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第1章 第3話 ── 廃教会への道

春の風がそっと頬を撫でた。

その温度に肩の力が少し抜け、マイラは息を吸い込む。


「ねぇレン、今日……なんか空気が軽いね。歩くのが気持ちいいよ」


軽く笑うと、肩のルフトが「キュッ」と鳴き、小さな翼を震わせた。


レンはちらりと横目でマイラを見た。

「お前は本当に、こんな時でも明るいよな」


「えっ、褒めてる?」


「……半分はな」


その言い方が妙に優しくて、マイラの胸がふわっとあたたかくなった。

でもその直後、レンは真顔に戻り、剣の柄へ視線を落とす。


「気を抜くなよ。廃教会は妙な噂が多い」


「知ってる。でも――」


マイラは胸元で木箱をぎゅっと抱きしめた。

(父さん……これ、本当に届ければいいんだよね?)

ひそかな不安が、指先の温度を少し奪っていく。


「私、この依頼はどうしても果たしたいの。封緘クエストなんだし」


「……その意気はいい。だけどな」


レンが言いかけた時。


ルフトの耳がぴく、と鋭く動いた。


「ルフト?」

マイラの声がひときわ小さくなった。


ルフトは草むらの奥を睨むように、羽毛を逆立てて低く鳴く。


「今、何かいた」

レンの声も自然と低くなった。


「え、ま、待ってよ……誰もいないよね? ね?」


自分で言いながら、マイラは足がすこし竦むのを感じた。

風が草を揺らしているだけ。けれど、その揺れが妙に冷たく感じられた。


「野兎だろ。……たぶん」

レンがそう言いながらも、剣の柄を握る指は強まっている。


「たぶんって言わないでよ。はっきり言ってくれた方が安心するんだから!」


レンはため息をついた。

「じゃあ、野兎だ。満足か?」


「ぜんぜん満足じゃない……!」


自分で言って思わず笑いがこぼれたが、胸の奥のざわめきは消えなかった。



森に入ると、光が一段弱くなり、空気がしっとり重くまとわりついてきた。


「……さっきより静かになった?」


「鳥の声が消えたな。嫌な予感がする」

レンが呟く。


「やめて、そういうの……! 私、帰りたくなるから……」


「帰る気はないくせに」

「……それは……まあ……」


逃げたいのに逃げられない。

そんな弱さを見透かされると、胸がキュッと痛む。

ルフトが背中に鼻を押し当ててきて、その体温に少しだけ救われた。


「でもさ、レン。怖いのは怖いよ。私も……怖い」


マイラはうつむいたまま、小声で言った。

(ほんとはずっと、怖かったんだよ……)


レンの靴音が止まる。


「怖いなら言え。守るのが俺の役目なんだから」


その一言で、胸の奥がじん、と熱くなった。

逃げそうになっていた心が、少しだけ前を向いた。


「ありがとう。……ほんとに」


木々の隙間から灰色の輪郭が見えた瞬間、マイラの呼吸が止まった。


「あ……あれ……」


喉に細い音しか出ない。


砕けた窓。崩れた屋根。

壁を覆う蔦はまるで、教会が“もうここには光はいらない”と言っているようだった。


「……廃教会、だ」

レンの声も硬い。


「う、うそ……こんなに……荒れてるんだ……」


足が勝手に止まってしまう。

胸の奥で、ためらいと鼓動が何度もぶつかりあっている。


「マイラ」

レンがそっと名前を呼ぶ。

その声音は、急かすでもなく、ただ背中を支えるような温度だった。


「行けるか?」


「……うん。行く。行くよ。だって……これを届けなきゃ」


木箱をぎゅっと抱きしめる。

それだけが、自分の勇気の形のように思えた。


教会に近づくほど、風は冷たくなった。

草は腰の高さまで伸び、足を踏み込むたびに湿った匂いが立ちのぼる。


ルフトが翼を大きく広げて「グルル……」と低く唸った。


「ルフトまでそんな声出さないでよ……余計怖くなる……」


「分かる。……ここ、なにかいるな。」

レンの声が一瞬震えた。


「や、やめてってば……!」


そんなやり取りをしながらも、

三人は確かに前へ進んでいた。


教会の入口。

苔に覆われた扉はわずかに開き、

暗闇の奥から冷気がじわりと流れ出している。


マイラはその暗闇を前に、足がすっとすくむのを感じた。


「こ、ここだよね……?」


「ああ。……入るぞ」

レンの声はいつもより低い。


マイラは、ごくりと唾を飲み込む。

そしてルフトが小さく鳴き、マイラの頬をそっと羽先で触れた。


(……ありがとう。行くね)


「大丈夫。……私、行けるよ」


偽りのない震えた声だった。

でも、その声は確かに前へ向いていた。


マイラは一歩、扉の前に足を踏み出した。

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