラにも危険が及ぶ」


とりあえず、カッコつけてみる。

粉に手を伸ばすリルラ。


僕は、咄嗟に手首をつかむ。


「触るな」

「どうして?」

「危険な毒物の可能性がある」


リルラは、僕の顔を見る。

そして、もう1度、床を見る。


「だったら……コンビニの地下に

 どうして危険な毒物がこぼれてるの?

「……。」


リルラの目が変わる。

僕の大好きな色だ。


「知り合いに鑑定させる」

「やめろ」

「テリィたん」


彼女は、弁護士の顔になっている。


「もし本当に毒物なら

 貴方の今カノを助けられるかもしれない」


僕は、息を呑む。


「マジか。どうやって?」


リルラは、白い粉から目を離さない。


「まず、これが何なのか調べる。

 そして、誰が、何のために、ここに残したのか。

 それを考えて、次に貴方との関係を考える」


真っ直ぐに僕を見る。


「元カレの秘密を暴くのは、

 元カノである私の仕事じゃない。

 でもね。

 貴方の今カノを救うのは……

 弁護士としての私の仕事だから」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


夜の首都高下の空き地。


風に揺れる枯草の向こうから、

灰色のハノマーグが土煙を上げて現れる。


ゆっくり停車する。

後部ドアが開く。


革のコートを着た女が降りてくる。

SATOエージェントのパンズだ。


先に待っていたのは、僕とリルラ。


首都高を走る車の音だけが

間断なく頭上から降って来る。


リルラが1歩前へ出る。


「はじめまして。ヲタ法律事務所のリルラです」

「SATOのパンズ」


どちらも笑っていない。

派手な身分証の提示もない。


「……パンツさん?」

「パンズよ」

「単刀直入に行くわ。なぜ南秋葉原条約機構は

 ヲタクのコンビニ強盗に興味を持つの?」


 バンズは、小さく鼻で笑う。


「逆でしょ?興味を持っているのは

 あなたたちの方。

 地下で見つかった薬品なら分析したわ。

 洗剤だった」


僕は、思わず顔を上げる。


「洗剤?」


リルラは、鞄から小瓶を取り出す。


「変ですね。私が独自に調べたところ、

 成分はテトリルに近い反応を示しました」


パンズの目が細くなる。


「もし地下施設に爆薬があったとなれば

 新聞は大騒ぎですね」


リルラは、続ける。


「しかも、その建物が一般の企業ではなくて

 "ある組織"の所有物だったとしたら」


夜風が吹く。

僕は、黙っている。


パンズは、サングラスを外す。


初めて見たその目は

思ってたよりも、かなり疲れている。


「OK。貴女たちは何も見なかった」


静かに言う。


「地下室もなかった。薬物も存在しない。

 わかった?」


リルラは、少し考えるように空を見る。


「難しい相談ですね」

「何?」

「メイドが1人、拘置場に入っている状況では」


沈黙。

高速道路を大型トラックが通り過ぎる。


「……取引をするつもり?」


パンズの声が低くなる。

リルラは、艶然と微笑む。


もはや、企業法務の弁護士の顔ではない。

昔、僕が大好きだった、少し意地悪な笑顔。


「取引ではありません。

 利害の調整です」


パンズは、溜め息をつく。


「望みは?」

「Missミユリの即時釈放および不起訴。

 それで、この件は全て忘れる」


パンズは、黙る。

遠くで始発の新幹線が鉄橋を渡る音がした。


夜明けが近い。


「1つ、聞くわ」


パンズは、僕を見る。


「そこまでして、なぜ彼女を助けるの?」


僕は、少し考える。


娘のこと。


時空トンネルのこと。


母なる世界線。


ティル。


ミユリさん。


全部が頭の中を通り過ぎる。


上手く言葉に出来そうもない。

だが、口を開く……


そのとき。


「元カレの推しだからよ」


リルラが割り込む。なんなんだ?


