だって、悪役のあざといドジっ子系ヒロイン、やってみたかったんだもん♡
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ありがとうございました!
とある由緒ある公爵邸、その広間に集められたのは主人である公爵夫妻と仕える使用人。
古参のお局侍女長補佐がそれを皆に見えるように示す。
──断罪の材料として差し出されたのは、香水のにおいが強すぎる手紙。
婚約者のいる次期公爵との密会の証拠だ。
対する、後輩侍女のリシュアは大きな瞳をうるうるさせる。
「えぇぇん……ひどいですぅ……リシュア、そんなことやってませぇん」
(……あーーーーリシュアちゃん!?そんな煽る風味で来るな!?)
私は心の中で盛大にツッコんだ。
彼女は小首を傾げ、袖で目元を押さえた。怖いと言わんばかりに華奢な身体を小動物のように震えてみせる。
──あざと可愛い。
でも、女子からの好感度は地中にめり込むレベルで低い。
事実、彼女は美形の次期公爵閣下や殿下に“なぜか”好かれ、日々お茶くみの仕事をこなしながらも、ちょいちょいティーセットを割る。
要は、“庇護欲を刺激する小動物系ドジッ子”というチート性能を備えた存在。
しかし、彼女の一番厄介なところは別にある。
「リシュアさん、他にもございますのよ? こちら、薬物組織との取引の証拠。そしてこちらは、帳簿に記載されていない不自然な支出。あら、横領かしら?」
古参のお局の侍女が勝ち誇った笑みを浮かべた。が……
「リシュアじゃありませんってばぁ。これってぇ……証拠を“作る側”の人間がいたりして?」
「なっ……!それ、どういう意味か分かって言ってるの!?」
「だってぇ、指紋がベッタリの帳簿がちょうど朝、侍女長さんが保管棚で見つけてくれたんですよね?随分と都合が良いなぁ」
「貴女、今、誰にものを言っているのか分かっているの?」
(出た!!お局侍女長補佐のスキル:高位貴族ちらつかせ!)
「そういう“家の名を使って黙らせる”やり方って、ちょっとダサいですよねぇ。ご自身の発言に説得力がないって、言ってるようなものですしぃ」
「なんですって…!」
「権力で口封じ、分かりやすいなぁと思っちゃいます」
「言わせておけば…!前々からあなたの態度が気に食わなかったのよ!」
「えぇー?それってリシュアのせいですかぁ? もしかすると、誰かさんの心が狭いだけだったりして?」
くすりとリシュアが笑う。
「やましいことがなければ、顔、真っ赤にする必要なんてないですよぉ」
空気が一瞬、凍る。
(あーーーー、だから!そういうとこ!!)
あざといくせに正論をガンガンいう。
普通は潰されるところだが、推薦者が公爵夫人なので贔屓にされてたりする。つまり反論してもなんとかなる後ろ盾を持っているのである。
しかも、意外と知識豊富で洗練された所作を身につけてたりする。地味に有能なのだ。
その結果──
「なによ、あの子」「裏では絶対、何かやってるわよ」
などと、周囲の侍女たちからは激しく嫉妬されていた。まあ、火薬庫に可愛いマッチで火を点けて回ってるようなもんだった。
私?一応、何度か助け舟は出した。けれど──
『セリナ先輩、優しい~!大好きです♡』
はい、うるうるビーム発射で終了。リシュアちゃんの教育係に指名されたのが運の尽き。その態度はなんとかならないかと聞いたことがあった。
『相手の本質がわかりやすくなるので、好きなんです』
と意味わかんないことを言われ終わってしまった。
同じ侍女仲間のミナとともに、いつも彼女のフォローとか、指導したり、代わりに頭下げて謝ったりとか色々してた。あと公爵様達もなぜか彼女に甘かったりして割と許されてる。
今まではそれでなんとかなってたんだけど、今日ばかりは違った。彼女が今まで煽りに煽った結果、とうとう火薬庫の蓋は吹き飛んだのである。
そして事態はさらに動く──“お局の力”が発動した。
響いたのは、お局の侍女長補佐のさらに上──統括役の侍女長の、冷酷な声。
「リシュア・ウォーガン。往生際が悪い。大人しく自分の罪を認めなさい」
(あ、これ、やばい……ラスボス侍女長のスキル:断罪発動)
とかくだらないこと考えて現実逃避するくらいには広間の空気が、氷のように冷えた。
しかしリシュアは──いつもの調子で、ゆっくりと顔を上げ、うるうるした瞳を見せた。
「だからリシュア、そんなことやってませんてばぁ……」
(おいバカやめろ!!)
