第52話 生徒たちの文化祭:舞台の上で
時間が遡って、文化祭前日。
放課後、体育館に全校生徒が集まった。
全員、制服姿。
女子制服だ。
委員長が、ステージ上のマイクの前に立った。
「みなさん、本当にこの無茶な企画に取り組んでくれて、ありがとうございます」
拍手が起こる。
委員長が続ける。
「みなさんも@oto_fesアカウントの様子は見ていると思いますが、お陰様で100日カウントダウンは大成功と行っても過言ではないでしょう。
そして、文化祭10日前のプロジェクトχの大騒ぎです。音光学園文化祭の認知に関してはもはやこれ以上ないくらい上がったでしょう」
ざわめき。
「明日、間違いなく、たくさんの人が来てくれます。あとは僕達がどう受け入れるかにかかってます」
委員長が、声のトーンを変えた。
「皆さんの女装は完璧です。そして、来場者は『本当に男子高校生が女装してるの?』と疑いながら来場されます。
そこで、もし『女装してるの?』と聞かれたら……」
一瞬の間。
「『他言しないでね』と添えた上で、こっそり肯定してあげてください」
生徒たち、ざわめく。
「えっ?」
「言っていいの?」
委員長が頷く。
「みんな、答えを求めて来場されるのです。そこで答えにたどり着いた人たちは、答えを知って満足するはずです。そして、満足した答え合わせとして文化祭を楽しむはずです。そして、音光学園自体に興味を持って一部が応募する。そうすれば僕達の目的達成です」
それを聞いて、みんなの意気が揚がる。
委員長が、最後の言葉を告げる。
「明日の文化祭は、100日間の集大成です。あとはやれることをやるだけです。楽しんで、やりましょう。みんなで、最高の文化祭にしよう!」
大きな拍手。
委員長が手を上げる。
「円陣を組みましょう。そして『音光!』で」
全校生徒、ステージ前に集まる。
全校生徒の大きな円陣。手を繋ぐ。その大きさは協力してくれた人数の多さを物語っていた。
委員長が声をかける。
「せーの!」
全員「音光!」
拍手と歓声が響いた。
月美は、円陣の中で思った。
(100日間、ここまで来た……明日、本番……精一杯たのしもう)
◆
文化祭当日。
早朝、音光学園、月美は、早めに登校した。校舎に入ると、すでに準備を始めている生徒たちがいた。
装飾を確認する野崎。タブレットで最終チェックをする美原。彼らも今日は家から女装してきている。
みんな、こころなしか普段より緊張した表情。それはそうだろう。半年近く準備した文化祭の当日なわけだから。
女装姿の委員長が、月美に気づいた。
「おはようございます。月美さん」
「おはようございます、委員長」
月美が答える。
委員長が、校舎全体を見渡す。
「今日が、本番ですね」
「はい」
月美は、深呼吸した。
委員長は校舎を一廻りして、様子を確認してまわる。
各クラス、各部活、準備が進む。
1-Aの喫茶店、机と椅子を並べている。
3-Aの茶道部、和室の準備。
ダンス部、体育館でリハーサル。
月美のクラス、2-A、パフェ販売の準備。
クラスメイトたちが、材料を運んでいる。
委員長も、冷静に各所を確認していた。
(100日間、ここまで来た……必ず成功させる)
◆
開場時刻。校門が開く。
来場者が、次々と入ってくる。
期待以上の人数。大行列ができている。音光駅も大混雑しているらしいし、コラボしている商店街も大盛況とのことだ。
受付、護道がタブレットで管理している。
「予想以上の来場者数……でもシステムは正常に機能してます」
委員長が聞く。
「よし。各配置、問題ありませんか?」
連絡が入る。
各所から「問題なし」の報告。
月美は、正門受付へ向かった。
『ほしみのひみつ』のほしみのモデルとなった立場として、月美は引き付け役を任されていた。来場者の最初の印象を作る大切な役割だ。
北条さんは、演劇部の準備へ。
野崎は、装飾の最終チェックへ。
それぞれの持ち場へ散る。
正門受付。
月美は、護道と一緒に来場者を迎える。
「いらっしゃいませ♪」
次々と来る人々。
「かわいい!」
「本当に高校生?」
「あ、あの人ってもしかしてほしみのモデルになった人じゃない?@tsukimi_channnelの!」
そんな声が聞こえる。
時々、写真撮影をお願いされる。そのたびに月美は笑顔で対応する。
(みんな、疑いながら来てくれてる……でも、確信を持ててないみたい。
でも、それでいい。今日、答え合わせをしてもらえばそれでいいんだ)
◆
しばらくして、見覚えのある姿が目に入った。
3人組の中学生。
(あ!)
