第11話 月美デビュー:後編
休み時間になると、案の定クラスメートたちが月美の周りに集まってきた。
「吉野さん、どこから転校してきたの?」
最初に声をかけてきたのは田島だった。普段なら美月の肩を叩いて「おーい」と言ってくる田島が、今日は丁寧語だ。
「共学化って本当なの?」
山田も興味深そうに聞いてくる。
「趣味は何?」
佐藤まで加わって、質問攻めになる。
(うわ、囲まれた……)
月美は美月と委員長が用意した設定を思い出しながら答える。
「聖○○学園から来ました。共学化の実験として……」
(嘘をつくのって、こんなに疲れるんだな)
田島の目がキラキラしている。
(田島、お前そんな目で俺を見るなよ……気持ち悪いぞ)
でも、みんなが純粋に興味を持ってくれているのが分かる。悪意は感じない。
「女子校から男子校って、大変じゃない?」
山田が心配そうに聞く。普段の山田からは想像できない優しい口調だった。
(山田……お前こんなに気遣いできる奴だったのか)
「そうですね……でも、皆さんが優しくしてくださるので」
月美は困ったような笑顔を作る。この表情も、美桜から教わったものだった。
(姉ちゃんの演技指導は完璧だったな)
すると、みんなが「そうだよ」「何か困ったことがあったら言って」と口々に言ってくれる。
(お前ら……普段俺にはそんなに優しくないだろ……)
一番の試練は体育の時間だった。
「吉野さん、体調悪いっていってたよな?体育は欠席だって」
体育教師の質問に、月美は用意していた答えを言う。
「ええ、その……体調が少し……保健室で休ませていただいてもいいですか?」
「ああ」
もちろんだが体育の教師も共犯だ。わかってこの会話をやってる。
(セリフが棒なのに、誰も気づきやしねー。)
果たして、この月美としての初日は無事に終わるのだろうか——
放課後、月美帰り支度をしていると、委員長が近づいてきた。
「お疲れ様です。ちょっと生徒会室までご足労いただけますか?」
(おい、やっとかよ)
「ええ、承知いたしました」
月美はいそいそと委員長のあとに続く。
月美が生徒会室に入って、委員長がドアを閉じる。
その瞬間。
「あーーーーーー」
月美は美月に戻った。応接セットのソファにだらける。
「初日はいかがですか?」
「思ってたよ。大変だろうって。でも思ってた通り、思ってた以上に、しんどかったよ」
美月は正直な気持ちを伝える。
「でも、みんな全く気づいていません。計画は順調です。いやー、桜井くん僕が見込んだ通り才能がありますね」
「いや、嬉しくねーよそれ」
委員長の言葉に、美月は複雑な気持ちになった。
「大変だと思いますが、のこり29日、頑張ってください」
その言葉に美月はフリーズした。
(29日……あと29日もこの生活を続けるのか……)
今日1日だけでこんなに疲れたのに、あと29日。美月の頭の中で数字がぐるぐると回る。
◆
生徒会室を出て、美月が月美に戻った後、月美は美月の家への帰り道を歩いていた。
(やっと終わった……)
スカートが揺れるたび、リボンが髪に触れるたび、今日一日の出来事が思い出される。クラスメートたちの驚いた顔、好奇心に満ちた視線、そして誰一人として気づかなかった事実。
(本当に誰も気づかなかった……俺の正体に)
玄関の鍵を開ける手が、微かに震えている。緊張からなのか、疲労からなのか、それとも安堵からなのか。
月美は美月の家の玄関に入る。ドアを閉めた瞬間、そこでやっと気が抜けた。
「あーーーづがれだあああああ」
美月は玄関で、だらしなく仰向けに倒れる。制服のスカートが広がり、髪のリボンが床に散らばる。
「あんた玄関で汚いわよ」
美桜が呆れたように美月を見下ろす。
「いや、今日、俺1日中月美やってたんだぜ!?しかも俺バレなかったんだぜ?俺すげー頑張ったんだぜ!?もっといたわってくれよ!!!」
「はいはい立派立派」
「気持ちがこもってない!」
美月の魂の叫びが木霊する。
美桜は美月の隣に腰を下ろして、興味深そうに聞いた。
「でどうだったの?楽しかった?」
美月は天井を見つめながら答える。
「いや、女装が楽しいって変態かよ……」
「それはコスプレイヤーさんに失礼よ。リアルな自分と違うキャラクターを演じるって楽しいことよ?楽しかったんじゃない?」
美月は美桜の鋭い質問に、少し考え込んだ。確かに、クラスメートたちが月美を見る目は新鮮だった。田島や山田が丁寧に接してくれたのも、なんだか悪い気はしなかった。
美月は目を背けて
「──まあ、若干は」
「変態ね」
「おぃイ!?」
美桜は楽しそうに笑いながら、美月の頭を軽く叩いた。
「でも、よくやったわ。あんたにしては上出来よ」
その言葉に、美月は少しだけホッとした。
◆
夜、美月は自分の部屋で制服を脱ぎながら考えていた。
鏡に映る自分の姿を見る。メイクを落とし、リボンを外し、制服を脱いで、ようやく「桜井美月」に戻った。でも、どこか違和感がある。
(今日一日、俺は月美だった)
美月の、月美として過ごした初日が終わった。明日からあと29日、この生活が続く。
(勢いで流されてこんな生活になってしまったけど……)
ベッドに横になりながら、美月は今日の出来事を振り返る。田島の驚いた顔、山田の優しい声、佐藤の興味深そうな目。そして委員長の必死に笑いを堪える姿。
(みんな、全然気づかなかった。俺が月美だなんて)
それは計画通りなのに、なぜか少しだけ寂しい気持ちになった。本当は誰かに「すごいな、美月」と言ってもらいたかったのかもしれない。でも、それは計画が成功している証拠でもある。
(複雑だな……嬉しいような、寂しいような)
美月として認められる喜びと、本当の自分を知ってもらえない寂しさ。両方の気持ちが胸の中で混じり合っている。
(明日からも、この新しい自分として頑張ろう。月美が新しい自分なのかはよくわからないけれど、とりあえず──)
「おやすみ……月美」
美月は自分に語りかけて、目を閉じた。窓の外で夜風が吹く音が、まるで月美の返事のように聞こえた。




