第1話 学校の危機
それは一ヶ月前に遡る。
美月を含む生徒会メンバーは理事長室に呼び出されていた。
春の陽射しが理事長室の重厚な机を照らしている。美月は緊張した面持ちで、生徒会メンバーと共に応接用ソファに座っていた。
「皆さんに相談があります」
音光学園理事長の声は、いつもより重く響いた。普段は温厚な理事長が、今日は妙に白髪交じりの髭を撫でている。机の上には資料が山積みになっていた。
「学校の運営状況について、正直に話したいと思います」
生徒会委員長である橘秀一が背筋を伸ばす。いつも冷静な分析力で状況を把握しようとする彼の習性だ。
「何か問題があるのですか?」
理事長は資料を手に取り、深いため息をついた。
「ここ数年の入学者数の減少が...深刻なんです」
資料をめくりながら、理事長が続ける。
「去年の入学者は45名でした。定員80名の半分以下です」
美月は思わず声を上げた。
「それって...かなりヤバくない?」
「ヤバいから集まってもらったんです。文化祭の来場者も50人程度。その大半が家族や親戚でした。これはつまり……」
「文化祭が出願の動機づけになっていない、ということですね」
委員長が分析する。
「うむ」
理事長は頷いた。
生徒会メンバーが顔を見合わせる。
「同学区の他の学校はどうなんですか?」
一人のメンバーが尋ねる
「どうやらウチだけが著しく来場者が少ないようだ。つまりウチの高校に問題があるということだ」
理事長がそうまとめる。
「これは由々しき事態ですね」
委員長が腕組みをして唸る。頭の中で既に何かの分析が始まっているようだった。
「お祖父様……」
委員長は思わず立ち上がる。
そう、生徒会委員長こと橘秀一は理事長の孫なのだ。
その時、理事長の携帯電話が鳴った。
リリリリリ。静まり返った理事長室に響く電子音。
「失礼」
理事長が一言断ってから電話に出る。
「はい...ああ、キューピッド高校の理事長さん」
美月たちは息を殺して耳を澄ませた。
キューピッド高校は同学区の高校で、同じ男子校でありながら、音光学園と段違いに人気が高かった。
相手の声が微かに聞こえてくる。嫌な予感がした。
「聞きましたよ。オタクかなり苦境に立たされてるらしいじゃないですか。」
ククク……という笑い声が聞く。
「今度の文化祭、見学に来られたらどうですか?参考にされては?無駄かもしれませんが」
理事長の表情が微妙に変わった。イラっとした様子で髭を撫でる。
「...ご忠告ありがとうございます」
電話を切ると、理事長は立ち上がった。
「...行くぞ」
「え?」
委員長が困惑する。
「キューピッド高校の文化祭に全員で見学に行くぞ」
理事長の声に怒りが混じっていた。
「あの……キューピッド高校とウチってなんか因縁があるんですか?」
理事長が髭を撫でながら続ける。
「アリも大アリだ。あの男……キューピッド高校の理事長とは学生時代からのライバルなんだ」
理事長の目が遠くを見つめる。
「大学時代、同じ教育学部だった。身長も私より1cm高くて、それがまた腹立たしくてな」
委員長が呆れたような顔をする。
「身長で...?」
「体育の授業では常に私の隣に並んで、わざと背筋を伸ばすんだ。『あれ?また伸びたかな?』とか言いながら」
美月も苦笑い。
「それは...子供っぽいですね」
「しかも!」理事長の声が高くなる。「私たちには共通の幼馴染がいてな」
話が急転換で話についていけない。
「はあ……」
「そうだ。私は彼女に『将来一緒に理想の学校を作ろう』と告白したんだが...」
理事長の顔がみるみる暗くなる。
「『ごめんなさい、私、隆さんの方が...』」
「隆さんって?」
「キューピッド高校理事長の名前だ。『身長が高い人が好きなの』って言って振られたんだ。身長が1cm高いだけで!たった1cmで!」
委員長と美月は完全に呆れていた。
「それで彼らは?」
「結婚した。今でも仲良く夫婦でキューピッド高校を経営してるよ...」
「同窓会では毎回のろけ話まで聞かされる。『うちの奥さんがね』『二人三脚で学校経営』なんて」
美月が同情半分、呆れ半分で言う。
「それは...確かにキツいですね」
「あの男に見下されっぱなしではいられない!まずは敵情視察だ」
委員長と美月は顔を見合わせた。
委員長が小声で呟く。
「お祖父様のそんな話……聞きたくありませんでした……」
美月も苦笑い。
「確かに、もうちょっと格好いい理由が欲しかったな...」
理事長の個人的な感情も絡んでいることを理解した。完全にプライドの問題だった。しかもくだらない。
翌日、キューピッド高校への「敵情視察」が決行されることになった。
果たして、そこで彼らが目にするものとは——




