第3話 廃校宣告
翌日、理事長室に理事長含む理事一同が集まった。重苦しい空気に包まれていた。
春の陽射しが窓から差し込んでいるが、今日ばかりは暖かさを感じられない。理事メンバーが深刻な顔で理事長の前に立っている。手に持った報告書が微かに震えていた。
「理事長……今年度の入学申込者数が出ました」
理事長は机に置いた両手を強く握りしめ、覚悟を決めたような表情で答えた。
「……どうでしたか?」
「……25名です」
空気が凍りついた。募集定員80名。その3分の1以下という数字が、理事長室に重くのしかかる。
「25名って……」
理事長の声が震えている。握りしめた手がわずかに震えていた。
「定員の3分の1以下……」
生徒会委員長である橘秀一が眉をひそめる。理事長の孫として、この数字の深刻さを誰よりも理解していた。
「これは……深刻ですね」
事務員は続けて報告した。
「キューピッド高校は150名の枠にたいして450名の応募だそうです」
「近隣の共学校も軒並み定員超過」
「どうしてうちだけが……」
その言葉が、理事長の心に深く突き刺さった。
理事たちの表情は一様に暗い。資料を見る目は冷静だが、そこに希望の光はない。
「この状況では経営が成り立たない」
年配の理事が眼鏡を外しながら淡々と述べる。
「廃校もやむを得ないのでは」
若手の理事が資料を指差しながら追い打ちをかける。
理事長は孫の前で弱い姿を見せまいと、必死に抵抗した。
「まだ手はあるはずです」
しかし、経理担当の理事が冷徹に現実を突きつける。
「現実を見てください。もう限界です」
そして、最後通牒が下された。
「今年の文化祭で、来年度の入学希望者を大幅に増やせなければ、廃校を検討せざるを得ません」
理事長は天井を見上げ、長い沈黙の後に静かに答えた。
「……分かりました」
理事会が終わると、理事長は肩を落とし、窓の外を見つめた。孫である委員長の前で、これ以上弱い姿は見せられない。しかし、現実は容赦なく突きつけられた。
文化祭までに奇跡を起こさなければ、音光学園は消滅する。
果たして、そんな奇跡が起こり得るのだろうか——
理事会が終わると、理事長は一人理事長室に残った。
窓の外では春の陽射しが暖かく校庭を照らしているが、理事長の心は深い絶望に包まれていた。
机の上に散らばった資料を見つめながら、これまでの歩みを振り返る。
音光学園を設立してから20年。多くの生徒たちがここで学び、巣立っていった。彼らの笑顔、涙、青春の思い出がこの校舎には詰まっている。
それがすべて消えてしまうのか。
「私は……失敗したのか」
理事長の呟きが、静まり返った理事長室に響いた。
孫である秀一にだけは、弱い姿を見せたくない。しかし現実は厳しすぎた。
文化祭まで、あと半年。
果たして奇跡は起こるのだろうか。
◆
その夜、理事長は生徒会メンバーだけを緊急招集した。
夕暮れ時の生徒会室に、一人また一人とメンバーが集まってくる。普段なら部活動の時間だが、今夜は違った。理事長からの緊急連絡で、全員が急遽集められたのだ。
「何があったんだろう……」
「理事長が直接呼び出すなんて、初めてじゃない?」
生徒会メンバーたちが不安そうに顔を見合わせる。
理事長が生徒会室に入ってきたとき、その表情を見て全員が言葉を失った。普段の温厚な笑顔は影を潜め、深い疲労と絶望が刻まれている。
「皆さん、集まってくれてありがとう」
理事長の声はかすれていた。昼間の理事会で心が折れかけているのが、手に取るように分かる。
「今日の理事会の結果を、君たちにだけ伝える」
委員長である秀一が背筋を伸ばす。祖父の様子から、ただ事ではないことを察していた。
「……お祖父様?」
理事長は面を上げ、生徒会メンバー一人一人を見つめてから口を開いた。
「来年度の入学者は、現在25名」
その数字に、生徒会メンバーたちが息を呑む。
「定員80名に対して25名って……」
「それって、定員の3分の1以下じゃないですか」
「そうだ。そして理事会で決定されたことがある」
理事長の次の言葉に、生徒会室の空気が凍りついた。
「このままでは、来年度をもって廃校となる可能性がある」
生徒会室に重い沈黙が降りた。時計の音だけが、やけに大きく響いている。
美月は呆然としていた。キューピッド高校との格差を見せつけられた翌日に、今度は廃校の危機。現実があまりにも重すぎる。
「廃校って……マジですか?」
声が裏返ってしまう。
「マジだ」理事長が頷く。「今年の文化祭で、来年度の入学希望者を大幅に増やせなければ……」
理事長の声が涙声になっていく。
「理事会では、廃校を検討せざるを得ないという結論になった」
「そんな……この学校がなくなるなんて」
「僕たちの母校が……」
理事長は生徒会メンバー一人一人の顔を見回した。
「だから、君たちに頼みたい」
「この学校の未来は、君たちにかかっている」
委員長が祖父の肩に手を置いた。
「お祖父様……必ず何とかします」
しかし、委員長の心の中でも、まだ具体的な方法は見えていなかった。ただ、何かをしなければという使命感と、そして——以前から漠然と考えていた、ある可能性について思いを巡らせていた。
(まだ時期尚早かもしれないが……)
それは、まだ誰にも話していない、一つのアイデアだった。
「でも……どうすれば」
美月が呟く。
「キューピッド高校との差は歴然としてる。俺たちに何ができるっていうんだ」
その時、理事長が涙を拭いながら言った。
「私にも分からない。だが、君たちなら……若い発想力なら、何か道があるかもしれない」
「お祖父様」
委員長の声に、決意が宿っていた。
「分かりました。生徒会として、この危機に立ち向かいます」
理事長は安堵した。しかし、具体的な方法はまだ見えていない。
「ありがとう、秀一。そしてみんなも」
理事長の声はかすれていたが、希望の光が少しだけ戻ったようだった。
「君たちの日遅の本気を感じられて、少しだけ元気が出た。ありがとう」
理事長は深く頭を下げた。
「この学校の未来は、本当に君たちにかかっている。よろしくお願いします」
生徒会室に重い沈黙が流れた。みんなが背負った責任の重さを実感していた。
果たして、奇跡は起こせるのだろうか——
◆
理事長が去った後、生徒会室には重い沈黙が続いていた。
美月たちが呆然としている中、委員長だけは静かにスマートフォンを取り出していた。
「委員長……何してるんだ?」
「……少し調べ物を」
委員長の指が画面を滑る。「学校PR SNS」「話題作り 方法」「注目 集める」といった検索ワードが見える。
「SNSで拡散させるだけでは、やはり限界がありますね……」
委員長が小さくつぶやく。
「SNS?」
「はい。インスタグラムやTikTokで学校の魅力を発信する方法も考えたのですが……」
委員長は画面を見つめながら続けた。
「SNSだけでは不十分……もっと大きなメディアを活用できないかな……」
「大きなメディアって?」
美月が首をかしげると、委員長は曖昧に答えた。
「テレビや新聞、雑誌……そういった、より多くの人に届くメディアです」
「でも、そんなの個人で頼めるものなの?」
「……分からません。でも、調べてみる価値はあると思います」
委員長はスマートフォンを仕舞った。
「まだ構想段階ですが。最悪の場合に備えて、あらゆる可能性を探っておこうと思います」
委員長の瞳には、既に何かの決意が宿っているように見えた。




