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第五章 04

 月読は意外にも怒らなかった。むしろ何をやっていたのか楽しそうに根掘り葉掘り聞いてきたくらいだ。男同士の友情だー、と羨ましそうにしていた。


 その後、月読と久々利が帰り、雪那とふたりでリビングで茶をすする。


「ひとつ言っておくことがある」


「帰ってきてからというもの、随分と男子おのこの面をしている。聞こう」


「天照と付き合うことになった」


「それは良きこと。祝いをせねばならん。私が剣舞でも披露しよう――」


 即座に席を立とうとした雪那を右手を出して止める。


「待て、それは待ってくれ、まだ続きがある。正確には付き合うふりだ、ふりな」


「む、ふりだと? 奇怪な」


「こう、男子と女子のいざこざがな、色々あってな、あれだ、天照の男除けだ」


 雪那が白い顎に手を添える。


「なにやら込み入った事情がありそうだ。下手に聞くまい。して、私は天照に近づくものを斬れば――」


「やめてな? ほんとにやめてくれな? 俺がなんとかするから、頼むな?」


「では殺気の籠った視線を――」


「入学当初にそれやめてくれって言ったよな? 覚えてる?」


「では隠れて護衛を――」


「それもやめてくれって言ったよな? ストーカーになるぞ」


「閃いた。では私が天照の隣に立とう」


「それ色々面倒になるからな。表向き俺と天照はあれだ、恋人っぽい、そんな感じだ。そこにお前がいてみろ、俺二股かけてる最悪男になっちまうだろ」


「む、ではこういうことか? 直毘が二股男に見えぬよう、適度に距離を取り、適度に観察し、敵がいても警戒するだけで良い、と?」


「あ、うん、そんな感じでたのむ」


 こいつ、退化してるのか成長してるのか分からんな。


「では、事前に天照の人となり、行動範囲、趣味嗜好を把握する必要がある」


「……なんで?」


「なに、私に万事任せておけ。お前と天照は私が護ろう」


 あれ、一回正解に到達したのに足を踏み外してるぞ。


「一度立ち戻ろうぜ? な? そんな諜報活動的なことする必要ないだろ?」


「女が怖いと言った直毘が、天照を守るために動く。それはとても立派な行いだ。であれば、私も全身全霊を持って力を貸そう」


 気持ちはすごい嬉しい。感謝したいのだけど、方向がまずい。


 すり合わせだ。事前すり合わせが必要だ。


「雪那、明日天照と会うか。そこで、ほれ、色々と、な、話そうな?」


「保護対象と事前に顔合わせできるのは助かる」


「だよな。こっちで連絡しとくからさ、一旦その諜報的なのはなしな?」


「相分かった。任務までの間しばしゆるりとしよう」


 なんで任務になってんだよ。


 直毘はスマホでさっとチャットを送る。「明日家に来い。拒否権はねえ」に対する返事が、「えっち」だった。スマホを投げ捨てたくなった。


 直毘は必死の形相でスマホをタップする。「事前に雪那に会わないと、こいつ暴走するぞ」と送ると、「え、もう二股?」と来た。話が進まねえ。


 チャットが面倒になって直毘は電話を掛ける。すぐに繋がった。


「彼ピじゃん」


「あ?」


「冗談だって。どしたの?」


「長いよお前の冗談。明日こっち来れるか?」


「ん、大丈夫だけど、暴走ってどういうこと?」


「お前が説明しないと、お前の趣味嗜好から行動範囲まで全部雪那に調べられるぞ」


「……どして?」


「分からん。だから説明してくれ」


「えーっと、分かった。分からないけれど、とりあえず分かった。明日十時でいい?」


「それで頼む。朔、お前の学校生活はお前の説明に掛かってる。頑張ってくれ」


「あのさ、どうして私の生活難易度が明日決まるの?」


「明日わかる」


「急に不安になってきたんだけど」


「安心しろ。最悪、最強の武士が影から護衛してくれるだけだ。安全だ」


「武士? 護衛?」


 朔が混乱している。だが、雪那は直毘の電話に興味を持ち始めている。既に間合いに入っているのだ。時間を掛けてはいられない。


