第41話 とある姉弟の100日間:聖地巡礼
週末の朝、八時。
まりあは興奮を抑えきれず、双子の弟・のえるの部屋に突撃した。
「のえる!起きて起きて!」
「……休日くらい寝坊させてくれよ」
布団から聞こえる、眠そうな声。まりあは構わず布団を引っ剥がす。
「何言ってるのよ、音光商店街に行くって約束だったでしょうが。今日は早く準備して!」
「あー……今日だったか?……行きたくない」
「もー!約束でしょ!?」
のえるは諦めたように溜息をついて、ゆっくりと起き上がった。
「……はいはい」
まりあは心の中でガッツポーズをした。よし!
◆
駅の改札前で、親友のミクが待っていた。
「まりあ!おはよー!」
「ミク!おはよう!」
のえるは後ろで、相変わらず面倒くさそうな顔をしている。
「のえるくんもおはよう」
「……おう」
三人は電車に乗り込んだ。
◆
電車に乗って三十分。
まりあとミクは興奮気味に話している。
「楽しみだね!」
「うん!メロンパン絶対食べる!」
「グッズも買いたい!」
のえるはイヤホンで音楽を聴いて、会話に入らない。
まりあは車内の様子に気づいた。
「あれ?なんか…人多くない?」
車内には若い女性グループが複数いた。みんなスマホで何かを見ている。
「ねえねえ、ほしみのひみつの3話の、あのシーン覚えてる?」
「ああ!メロンパン食べてたとこでしょ!絶対現地で買う!」
「スタンプラリーもあるらしいよ」
「聖地巡礼、楽しみ!」
まりあは息を呑んだ。もしかして、みんな同じ場所に……?
隣では、のえるがイヤホンで音楽を聴いている。まったく興味なさそうだ。
別のグループの会話が聞こえてくる。
「@oto_fes見た?昨日の投稿」
「見た見た。商店街すごく盛り上がってるらしいよ」
まりあは興奮してのえるのイヤホンを外した。
「!?」
「ねえねえ、みんな同じ場所行くみたいだよ!」
「……そう」
相変わらず無関心な返事。でもまりあは気にしない。
「楽しみ!」
◆
電車が駅に到着した。
ドアが開くと、一斉に若者たちが降りる。ホームは『ほしみのひみつ』ファンで溢れていた。
「うわ…すごい人…」
まりあは興奮気味だ。
「本当にすごい!」
ミクも目を輝かせている。
「マジか…」
のえるは混雑にうんざりしている。
改札を出ると、駅前に大きな看板が立っていた。
「ようこそ!『ほしみのひみつ』の舞台へ」
「音光商店街まで徒歩10分→」
看板の下には小さく©マーク。
「©春野咲希・華音社」
まりあは目を輝かせた。
「!!!公式なんだ!」
ちゃんと出版社の許可を取っているってことだ。すごい……。
「……ちゃんとしてんだな」
のえるも呟いた。
◆
商店街の入口に到着すると、まりあは言葉を失った。
「……うわあ」
目の前には、想像以上の光景が広がっていた。
商店街は若者で溢れている。週末とはいえ、この人出は異常だ。
入口には巨大な立て看板。
「『ほしみのひみつ』コラボマップ」
イラストは原作そのまま。ほしみが商店街を案内している構図だ。
「可愛い…!」
立て看板にも©マーク。
「……思ったより本格的だな。へー……」
のえるが呟いた。
入口では、可愛い女の子がスタンプラリーカードを配っている。高校の制服姿で、笑顔で来場者を迎えている。
「よかったら『ほしみのひみつ』コラボ、スタンプラリーカードをどうぞ!」
「あたしも!」
「わたしも!」
まりあとミクはスタンプラリーカードを受け取った。
「音光学園の生徒さんかな?」
ミクが小声で言う。
「そうかも!制服着てるもんね」
カードには商店街のマップと、各店舗のスタンプ欄。全部集めるとプレゼントがもらえるらしい。
「のえる、見て見て!」
「……ああ」
興味なさそうな返事だが、まりあは気にしない。
「全部回ろう!」
「全部!?」
ミクが笑う。のえるはうんざりしてため息をついた。
「……全部かよ」
◆
最初の目的地、パン屋「朝日堂」。
店の前には行列ができていた。
「すごい…行列だ」
十分ほど並んで、ようやく店内へ。
店内には大きなパネルが飾られていた。
『ほしみの好きなメロンパン♥大好評発売中』
と描いてあり、メロンパンと、漫画作中のメロンパンが描かれている。
「うわー!まんがそのまんま!」
まりあとミクは興奮している。
レジには、パン屋のおじいさんと…もう一人。
可愛い女の子が店員として働いていた。
長い髪、優しい笑顔、清潔感のある制服姿。ブレザーとプリーツスカート、リボンがついた高校の制服だ。
「いらっしゃいませ♪」
のえるはその女の子をちらっと見た。
「メロンパン三つください!」
「はい、ありがとうございます♪」
女の子が笑顔で応対する。のえるは視線を逸らせない。
まりあはメロンパンを受け取る間、のえるの様子に気づかなかった。
のえるの顔が少し赤くなっている。
「ありがとうございます!」
「写真、撮っていってくださいね♪」
「撮ります!」
ミクもスマホで写真を撮っている。のえるは店の奥を見ているふりをしているが、時々女の子を横目で見ている。
店を出た。
「メロンパン美味しそう!」
まりあはメロンパンを頬張る。
「美味しい!!」
「本当だ!美味しい!」
ミクも頬張る。のえるはまだ顔が赤い。
「のえるも食べなよ」
「…ああ」
のえるはメロンパンを食べた。
「……普通に美味いな」
「でしょ!?」
まりあは心の中で思った。のえる、意外と楽しんでる?
