第2章 第4話 ── 三日間の、重さ
ギルドへ戻る道すがら、マイラは無意識に歩幅を速めていた。
ポーチの中の鱗が、布越しに冷たい。
触れてもいないのに、その存在だけが、腰元で脈打っている。
――三日。
胸の奥で繰り返される数字。
根拠はない。けれど、確信だけが、鉄のように重い。
「マイラ」
声をかけられて、はっと顔を上げる。
セリナが、ギルドの入口前に立っていた。
いつもは中にいるはずの彼女が、まるで待っていたかのように。
「……セリナさん?」
「今、外に出ようとしてたところよ」
淡い銀髪が、初夏の風に揺れる。
その瞳が、マイラの手元――腰のポーチを、一瞬だけ見た。
「……拾ったの?」
言葉にしていない。
なのに、見抜かれた。
マイラは小さく息を吐き、頷いた。
「……はい」
「見せて」
命令ではない。確認だ。
マイラはポーチを開き、布に包んだ鱗を取り出す。
布を解く前に、ルフトが小さく身じろぎした。嫌がっている。
「クル……ゥ」
セリナは鱗を受け取ると、布を少しだけ開いた。
沈黙。
彼女の表情が、ほんのわずかに――けれど確かに、強張った。
「……これは」
「やっぱり、おかしいですよね」
「ええ」
セリナは慎重に布を閉じ、マイラに返した。
「中に入りましょう」
二人でギルドに入る。扉を閉めた瞬間、外の喧騒が嘘のように遠のいた。
受付台の奥、資料室へと続く扉。
普段は施錠されている場所を、セリナが開ける。
「ついて来て」
部屋の中は薄暗く、古い書物と羊皮紙の匂いが漂っている。
セリナは棚から一冊の古い台帳を取り出し、ゆっくりとページをめくった。
「……五年前」
呟くように言う。
「ブレストン川で、似たような事例があったわ」
「事例?」
「封緘物の、不法投棄」
その言葉に、マイラの背筋が冷える。
――封緘物。
開けてはいけない箱。
運ばれるべき場所へ届けられなかったもの。
「結局、誰がやったのかは分からなかった」
セリナは台帳を閉じ、マイラを見た。
「でも、あのとき川で死んだ空魚の数は、三十を超えていた」
「……三十」
「原因は特定できなかった。けれど、川に何かが沈められていたのは確かだった」
言葉が、胸に刺さる。
「もし、また同じことが起きているなら――」
セリナは言葉を切り、深く息を吸った。
「今度は、もっと早く動かなければならない」
「……だから」
マイラは無意識に、拳を握っていた。
「三日、なんですね」
セリナが目を見開く。
「……なぜそれを?」
「わかりません。でも――」
――でも、感じた。
「次の川開き祭までに、見つけないと」
セリナは静かに頷いた。
「そうね。祭りが始まれば、川には人が溢れる」
「それまでに、原因を」
「ええ」
間。
「マイラ」
名前を呼ばれ、顔を上げる。
セリナは真っ直ぐにマイラを見つめた。
「これは、正式な依頼じゃない」
「……はい」
「だから、断ってもいい」
その言葉に、マイラは首を横に振った。
「でも、見つけたのは私です」
「危険かもしれない」
「……知ってます」
ルフトが、肩の上で小さく鳴いた。
「クル」
その声が、後押しするように響く。
マイラは腰元の【ウィンド・リボルヴ】に、そっと手を添えた。
「父さんが言ってました」
初めて、声に出した。
「運び屋は、荷物を守る。でも――それだけじゃない」
セリナが、静かに耳を傾ける。
「道を守ることも、運び屋の仕事だって」
「……そう」
「川も、道です」
その言葉に、セリナの表情が柔らかくなった。
「あなたは、お父さんに似てるわ」
胸が、じんわりと温かくなる。
「ありがとうございます」
セリナは台帳を棚に戻し、振り返った。
「いいわ。じゃあ、私も協力する」
「え?」
「ギルド職員として、ではなく――個人的に、ね」
その言葉に、マイラの目が潤んだ。
――ひとりじゃない。
「……お願いします」
セリナは小さく笑い、マイラの肩に手を置いた。
「明日の朝、ここに集合。上流から順に、川を調べましょう」
「はい」
「それまで、あの鱗は持っていなさい」
マイラは頷き、ポーチをぎゅっと握りしめた。
外に出ると、西日が傾き始めていた。
川開き祭の準備は、まだ続いている。
笑い声と、太鼓の音。
――守りたい、のかもしれない。
この町を。
この川を。
そして――ここで笑う人たちを。
それが使命なのか、ただの意地なのか。
――まだ、わからない。
でも、動き始めたことだけは確かだった。
川風が、マイラの髪を揺らす。
ルフトが、風に合わせて翼を広げた。
――三日間。
時間は、もう動き始めている。
マイラは川を見下ろし、静かに誓った。
必ず、見つける。
川が隠しているものを。
そして――沈められた、理由を。
夕焼けが、水面を赤く染めていく。
その光の下で、
マイラの影だけが、長く、まっすぐに伸びていた。
――第2章、つづく。
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