第38話 認知拡大作戦会議
文化祭開催まであと4ヶ月に迫っていた。
全校女装トレーニングが開始されて約一ヶ月が経った頃、文化祭実行委員会室では定例の進捗会議が開かれていた。
「では、現状の確認から始めます」
委員長が淡々と会議を進める。その隣には月美が座り、メンバーが円卓を囲んでいた。
「まず、全校女装トレーニングの状況を。美原くん、お願いします」
美原が資料を手に立ち上がった。
「全校生徒のトレーニングが順調に進んでいます。美桜さんの承認を経て女装で登校できるメンバーもかなり増えてきました。最近、女装して登校する人数も増えてきていて、近所でも話題になっているようですよ」
「それは期待以上の成果ですね。これはみんなに激励をしないといけませんね」
委員長が小さく頷く。
「次に各クラスの出し物の決定状況は?」
「事前に決めた選択肢から選んでもらいました」と、広報担当のメンバーが報告する。「カフェ、縁日、展示、体験コーナーなど……全クラス、決定済みです」
「問題は?」
「特にありません。みんな非常に協力的です。今までに体験したことがない試みということもあって、楽しそうです。極めて高い一体感で進んでます」
委員長は満足そうに頷いた。
「各部活の協力体制についても報告します」
別のメンバーが続ける。
「各部活も協力的です。演劇部は歌劇団方式で準備中、軽音部やオーケストラ部、ダンス部ももちろん女装での出演を承諾しています。
また、美術部は装飾を担当してくれます。野崎さんのフォローのもと女子校らしい装飾がどんどん進んでいます」
「良い流れですね」
委員長の言葉に、会議室に安堵の空気が流れた。
月美は隣で黙って聞いていた。確かに、ここまでは順調だ。最初は無茶だと思った全校女装トレーニングも、意外なほど上手くいっている。
「ここまではかなり順調ですね」
月美が小さく呟くと、委員長が振り向いた。
「ええ。しかし、これで終わりではありません」
委員長が立ち上がり、全員を見回す。
「次の課題は、認知拡大です」
会議室の空気が変わった。メンバーたちが姿勢を正す。
「どれだけ準備が完璧でも、知ってもらって、来てもらわないと意味がないですね」
委員長が冷静に続ける。
「例年、文化祭の来場者は200人程度。ほとんどが保護者でした」
誰もが頷く。去年の文化祭の閑散とした様子を、みんな覚えている。
「今年の目標は?」
委員長が問いかける。
「600人……ですか?」
月美が答えると、委員長は首を横に振った。
「最低でも5000人は期待できるんじゃないでしょうか」
「5000人……?」
網野が驚いた声を上げた。
「そんなに来ますか?」
美原も不安そうだ。
「来させるんです。そのための戦略を今日議論しましょう」
委員長の言葉に、全員が静まり返った。
「認知拡大の方法について、意見を聞かせてください」
委員長が促すと、メンバーたちが次々と手を挙げた。
「ポスターを作って、駅に貼りますか?」
「ポスターを作って近所に貼らせてもらうことは今年もやるつもりです。特に今年は、『ほしみのひみつ』のモデルになっている強みを活かすつもりです。でも、それでは不十分です。インパクトがない。ほかの文化祭との差別化としては弱すぎます」
委員長がきっぱりと答える。
「新聞広告は?」
「若者は新聞を読みません。費用対効果が悪いのでやれません」
委員長がバッサリ切る。
「学校のホームページで告知?」
「それは通常の広報としてもちろんやりますが、見る人が限られます」
次々と否定される提案に、メンバーたちは困惑した表情を浮かべた。
「じゃあ、どうするんだ?」
月美が尋ねると、委員長は一言答えた。
「SNSです」
網野が前に出た。
「SNSを使えば、拡散力は桁違いです」
網野がタブレットを操作しながら説明する。
護堂が身を乗り出した。
「どれくらい拡散するんだ?」
