第49話 とある姉弟の文化祭:探索
三人は、1年生のエリアへ向かった。
廊下には、色とりどりの装飾。華やかなポスターや看板。どれも可愛らしい女の子らしいデザインだ。無骨なデザインは全く見当たらない。
まりあは、目を輝かせながら歩いた。
「どこから行く?」
ミクが聞く。
「メイド喫茶……かな?」
まりあが答えると、のえるが頷いた。
「……1-Aだな」
1-Aの教室は、すでに行列ができていた。
看板には『メイド喫茶 お嬢様をお待ちしております♪』と書かれている。
「すごい人気……」
ミクが呟く。
三人も列に並んだ。少しずつ進む列。やがて、教室の入口に着いた。
「いらっしゃいませ、お嬢様♪」
メイド服を着た1年生が、丁寧にお辞儀をする。
まりあは、思わず見入った。
白と黒のメイド服。レースのカチューシャ。丁寧に結われた髪。
そして、柔らかな笑顔。
「可愛い……声も仕草も完璧に女の子……いや、女の子より女の子らしいかも……」
ミクも、同じように驚いている。
「本当に!」
のえるは、心の中でつぶやいた。
(完璧だな……これが女装男子だなんて……誰が信じる?)
案内されて、席に着く。
メニューを見ると、オムライス、ケーキ、ドリンクなどがのっている。可愛いフォント、華やかなレイアウトで構成されている。プロの仕事だ。
「オムライスにする!」
ミクが決める。
「私はケーキセット♪」
まりあも注文を決めた。
「……コーヒーで」
のえるが短く答える。
メイドが、丁寧に注文を取る。
「かしこまりました♪少々お待ちくださいませ♪」
言葉遣いも所作も、完璧だ。
ミクが、小声で聞いた。
「本当に男の子?」
まりあも、小声で答える。
「うん。声も作ってるんだと思う」
のえるが、冷静に分析する。
「……声のトーン、完璧に調整されてる。練習したんだろうな」
やがて、料理が運ばれてきた。
オムライスには、ケチャップでメッセージが描かれている。
「可愛い♪」
まりあが笑顔になる。
ミクも、一口食べて、目を丸くした。
「おいしい!」
のえるも、コーヒーを飲みながら頷いた。
(ものすごいこだわりだ……高校生になったら、俺もここまでできるようになるんだろうか……)
メイド喫茶を出ると、ミクが言った。
「お化け屋敷行こう!」
まりあは、少し不安そうだ。
「えー、あたし怖いの苦手……」
「……なに、かわいこぶってるんだよ……あ、いて」
ぽかりとのえるを殴るまりあ。
1-Bのお化け屋敷。入口は暗く、不気味な音楽が流れている。
三人は、中へ入った。
廊下は暗い。足元だけが、わずかに照らされている。
突然、白い服の女性の幽霊が現れた。
「ひぃぃぃぃ……」
女性の悲鳴。
「きゃあ!」
まりあが叫ぶ。
ミクも、まりあの腕を掴んだ。
のえるは、冷静に歩き続ける。
やがて、出口。
三人は、明るい廊下に出た。
「怖かった……」
まりあが、胸を押さえる。
「でも、楽しかった!」
ミクは、笑顔だ。
三人は、歩きながら話した。
「単純に展示としてクオリティ高い……」
ミクが言う。
「この展示も男の子が女の子として演じていて更にその上で幽霊を演じているんでしょ……?」
「とんでもないな……」
のえるは、心の中で呟いた。
(1年生でこのレベル……高校生、すごいな)
次は、2年生のエリア。
2-Aの教室の前には、行列ができていた。
看板には『パフェ販売♪』。
「月美ちゃんのクラスだ!」
まりあが言う。
「並ぼう!」
ミクも、嬉しそうだ。
列に並んで、少しずつ進む。
教室の中が見えてきた。
パフェを作るカウンター。月美は受付嬢をやっている。ほしみのひみつのモデルということもあって、看板娘なのだろう。
やがて、三人の順番が来た。
「いらっしゃい♪」
月美が、三人に気づいて笑顔になる。
「来てくれたんだ♪嬉しい!」
「はい♪」
まりあが答える。
ミクが、メニューを見ながら聞いた。
「おすすめは?」
「ストロベリーパフェがおすすめです♪」
「じゃあ、それで!」
「私も!」
のえるも、短く答える。
「……俺も」
月美は、手際よくパフェを作り始めた。
グラスにアイス、フルーツ、生クリーム。そしてトッピングに、チョコソース。
「お待たせしました♪」
三人は、パフェを受け取って、席に着いた。
食べながら、まりあは月美を見た。クラスメイトと話しながら接客している。
洗練された笑顔、自然な動き。
(本当に女の子みたい……)
まりあは、心の中で思った。
