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第1話 花の香りと運び屋見習い

ーーー封緘ふうかんーーー

それは、触れてはならないもの。

開けた瞬間、世界の均衡がわずかに軋むとさえ言われる——

文書、呪具、秘宝に施される禁忌の封じ。


封緘の印が押された荷物は、

持つ者の心さえ試す。


それを託された者は、

中身を知ることも許されず、

ただ “守り抜く” という使命だけを背負わされるのだ。

春の朝。

町ブレストンの広場には、やわらかな光と花の香りが満ちていた。


その光の中を、一人の 十七歳の少女 が歩いていく。

マイラ・リンド。


栗色のセミロングは朝日に溶けるように柔らかく波打ち、

淡い琥珀の光の帯がそこに浮かぶ。


肌は旅で焼けた健康的な麦色。

けれど瑞々しさを失わず、

陽に触れるたび、しっとりと艶を返した。


深い琥珀色の瞳には、

花市の光と風が揺れるたび、金の粒子のような輝きが宿る。


旅で焼けた麦色の肌は健康的な艶を帯び、

白いシャツと灰藍のベストの下にのぞく体のしなりは、

華奢ながらもしなやかに鍛えられた肩と腰の輪郭をそっと描いて

少女から大人へ移り変わる途中のほのかな危うさをまとっている。


細い腰の曲線が春風に押され、

光がその陰影をなぞるように滑っていった。


「ねえルフト、今年も人が多いね」


肩に乗る小さな翼獣が「キュッ」と返す。

その声に、マイラの横顔がやわらかくほころんだ。


少し離れた場所では、

黒髪の青年が人波に目を凝らしていた。

レン・カルド——マイラより一年年上の十八歳。

灰青の瞳が、迷わず彼女の姿だけを追っている。


その視線に気づかないまま、

マイラは人混みへ踏み込み、

揺れる腰のラインが花弁の光を受けてかすかに煌めいた。


川沿いから吹く風が花弁をさらい、

石畳の上に淡い軌跡を描く。

その風が、マイラ・リンドの髪もふわりと揺らした。


マイラは配達かばんの位置を直し、胸の奥でそっと息を整える。


……ちょっと緊張してる。


今日の依頼は“封緘クエスト”。

誰にも知られてはならない裏の仕事——だからこそ重い。


道の両側では屋台がぎっしり並び、

白百合は光をやわらげ、

赤いチューリップは子どもたちに揺らされて笑っている。

菫の袋からは淡い甘さが、

焼き菓子の屋台からは蜂蜜漬けの花弁の香りが立ちのぼる。


腰の革ベルトの横で、銀の短剣 【ウィンド・リボルヴ】 が淡い虹色にきらめいた。

通りすがりの娘が「……きれい」と息を呑む。


マイラは気づかず歩き続け、

ルフトだけがふいに振り返った。


「マイラ、はぐれるなよ!」


黒髪の青年レン・カルドの声が人混みを越えて届く。

灰青の瞳が、迷わず彼女を捉えていた。


「平気だよ、レン。地図はもう全部覚えてるし!」


そう言った瞬間、胸が小さく震えた。

——ためらいと鼓動が番うように胸で触れ合った。


……今日ばかりは、なんとなく違う。


胸元の奥にしまった小さな木箱が、

“忘れるなよ”と静かな重みを伝えてくる。


「ルフトも心配してるんだぞ。

 お前、すぐ真っすぐ突っ込むからな」


「うぅ……レンってそういうとこ容赦ない……」


頬に触れた春の風が、照れをやわらげていった。


「で、届け先は?」


マイラは声を落として答える。

「……廃教会」


レンの表情が陰を落とす。

「あそこ、人なんて住んでないぞ」


「だから……秘密の依頼なんだと思う」


言葉にすると、胸の奥がひゅっと冷えた。

腰の【ウィンド・リボルヴ】がわずかに光を返した気がした。


そのときだった。

花籠を抱えた少年が、じっとこちらを見つめていた。


黒髪、灰色の瞳。

十五歳ほど。

春の光の中で、その瞳だけが妙に冷たく澄んでいた。


……なに、この感じ。


胸の奥がざわつき、背筋に薄い熱が走る。

視線がぶつかった瞬間、

少年は音もなく人混みに紛れた。


「知り合いか?」

レンが尋ねる。


「……いや……っ。ううん、知らない。

 けど……なんだろ、その……なんか……さっきから私たちを見てたような……」


声が途中でほどけるように細くなり、

喉の奥で言葉が揺れた。


レンは歩幅を合わせ、

心配そうにマイラの横顔を覗き込んだ。

「……おい、大丈夫か?

 顔色、少し悪いぞ。

 あの少年に何かされたわけじゃないよな?」


からかいではない、本気の声音。


……どうしてこんなふうに胸がざわつくんだろう。

怖いってほどじゃないのに……

あの目だけが、ひどく冷たく残ってる。


思い返すたび、

胸の奥でためらいと鼓動が番うように触れ合い、

そこから薄い冷気が滲むように広がっていった。

息がわけもなく浅くなる。


夕暮れ。

外では花市の舞台から軽やかな笛と太鼓の音が流れ、

春の空気を揺らしながら町へ染み込むように響いていた。

花びらが風に乗って舞い、その中を楽団の明るい旋律が

緩やかに縫うように通り抜けていく。


宿へ戻ったマイラは、受付に軽く会釈して席についた。


「今日は甘いものにしよ!」


マイラは春限定のブルームパンを頼む。

花びらを練り込んだ桜色の生地をちぎると、

蜂蜜の香りがふわっと広がる。


「春が来たって感じだよね!」


「ほんと、お前は食いしん坊だな」

レンが笑う。


机の上ではルフトがパンくずを前足で押さえ、

青い翼をふるふる震わせながら夢中でついばんでいた。


マイラは笑った。

けれど胸の奥では、

あの少年の視線がまだひんやり残っていた。


……あれは、なんだったんだろ。


ブルームパンの甘さに、

ほんの少し“冷たい不安の苦み”が混じった。


────────────────────────

続きも読んでいただければ幸いです。

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