「でも、普通の告知ではダメです。『バズる』仕組みが必要です」
「具体的には?」
委員長が促すと、網野は資料を配り始めた。
「『100日後になにかが起こる』という形で毎日カウントダウンする戦略です」
月美は配られた資料に目を通した。そこには詳細な投稿計画が書かれている。
「文化祭100日前から、毎日カウントダウン投稿をします。ただし、最初は文化祭とは言いません」
「言わない?」
美原が首をかしげる。
「はい。言いません。最初は一見関係ないものを載せます」
網野が力強く言った。
「最初は『なんだこれ?』という反応から始めて、ちょっとずつネタを公開していくような流れにします。色々気づく人がいると思いますが、徹底的に無視しようかなと思ってます」
「面白いですね」
委員長が興味深そうに頷く。
「『文化祭でしょ?』というコメントも全て無視します。シュールな感じで、逆に話題になります」
「段階的な情報開示……」
月美は資料を見ながら呟いた。確かに、気になる。
「突如始まる謎のカウントダウン。徐々に学校、文化祭と判明させます。でも違和感を残すんです」
網野が説明を続ける。
「『音光学園って男子校じゃないの?』という疑問が出ても、それも無視。最後の10日で、爆発的に話題にします」
「確かに、そういう見せ方をされると見てる側は気になるかもしれないですね」
月美が思わず言うと、網野が嬉しそうに頷いた。
(こういう戦略、私には思いつかない。網野くんも委員長も、本当にすごい)
「ありがとうございます。あと、ビジュアルも重要です。毎日違う『女子生徒』を登場させて、『この子は誰?』という疑問を持たせます」
「採用です。準備を進めてください」
委員長が即座に決断した。
「ありがとうございます!」
網野が興奮気味に答える。
「もう一つ、戦略があります」
委員長が再び立ち上がった。全員が注目する。
「商店街を巻き込みます」
「商店街?」
月美が聞き返す。
「音光商店街。学園の南にある商店街です。正門から出て真っすぐ行った先にある……」
委員長が説明を始めた。
「あの商店街は衰退しています。学園が閉校すれば、商店街も終わります。逆に言えば、商店街も学園を救いたいはずです」
「でも、どうやって巻き込むんだ?」
「聖地化です」
委員長が野崎を見た。
「野崎、『ほしみのひみつ』は音光商店街がモデルでしたね?」
「ああ、そもそも『ほしみのひみつ』は月美がモデルだから、舞台は音光学園、登場する商店街も音光商店街だ」
野崎が頷く。
「これは非常に都合がよくて、ファンとしては思わず漫画と実際の商店街、高校を見比べたくなるはずです。その心理を利用して、正式に音光学園、そして音光商店街を『ほしみのひみつ』の聖地にします」
委員長の言葉に、会議室がざわめいた。
「『ほしみのひみつ』のパネルを各店舗の玄関に設置、コラボ商品を作る。聖地巡礼マップを配布して、SNSで拡散します」
「それ、すごいです」
網野が興奮気味に言った。
「聖地巡礼ブームを作れば、文化祭前から人が集まってきそうですね」
護堂も頷く。
「商店街の人たちも喜びそうだな」
「そうです。商店街も潤う。まさにWin-Winの関係ですね」
委員長が微笑む。
「でも、商店街の人たちが協力してくれるか?」
月美が疑問を投げかけると、委員長は自信ありげに答えた。
「安心してください。僕が責任を持って説得します」
「俺も協力する」
野崎が手を挙げた。
「出版社との交渉を頼めますか?」
委員長が尋ねる。
「ああ。コラボの許諾を取ってくる。実際にモデルにしてるわけだし出版社も了承すると思う。むしろ、漫画の宣伝にもなるだろうし、両手を上げて賛同してくれるんじゃないかな。なんならグッズを作る費用を出してくれるかも」
「それはめちゃくちゃ助かりますね」
委員長が頷く。
「せっかくモデルにした商店街が廃れちゃうのは、俺としても望まない。できる限りのことはしたいしな」
