第一色 キセキの誕生
「ありがとうございましたー……ふぅ…あと2分か」
自身のシフト終了時間が刻々と迫ってきている俺は、不自然に腕時計をチラチラ見続ける。
「剛くんお疲れ様。上がっちゃって大丈夫だよ〜」
(キタ…!!)
「あ、お、お疲れ様です…し、失礼しま〜す…」
店長にシフト終わりを告げられ、ニヤけた表情を見られないようそそくさと事務所に移動する。
「ようやくだ…ようやくあの発掘体験に行ける!」
俺は白石 剛24歳、ジュエリー販売員の職に就いている。趣味は幼い頃から続けている石集めで、今の俺のニヤけた顔が収まらない理由の全てである。
そんな俺は明日、溜まりに溜まった有給を消化して発掘体験に行くつもりなのだ。そこは海外にある洞窟で、今まで発見されてこなかった希少な石が多く眠っていると言われている場所であり、中々予約が取れなかったのだが……ついにログイン戦争を勝ち抜き、その権利を得たのであった!
「さてと…明日は朝が早いからな。とっとと帰ろう…」
退勤処理を終えた俺は、逸る気持ちを抑えつつ足早に店を出ようとした……その時…
「泥棒ーー!!」
裏の事務所まで響き渡る大声…それがどこで起きているかなんてすぐに予想ができて、俺は足早に店頭の方へ向かっていた。
「あ、剛くん!!」
「店長、泥棒は…」
「左の方へ走ってちゃって…一応警備員の方が追いかけて行ってくれたよ!」
「ほ、ほんとですか…」
だが石フェチの身からすれば、愛しきものを奪われているこの感覚…悲しみよりも怒りが湧き上がり、自らの手で捕らえたいと考えてしまう。
「俺も追うので見た目を教えてください」
「く、黒いフードを深く被った人だったよ!体格は女性でも男性でもありえそうだったと思う…」
「わかりました…」
深く被っていた人の時点で怪しいと思って欲しかったが、とにかく今は追いかけるしかない。そう思い、俺は店を出て走り出した。
「黒フード…警備員…いた!あそこか…」
現在時刻、夜の19時…帰宅する人、飲みに行く人、さまざまな人たちで混み合う時間帯。そんな人混みを上手く潜り抜け、警備員に追いつくことができた。
「警備員さん!」
「あ、店員さん…申し訳ないのですが、自分のことは放って先に行ってください」
「ど、どうかされたんですか?」
「…実は先ほど通行人の方とぶつかった際に少々右足を挫いてしまいまして……」
そう言われ警備員を見ると、確かに不自然に右足を引きずりながら走っているように感じた。
「なので私のことは気にせず先に行ってください。私も遅ればせながら追いかけますので!」
「わかりました…失礼します!」
俺は警備員を抜き去り、黒フードが逃げた方向を確認する。
「あっちは…まさか!!」
黒いフードを目掛けて更にスピードを上げていく。しかし俺の嫌な予想は的中し、奴は目の前に見える山に入っていった。
「立ち入り禁止……クソ…!」
俺が焦りを感じている理由…あの山は外も中も入り組みすぎていて、関係者以外立ち入りが禁止されている。窃盗犯からすればこれ以上身を隠すのにうってつけの場所は他に無いのだ。しかしここで俺が躊躇っている時間も無い…
「…あとでいくらでも注意されていいので……すいません!」
立ち入り禁止のテープを飛び越え引き続き黒フードを追う、のだが…さっきから奴の行動に違和感を感じる。
これだけ入り組んでいる山道を簡単に登っていくのもおかしいのだが…何より奴は時折俺の方を見ながら走っているのだ。それはまるで俺をこの山の奥に誘うように…っとそんな感じで黒フードを追っていると道中にあった洞窟に奴が入っていくのを見た。
「いやぁ……ここまで来て取り返さないなんて選択肢は無いしな……よしっ!」
罠だとはわかりつつも覚悟を決めた俺は、スマホのライトを付け、恐る恐る洞窟に足を踏み入れる。