「推し?…元カレの?」

「アキバのヲタクはね。

 推しのためなら廃人になる覚悟があるの」


リルラは、天を仰いで肩をスボめてみせる。

パンズは、一瞬、呆れた顔をする。


それから、ほんの少しだけ笑う。


「マジ理解できないわ」


ハノマーグのエンジンがかかる。


「明日の午後よ」

「何が?」

「貴方のガールフレンドの御帰宅」


そう言い残して、ハノマーグは

夜の昭和通りに消えて逝く。


残された僕とリルラ。

風が吹く。


「ねぇ、テリィたん」


リルラが言う。


「今度こそ、大事にしなさいよ」

「わかった。リルラとは一生の御縁だと思ってる」

「バカ。元カノじゃなくて今カノよ」


東の空が、少しだけ白んでいる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


乙女ロード暑の拘置所。薄暗い女子房。

固いベッドで眠っているミユリさん。


カチャリ。


扉が開く。

メイド協会のマデラが入ってくる。


ミユリさんが目を覚ます。


「……マデラさん?」

「少し、良いかしら」

「何か?」


マデラは、ベッドの脇に腰を下ろす。


「貴女――不起訴になったわ」


ミユリさんの目が大きく開く。


「ほんと?」

「ええ」


しばらく意味がわからないようにマデラを見る。


「テリィたんの弁護士が、警察側の手続きに

 重大な不備を見つけたの。そして……

起訴は取り下げられたわ」

「助かったの……?」


ミユリさんの顔が、少しずつほころんでいく。


「よかった……。」


そのままマデラに抱きつく。


「よかった……!」


マデラも強く抱きしめる。


「よかったわね、ミユリ姉様」


しばらく二人は抱き合っている。

やがてマデラが、ゆっくり体を離す。


「でも」


ミユリさんは、顔を上げる。


「秋葉原に帰る前に、どうしても

 貴女に言っておきたいことがあるの」

「……何?」


マデラは、真っすぐミユリさんを見る。


「これから、テリィたんと会うのは禁止します」


笑顔が消える。


「……え?」

「テリィたんは、

 秋葉原メイド協会加入の全店から出入り禁止」


マデラは、指を1本立てる。


「もちろん店外交友も禁止します。

 2本目。店内イベントへの参加も禁止。

 3本目。お出かけイベントへの招待も禁止」


ミユリさんは、呆然としている。


「秋葉原で偶然会っても、視線を合わせないこと」

「そんな……。」

「そして、貴女が立ち直るまで」


マデラは、静かに告げる。


「あの御屋敷は、私がメイド長を代行します」


ミユリさんは、唇を噛む。


「テリィ様には……。」

「貴女は、何も言わなくていいわ」


マデラの声は優しい。

だからこそ厳しい。


「今度こそ、貴女自身の人生を取り戻しなさい」


ミユリさんは、うつむく。

しばらくして、うなずく。


「……わかりました」


マデラは、立ち上がる。

でも、その返事には――。


ほんの少しだけ、ウソを隠す響きがある。

元メイド長は、静かに手を握りしめる。


テリィ様。


胸の中で、TO(トップヲタク)の名を叫ぶ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


同時刻。


乙女ロード暑の玄関ロビー。

僕とリルラは、向キス合っている。


「テリィたん」


リルラは、弁護士の顔をしている。


「コンビニのレジは、手つかずだった」

「……。」

「つまり、お金目当ての強盗じゃない」


僕は、黙っている。


「じゃあ、何?スリルを味わいたかった?

 もちろん、違うわね」


リルラは、僕の目を見る。


「あなたは、そんなことのために

 ミユリ姉様まで巻き込む人じゃない。

 だったら……

 目的は、あの地下室だった」


僕は、答えない。


「どうして?」

「……。」

「何があったの?」


ホントのことは言えない。


「どうして?」

「元カノのリルラに、嘘をつきたくないからだ」


リルラは、一瞬、言葉を失う。


「でもね」


静かに言う。


「これだけのことを起こしたのよ。

 私が何も知らないママ終わらせられると思う?」


僕は、目を伏せる。


「依頼人との間には、秘密も嘘も許されない。

 私は、あなたの弁護士なの。

 そして……」


少しだけ声を落とす。


「あなたの元カノでもある」


それでも、僕は何も言えない。

リルラは、溜め息をつく。


「わかったわ。でも、1つだけ伝えておくわ。

 あなたは、あの御屋敷のオーナーだけど。

 事件のほとぼりが冷めるまで、

 秋葉原のメイド協会が管理することになった」

「え。つまり?」

「あなたは出禁。しばらく御帰宅禁止よ。

 事件の真相を話してくれるまで

 御屋敷には入れない」


僕は、苦笑する。それも当然だ。

リルラを見る。そして、少しだけ頭を下げる。


「ミユリさんを助けてくれて、ありがと」

「……。」

「この恩は、一生忘れないよ」


リルラは、何も言わない。

僕は、背を向ける。歩き出す。


「テリィたん」


呼び止める声。

だが、僕は振り返らない。


さよなら。


足を止めることなく、僕は歩いていく。

リルラは、その背中を見つめている。


やがて、姿が見えなくなる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


池袋が朝焼けに染まる。

乙女ロード暑の自動ドアが開く。


ミユリさんが出てくる。

その隣にはマデラ。


僕は少し離れたところで待っている。

目が合う。


僕は微笑む。


おかえり。


声には出さない。


ミユリさんは……


ほんの一瞬、僕を見る。

そして、静かに視線を落とす。


僕の笑顔が消える。

険しい顔になる。


マデラが何も言わず、ミユリさんの背中を押す。


メイド協会の車のドアが開く。

ミユリさんは、乗り込む。


後部座席。


ドアが閉まる直前、もう1度だけ僕を見る。

その目に、言葉はない。


車が走り出す。運転するのはマデラ。

僕は、その赤いテールランプを見送る。


ミユリさんも振り返っている。


でも、車は止まらない。

やがて角を曲がり、見えなくなる。


静かになった警察署前。

僕は、立ち尽くす。


その少し先では、リルラがSUVに腰を掛けている。

僕と目が合う。


何か言おうとして、やめる。

僕も何も言わない。


リルラはSUVに乗り込む。

エンジンがかかる。


そして走り去っていく。


僕は、その背中を見送る。

また1人だ。


ケッテンクラートのドライバーズシート。

ゆっくり腰を下ろし、ハンドルに手を置く。


溜め息。


エンジンをかける。バタバタという乾いた音。

僕は、アクセルを踏み込む。


乙女ロードを抜けて、首都高へ。

夜と朝の境目をケッテンクラートで駆ける。


ビルの谷間を流れる街灯。

遠ざかっていく池袋。


バックミラーを見る。

誰もいない。



おしまい

今回は、海外ドラマによく登場する"政府の秘密施設"をテーマに、新シーズンの幕開けです。身ごもった愛人ごと異なる世界線へ行ってしまった娘に会いに行く物語。ヒロインは、主人公の推しを取り戻し超能力が復活しています。


海外ドラマでよく舞台となるニューヨークの街並みを、雨降りコミケとなった日の秋葉原に当てはめて展開してみました。


秋葉原を訪れる全ての人類が幸せになりますように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。