野崎の言葉に、委員長は小さく微笑んだ。
「頼りにしていますよ」
委員長がホワイトボードに向かい、マーカーを手に取った。
「戦略1:100日カウントダウン(SNS)」
委員長が書く。
「100日前から毎日投稿。謎→判明→違和感→爆発。担当は網野くんです」
次の行に移る。
「戦略2:商店街×聖地巡礼」
「100日のカウントダウンの途中で、商店街を聖地化します。コラボ商品、パネル、マップ。SNS中盤で場所公開。担当は私と野崎です」
委員長が振り返り、全員を見渡した。
「2つを組み合わせます。カウントダウンで謎を作り、途中で商店街を公開。聖地巡礼ブームを起こし、文化祭へ誘導。商店街全体が観光地になります」
「完璧です……」
網野が感嘆の声を上げた。
「委員長は、本当に高校生なんですか?」
月美が呆れたように言うと、委員長は涼しい顔で答えた。
「褒め言葉として受け取っておきますよ」
会議はそこから具体的な詳細へと移った。
カウントダウンのタイミング、投稿の頻度、画像の選定、コメント対応の方針。商店街訪問の日程、提案資料の作成、野崎の出版社交渉のスケジュール。
委員長は一つ一つ丁寧に確認し、メンバーに指示を出していく。月美は隣でその様子を見ながら、改めて思った。
(こいつ、本当にすごいな。全体を俯瞰して、複数の戦略を同時に動かしてる)
(しかも、それぞれの戦略が相乗効果を生むように設計されてる。私には絶対にできない)
月美は少し羨ましくなった。自分は女装の技術は身についたが、こういう戦略的な思考は苦手だ。
「では、各自の担当を確認します」
委員長が最後にまとめに入った。
「網野くんはSNS戦略の実行。野崎は出版社交渉。美原くんは引き続き女装トレーニングの統括。護堂くんは当日の警備計画の立案。そして月美さんは……」
委員長が月美を見た。
「広報として、SNSに登場する『女子生徒』のクオリティ管理をお願いします」
「……了解」
月美は溜息混じりに答えた。
「では、本日の会議はこれで終了です。各自、準備を進めてください」
委員長の言葉で、メンバーたちが立ち上がり始めた。
会議室を出る途中、月美は委員長に声をかけた。
「ねえ、委員長」
「何でしょう?」
「5000人って数字、根拠はあるんですか?」
委員長は少し考えてから答えた。
「SNSのフォロワー数、他の聖地化事例、MHKの視聴率……全てを計算に入れています。控えめに見積もって5000人。上手くいけば、1万人も夢ではありません」
「1万人……」
月美は驚いた。この学校に1万人。想像もつかない。
「ただの期待ではありません。統計に基づいた予測です」
委員長が真剣な表情で言った。
「学園も、商店街も、救います。そのための戦略は、全て整いました」
その瞳には、強い意志が宿っていた。
月美は小さく頷いた。
「……やるしかないですね」
「ええ。ここからが本当の勝負です」
委員長は窓の外を見た。夕日に照らされた校舎。その向こうに、音光商店街が見える。
「全ては、この学校を救うために」
委員長の呟きが、静かに会議室に響いた。
翌日から、各メンバーが動き出した。
網野は早速SNSアカウントの準備を始め、投稿計画を練り始めた。タブレットに向かいながら、毎日の投稿内容を細かく詰めていく。
野崎は担当編集者に電話をかけ、コラボの可能性を打診した。編集者の反応は上々だったようで、野崎は安堵の表情を浮かべていた。
美原は女装トレーニングの次のステップを計画し、メンバーのレベルアップスケジュールを組んでいた。
そして委員長は、深夜まで資料作りに没頭していた。商店街会長を説得するための完璧な提案資料。データ、事例、予測……全てを詰め込んだ資料が、徐々に完成していく。
文化祭まであと4ヶ月。
音光学園の命運をかけた戦いは、新たな段階へと進んでいた。そして、誰もが本気だった。