「俺もいる。たぶんなんとかする。じゃ、おやすみさん」


 言うだけ言って、直毘は電話を切った。雪那が眼前でひょこひょこしていた。


「む、朔とは護衛対象だろう? 私もぜひ会話を」


「なんでお前って俺が電話すると出たくなるの?」


「直毘の友人だ。ならば挨拶するのは当然だろう」


 意味は分かるけど、意味が分からねえ。


 雪那の反応に苦心しながらも夜が過ぎ、朝になった。どうしてか痛む胃を押さえながら朝食を作り、ふたりで食べた。


 雪那はどこかそわそわしながらスマホを操作し、うんうんと満足げにすると、また触りながら首を傾けている。


「なにやってんだ?」


「なに、すぐに分かるとも」


「……ホントになにやったんだ」


 だんだん胃がキリキリしてきたが、じっと耐えた。やがて、インターホンが鳴る。雪那が出ようとするが、必死に説得して直毘が出ることにした。下手に出させたら朔が回れ右する。


 玄関のドアを開く。


「やっぴー!」


 ポニーテールが踊った。直毘の脳も踊る。


「……なにしてんのお前」


「え? なおびーが新しい友達連れてくるって聞いたから、来ちゃった」


「来ちゃった、じゃねえよ。俺の交友関係が広がるとなんで来るんだよ」


「なおびーの奇跡を見にきた!」


 失礼な奴め。あと親指立てんな。グゥ、じゃねえよ。


 めんどくささが上限を突破した。無言で月読をうながす。ポニーテールはスキップしながらリビングへ向かう。頬にバチンと髪が当たった。痛い……。


 スマホが震える。久々利からチャットが来ていた。


 ――すまん、俺には止められなかった。幸運を。


 ……裏切り者め。バッセン行くんだろうな。いいな。俺も行きたい。打てないけど。


 再度インターホン。休む暇くらいくれよ、とため息してドアを開く。野球帽を被り、七分袖のTシャツにズボン姿の朔が、無駄に頬を引きつらせた顔で突っ立っていた。


「直毘、吐きそう」


「吐くんじゃねえよ。安心しろ……安心しろ」


「なんで二回言ったの⁉ あと靴ひとつ多くない?」


「……雪那が分身したんだよ」


 朔の顔に疑問。突如、背後にあるリビングのドアが開く。


「やっぴー!」


 流行ってんのかそれ。


「や……ぴー?」


 朔が表情を消そうとして、しかし口元がひくひくしている。こいつかなり緊張でキてんな。


「ほらほら、天照朔ちゃんでしょー? 入った入ったー! ほれほれ、遠慮なさらずぅー!」


 俺ん家な。お前ん家じゃないから。


 朔が野球帽の位置をなおして家の中へ。リビングに入ると、椅子の上で正座をしていた雪那が、なんとまあ雅な動作で頭を下げる。


「天照朔、歓迎する。改めて私は直毘の相棒、冬月雪那。明日からのお前を守るため、こうして時間を作ってもらった。感謝する」


「あ、あたしはなおびーの友達ができたって奇跡を見るためー!」


 殴りたい、この月読。


 入口で固まった朔が、首だけで振り返る。


「ねえ、直毘」


「……なんだ」


「陽キャ爆発しろ」


 俺の家の平和が既に爆発してんだよ。


 ぽふっ、と朔の背中を押して無理やり中へ移動させる。


「朔、俺らは、なんだ。ふたりでそこそこな窮地に向かって戦ってきた仲だ。なんとかなる」


「私まだ四天王と戦えるほど育ってない!」


「そのたとえはよく分からねえ」


 月読と目が合う。彼女はにんまりと笑っていた。


 腹を括ったのであろう朔が、大きく深呼吸をする。


「私は天照朔、直毘の昔からの親友かな」


「おー、こんな綺麗な子がなおびーの親友! なおびー昔からヤるねー」


「でも直毘ぼっちだったよ」


「だよねー! 予想通り!」


 掘り返すなよその話題。


 朔が月読の隣に座る。雪乃はすすっとキッチンへ移動し、茶を入れていた。既に疲れていた直毘は部屋に引っ込みたかったが、絶対に逃がさないと言わんばかりの視線を受けて、仕方なく椅子にどっさりと腰を落とした。