「おいしい♪」
まりあが言う。
のえるも、静かに頷いた。
月美が、三人の席に来た。
「どう?おいしい?」
「とってもおいしいです!」
まりあが答える。
「月美ちゃん、すごいね!」
ミクも言う。
月美は、嬉しそうに笑った。
「ありがとう♪午後の演劇も見てね!」
「絶対行きます!」
まりあが約束する。
「楽しみにしててね♪」
月美は、また接客に戻っていった。
教室を出ると、ミクが言った。
「月美ちゃん、本当に可愛いね……」
「うん……」
まりあも、頷く。
その他、茶道部の丁寧な所作、合唱部の美しいハーモニー、ダンス部のK-POPカバーダンス、コスメ体験などなど、様々な展示があったがすべてレベルが高く、しかも全部女性のみで構成されていた。
都度都度これが男子生徒によってなされているんだよな?と確認しつつも、しかしその片鱗を見せないで成し遂げている展示に、驚きを隠せない。
廊下を歩いていると、壁にイラスト装飾があった。
可愛らしいデザイン。
「このイラスト、かわいい!というかこの画風ってもしかして……」
まりあが言うと、通りかかった女生徒が答えた。
「あ、これ?春野先生のイラストですね」
「春野先生!?え?『ほしみのひみつ』の!?」
ミクが聞く。
「はい。春野先生は美術部の部員なんですよ。文化祭のために全部描いてくれたんです。お仕事も大変でしょうに」
「え?え?え?あ、だから文化祭のポスターが『ほしみのひみつ』なのか!」
のえるが思わず声に出す。
「ええ。春野先生のイラストは美術部の教室でも展示してるので、興味がありましたらぜひいらしてくださいね」
そういって、女生徒は去っていった。
まりあは、混乱している。
ミクも混乱している。
のえるは混乱しながら分析している。
(つまり『ほしみのひみつ』を描いている春野先生は、音光学園の現役生徒……
可愛いイラストだし自画像は女性だったけど、音光学園の生徒ってことはつまり……)
春野先生は男子生徒。
「マジか……」
のえるは、心の中で整理した。
(つまり、『ほしみのひみつ』が音光学園とコラボしたのではない……現役少女漫画家の音光学園、男子高校生・春野先生が、『ほしみのひみつ』を描いた……つまり、この作品は最初から音光学園の一部だったんだ)
まりあも、同じことに気づいたようだった。
「これって……すごいことだよね……」
ミクが呟く。
「全部、計算されてたんだ……」
三人は、しばらく立ち尽くした。
そして、まりあが言った。
「……美術室、見に行ってみる?」
「行く行く!」
ミクが即答する。
のえるも頷いた。
美術室に入った。
壁一面に、作品が並んでいる。
イラスト、絵画、デザイン画。そしてその一部は『ほしみのひみつ』の原画イラストが並んでいた。
まりあはしばしそれらに目を奪われていたが、思い出したように聞く。
「あの、春野先生はいらっしゃいますか?」
美術部員が答える。
「はい、奥にいますよ。春野先生!お客さんです!!!」
三人は、美術室の奥へ向かった。
そこには、一人の生徒が座っていた。
長い髪を結んで、制服姿。手にはペンタブレット。
顔を上げた。
「はい?」
まりあは、一瞬言葉を失った。
(可愛い……)
ミクも、同じように驚いている。
のえるが、冷静に口を開いた。
「……春野先生ですか?」
「はい」
春野先生が、笑顔で答える。
「あの『ほしみのひみつ』の春野先生、ですよね?」
「そうですよ」
まりあは、顔を真赤にする。憧れの作家さんに会えたのだ。まりあは、慌てて言った。
「あの、『ほしみのひみつ』、読んでます!大ファンです!」
「ありがとうございます」
春野先生が、嬉しそうに答える。
ミクが聞いた。
「あの……音光学園の生徒さんなんですよね?」
「はい」
つまり、それは春野先生も男子生徒だということだ。やはりそういうことだったのだ。まりあは、勇気を出して聞いた。
「『ほしみのひみつ』って……この学校のこと、ですよね?」
春野先生は、少し驚いたように目を丸くした。
そして、にっこりと笑った。
「よく気づきましたね。そのとおりです」
のえるが、静かに質問した。
「……どうやって、『ほしみのひみつ』は生まれたんですか?」
春野先生は、少し遠くを見るような目をした。
「ある日──忘れもしないあの日、月美さんが一人、私のクラスに転校生としてやってきました」
まりあは、息を呑んだ。
(それって……漫画のまま……!)
