第43話 とある姉弟の100日間:疑問
火曜日の夜。
のえるは自分の部屋で天井を見つめていた。
……男子校なはずなのに、女の子の制服を着た女子がいた。
その矛盾が頭から離れない。
検索しても、答えは出てこなかった。共学化のニュースもない。ただ「音光学園 男子校」という事実だけが残った。
何かがおかしい。
のえるは起き上がり、隣の部屋へ向かった。
◆
「なあ、まりあ」
まりあの部屋のドアをノックする。
「なに?」
ドアが開く。まりあはベッドに座ってスマホを見ていた。
「『ほしみのひみつ』と商店街のコラボのこと、どうやって知ったんだ?」
「え? なんで急に?」
「いいから教えてくれ」
まりあは不思議そうな顔をしたが、スマホを操作して見せてくれた。
「@oto_fesってアカウントがあってね。そこで告知してたの」
画面には、見覚えのある投稿が並んでいた。
100日前から始まるカウントダウン。徐々に見えてくる学校の様子。そして商店街。
「……見せてくれ」
のえるは画面を凝視した。
アカウント名:@oto_fes
プロフィール:「100日後、何かが起こる」
フォロワー:1万人弱
「うん! 100日前から毎日チェックしてた。最初は何のアカウントか分からなかったけど、『ほしみのひみつ』のアカウントだってわかってきた感じ」
まりあは嬉しそうに話す。
「春野先生がリツイートしてたから見つけたんだけど、すごい楽しいの!次は何が来るのかなって」
「ふーん?」
のえるは自分の部屋に戻ろうと立ち上がる。
「変な子ね」
訝しげにのえるを見るまりあだった。
自分の部屋に戻ったのえるは、スマホで@oto_fesを開いた。
ベッドに座り、過去の投稿を遡る。
100日前:美しい瞳のアップ
99日前:その瞳を描いている手
徐々にカメラが引いていく構成。
そして、60日前頃から商店街が登場。
『ほしみのひみつ』のパネル、メロンパン、聖地巡礼マップ……。
のえるは考えた。
……おかしい。
なぜ60日目に商店街コラボをしていることを明らかにした?
商店街コラボの広報が目的なら100日目の手前に盛り上げればいい。
なのに、なぜ60日前の時点で公開した?
しかも、アカウント名。
@oto_fes
……oto + fes。
音光 + フェス?
いや、フェスティバル。
つまり……音光の文化祭?
のえるはプロフィールを見た。
「100日後、何かが起こる」
100日後……
ウェブサイトを検索し、日数を数える。
音光学園の文化祭初日当日だ。
ということは……。
このアカウント、最初から音光学園の文化祭アカウントだったのか。
商店街がメインじゃない。
文化祭がメインなのか?
でも、なぜ『ほしみのひみつ』とコラボする?
商店街なら分かる。聖地巡礼の需要がある。
でも、文化祭で何をするつもりなんだ?
のえるは混乱していた。
……『ほしみのひみつ』。
そもそも、どんな漫画なんだ?
(姉ちゃんはあんなに夢中になってるけど、俺は読んだことがない)
読んでみないと、分からない。
のえるはもう一度、まりあの部屋へ向かった。
「まりあ、『ほしみのひみつ』貸してくれ」
まりあは驚いて顔を上げた。
「え!? のえるが!?」
「いいから」
「やだ、嬉しい! のえるが興味持ってくれるなんて!」
まりあは本棚から2冊の単行本を取り出した。
「はい、第1巻と第2巻! まだ2巻までしか出てないの。でも超面白いから!」
「……ありがとう」
のえるは2冊を受け取って、自分の部屋に戻った。
深夜。
のえるは第1巻を開いた。
◆ 『ほしみのひみつ』第1巻
舞台は、光音高校。男子校だ。
主人公・ほしみが、転校してくる。ほしみは、美少女なのに、男子校に転校してくるという設定だ。
男子校に女子が一人。
クラスメイトたちは驚き、興奮する。
ほしみは優しく、誰とでも仲良くなる。でも、どこか謎めいている。
そして、第1巻の最後。
ほしみの秘密が明かされる。
実は、ほしみは男子生徒だった。
女装していただけだったのだ。
のえるは息を呑んだ。
……女装?
男子校に、女装した男子生徒が転校?