そう、これで許されるほど、今日はもう甘くない。
──出された証拠。
香水の手紙、横領の帳簿、不審な取引記録。
場の空気が敵であるし、公爵夫人でも庇いきれない不正の証拠。完全に囲まれたリシュア。
(でも、今回のリシュアちゃんは無実…!)
私はそれを聞いてしまったのだ。
そう、あれは数日前の夜のこと。
屋敷の奥、薄暗い廊下を抜けた先に、"大奥様"の私室はあった。絹の絨毯に沈む足音さえ吸い込むような静寂の中、重たく飾り立てられた扉の向こうから、低く冷えた声が漏れてきた。
同じ侍女仲間のミナと一緒に好奇心から気配を消して聞き耳をたててしまった。
『……あの女、本当に忌々しいわ。見てるだけで虫唾が走る』
座していたのは、公爵夫人ではなく、“侍女”を仕切る真の権力者——大奥様付きの侍女長。
侍女長は先代との繋がりが強かった為、公爵家の内部を掌握している。侍女長と公爵夫人が仲悪いのは周知のこと。公爵夫人はそういった意味でとても苦労している。
『確かリシュアはあの女の推薦だったわね。潰れてもらいましょうか』
意地悪くせせら嗤う声に背筋が震えた。
ミナと一緒に震えながらその場を後にした。公爵夫人の推薦なのでリシュアが潰れれば公爵夫人の評判に泥を塗るのと一緒だ。
侍女長はそれを狙っている…
(だから違うって分かってる。でも、言ったら私の立場は…)
完璧に居場所がなくなる。
例え無事に切り抜けたとしても、針の筵になり、きっと追い出されるだろう…でも言わなきゃ、彼女は二度と貴族の世界で生きていけない。それに、
「その証拠、すべて虚偽です!」
ここで黙ってたら侍女長と同じ共犯者だ。それは人としての、大切な何かを失う気がした。
広間のざわめきが、一瞬で止まった。私は前に出て、深く息を吸う。
「筆跡は真似されています。香水も本人のものではありません。帳簿の件も、既に訂正が入っているはずです。そして、これらの文書には──共通点がある」
全員の視線が集まる中、セリナは一歩踏み出した。
「これらすべて、リシュアさんの個人の物ではなく、誰かが屋敷内に仕込んでいたものです。私、セリナ・マーヴィンが証言します。これはリシュアさんを陥れるための陰謀です」
(……あーーーー!私のお勤め先、さようなら!!)
