最終章 語られた勝利
世界は、すぐに物語を完成させた。
魔王は討たれ、勇者は生き、平和は戻った。人々はそれ以上を必要としなかった。理由や過程は、後から整えればいい。大切なのは、安心して眠れる結末だ。
吟遊詩人の死は、噂になった。
悲劇として消費され、理解できない出来事として片づけられた。英雄譚の余白に置かれた注釈のように、語られはするが、読まれはしない。
誰も、手帳の中身を求めなかった。
理由を知れば、勝利が濁る。知る必要がないからこそ、物語は広まる。
六人の英雄は、各地に散った。
剣士は剣を置いた。刃を磨く理由を、失った。
魔導士は研究塔に籠もった。等価で説明できない事象を、記録から排除するために。
盗賊は町を渡り歩いた。笑いは続けたが、冗談は短くなった。
聖女は祈り続けた。だが祈りの前に、必ず一瞬、言葉を選ぶようになった。
勇者は、語らなかった。
求められれば笑い、称えられれば頭を下げた。だが自分から物語を語ることは、二度となかった。
勝利は、完成した。
誰も傷つかない形で。
その完成度は、誰か一人が、物語の外に出たからこそ成立している。
だが世界は、そのことを知らない。
知らなくていい。
それが、英雄譚というものだからだ。
夜、勇者は一人で手帳を開く。
もう書き足されることのない切断線を、指でなぞる。
最後の一行で、必ず手が止まる。
――物語は、ここで終わる。
勇者は、その言葉を、まだ受け入れられない。
だが、書き足すこともできない。
語られた勝利の裏側で、語られるべきでなかった物語は、確かに存在していた。
それを知っている者は、もういない。
ただ一人を除いて。
そして彼は、語らない。
語れば、この勝利は、完成しなくなってしまうから。




