1話:紫陽花咲く階段の、ちいさな迷子
両親
父、異世界に召喚された元勇者。
母、異世界の元女神。
コンビニ店長、異世界の元魔王。
青空を覆った灰色の雲から、容赦のない大粒の雨が降り注いでいた。
六月。梅雨真っ盛りのこの季節、一ノ瀬小春の通学路は、鮮やかな紫陽花の青や紫で彩られる。
「うう、予報より早く降り出しちゃったなぁ……」
高校二年生の小春は、おっとりとした声で独りごちると、ずり落ちてきたメガネのブリッジを人差し指でクイと押し上げた。実家である『紫陽花神社』へと続く長い石段。その両脇には、雨に濡れていっそう色鮮やかになった紫陽花がきれいに咲き誇っている。
傘を叩く雨音を聞きながら、小春がのんびりと階段を上り、ちょうど中腹にさしかかった時だった。
「……あれ?」
紫陽花の大きな葉の陰、石段の隅っこに、小さな「何か」がうずくまっているのが見えた。
近づくにつれて、それが傘も差さずに膝を抱えて丸くなっている、小さな女の子だと気づく。
「大変! こんなところで雨宿り? 風邪ひいちゃうよ……!」
小春は慌てて駆け寄り、自分の傘をその子に差し掛けた。
「大丈夫? お家はどこ……って、ええっ!?」
覗き込んだ小春は、思わず声を裏返した。
女の子の頭のてっぺん、濡れてペタんとなっている髪の間から、三角形の、明らかに人間のものとは違う『獣の耳』がピコピコと動いていたからだ。おまけに、お尻のあたりからは、同じ毛色の尻尾が力なく地面に垂れている。
(コスプレ……? いや、でも、本物のお耳に見えるよね……!?)
天然で知られる小春だが、さすがにこれには硬直した。女の子の年齢は、見たところ七歳くらい。服はボロボロで泥にまみれ、小さな体を小刻みに震わせている。
小春が傘を差し掛けたことで雨が止んだことに気づいたのか、女の子がゆっくりと顔を上げた。
「……ここ……どこ……?」
消え入りそうな声だった。感情の読めない無表情な顔のまま、ぽつりと呟く。
「おねえちゃん……だれ……。ハナ……おうち、帰りたい……」
きゅっと自分の肩を抱きしめるハナ。その瞳はひどく深く、どこか遠い世界を見つめているような、不思議な光を宿していた。
「……お腹もすいてるみたいだね」
小春が優しく声をかけると、ハナの小さなお腹が「きゅ〜……」と可愛らしい音を立てた。ハナは気まずそうに、さらに顔を伏せてしまう。
その健気で可哀想な姿に、小春の持ち前の「おっとり・優しい・家庭的」なセンサーが最大風速で働いた。
「よしよし、もう大丈夫だよ。私のお家、すぐそこだからね。まずはあったかいお風呂に入って、それから何か美味しいものを食べよ!」
小春はメガネの奥の目を細めてにっこり笑うと、ハナを安心させるように、その小さな手をそっと握りしめた。ハナは拒む風でもなく、ただじっと、不思議そうに小春の顔を見つめ返している。
――この時、小春はまだ知らない。
この目の前にいる「もふもふな女の子」が、かつて異世界を滅ぼしかけ、自分の両親や近所のコンビニ店長が総力を挙げてようやく封印した『かつての災厄』だということを。
大雨の降る紫陽花神社.
一人の少女と、記憶を失った元災厄の、おかしな家族の物語がここから始まる。
書き始めたばかりですがよろしくお願いします。