脳内で鐘が鳴り響いていた。地獄行きの発車ベルである。
(証言したのはいいけど、証拠がない)
セリナは心の中で頭を抱えた。
今にも崩れそうな膝を気合いで踏ん張って、リシュアの前に立っている。勇気を出した自分の行動は間違ってない。……そう思いたい。
自分だってお局たちが嫌いだったんだ。
自分より若くて可愛い綺麗な子を嵌めて陥れて、沢山の子たちを泣かせてた。たくさんの仲間が辞めていった。
それに対して私は何もできない、いや、しなかった。
無力で自分の立場守るためにずっと無視してたし、正論なんてぶつけられなかった。
(でも……リシュアちゃんはいつも正論で…正面から戦っていた)
ふと視線を横にやると、リシュアがこちらを見上げていた。いつものうるうる顔を潜めて、驚いていた。
「信じてくれるんですね……?」
「……当たり前でしょ。ドジだし、あざといし、皿は割るし……でも、不正する子じゃないって、私は知ってる。あと言ってること、私は間違ってないと思う。それに私が教育係だしね!」
すると、彼女は少し驚いたような、それでもどこか嬉しそうな笑みを浮かべた。
場の空気が少しだけ揺らいだ、そのとき──
「セリナさん。証拠はあるのかしら?」
お局侍女の冷たい声が、また氷のように空気を固めた。その笑みに、ぞっとするほどの自信が浮かんでいる。
「私達の陰謀を証明するもの。だしてくださいな」
「そ、それは……っ」
詰んだ。侍女長達が仕組んだのだと証言はできても、証拠がない。どんなに正論を叫んだって、貴族社会では物的証拠が正義なのだ。
「証拠は、ありません…」
「あなた、何を言っているかわかっていますの?」
「でも、リシュアさんはやっていないと証言します。その証拠品の方が信用なりません。これは侍女長達による陰謀!公平な裁判を求めます!」
(あー!!オワタ!!)
──と、絶望したそのときだった。
「ふふ。本当にお優しいですよね。セリナ先輩は」
澄んだ声が響く。
振り返ると、リシュアの表情が変わっていた。あざとさも、涙も消え、まっすぐ前を見据える目──
「……困ってる人を見捨てられない。だから、証拠もないのに庇ってくれたんでしょう?」
セリナは目を見開く。振り向けば、リシュアが微笑んでいた。いつものぽやぽやした表情ではない。澄んだ瞳には、静かで強い光が宿っている。
「大丈夫ですよ、セリナ先輩」
その瞬間、彼女の空気が変わった。すっと背筋を伸ばし、凛とした声を放つ。
「ミナ、例のものを」
「はい姫様」
すっと、一人の侍女が前に出た。
……ミナだ。あの夜に一緒に震えてた侍女仲間。
「……これらはすべて、リシュア様に罪を被せるために作られた“偽証”です」
ミナが差し出したのは、魔晶石の記録板と、封のされた報告書だった。
「こちら、香水の手紙を侍女長が仕込んでいたところを記録した映像です。そしてこの帳簿の改ざんと薬物記録も、彼女の指紋が付着していました。全て、王都の鑑定所に提出済みです」
「ば、馬鹿な……そんな、まさか……!」
お局筆頭の顔が一瞬で青ざめる
(え、どこで手に入れたの!?ミナってこの前一緒に震えてたじゃん!?いや、実はスパイだった?)
セリナは絶句した。だって普段ティーカップ割って「えへっ☆」って言ってるやつが急に、裁判逆転の切り札ぶち込んできたんだぞ!?しかも優雅に!
