第19話 危機
「今日も一日お疲れ様でした」
放課後、月美は委員長と一緒に校門を出た。昨日、演劇部への返事をして以来、なんだか心が軽くなった気がする。
「最近、学校生活が楽しくなってきた気がします」
月美はそう呟きながら、委員長と並んで歩いた。演劇部に加入することを決めてから、過去のトラウマと向き合えた気がする。平和な帰り道、穏やかな雰囲気の中を二人は歩いていく。
そんな時だった。
「あの、すみません」
大学生らしき男性二人組が近づいてきた。月美は何も気づかずに振り返ったが、委員長は瞬時に状況を察知した。
「お嬢さん、お茶でもしませんか?」
男性の一人がそう声をかけてきた瞬間、月美は完全にフリーズした。
「え、え、えっと……」
頭の中が真っ白になり、何も考えられない。どうすればいいんだ。女子だったらなんて答える?冷や汗がにじみ出る。
「可愛い子だね、どこの学校?」
月美の顔が青ざめた。
「あ、あの……」
このままでは完全にバレる。そんな時、委員長が冷静に介入した。
「すみません、急いでるので」
自然で丁寧、しかし毅然とした断り方だった。月美を自然に自分の後ろに庇う。完璧な対応に月美は驚愕した。
「彼氏さん?」
男性の一人がそう聞くと、委員長はさらっと答えた。
「そうですが、なにか不都合が?」
凍りつきそうな冷たい目で大学生を見る委員長。
月美は内心で(彼氏って……)と思ったが、委員長はそのまま月美の手を取って立ち去った。
「では失礼します」
「あー、残念」
男性陣は諦めて去っていく。完璧すぎる一連の対応だった。
◆
翌日、クラスの雰囲気がおかしかった。過ごしやすくなったはずなのに、急に居心地が悪くなってしまっている。
「月美ちゃんと委員長って付き合ってるらしいよ」
昨日のナンパ現場を偶然目撃した誰かが、その様子を周りに話していたようだ。
「手つないでたよね?」
「やっぱり付き合ってるのかな」
「委員長、羨ましいな……」
噂は学校中に広まり、月美は登校してから異様な視線を感じていた。
(なんか雰囲気変じゃない?)
月美の違和感は的中していた。
そして、その昼休み、クラス内の空気は完全に変わっていた。
「委員長ばっかりずるいよな」
鈴木が不満を爆発させた。
「なんで委員長だけ月美と特別仲いいんだよ」
中島も続く。
「生徒会長の権力使って独り占めしてるんじゃない?」
山田の発言で、これまで協力的だった男子たちが委員長を敵視し始めた。
「説明しろよ、なんで委員長だけ特別扱いなんだ」
「俺たちだって月美ちゃんと仲良くしたいのに」
「卑怯だぞ、委員長」
委員長は反論したくてもできない苦しい立場にいた。女装プロジェクトの真実を言うわけにはいかない。
「みんな、そんなに怒らなくても……」
月美は困惑したが、委員長との関係を説明するわけにもいかない。クラスの雰囲気は険悪になり、文化祭準備にも支障が出始めた。
委員長は歯切れ悪く答える。
「そういうわけでは……」
しかし明確な説明ができず、さらに糾弾は激しくなった。
◆
翌日のホームルーム前。
その日の朝は、厚い雲が空を覆い、いつもなら差し込む朝日も遮られていた。春のはずなのに肌寒く、まるで嵐の前の静けさのような重苦しい空気が校舎全体を包んでいる。
委員長は生徒会室で一人、曇りガラス越しに灰色の空を見つめていた。机の上には散らばった書類、手つかずのコーヒーカップ。昨日の糾弾の嵐が何度も脳裏に蘇る。
「このままではクラスが崩壊する……」
拳を握りしめる。
「指揮官として、責任を取らなければならない。それにもうすぐ一ヶ月を迎える──」
決断の時が来た。
教室に向かう廊下で、月美と顔を合わせる。美月の表情も暗い。昨日の険悪な雰囲気が今日も続くのは明らかだった。
「委員長……」
美月が何かを言いかけた時、委員長は首を振った。
