第15話 委員長とデート
放課後の生徒会室。夕陽が差し込む中、美月はついに限界に達していた。
「おい、委員長!」
委員長が振り返る。
「どうかしましたか?」
「俺ばっかり女装して、お前は何もしないのかよ!流石に不公平すぎるだろ!」
美月の声が生徒会室に響く。毎日のトイレ問題、メイクの維持、女性らしい動作への気遣い。すべてが美月一人の肩にかかっている。
「お前も女装の大変さを知るべきだ!」
委員長は困惑した表情を見せた。
「それは……」
「休日に女装練習付き合え!」
生徒会室に静寂が流れた。美月は委員長が慌てふためくのを期待していた──
しかし、返ってきたのは予想外の言葉だった。
「……いいですよ」
「え?」
美月は拍子抜けした。もっと嫌がると思っていたのに。
「確かに、実際の体験なしに指示を出すのは問題ですね」
委員長はいつものように冷静だった。
「計画の精度向上のためには必要な検証です」
(思ったより動じてない……)
「土曜日はいかがですか?」
美月はまだ状況を飲み込めずにいた。
「もう日程まで決めるのかよ……」
「善は急げ、です。効率的な学習のため、ショッピングモールで実地練習しましょう」
(俺より前向きじゃないか。そもそも女装練習は「善」なのか)
なんか話が思っていた方向と違う。もっと嫌がると思ったのに。
「問題ありませんか?」
「いや……別に」
委員長は準備段階の確認まで始めた。
「化粧品の準備、服装の選定……」
「お前、意外に乗り気だな」
「学校の命運がかかっていますから」
(真面目すぎて逆に怖い)
◆
土曜日の朝9時半。美月はいつものように女装準備を整えた。
(委員長、本当に来るのかな……)
(どうせ適当にやってるんだろう)
新都心のショッピングモール「アクアシティ」のエントランスで待ち合わせの約束だった。平日より人が多く、家族連れやカップルで賑わっている。
「10時集合だったな……」
時計を見ると9時58分。美月は人の流れを避けて待った。まだ委員長の姿は見えない。
その時、完璧にメイクした美少女が近づいてきた。
(誰だ、あの子……めちゃくちゃ可愛い)
美少女が口を開いた。
「お疲れ様です」
美月は耳を疑った。
「え……まさか」
「はい。遅れてすみません」
「お前……委員長か!?」
あまりの委員長の美少女っぷりに美月は空いた口が塞がらなかった。
「ちょっと待て……なんで俺より可愛いんだよ!」
美月は小声で委員長に囁く。
委員長は普通に反応した。
「そうですか?」
「そうですか、じゃねーよ!」
(どうなってるんだ、この状況……)
委員長のメイク、服装、髪型、すべてが完璧だった。
「お前、どこで覚えたんだよ……」
「理論的に研究しました」
(理論って何だよ、理論って……)
通りがかる男性客の視線が委員長に集中している。
「おい、見られてるぞ……」
「当然の反応ですね」
「当然って……自覚してるのかよ」
(俺の方が経験あるのに……)
(なんで初心者の方が上手いんだ)
「それより、早速実験を開始しましょう。はやく月美に戻ってください」
「実験って……お前なぁ……」
深い溜息をつく美月だった。
◆
午前10時15分。秋の晴天に恵まれたこの日、アクアシティは多くの買い物客で賑わっていた。委員長は月美の腕に自分の腕を絡めるとエントランスへと進んだ。
「あ、あの、なんで腕を絡めるんです?」
月美は委員長に尋ねる。
「あら、女の子同士ですもの。これくらい普通でしょ?」
こてん、と首を傾げる。仕草がいちいち腹が立つ。
(その実態はムサい野郎二人だがな!)