 雪那がテーブルに茶を置いた頃合いを見て、直毘は口を開く。


「明日から朔と行動する。あれだ、男除けってやつだ」


 はーん、と月読が反応すると足を組んだ。スカートなんだからそういうのやめろ。


「それ大丈夫? なおびーと朔ちゃんって教室じゃ接点なかったっしょ。お姉さん周りの反応が心配なんだけど」


 そこまでは考えてなかった。


「接近にあんま時間かけたくねえな。どうすりゃいい?」


 んふっ、と月読の桃色の唇が吊り上がる。


「裏で情報流そっか。なおびーと朔ちゃんが付き合い始めた。それだけでも随分違うと思うよー?」


「ま、妥当な選択か。朔はどうだ?」


 野球帽のツバを掴んでいた朔が、帽子を取って首を左右に振った。亜麻色の髪が陽光に触れて輝く。


「いいよ。それでいこ。覚悟決める」


 急に咲いた花に、月読が目を剥いて見惚れていた。


「サクたん……ずっと言いたかったことがあるんだけど」


 なぜ呼び方を変えた月読。


「しゃ、写真、撮っていい? できればたくさん」


「え? いいけど」


 瞬間、ばっと立ち上がった月読がスマホを朔へ向けて、シャッターを連打し始めた。


「いいよ、いいね! 綺麗だよぉ。もうちょっと、アンニュイな表情してみよっかぁー」


 月読の奇行を尻目に、雪那はお手製マグカップで茶をすすっている。直毘はもう場を仕切るのをやめた。もともと仕切れてすらいなかったし。


「サクたん、その押さえてる胸出してみよっか! 大丈夫、お姉さん変なことしないからさぁー!」


「お前なに言っちゃってんの?」


「え? なおびーも胸を解放したサクたん、見たいっしょ?」


「なんでナチュラルにセクハラしてんだよお前」


 ぶふっ、と朔が吹き出す。


「いいよ。直毘の友達でしょ? ちょっと部屋借りていい? 胸潰しとってくる」


「では私の部屋を貸そう。案内する。なに、服は色々揃っている。なんでも持って行くといい」


 雪那が朔を部屋へ招いて自室へ入る。背格好違うから持って行っても意味ねえんじゃねえかな。


 るんるん気分の月読がスマホを見てにやついている。気持ち悪い。


「なおびー、サクたんの写真ほしい?」


「本人に聞いてから流せ。あいつその手のやり取りトラウマなんだよ」


「分かってますって。ちゃんと聞くって」


「あいつ結構繊細なんだよ。写真の取り扱いは慎重に頼む」


「了解。絶対変なことしないから、安心して」


「いや、既に変なことしてんだよなぁお前」


「ほら、綺麗だったり可愛いものを見ると、ついさー」


 写真を眺める月読の瞳はキラキラと輝いている。まるでアイドルでも見る目だ。


 バン、と雪那が勢いよくドアを開く。


「月読よ、なんともすごい女子おなごが現れた! こ、これはぜひとも記録に撮りたい!」


 なに言ってんだこの武士。


「さあ、天照よ。その可憐な姿をふたりに見せるのだ」


 頬を掻きながら朔がリビングに入る。雪那から借りたのか、さっきの服装の上から黒のワンピースを着ていた。それだけだ。


「サクたん巨乳!」


 おい、ド直球でセクハラすんなよ。


「あはは、中学から無駄に大きくなっちゃってさ」


「それズボンを黒のタイツに変えたら、落ちるよ! あたしも堕ちる!」


 どこにだよ。地獄か?


 確かに、朔は美人だし可愛らしい。胸の大きさなんていっそ暴力的だ。だからとて、直毘にとっては朔に変わりはない。


 雪那が月読に教わりながらスマホのシャッターを切る。朔は吹っ切れたのかモデルっぽいポーズを次々と披露している。


「で、その姿で明日から行くのか? 目立つんじゃね?」


 撮影を止めた月読が直毘に振り返る。


「いい、なおびー? サクたんはね、恋をして、綺麗になったの。なおびーっていう男と付き合って、こうなったの。説得力ばっちしでしょ?」


 ……そうなのか?


 そうだね、と朔が同意する。


「彼氏ができて変わる子って結構いるから。そのストーリーならたぶん納得するんじゃないかな?」


「ま、朔がいいならそれでいい」


「うん、これでいい」


「そか」


「直毘」


「ん?」


「明日からよろしくね」


「あいよ」


 ぱしゃぱしゃとシャッター音が重なる。いつまで撮影してんのかなこの二人。



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