月美は、思わず笑顔になった。
そのうちの一人は、のえるだ。商店街で偶然会って、こっそり真実を打ち明けてくれた少年。そして、約束通り秘密を守ってくれた義理堅い少年。
その隣には、女の子が二人。
月美は、手を振った。
のえるが気づいて、こちらを見る。
「……月美さん」
静かな声。
隣の女の子たち、驚いている様子。
(のえるの知り合いかな?)
月美は、三人に向かって歩いていった。
「来てくれたんだ♪嬉しい!」
のえるが、短く答えた。
「……ああ」
一人の女の子が、慌てて自己紹介をした。
「あの、あたし、まりあです。のえるの姉で」
もう一人も続ける。
「私はミク!まりあちゃんの友達です!」
(のえるのお姉さんと、そのお友達……)
月美は、にっこりと笑った。
「初めまして♪『ほしみのひみつ』のほしみ、のモデルになりました月美っていいます♪」
まりあが、一瞬、複雑な表情を浮かべた。
(ん?)
でも、すぐに笑顔に戻る。
月美が続けた。
「午後は演劇部の公演もあるの。私も出るからぜひ見に来てね!」
まりあが、嬉しそうに答えた。
「はい、絶対行きます!」
月美は、のえるに少し近づいた。
そして、小声で言った。
「秘密、守ってくれてありがとう♪」
のえるは、少しだけ頷いた。
「……うん」
「今日までは秘密だったけど、今日は気づいた人には言っていいことになってるよ。積極的に言いふらさなければ大丈夫だって」
月美は、手を振った。
のえるは小さく頷いた。
「じゃあ、また後でね♪」
三人が去っていく。
月美は、その背中を見送った。
(のえる、お姉さんと友達を連れて来てくれたんだ……。嬉しいな)
しばらくして、受付の来場者が落ち着いてきた。
委員長から連絡が入る。
「月美さん、受付はこれで大丈夫です。2-Aを手伝ってあげてください」
「わかりました!」
月美は、2-Aへ向かった。
◆
2-A教室。
パフェ販売。
すでに行列ができている。
クラスメイトが、忙しそうに接客している。
「月美!助かる!」
「任せて♪」
月美は、受付カウンターに入った。
笑顔で来場者を迎える。
「いらっしゃい♪」
次々と注文を受ける。
パフェを作る。
グラスにアイス、フルーツ、生クリーム。そしてトッピングに、チョコソース。
手際よく仕上げていく。
「お待たせしました♪」
お客さんの笑顔が嬉しい。
しばらくして、見覚えのある三人組が列に並んでいるのに気づいた。
(あ!)
のえる、まりあ、ミク。
月美は、笑顔になった。
(また会えた……!)
やがて、三人の順番が来た。
「いらっしゃい♪」
月美が声をかけると、三人が笑顔になる。
「来てくれたんだ♪嬉しい!」
「はい♪」
まりあが答える。
ミクが、メニューを見ながら聞いた。
「おすすめは?」
「ストロベリーパフェがおすすめです♪」
「じゃあ、それで!」
「私も!」
のえるも、短く答える。
「……俺も」
月美は、手際よくパフェを作り始めた。
グラスにアイス、フルーツ、生クリーム。そしてトッピングに、チョコソース。
「お待たせしました♪」
三人は、パフェを受け取って、席に着いた。
しばらくして、接客が一段落した。
月美は、三人の席へ向かった。
「どう?おいしい?」
「とってもおいしいです!」
まりあが答える。
「月美ちゃん、すごいね!」
ミクも言う。
月美は、嬉しそうに笑った。
「ありがとう♪午後の演劇も見てね!」
「絶対行きます!」
まりあが約束する。
「楽しみにしててね♪」
月美は、また接客に戻った。
時間が経つ。
月美は、時計を確認した。
(もう、こんな時間……!)
