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第2章 第14話 ── お肉と魚と検証と


 個室の戸が閉まる音は、思ったより軽かった。

 炭火の匂い。

 焼き魚の皮が、ぱち、と小さくはぜる。

 卓の中央には、切り分けられた肉と、白身魚の皿。

 ――食べる場所、なんだけど。

 マイラは背筋を伸ばしたまま座り、箸を持ったまま止まっていた。

 肉が冷める速度のほうが、会話より早い。

 向かいのセリナは、すでに魚を一切れ口に運んでいる。

 噛み方も、飲み込む間も、仕事中と同じ。

 レンだけが、杯を指で回したまま言った。

「……俺も、行きたかったな」

 その声は、悔しさというより、素直な残念さだった。

「現場にいなかったの、あとからじわっとくるわ。

 なんていうか……話を聞く側のくせに、気になりすぎる」

「そりゃ、そうでしょ」

 マイラは即座に返した。

「レン、こういうの絶対、現場で見たがるタイプじゃん」

「だろ?」

 レンは苦笑してから、ようやく箸を取る。

 肉を一切れ、慎重に選んで口へ。

「……うん。これはうまい」

 一拍。

「で、本題」

 視線が、マイラに向く。

「どうして、触らなかった?」

 マイラは箸を動かしかけて、止めた。

 肉汁が垂れそうになって、慌てて皿に戻す。

 ――やっぱり、そこ来るよね。

「……触ったら、分かったかもしれない」

 声は、落ち着いていた。

「何なのか。

 どういう状態か。

 危ないのか、安全なのか」

 言いながら、無意識に魚を一口。

 少し熱くて、息を吸う。

「でもさ」

 箸を置く。

「触った瞬間に、

 “私が決めた”ってことになる気がした」

「決めた?」

「うん」

 マイラはレンを見る。

「その先まで。

 責任も、判断も」

 レンはすぐに言葉を返さない。

 肉を噛み、飲み込み、ようやく息を吐いた。

「……なるほど」

 ここで、セリナが静かに口を挟む。

「判断は、記録に残るわ」

 魚をもう一切れ。

「“触れなかった”という事実も、選択」

「正しかったかどうか、って話?」

 レンが聞く。

 セリナは首を振った。

「“正しい”かどうかは、まだわからない」

 マイラが、思わず肩をすくめる。

「便利ですよね、その言い方」

「便利じゃないから、選ぶのよ」

 淡々とした返答。

 そして、話題を戻す。

「川の底の結び目と、

 教会の床の結び目」

 空気が、少しだけ張る。

「結び方は、同じ」

 マイラの胸が、きゅっと縮んだ。

 ――やっぱり、気のせいじゃなかった。

「答えは、まだ先かもね」

 セリナは肉に手を伸ばす。

「“同じ結び目だった”

 それだけで、今は十分」

 レンは苦笑して、もう一切れ肉を食べた。

「重い話のときほど、肉は助かるな」

「胃が?」

「胃が」

 マイラは、少しだけ笑う。

 その笑いが消えてから、レンが続けた。

「……もうひとつ、いいか」

 箸が止まる。

「川のときの、あの少年」

 声は低い。

「動き、明らかに“逃げてた”よな」

 マイラはすぐに答えない。

 魚を一口。

 骨を探すふりをして、時間を稼ぐ。

「うん」

 短く。

「誰かを避けてた」

「追われてた?」

 責める響きはない。

 確認するだけの問い。

「……たぶん」

 マイラは皿を見る。

「でも、誰かまでは分からない」

 レンは、少しだけ眉を寄せた。

「“誰か”って……一人?」

「それとも、もっと――」

 マイラは首を振る。

「そこまで、見えてない」

 一拍。

「だから触らなかった」

 小さく、でもはっきり言う。

「分からないまま、

 線だけ増やすのは、嫌だった」

 レンは息を吐いて、苦笑した。

「……今回の欠席者代表としてはさ」

 肉を一切れ。

「正直、めちゃくちゃ気になる」

「でしょ」

 マイラも、ようやく肉に手を伸ばす。

「でも、答えは――

 まだ来てない」

 セリナは、評価しない。

 否定もしない。

 皿の料理は、半分ほど減った。

 満腹には、程遠い。

 川の底には、まだ残っている。

 結ばれたままの、あの形。

 教会の床にも、同じ結び目が。

 そして、レンが最後にぽつりと言う。

「……次は、町の外かもな」

 マイラは、その言葉を否定しなかった。

 風向きが、

 少しずつ変わっている気がしていたから。

 

 ――次に待っているのは、

 教会でも川面でもない、

 “森の夜”。

 第3章は、そこで。


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