第37話 演劇部の決断
全校集会の翌日。
演劇部の部室に、部員たちが駆け込んできた。
「おい、昨日の集会見たか!?」
「全員女装必須だって!」
「マジかよ……どうすんだよ、俺たち!」
部長の北条が険しい表情で部員たちを見回す。
「落ち着け。まず状況を整理しよう」
美月も部室に入ってきた。演劇部の一員として、この緊急集会に呼ばれたのだ。昨日の全校集会で正体が明かされたが、今日も月美の姿で登校している。
部長が月美姿の美月を見た。
「桜井……」
しばしの沈黙。部長は複雑な表情で美月を見つめている。
「昨日の集会……お前、本当に男だったんだな」
「……ああ」
美月は罪悪感を感じていた。みんなを騙していたという事実が重くのしかかる。
(俺、こいつらに嘘をつき続けてたんだよな……)
「最初から俺たちを騙してたのか?」部員の一人が声を上げる。
美月は真っ直ぐに答えた。
「騙したくはなかった。でも、この文化祭企画が秘密裏に進んでいたので、俺からはどうしても言えなかった」
美月は一呼吸置いて、続けた。
「わかってほしいんだが、演劇は本気でやっていたつもりだ。お前たちとの時間も、全部本物だと思っている」
部長は腕を組み、じっと美月を見つめた。
長い沈黙。
美月は息を詰めて待った。
(怒られても仕方ない……)
やがて、部長は大きく息を吐いた。
「……まあ、お前が言えない事情があったのは理解できる」
部長は少し表情を和らげた。
「昨日の集会で見た。お前の演技は本物だった。それに、俺たちと一緒に稽古してた時も、本気だったのは分かってる。それはいい。それはいいんだ」
部長は一同を見渡す。
「今はそれより、もっと大きな問題がある」
副部長が台本を叩きつけた。
「俺たち、文化祭で恋愛劇をやる予定だったんだぞ」
「月美が女性役、俺たちが男性役で」
部員の一人が声を上げる。
「それが全員女装必須って……男役ができないじゃないか!」
他の部員たちからも声が上がる。
「演目そのものが成立しないんだよ」
「どうすんだよ、これ」
「中止するしかないのか……」
美月も言葉が出なかった。確かに、その通りだ。
部長が拳を握りしめた。
「演劇部として、何ヶ月も準備してきたんだ。ここで諦めるわけにはいかない」
部室が重苦しい沈黙に包まれた。
しばらくして、副部長が口を開いた。
「……何か方法があるはずだ」
「でも、全員女装が条件なんだぞ。男役なんてできるわけない」
「普通に考えたら、な」副部長が考え込む。「でも……」
「でも、何だ?」
「女装しながら男役を演じる方法って、あるのか?」
部員の一人が首を振る。
「そんなの無理だろ。矛盾してる」
美月が何かを思い出したように呟いた。
「……歌劇団方式」
「は?」
美月は説明を始めた。
「全員女性の歌劇団があるだろ。あそこでは、女性なのに男役も女役も演じる」
「ああ、あれか」
「それがなんだ?」
「俺たちも同じようにできる。文化祭では女装して女子高生になる。その上で、演劇では『女子高生が男装して男役を演じる』設定にするんだ」
副部長が考え込む。
「待て待て……つまりこういうことか?」
副部長が指を折りながら整理する。
「俺たちは男だ。文化祭では女装して女子高生になる。演劇では、その女子高生が男装して男役を演じる」
部員の一人が混乱した顔をする。
「……男が女装して男装する?」
「元に戻るってことか?」
美月が首を振った。
「いや、違う。元に戻るんじゃない。『女子高生が男装している』という設定になる。歌劇団と同じだ」
「演技としては三重構造になる」
美月が整理する。
「第一層:俺たちは男性。第二層:女装して女子高生を演じる。第三層:その女子高生が男性役を演じる」
部長が頭を抱えた。
「……頭が痛くなってきた」
副部長がゆっくりと理解し始めた。
「待てよ……それって」
「ある意味、普通に男役やるより難しくないか?」
部員の一人が頷く。
「確かに。女装の技術も、男装の技術も両方必要だ」
部長の目が輝き始める。
「面白い……これは、演技の究極形じゃないか」
「ただ男を演じるんじゃない。女子高生として男装の麗人を演じる」
美月が頷いた。
「そうだ。しかも俺たちは本当は男だから、男役の説得力もある」
部員の一人が不安そうに聞く。
「でも、俺たちにできるのか?」
しばしの沈黙の後、部長が立ち上がった。
「……面白い」
副部長が顔を上げる。
「部長?」
「演劇部がビビってどうする」
部長が仲間たちを見回した。
「普通に男を演じるだけなら、誰でもできる。でもこれは違う」
部長の目が輝く。
「女装を極めた上で、さらに男装の麗人を演じる。これは演技の究極形だ」
副部長が頷いた。
「確かに。女装の技術も、男装の技術も、両方必要だ」
美月は内心、ほっとしていた。
(よかった……受け入れてくれた)
部長が拳を握った。
「……やってやる。これは演劇部の挑戦だ。そうそうできることじゃない。このチャンスを活かそうぜ!」
「どうせやるなら、全校で一番完成度の高い演劇を見せてやろうぜ!」
副部長が笑った。
「部長らしいな。やろうぜ!」
「おう!」
「やってやろうぜ」
部員たちが次々と頷く。
◆
決断したその日の放課後、すぐに演劇部の特訓が始まった。
まずは女装の基礎から。
「メイクはこう……眉を少し細く描いて」
「ウィッグの付け方、前髪はこの角度で」
美月が一人一人を指導していく。
部員たちは最初戸惑いながらも、真剣に取り組んでいた。
そして、女装が形になってきたところで、次のステップ。
「じゃあ、次は男装の訓練だ」
美月が説明する。
「姿勢をもっと正して。背筋を伸ばす」
「視線は鋭く、でも優雅に」
「女性として男性を演じる、それが歌劇団方式だ」
副部長が鏡の前で試行錯誤している。
「こう……か?」
「そうだ。胸を張って、顎を少し引く。目線は遠くを見るように」
最初はぎこちなかった動きが、徐々に様になってくる。
副部長が鏡の前で立ち姿を確認しながら呟いた。
「……なんか、分かってきた気がする」
「女装した状態で、男らしく振る舞う……矛盾してるようで、実は筋が通ってるんだな」
部長も鏡の前で姿勢を確認している。
「これは……確かに究極の演技だな」
美月も鏡を見ながら思った。
(演劇部のみんな、本当に真剣だ。この熱意があれば、きっとできる)
◆
それから数日間、演劇部の訓練は続いた。
演劇部の真剣な訓練は、他の生徒たちの目にも留まった。
廊下を通りかかった生徒たちが、部室の窓から中を覗き込む。
「演劇部、マジで頑張ってるな」
「あいつら、めちゃくちゃ本気だぞ」
「俺たちも負けてられない」
演劇部の挑戦が、全校のモチベーションを上げていく。
美月は窓から校庭を見た。
あちこちで、生徒たちが練習している姿が見える。
「みんな、本気だな」
部長が隣に立った。
「ああ。この学校を守るために、全員が本気だ」
美月は頷いた。
(俺も、もう逃げられない。演劇部のみんなと一緒に、最高の舞台を作る)
美月は鏡に映る自分を見つめた。月美の姿。でも、その瞳には強い決意が宿っていた。
全校が動き出した。音光学園の、本当の戦いが始まった。