今時洞窟に入ることなんて普通の人だったら、まずありえないだろう。だが石フェチの俺は定期的に石を発掘しに行っている身…中に不審者がいるという事実は怖いが、洞窟に入ること自体に恐怖の感情は無い。
「…はぁ…ほんと、大人しく出てきてくれたりしないかな……」
もちろん宝石を盗んだ時点で許すつもりは毛頭無いのだが、早くこの洞窟から出たいと俺の心の本音が激しく主張してきている。それにしても…
「…都心にあるのにこんな深くまで続く洞窟なんて存在したのか…もしかして俺の知らない石に出会えちゃったりするのか……なんてね」
「そのまさかだ…」
「え…」
謎の声が聞こえた瞬間、俺は勢いよく背後からドンと押された。
完全に洞窟の中に入るのは見ていた…ライトだって付けていた……一体どうやって背後に回ったのかわからなかった。
「悪いな、これは…俺にしかできないことなんだ…」
「なに言っ…!?」
…俺の見間違えなのか、さっきまでライトで照らしていた地面が無くなったように見える。
つまり俺は手を付けず倒れてしまう、というより……
「ちょ、ま!?ワアアァァァァァ………」
俺は情けない声を出しながら落下していった……
十秒、三十秒、一分…自由落下をしているのに中々地表に辿り着かないことに不安、緊張を感じる…
…暗い…何も見えない…わかるのは自分が落下していっている浮遊感だけ……終いには気を失い、自分がこの後どうなってしまうのか…それすらも考えることを辞めた………のだが…
「………い、痛すぎ…る……っ…」
どうやら俺はあの状態から生き延びてしまったらしい。ただ、落下した際の衝撃による全身への激痛、暗すぎてわからないが頭部を触った時に感じるこのベタつき…頭部からの出血も激しいのだろう……
そこから導き出される答えは一つ………
「海外の発掘体験……行きたかったなぁ…」
走馬灯……みたいなものは特に浮かんでは来ない。
あんまり人と話すのは得意じゃなかったけど、困ってる人がいたら自分にできる手助けはするようにしたし…友達は殆どできなかったけど、グループワークとかでは最低限の関係でやれることをしっかりやったはず。自分の中では良くも悪くも普通の人生を歩んできたつもりだ……ちょっと石が好きすぎるってだけで。
「うっ……もうだめだな… 寝る……ん?」
なんやかんやで思い出に耽けていると、だんだん意識が遠のいていく感じがしてきたので休もうとした瞬間…暗闇の先にほんのり何が光っているのが見えた。
「……もしかして」
…俺は馬鹿だ。生粋の石バカなんだ。あの光が石かどうかなんてわからないのに…こんな状態になっているのに…いつ死んだっておかしくないのに……石が好きで、好きで…堪らなく好きなんだ。
「……あぁ………綺麗だ…」
ーーー結局、最期に見たアレが石だったのかどうかは俺にも正直わかっていない。ただあの時触れた感触、輝きはきっと……
「…まれた!生まれたよ!ビュラ!!」
………あの時触れた感触、輝きはきっ……
「はぁ……はぁ……ほら、アクロ……あなたの弟よ…」
………さっきからなんなんだ。人が感傷に浸っているっていうのに生まれただの、弟だの。こっちは視界が暗すぎて何がどうなっているのかよくわからないのに…
「わぁ…なんて綺麗な髪なんだ。まるで…そう!ダイヤモンドだ!」
「!?」
つい石フェチの血が騒ぎ出し思わず目を見開いてしまった…のだが、俺は目の前に広がっている光景の方に驚きを隠せない……
「………え、あ…?」
俺の頭の中には絶えずクエスチョンマークが飛び交い続けている。なぜ俺は生きているのか…なぜ俺は知らない人たちの前で抱きかかえられているのか…なぜ俺は………
「見てください父さん母さん!この子の眼、髪と同じでダイヤモンドみたいに輝いています!」
「ルジャ、この子の名前…」
「あぁ……お前の名前はダイヤ!ダイヤモンド・ホワイシャルだ!」
赤ん坊に戻っているんだ…!?