エントランスから入る二人。
「そういえば、委員長。あなたのこと、なんて呼べばいいのかしら」
名前決めてなかった。
「あら、そうでしたわね。秀子ちゃんって呼んでくださる?」
(まんますぎる)
「そのまま過ぎですけど、大丈夫?」
ほおがピクピクする月美にたいして、委員長、もとい秀子はカラカラと笑う。
「大丈夫です。堂々としてればこういうのって意外とわからないものですわ」
秀子は本当に肝が座ってる。
(なんで俺の方が緊張してるんだ)
二人は見通しの良いカフェで休憩することにした。
「まずは様子を見ましょう」
店員が注文を取りに来る。
「ご注文は?」
「アイスコーヒー二つお願いできるかしら」
委員長の自然な対応に美月は驚いた。
「……すごい」
「女性客の行動パターンを観察しましょう」
「あなた、楽しんでるでしょ」
「ふだんなかなかできない、貴重な体験ですもの」
(完全に研究対象として見てる)
アクセサリーショップで小物を選ぶ秀子。
「これは実用的ですね」
店員が話しかけてくる。
「お友達同士ですか?」
美月が動揺する中、委員長が答えた。
「はい、そうです」
腕をぐっと絡める秀子に、何故か月美は頬が赤くなった。
◆
エスカレーターで上の階から見覚えのある人影が。
「やばい、あれ桐原先生だ!」
一瞬地がでる月美。
「落ち着いてください」
秀子は月美を別のフロアに誘導する。
「そんなことより化粧品売り場を見にいきましょう」
エスカレーターで素早く移動して回避に成功。
「助かった……」
(なんで秀子はこんなにおちついてるんだ)
「大きな施設は逃げ場が多くて良いですわね」
各フロアでの役割分担もスムーズだった。
◆
モール内の休憩スペースで一日を振り返った。
「非常に有意義でしたわ」
「あなたの感想はそれですか」
「ええ。普段月美さんが感じられている(女装の)困難さを実感できました」
(真面目すぎるけど、理解してくれたみたいだ)
(思ったより楽しかった)
(一人でやるより、二人の方が気が楽だ)
「今後の作戦に活かします」
「まだやる気なんですか……」
月美はジト目で秀子を見る。
「実は……私、今日、少し楽しかったです」
「え?」
「新しい体験でした」
(機械みたいなやつだなとおもってたけど、案外人間らしいところもあるのか)
◆ 衝撃の真実
「でも、なんであんなに完璧だったんです?」
「完璧ってこの姿や立ち振舞が、ですか?」
「ええ」
秀子が少し考えてから答えた。
「私も当事者ですから、研究するのは当然です」
「当事者って……」
「いずれ私も(女装)する時が来ます」
美月は驚いた。
「ただし、私は指揮官です。指揮官が現場にたってはいけません」
「はあ?」
「客観的な判断を保つため、学校では女装できないのです」
「それって……なんか変じゃない?」
委員長は真面目な顔で説明した。
「指揮官が現場に出ると、全体を見失うリスクがあります」
「でも練習はしてるの……?」
「当然です。いざという時のための準備は必要ですから」
「……なんか釈然としないですね」
(なんか騙されたような気分になるのはなぜだろう)
「じゃあ、たまには一緒に練習しましょうか?」
月美の問いかけに、秀子は嬉しそうに手を合わせて言った。
「それは良いアイデアですね。休日限定で」
新しい協力体制が確立された。休日限定ではあるが。
◆
自分の部屋で化粧を落としながら、美月は今日のことを振り返った。
「なんだよ!あの完璧な女装テクニック!俺よりちゃんとできてるじゃねーか」
壁に向かって独りごちる。あのイケメン委員長、女装も完璧とかどこに向かっているのだろう。
女装の技術に負けて悔しいかといったら悔しくない気がする。
努力したにも関わらず負けたのでやっぱり悔しいのかもしれない。
(女装も一人でやるより、仲間がいた方がいい)
(でも、委員長の理屈はよくわからない)
(でも最終的には結局、みんな女装することになるのか……)
委員長への複雑な感情もあった。
(指揮官だから当事者になっちゃいけないって……)
(でも練習はちゃんとしてるじゃないか)
(なんか、ずるい気もするな)
(学校でどんな顔で会うんだろう)
(きっと何事もなかったような顔をするんだろうな)
(でも、今日の委員長は意外だった……)
明日からの学校生活が、少し気が楽になりそうだった。一人じゃない、という安心感があった。




