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「なんじゃこりゃああああああ!」


 俺はアラサー独身アルバイト男子の能瀬(のせ)海翔(かいと)

 今日も眠い目をこすりながら、新興丼物チェーン店でワンオペ深夜労働をしていたら、包丁を持った男に金を出せと脅されて、レジを開けた途端にぶすりと刺されたのだった。

 体から流れ出るおびただしい量の血液と、どんどんと失われていく体温。

(あ、これ死ぬな。もうゲームで遊べなくなっちゃうのか)

 悲鳴とは裏腹に、俺は冷静に死を覚悟しながら、意識を失った――

 はずだった。


 あれ、俺、なんか目を覚ましちゃいましたけど?

 目、開いてますけど?

 でも、ここはどこ?


 目の前には、雰囲気たっぷりにロウソクで照らされた、洋風の豪華な壁紙と、沢山のドアと窓が続いている。

 明らかに自分の家じゃないし、ましてや丼物チェーン店でもない。

 これはあれだ、あそこだ。

 俺には見覚えがあるぞ。

 むちゃくちゃやり込んだ|ヴァーチャルリアリティ《VR》ホラーゲーム『血染めの洋館』の、あの洋館じゃないか。

 お値段なりのチープなシナリオのくせに、登場人物が美男美女だらけで、遊んだ人の数だけは多いあのゲームに登場する洋館じゃないか。

 パーティー(夜会)の最中に真っ先に館の主である悪役貴族ティーノ・アモローソが殺されて、恐怖の夜の幕が開ける、あの洋館じゃないか。

 ピクセル感やCG感はないし、これはもしやゲームの中に転生したってやつじゃない?

 そうと分かれば、誰になったのか早く鏡を見に行かなければ。主人公のニコラだったらいいなあ。

 そう思ってたら、ドアが開いて、向こうから可愛らしい女の子が近寄ってくるではないか。

 ここは招待客の貴族らしく、爽やかに挨拶でもしてみよう。


「やあ……、か……わいら……しいお……じょう……さん」


 む、体が慣れてないせいか、声がうまく出ないな。


「きゃあああああーー! きゅー……」


 そしたら女の子、悲鳴をあげて気絶してしまった。

 頭と子供用のドレスに付けられた大きなリボン。この女の子は、主人公が知らないところでいつの間にか殺されていたルチアちゃんに間違いない。

 こんなところで気絶していたら殺されちゃうぞと、彼女を抱きかかえようと触れたら、なんと、みるみるうちに干からびてしまった。まじかよ。そういえば、俺の手もやたらと骨ばってるんだけど、こんなキャラいたっけな?


「この化け物め! よくもルチアを!」


 そんなことを考えて半ば呆然としていたら、今度は別の男に襲われた。

 ああ、この人はルチアちゃんのお父さんのボロニーニ男爵だ。

 男爵さんが急に殴りかかってきたものだから、俺は避けることもできずに、まんまとボディブローを決められてしまった。

 痛い!

 と一瞬は思ったんだけど、あれ、なんか痛くないよ?

 それに、目の前のボロニーニ男爵さんもなんか干からびちゃったし。

 なにこれ恐い。いったい何が起こっているんだ!?


「きゃあああああーー! きゅー……」


 また女性の悲鳴が聞こえてきて、気絶して倒れてしまった。

 もう無理。

 ここはいったん逃げるしかない。

 体はまだ慣れてなくて重いけど、背中に悲鳴や怒声を浴びながらも、どうにか頑張ってウォークインクローゼット、というかドレスルームに逃げ込むことができたのだった。

 沢山の衣装ダンスと鏡台、それに大きな姿見もその部屋には置かれていて、今は誰も使っていないようで中は暗い。

 窓から外を見ると、雨風がバタバタとガラスに激しく打ちつけていて、月や星などは見えない。だが、暗いはずなのに、なぜか部屋の様子がよく見えた。

 俺は一番奥にあって、入口から見ると衣装ダンスで隠れる位置にある鏡台に近寄った。

 そして揃いの椅子には腰をかけず、じっと鏡で自分を見る。

 白いシャツにスカーフみたいなふかふかした襟、それから臙脂(えんじ)色で燕尾(えんび)服のように前が短くて後ろが長いジャケット。

 白いシャツの上に乗っている顔は干からびていて見るからに不健康そうで、本来眼球があるはずの場所には何も無かった。


 ……うん、アンデッドだわ。俺、水分少な目のアンデッドになってたわ。しかも後頭部に斧まで刺さってるし、俺、間違いなくアンデッドだわ。わーい。


 いいわけあるかーい。


 どう見ても主人公の敵じゃん。

 真っ先に殺されてワイトとかいう強いアンデッドになるティーノ・アモローソ伯爵じゃん。

 やだなにこれ。

 やばいやばいやばいたばいばいや。

 まずは落ち着け俺。

 そもそもVRホラーゲーム『血染めの洋館』は何をするゲームだったっけ?

