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第2章 第8話 ── 町外れ、石の匂い


町外れへ向かう道は、昼なのにひんやりしていた。 川風が背中の汗を撫でて、すぐ冷えていく。 マイラはセリナの半歩うしろで歩きながら、さっきからずっと――背中が落ち着かない。

――見られてる。 ――もう、見えないのに。

石畳の隙間に砂が噛む。 靴底がきゅ、と鳴るたびに、胸の奥も一緒に擦れるみたいだった。

「呼吸が浅いわよ」

セリナは前を向いたまま、静かに言った。 責める響きはなく、ただ事実をそっと置くみたいな声だった。

「……すみません」

「謝らなくていい」

少しだけ、声が柔らぐ。

「緊張してるとね、自分じゃ気づかないうちに息だけ先走るの。今のあなた、ちゃんと歩いてるのに呼吸だけ走ってる」

自覚。 そう言われて、マイラは自分の指先を見た。 手のひらが、まだ湿っている。さっきの冷たい杯の感触が残ってるのに、内側だけ熱い。

「だから、気づけただけで十分。直そうとしなくていい。"今そうなんだ"って思えれば、それでいいのよ」

――確かに…怖かったり緊張してると頭の中だけじゃなく体の動きまでバラバラになっちゃう。

—―すごいなセリナさんは。一緒にいるとなんだか安心する。

肩の上でルフトが鼻を鳴らした。 「クル」 短く、急かすみたいに。

「ルフトも……落ち着かない?」

「ク」

肯定にも否定にも聞こえない。 でも、尾の毛が少しだけ逆立っている。

道は、川から離れて丘の影へ入る。 祭りの音が遠ざかるにつれて、代わりに――古い石の匂いが濃くなった。

「着く前に、ひとつだけ話しておく」

セリナは歩幅を変えず、声だけを少し落とした。

「封緘の依頼って、どうしても"中身"に意識が向きやすいでしょ? でもね、本当に大事なのは――"その荷が、ちゃんと元の形のまま届くこと"なの」

「……形、ですか」

「ええ。箱だけじゃない。識別札も、結び紐も、油布も――全部ひっくるめて、ひとつの封緘なの」

少し間を置いてから、続ける。

「どれかひとつでも欠けたら、それはもう"途中で誰かの手が入った荷"になる。たとえ中身が無事でも――依頼としては、失敗」

マイラは喉を鳴らした。

「もし拾った札に刻まれた名を――誰かが知りたがったら?」

風が首筋を撫でる。

「えっと……言わない、ですか?」

「ええ」

セリナは、即答せず、ほんの一拍置いた。

「言わない。それでいいし、それで十分よ」

「理由を聞かれても、言葉を探さなくていい。封緘の仕事は、説明が上手な人より――沈黙を選べる人のほうが向いてるの」

言い訳もしない。 それが、いちばん難しい。

――わたし、すぐいいわけを考えちゃう。 ――気まずいときほど、余計なことを。

「でも」

マイラは一度だけ、口を開いた。

「……知ってるって、バレたら?」

セリナは、立ち止まらずに答えた。

「そのときは――選ぶのよ」

声は静かで、押しつけがましさがない。

「全部を守ろうとしなくていい。あなたが"これは守る"って決めたものを――ひとつだけ、ちゃんと抱えなさい」

「守るか、捨てるか――どちらが正しいかじゃない。その選択を、あなたが引き受けられるかどうかよ」

道はさらに静かになった。 草が風に擦れて、囁くように鳴る。

「ここから先ね」

静かな声。

「いいマイラ?ノルン紙が動いたら、触らないで。まず目で見て――"何が変わったか"を、私に教えて」

「急がなくていい。間違えないことより――一緒に確認することを選びなさい」

「はい!」


よし。と、セリナが目を細め、少しだけ口元で微笑んだ

腰のポーチが、微かに脈打った。 布越しに、鱗が呼吸するみたいに。

視界の先に、崩れかけた石造りの建物。 草に食われた入り口。 廃教会。

日差しがあるのに、影だけが濃い。

マイラは無意識に、腰の【ウィンド・リボルヴ】へ指を添えた。 冷たい。 父の形見の冷たさが、今は"線"みたいに自分を保ってくれる。

――父さん。 ――わたし、線を守れる?

セリナが入り口で止まる。 ノルン紙が、風もないのに震えた。

「……動いてる」

紙が折れ、矢印になる。 指し示した先、暗がりの奥で。

誰かの足が、一歩、石を踏んだ。

「……来ないでって、言ったのに」

かすれた声。 灰色の瞳が、光を拾う。

マイラの喉が鳴った。 呼んじゃいけない。 口にしちゃいけない。

なぜそう思ったのかは、わからない。 確信も、根拠もない。

でも―― 川に沈められた封緘の文字を見たときから、 胸の奥に、小さな引っかかりが残っていた。

名前になる前の、輪郭だけの何か。 それが今、影の中から、こちらを見ている気がした。

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いつも読んでいただいてありがとうございます

続きも頑張ります!


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