ドキドキしながら、第2巻を開く。
◆ 『ほしみのひみつ』第2巻
ほしみは女装を続ける。バレないように努力する。
クラスメイトの一部は違和感を持ち始める。
「何か変だ」
「でも、何が変なのか分からない」
ほしみは完璧に女子を演じる。
でも、少しずつ綻びが見えてくる……。
のえるは本を閉じた。
……男子校に女子が転校。
でもその「女子」は、実は男子の女装だった。
のえるは商店街で撮った写真を見た。
可愛い店員の女の子。
文房具店の女の子。
みんな、すごく可愛かった。
そして、パンフレットの表紙。
美しい「女子生徒」の写真。
のえるは検索履歴を見た。
「音光学園 男子校」
……男子校。
女の子がたくさんいた。
『ほしみのひみつ』は女装の話。
音光学園が『ほしみのひみつ』とコラボ。
のえるは息を呑んだ。
「……もしかして」
まさか。
ありえない。
「本当に……?」
のえるは頭を抱えた。
もし本当に、音光学園が『ほしみのひみつ』のように……。
男子校なのに、女装して……。
(いや、光音高校って、音光学園の順番逆転させただけじゃん)
ってことは本当に?
「いや、ありえない」
のえるは自分に言い聞かせた。
あんなに自然だった。
どう見ても、女の子だった。
完璧だった。
男子が女装してるなんて、思えない。
でも……。
類似点が多すぎる。
男子校。
『ほしみのひみつ』とのコラボ。
光音高校と音光学園。
「違和感」という言葉。
のえるは@oto_fesを開いた。
過去の投稿を、一つ一つ見ていく。
写真を拡大する。
……本当に女装なのか?
いや、分からない。
写真だけじゃ判断できない。
のえるは通知をオンにした。
毎日チェックしよう。
観察しよう。
本当かどうか、確かめるために。
水曜日。
学校から帰宅すると、のえるはすぐにスマホを開いた。
@oto_fesの新しい投稿。
文化祭準備の様子。
「女子生徒」たちが装飾を作っている写真。
のえるは写真を拡大する。
手を見る。
顔を見る。
髪を見る。
……分からない。
どう見ても、女の子だ。
でも……。
もし本当に女装なら……。
すごすぎる。
完璧すぎる。
木曜日。
また新しい投稿。
ダンスの練習風景。
みんな揃って踊っている。
のえるは何度も写真を見る。
複数人の女の子がダンスをしている。
のえるは写真を拡大する。
一人、二人……五人?六人?
「え? こんなに大勢も……?」
のえるは首を振った。
ありえない。
何人もの男子が、女装して、ダンスを……?
そんなこと。
でも……。
コメント欄を見る。
「何か違和感ある」
「おかしいけど何がおかしいのか分からない」
みんなも何か感じてる。
のえるは思った。
……もし本当に。
もし、音光学園が。
『ほしみのひみつ』のように、女装で文化祭をやるとしたら。
それって……。
すごいことだ。
でも、まさか。
そんなわけない。
金曜日。
まりあが部屋に入ってきた。
「ねえのえる、『ほしみのひみつ』面白かった?」
「……なんというか、面白いどころじゃない」
「でしょ!?でしょ!? すごい面白いよね!」
まりあは嬉しそうだ。
「ほしみが女装してるって分かったときびっくりしたでしょ?」
「マジで。鳥肌立った」
「あたし、最初読んだとき、すごい衝撃だった」
まりあは笑顔で語る。
「でもね、ほしみが女装してても、すごく可愛いし、みんな受け入れてるのがいいよね」
「……そうだな」
「あ、そうだ! 音光学園の文化祭、楽しみだね!」
「……ああ」
まりあは何も気づいていない。
純粋に、ファンとして楽しみにしている。
のえるは複雑な気持ちだった。
……姉ちゃんには言えない。
まだ確信がない。
自分の考えすぎかもしれない。
でも……。
……文化祭。
文化祭に行けば、分かる。
自分の目で確かめられる。
でも、文化祭はまだ先だ。
数週間も待てない。
のえるは決意した。
……もう一度、商店街に行こう。
一人で。
姉ちゃんには内緒で。
今度はじっくり観察する。声を聞く。しぐさを見る。細部まで見る。
あの可愛い店員さんたちをもう一度見て、確かめる。
本当に女の子なのか。
それとも……。
確信60%。疑念40%。気になって仕方ない。
次の週末、行こう。
真実を、自分の目で確かめるために。
のえるは目を閉じた。
……真実は、すぐそこにある気がする。