「あまりにも素敵だった月美さんを見て、漫画にしたいという気持ちが溢れてきました。そしたらある日、衝撃の事実が発覚しました。月美さんは転校生ではなく、クラスメイトの一人だということを。私はそれを知ったときに衝撃を受けました」
つまり、春野先生も月美さんに最初は騙されていたのだ。月美さんはクラスメイトの男子で、女装して転校生として振る舞っていたのだと。
「騙されていたって、怒らなかったんですか?」
「そうですね──」
すこし考えたあと春野先生が、穏やかに答える。
「騙されたということより、この状況があまりにも非現実的すぎて、ドラマチックで、もう漫画にせざるを得ないと思ったんですよ。こうして『ほしみのひみつ』は生まれたんです」
やはり『ほしみのひみつ』を音光学園が模倣したのではなく、『ほしみのひみつ』が音光学園の施策をモデルにした漫画だったのだ。
衝撃にブルッと震えるのえる。
ミクが、小声で聞いた。
「でも……男子が女装してるって、バレたら……」
「大丈夫です」
春野先生が、優しく笑う。
「だって、みんな本気ですから。本気で取り組んでること、本気で頑張ってることって、批判されたってへっちゃらなんですよ。それに……」
春野先生は、窓の外を見た。
「今日、たくさんの人が来てくれました。みんな、楽しんでくれてます。それが答えだと思います」
まりあは、胸が熱くなるのを感じた。
のえるが、聞いた。
「……なぜ、『ほしみのひみつ』っていうタイトルに?」
春野先生は、少し考えてから答えた。
「秘密、ですからね。でも、いつか明かされる秘密。そして、秘密だからこそ、みんな興味を持ってくれる」
「計算、ですか?」
のえるが聞く。
「計算……なんですかね?『ほしみのひみつ』ってひらがな七文字で可愛いかな、って思ってつけたんですけど、あとから色々な理由が思いつきました。
月美さんを見て衝動で書き始めた『ほしみのひみつ』でしたが、学校の窮地を救うために、この『ほしみのひみつ』を使えないか生徒会と一緒に考えました。どうすれば学校を救えるか。どうすれば注目してもらえるか
『ほしみのひみつ』は私達の学校を救うだけの力を持っていたんですね。もちろんそれだけじゃないですが」
まりあは、驚いた。
(春野先生も……この作戦の一員なんだ……)
春野先生が、三人を見て言った。
「今日、来てくれてありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございました」
まりあが答える。
のえるが、静かに口を開いた。
「……俺は春野先生の仕掛け、学校のみんなの、本気、女装だけじゃないあらゆる熱意に感動しました──その、この学校に俺も入りたいと思うくらいに」
まりあは目を丸くする。
春野先生も言葉につまる。
「それは──」
少し俯いたあと、言葉を紡ぐ。
「なによりも嬉しい言葉です。それこそこの学校のみんなに聞かせてあげたいくらい。来てくれてありがとうございました」
「『ほしみのひみつ』の続き!楽しみにしてます!!!」
まりあが元気に言う。
三人は、春野先生にお礼を言って、美術室を出た。
廊下を歩きながら、三人は黙っていた。
やがて、まりあが言った。
「……すごい」
「うん……」
ミクも頷く。
のえるが、短く言った。
「全部、繋がってる」
やがて、まりあがスマホを見た。
「もうすぐ演劇の時間だ」
「行こう」
ミクが頷く。
のえるも、静かに頷いた。
三人は、演劇部の公演会場へ向かった。