のえるも心の中で思っていた。……あの子、可愛かったな。
◆
次は喫茶店「カフェ・ノスタルジア」。
レトロな外観、木の看板。
「ここ、漫画に出てきた!」
店内に入ると、レトロな内装。アンティークな椅子、古い時計、温かみのある照明。
「素敵…」
まりあとミクは感嘆の声を上げる。
注文を取りに来たのは、またあの制服を着た女の子だった。さっきのパン屋とは別の子だが、同じブレザーとプリーツスカート。
メニューには「ほしみのひみつブレンド」。
「これください!」
「わたしも!」
「はい、かしこまりました」
のえるはちらっと店員を見た。
「……俺も」
三人はコーヒーを飲みながら店内を見回す。
壁には『ほしみのひみつ』のパネル。
「このシーン、好きなんだよね」
「わかる!あのシーンいいよね」
ミクも頷く。
「ねえねえ、のえるは『ほしみのひみつ』読んだことある?」
まりあが聞く。
「……ない」
「え!? 読んでみなよ!絶対面白いから!」
「まりあの言う通り、面白いよ。少女漫画だけど、男の子でも読めると思う」
ミクも勧める。
「……考えとく」
のえるは素っ気なく答えたが、まりあは満足そうだ。
まりあは写真を撮り、スタンプを押してもらった。
「ありがとうございました!」
◆
書店「本の森」に入ると、特設コーナーがあった。
入口では、例の制服を着た女の子が案内していた。
「『ほしみのひみつ』の特設コーナーはこちらです♪」
『ほしみのひみつ』全巻、関連グッズ、そして……
「『ほしみのひみつ』コラボノート」
分厚いノートが置いてある。
「これだ!」
ノートを開くと、全国からのファンのメッセージが並んでいた。
「ほしみのひみつ大好き!」
「商店街の人たち優しい!」
「また来ます!」
まりあとミクは感動した。
「みんな書いてる…」
まりあもペンを取って書き込む。
「ほしみのひみつ、大好きです!今日は友達と弟と聖地巡礼に来ました。商店街最高!」
ミクも書き込む。
「ほしみのひみつのファンです!念願の聖地巡礼ができて嬉しいです!」
のえるは横で見ている。
まりあが特設コーナーを見回すと、目立つ場所に特別なコーナーがあった。
「春野咲希先生サイン入り『ほしみのひみつ』限定販売」
「!!!」
まりあは目を輝かせた。
「ミク、見て!サイン入り!」
「本当だ!すごい!」
「買う!絶対買う!」
まりあは迷わずサイン入り単行本を手に取った。
レジに向かう。
「こちらお願いします」
「はい、ありがとうございます」
書店のおじさんがレジを打ってくれる。
まりあは大切そうに本を受け取った。
その瞬間。
背後から、小さな声が聞こえた。
「……買ってくれて、ありがとう」
まりあは振り返った。
「え?」
そこには、何人かの制服姿の女の子たちが店内を案内している。
誰が言ったのか、分からない。
「……今、何か聞こえなかった?」
「え?何が?」
ミクは首を傾げる。
「いや……誰かにお礼言われたような……」
まりあはもう一度周りを見回したが、誰も自分を見ていない。
「……気のせいかな」
のえるは黙って見ている。
案内していた女の子が近づいてきた。
「書いていただけて嬉しいです♪ スタンプカード、お持ちですか?」
「あ、はい!」
まりあがカードを差し出す。
「ありがとうございます♪」
女の子がスタンプを押してくれる。優しい笑顔だ。
のえるはその様子をちらっと見ている。
「ありがとうございました!」
まりあは笑顔で答えた。
◆
商店街を歩く。
「次はどこ行く?」
「文房具店!」
「グッズ買いたい!」
まりあとミクは楽しそうだ。のえるはため息をついた。
「……まだあるのかよ」
「いいじゃん!楽しいんだから!」
三人は商店街を進んでいく。
ほしみのひみつのポスター、のぼり旗、コラボ商品……商店街全体が『ほしみのひみつ』に彩られている。
まりあは心の中で思った。
本当に来てよかった。
のえるも心の中で思っていた。
……まあ、悪くないかもな。
三人の聖地巡礼は、まだ続く。