クラスメイトに声をかける。
「ごめん、そろそろ演劇部に行かなきゃ!」
「頑張って!」
月美は、急いで楽屋へ向かった。
◆
楽屋。
北条さん、すでにメイク・衣装の準備中。
神谷副部長が聞く。
「北条、準備できた?」
「ああ」
北条さんが答える。
部員たち、緊張している。
部員C「本番、大丈夫かな……」
北条さんが言う。
「大丈夫。練習通りにやれば」
◆
「遅れてすみません!」
月美が駆け込む。
オスカル役の北条さんが振り返る。
「間に合った。準備しよう」
メイク直し。鏡を見る。女装した自分。
でも、今は王妃を演じる。
ふと遠い昔の子役の頃を思い出す。あの頃は楽しかった。でもそのあと演じるのが怖くなってしまった。けれどもこの半年月美を演じて、演劇部に入って、キャラクターを演じて、最初の頃の楽しかった頃を思い出せた。
大丈夫。
そう自分に言い聞かせた。
舞台監督の声。
「5分前です!」
全員、緊張が高まる。
北条さんが、月美に声をかけた。
「美月、緊張してる?」
「少し……でも、大丈夫です」
月美が答える。
北条さんが頷く。
「俺たちなら、できる」
「はい!」
舞台袖。
暗転。
深呼吸。
北条さんと月美、待機している。
幕が上がる。
観客席が目に入る、満席で立ち見まで出ている。
スポットライトが月美を追う。
月美は、舞台中央へ。
◆
第一幕。
宮廷舞踏会、北条さんが、近衛隊長オスカルとして階段を降りてくる。
白い軍服。金のエポレット。凛々しい立ち姿。
月美は、王妃マリーとして優雅にステージ中央へ。
月美は、集中していた。
(集中……集中……北条さんとの息、ぴったり……
今、私は王妃マリーを演じている。ちゃんと演じられている。
観客の視線……あの頃は怖かった。でも、怖くない。大丈夫)
◆
第二幕、第三幕と話が進んでいく。
オスカルは身を挺してマリーを守りきり犠牲となる。そして投獄されたマリーは斬首刑となる。
断頭台。
月美が、中央に立っている。空を見上げる。
そして、静かにオスカルを想う歌を歌い始める。
月美が、最後に微笑む。
「さようなら……オスカル……
また……会いましょう……」
舞台が、ゆっくりと暗転する。
静寂。
断頭台の刃が落ちる音、赤いライトで舞台全体が真っ赤に染まり、そして再び暗転した。
(ああ、終わった。走りきった。走りきれた)
闇の中で、人知れず月美の頬を一筋の涙が伝った。演技ではない本当の涙が。
◆
幕が下り、そして、再び上がる。
カーテンコール。
観客、総立ち、拍手喝采だ。拍手は、いつまでも鳴り止まなかった。
幕が完全に下りた。
舞台裏。
北条さんが叫ぶ。
「やった……!」
月美も叫ぶ。
「成功しました……!」
部員たち、抱き合って喜ぶ。
「最高だったよ!」
全員で喜びを分かち合う。
月美は、達成感に包まれた。
(やった……やりきった……)
でも、心のどこかで緊張も残っている。
(でも、まだ終わりじゃない……夕方、真実を公表する……それが、最後の本番……)
◆
委員長が、楽屋に来た。
「お疲れ様です。最高でしたよ」
「ありがとうございます」
月美が答える。
委員長が、静かに続ける。
「……あとは『ひみつのはなし』が残っていますけどね」
月美は、頷いた。
「はい。覚悟はできてます」
月美は、衣装を脱いで、制服に戻った。
鏡を見る。
(本当の本番は、これから……)
(真実を、みんなの前で……)
深呼吸。
(大丈夫。みんなが一緒にいる)
月美は、楽屋を出た。




