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第1章 第4話 ── 廃教会の中で

軋む扉を押し開けた瞬間、外気より冷たい気流が足もとを撫で抜けた。


斜めに差し込む陽光の帯がゆっくりと渦を巻き、その中で浮遊する埃が金粉のように煌めく。ひとつひとつが呼吸に合わせて上下し、生きているようだった。


最初に鼻を突くのは湿った石の匂い。

古い蝋燭の甘い残り香、湿気のこもった木材の匂い、そして奥で水滴が石を叩くかすかな音――。

一歩進むたび、石床に散ったステンドグラスの欠片が微かに鳴き、赤や青の薄片が靴底の圧に震えて壁に小さな光の斑点を投げた。


傾いた椅子列には波のような歪みがあり、背もたれには苔が薄く縁取る。

祭壇前の燭台には白い蝋が鍾乳石のように垂れ固まり、節くれだった形が骨のように見えた。

煤でくすんだ天井梁、割れた丸窓から差し込む風――その風が、紐の切れた布旗を乾いた魚のように揺らす。


胸元の小箱が、いつもより重い。

紐が肌に食い込み、呼吸のたびに箱の角が胸骨に触れる。その感覚がやけに鮮明で、マイラは手のひらでそっと押さえ、鼓動を数えて気持ちを整えようとした。


「……嫌な場所だな」


レンが低くつぶやく。

灰青の瞳は暗がりに慣れようと細まり、剣の柄に添えた指だけがわずかに動いている。


「でも、ここが届け先なんだ」


マイラは小さく返し、足を前へ。

石の冷たさが靴底を通して脛へと昇っていく。


肩に乗ったルフトが耳を高く立て、周囲の空気をすくうように動かした。

喉の奥で「ヒュッ」と短く鳴く。尾の羽毛がふくらむ――警戒の合図。


「……誰か、いる?」


「気のせいかもしれない。ただ……後ろが少し落ち着かないな」


レンの視線が、入口の影を示した。


進むほどに、壁の影は墨を流したように深くなる。

やがて祭壇の背後――半円形の後陣に、壁画の断片が浮かび上がった。


薄い漆喰が幾層にも塗られ、その上の絵は時の流れで剥落している。

めくれた縁は栗の皮のように反り、下層の古い彩色が覗いていた。そこに――翼を持つ獣。


頭部の半分は失われ、表情は想像するしかない。

だが、残った片眼だけは驚くほど鮮やかだった。

群青の顔料が光で氷色に転じ、金箔の細い縁取りが雲間の陽を拾って微かに瞬く。

その目線は、祭壇脇の暗い小部屋へと斜めに向いており、見る者を自然とそちらへ導く。


大きく広げた翼の羽は一本一本が勢いのある筆致で描かれ、白い下描きの線が残る部分もあった。

向かい合う位置には、人の手の断片――指先だけが残り、何かを差し出し、あるいは受け取ろうとしているように見える。

壁の下部には欠けた文様帯が走り、読めない字形が雨粒のように並んでいた。その意味はわからずとも、祈りとも誓いともつかぬ感情の残滓が、ひそやかに滲んでいた。


「……あれ、見て」


光が雲に隠れ、室内の色がぐっと沈む。

その一瞬、群青の片眼が瞬きをしたように見えた。マイラは息を止める。


ギルドから渡された紙片には簡潔な指示。

〈指定の場所へ、箱を置くこと。中身に触れないこと。〉

指定の場所――祭壇の影。


マイラは唾をのみ込む。箱の重みがまた増した気がした。


「行くのか?」


「……うん。私に、任されたから」


その時だった。


「やめろ」


乾いた声が広間の空気を裂いた。


入口近くの影から、黒髪の少年が歩み出る。

灰色の瞳が光の帯を渡り、まっすぐマイラの胸元の箱へ突き刺さる。

昨日から何度も目だけは交わっていた――あの少年。


「その箱を……渡すな」


短く、冷たく、抗いようもない響き。

ルフトの翼がかすかに震え、マイラの指先から体温が引いていく。

胸の前の角ばった感触だけが、やけに輪郭を強めた。

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