 思い出すんだ俺。干からびてて斧が刺さってる脳みそで。

 えーと、主人公は爽やかイケメンのニコラ・カルーゾ男爵。

 で、主人公は、悪徳領主として有名なティーノ・アモローソ伯爵から、パーティに招待された。

 なんのパーティかと言うと、三年前にアモローソ伯爵が絶海の孤島に浮かぶ廃屋同然のこの屋敷を買い取り、大金をかけて修繕をしていて、その修繕が終わったことのパーティだ。

 パーティの招待客は全部で十六名。

 しかし、パーティが始まると同時に、猛烈な嵐に襲われて不穏な空気が漂い始める。

 パーティを抜け出して、屋敷の様子を手ずから見回っていたアモローソ伯爵は、しかし何者かに殺されて発見された。発見者は……そうだ、ボロニーニ男爵だった。

 アモローソ伯爵が惨殺されたという事実に招待客は動揺し、使用人らを問い詰めようと探すが、使用人らはいつの間にか消えていて、そして次々と招待客が殺害されていく。その犯人はワイトになったアモローソ伯爵だったのだ、ばばん。

 そんな中で主人公で爽やかイケメンのカルーゾ男爵は、イケオジのレオニダ・クリミ伯爵や謎の美人修道女アデール・ルセルと協力して、アモローソ伯爵から逃げ隠れしたり撃退したりしつつ、屋敷の過去の因縁を解き明かし、夜明けとともに島を脱出することに成功すると。

 そんなストーリーなので、俺ことティーノ・アモローソ伯爵は基本的に死なない。だけど、二周目以降は簡単に死ぬ。いや、そもそも殺されているから死ぬんだけど、ワイトとしては死なないんだけど、二周目以降はワイトとしても死ぬとかいう、ややこしい話なのである。

 つまり、俺には死ぬ可能性があるということだ。

 うん、死にたくない。死んでるけど。後頭部に斧が刺さってるけど。

 そうしたらもう、選択肢はないよね、逃げるしか。逃げ隠れするしか。

 主人公たちを殺してしまえば、俺が死ぬ可能性は低くなるんだろうけど、殺すのはやっぱりちょっとねえ……

 そんなときに、ガチャリとドアノブを回す音が聞こえてきた。次にはキィィとドアが開く音も聞こえてくる。

 俺の干からびた心臓がどきどきする。

 コツコツと軽くて固い足音が近寄ってくる。

 誰だ。こんな真っ暗な部屋に来るなんて、いったいどんな変人が来たんだ?

 自分のことはさておいて、逃げるためには相手の位置を確認しなければならない。物陰から頭を少し出して音のした方を観察すると――


「あ、ども」


 目が合った。眼球の無い俺の目と、暗闇で光る相手の目が合ってしまった。

 そいつは、黒い修道服を着ていた。

 そいつの瞳は青かった。

 そいつはフードを被っていなかったから、黒いおかっぱ頭だと分かった。

 そいつの名前はアデール・ルセル。パーティが始まってから、遅れてこの館にやってきた、招かれざる修道女だった。

 しかし、俺の記憶によればアデールは館の中の小さな教会にずっといて、主人公にゲーム的な助言をしてくれたり、セーブ係をやってくれるだけの存在だったはずである。

 ゲーム内では出歩くようなことはほとんどなかったはずだ。ましてや、ティーノと出会ったという話など聞いたこともない。

 そんなプレイヤーの癒しの存在で、一部に熱狂的なファンもいるアデールが俺にニッコリ微笑んでこう言うのだ。


「ご機嫌麗しゅう、ティーノ様。あなた様は今宵の鬼に選ばれました。どうかお楽しみ頂きますよう。それではまた」


 言うだけ言って、彼女はドレスルームから出ていった。

 え? え? 鬼ってなに? 鬼とはなんぞや?


「ちょっと待って!」


 慌てて廊下に出て彼女を探す。

 正面には中庭を臨める窓。左右には長い廊下と、すぐ近くには階段ホール。

 だが、一通り見まわしたところで彼女はもういない。

 そんなはずはない。念のため、もう一度と辺りを見回したとき――


「きゃあああああーー!」

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