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最終話
王都に、鐘の音が鳴り響いていた。
それは戦勝でも、祭りでもない。
国中の人々が待ち望んだ、平和の鐘だった。
王城の大広間には貴族や騎士、町の人々まで集まっている。
その中心に立つのは、クローゼとエマだった。
「本日をもって、王国騎士団専属薬師制度を正式に制定する」
国王の声に、会場は大きく沸いた。
毒魔物の増加。
辺境で流行した疫病。
戦場で命を落とす騎士たち。
これまで多くの命が、薬不足で失われてきた。
だが今は違う。
エマの薬が、王国を変えたのだ。
最初は誰も信じなかった。
平民出身の娘。
偽装結婚で伯爵家へ来た薬師。
役立たずだと陰口を叩かれた日もあった。
それでもエマは薬を作り続けた。
傷薬。
毒消し薬。
熱病を治す薬。
彼女の薬で救われた騎士は、もう数え切れない。
そして今では、奇跡の薬師と呼ばれていた。
「エマ」
国王に名前を呼ばれ、エマは一歩前へ出た。
「そなたの功績は、この国の歴史に残るものだ。よって王国最高位薬師の称号を与える」
会場から拍手が起こる。
エマは目を丸くした。
「わ、私が最高位薬師?」
「異論のある者はおるまい」
誰も反対しなかった。
エマを見下していた貴族たちでさえ、今は頭を下げていた。
クローゼはその様子を見つめながら、小さく笑う。
(本当に、凄い人だ)
最初は信用していなかった。
偽装結婚の相手。
面倒な押し付け。
それだけだった。
だが違った。
エマは誰より努力し、誰より人を救おうとしていた。
気づけばクローゼは、彼女の笑顔を探すようになっていた。
エマが薬を褒められると嬉しくて。
危険な森へ行けば心配で。
笑えば、安心した。
もう答えは出ている。
クローゼは前へ出た。
「陛下、一つお願いがあります」
「申してみよ」
クローゼはエマの隣へ立つ。
そして真っ直ぐに彼女を見た。
エマは不思議そうに首を傾げた。
「えっと、クローゼ?」
「聞いてくれ」
会場が静まり返る。
クローゼは静かに息を吸った。
「俺とエマの婚約は、最初は偽装だった」
ざわり、と空気が揺れた。
だがクローゼは続ける。
「信頼関係もなかった。俺はエマを疑っていたし、傷つけたこともある」
エマは少し目を伏せる。
でも次の瞬間、クローゼの手がそっと重なった。
「だが、今は違う」
その声は、誰よりも優しかった。
「エマ。お前の優しさに、何度も救われた」
騎士団も。
領民も。
そして自分自身も。
「俺は、お前を愛している」
会場が息を呑む。
エマの瞳が大きく揺れた。
「偽装結婚ではなく、本当の妻として、これからも俺の隣にいてくれないか」
エマの頬を、涙が伝った。
嬉しくて。
信じられなくて。
胸がいっぱいだった。
最初は冷たい人だと思っていた。
笑ってくれなかった。
信用もしてくれなかった。
それでも少しずつ変わっていった。
一緒に薬を作って。
一緒に笑って。
一緒に過ごして。
気づけば、エマもクローゼを好きになっていた。
「はい」
涙声で答える。
「私も、クローゼが大好きです」
その瞬間、大広間は大歓声に包まれた。
騎士たちは笑い、拍手し、トーマスは泣いていた。
「旦那様が旦那様が、ついに!」
「トーマス、うるさい」
「ですがぁ!」
エマは思わず笑ってしまう。
クローゼも困ったように笑った。
その笑顔は、もう冷たい伯爵ではなかった。
♢
一年後。
クローゼ領には、大きな薬草園と薬師院が建てられていた。
多くの薬師が学び、多くの命が救われている。
「エマ様ー! 新しい薬草が届きました!」
「はーい、今行くわ!」
白衣姿のエマが元気よく走る。
その後ろから、クローゼが声をかけた。
「走るな。転ぶぞ」
「大丈夫よ!」
そう言った瞬間。
「きゃっ!」
見事に転びそうになるエマを、クローゼが抱き止めた。
「ほら見ろ」
「えへへ」
「まったく」
呆れながらも、クローゼの顔は優しい。
そして彼は、エマのお腹にそっと手を当てた。
そこには新しい命が宿っていた。
「無理はするな。お前一人の身体じゃないんだから」
「分かってるわ」
エマは幸せそうに微笑む。
昔は一人だった。
居場所もなかった。
でも今は違う。
大切な人がいて。
帰る場所があって。
守りたい未来がある。
「クローゼ」
「ん?」
「私、ここへ来られて幸せよ」
クローゼは少し驚いた顔をして、それから柔らかく笑った。
「俺もだ」
二人は寄り添いながら、広がる薬草園を見つめた。
優しい風が吹く。
薬草の香りが、未来を祝福するように揺れていた。
こうして、偽装結婚から始まった薬師令嬢エマは、幸せを迎えるのだった。