「こ、これは……捏造よ!あり得ないわ!」
「ええ、あり得ないですね。普段あれだけ公爵夫人を従順に支えている侍女長がまさか
『……あの女、本当に忌々しいわ。見てるだけで虫唾が走る』
なんて、仰るなんて本当に恐ろしいです」
あの夜の出来事が魔晶石の記録板によって、映像として再生される。
──すべてが覆された瞬間だった。
侍女長の顔がひきつった。
セリナはようやく呼吸を思い出し、ぐらつく足を何とか支えながら、リシュアの背中を見つめる。
いつもと違う彼女に戸惑った。そして、さっきミナが言っていた不穏な単語に気づく。
(さっきなんて言った?今さらだけど、)
「姫様?」
「私の本名は、エルセリア・リシュア・ローデル」
そう言いながら、彼女が取り出したペンダント。
王家にしか許されない家紋入りのペンデュラム。
「この国の第二王女です」
「なっ…!?」
(第二王女様!?たしか、幼少期から地方で療養されてるってきいてたけど…)
「そして、次期公爵様の婚約者でもあります。騙していて申し訳ありません」
つまり密会ではあったけれど、本物の婚約者なのであの手紙が嘘でも本当でも問題はない。
ことの経緯を見守っていた公爵様と公爵夫人が笑っている。もう種明かしをしちゃうの?と言わんばかりに。侍女長補佐は、何かを言おうとして、声にならず、唇を震わせる。
そして、リシュアの声が静かに、だが、その場の誰よりも力強く響いた。
「証拠捏造の罪、また主人たる公爵夫人を差し置いた越権行為より、侍女長補佐並びに侍女長──あなた方を拘束します」
その言葉とともに、どこからか隠れていた兵士たちが進み出る。
「離しなさいッ……!この私が、こんな――!」
バッと腕を振り払おうとしたが、屈強な衛兵にあっさり抑え込まれる。絹の袖が引き裂け、濃紺のドレスが乱れた。
「お、おやめなさい……!私は侯爵家の縁者ですわよ!?こんな扱い――!訴えてやりますわよッ!!」
「……どうぞ、お好きに」
衛兵は微塵も動じないことを悟ると別の獲物へと向ける。縋るように公爵へ向き直る。
「公爵様!私は、あくまで忠義を尽くしたまで。これは、リシュアによる陰謀だと……!」
「黙れ」
静かな口調なはずなのに五臓六腑が冷え混むような恐ろしい怒気を孕む公爵様の一言。侍女長の身体がピクリと硬直する。
「証拠はすべて揃っている。主の名を騙り、屋敷内で権力を振りかざした罪……その代償は、あなたが思うより重い」
「……っ、ふ、ふざけないで……私は、この屋敷を守ってきたのよ!?何十年も!!そんな小娘の証言だけで公爵家に長年貢献してきた私を――!」
「貢献ではなく支配の間違いでしょう」
侍女長が連行され、扉が静かに閉じられた。
そして、
リシュアが空気を変えるように、ふうっとわざとらしく息を吐いた。
「あ!そうですわ」
ぱちん、と両手を打ち、くるりと振り返る。
その表情は、いつものあざといヒロインのスマイル、いつものあざとい撫で声で言う。
「セリナさん。聞いてたと思いますが、私は結婚後公爵家の人間となり、将来の上司になります」
セリナは絶句した。
(え、何?今?このタイミングでプロポーズ報告?)
「つまり、次期公爵夫人…?」
「えへへ、はい。そうなんです」
恥ずかしそうに顔を赤ながらホワッと可愛いらしく笑うリシュアちゃんが可愛い。でも、内容が受け付けない。
「実は準備の一つとして、側仕えのミナと一緒に侍女に変装して新しい侍女さんを探していました。ついでに、公爵様達の許可をいただいて、屋敷の悪い空気もお掃除しちゃいました!ふふふ。きれいさっぱりです」
笑みの奥には、“あの老害ども、役目終わったから排除しました!”って輝きが隠しきれていない。隠す気もない。
「さっきの断罪劇で、色んな方の表情を見れましたし。大体の性格や敵味方は把握出来たつもりです」
(しれっと恐ろしいこといってない!?)
つまり、リシュアは最初から侍女全員をテストしたわけだ。赤点だった侍女長は蹴落とされた。他の人達はどうなっていることやら…
リシュアの視線が、まっすぐセリナに向けられる。
「セリナ・マーヴィン。これより、私の専属侍女になっていただけますか?お給料アップは保証しますよ?」
お得意のあざとい笑みを少しだけ残しつつ、茶目っ気たっぷりに彼女は言った。
私は──全力で固まる。
「え、いや、心の準備が……ていうか、キャラ違くないですか?」
リシュアはキョトンとした後に、くすりと笑う。
「だって、悪役のあざといドジっ子ヒロイン、やってみたかったんだもん♡」
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