「うん。クラスにバラしましょう。決めました」
委員長は美月に向き合う。
「僕がバラします。桜井くんは僕にすべてを任せてください」
その一言で、美月は委員長の覚悟を悟った。
◆
ホームルームが始まる直前の教室。
静寂が支配していた。昨日の対立の余韻が、まだ空気に残っている。男子生徒たちは委員長を睨むような視線を送り、委員長は机に向かって黙っている。
月美は自分の席で、胸の奥がざわめくのを感じていた。このまま対立が続けば、クラスは本当に崩壊してしまう。文化祭どころの話ではなくなってしまう。
そんな時、委員長がゆっくりと立ち上がった。
教室内の全ての視線が、彼に集中する。
「皆さん」
委員長の声が、静まりかえった教室に響いた。
「皆さんにお伝えしたいことがあります」
鈴木が鼻で笑った。
「付き合ってるとかそういうことだろ?俺達差し置いて」
「どうせ言い訳だろ」
中島も冷たく言い放つ。
委員長は動じることなく続けた。
「僕が月美と特別な関係にある理由を、正直にお話しします」
教室がざわめく。月美は心臓が早鐘を打つのを感じた。
委員長は深呼吸をして、背筋を伸ばした。まるで処刑台に向かう覚悟を決めたかのように。
「実は……」
一拍の間。
「僕は月美さんと、お付き合いをさせていただいてる」
教室の空気が凍りついた。
(うおおおい!)
美月も内心でツッコミをいれる。
「わけではなく──」
固まった空気がざわっとする。
委員長は、美月のウィッグ(カツラ)を引っ剥がす。
「月美さんは桜井くんです。お友達付き合いしてます」
時が止まったような静寂の後、爆発的な騒めきが起こった。
月美、もとい美月も、予期せずウィッグを外され、パニックで凍りついていた。
「は?」
田島が目を見開く。
「嘘だろ?」
中島が信じられないという表情。
「桜井って何だよ?あれだろ?美月のことだろ?え?美月?」
山田が混乱しながら指差す。
(桜井ってなんだよ!ってひどくねーか?)
美月は内心でツッコミを入れた。
田島が椅子から立ち上がった。
「おい、何言ってんだよ委員長」
しかし美月の短髪姿を見て、言葉を失う。
「マジで……桜井……?」
佐藤が震え声で呟いた。声が裏返っている。
「桜井……美月……?」
鈴木が指差しながら混乱している。顔が青ざめている。
「つまり……月美ちゃんは……」
「美月だったってこと……?」
加藤が呆然と呟く。
美月は慌ててウィッグを拾い上げようとしたが、もう遅い。短い男の髪が露わになっている。
「みんな」
委員長を糾弾していたクラスメイトをギギギ、と美月を振り返る。
「今まで嘘をついていて、本当にごめん」
深々と頭を下げる美月。
その瞬間、教室は再び爆発した。
「嘘だろ!!」
田島が叫ぶ。
「月美ちゃんが美月って……」
佐藤が頭を抱える。
「美月ちゃんってなんだよ……てか、美月が月美か!!!いや、こんなヒントあるのに!気づけよ俺!」
中島が自分の頭を叩く。
「いや、気づけねえよ、美月、こんな可愛いのに」
山田が純粋に驚嘆している。
「でも確かに……言われてみれば……」
加藤が冷静に分析しようとする。
「声とか、仕草とか……」
鈴木も思い返すように呟く。
みんなパニックで何を口走ってるのかわからなくなっている。月美もオロオロしている。
椅子が倒れる音、怒号、困惑の声が入り乱れる中、委員長だけが冷静に立ち続けていた。
「説明が遅れたことを、心からお詫びします。詳細な経緯については、これから説明させていただきます。だから一旦おちついてください」
ついに明かされた、音光学園最大の秘密。
しかし、これは始まりに過ぎなかった。
クラスメイトたちがこの衝撃的な真実をどう受け止めるのか。
協力してくれるのか、それとも……
廃校危機、女装作戦、そして友情の行方。
すべてが今、大きな転換点を迎えていた。




