4.誤解解消大作戦2
夕飯では領主ご夫妻も一緒にテーブルを囲み、全員大集合だ。ヨウエルは小さいので同席はしていない。
テーブルマナーはあるけれど、母から教わったし、学園でも習っているので不安はない。ということで、領主様の家のご飯を堪能させていただく。
蜂蜜はハニーマスタードチキンとなって食卓に現れた。ホットケーキじゃなかったか、そうか。
ヨウエルと蜂の邂逅は既に周知されているので、その時出逢った蜂の蜂蜜だと紹介された。今後は庭師の有志で養蜂をするらしい、ちゃんと安全にも配慮するとのことだ。
「ソレイユさん、ヨウエルとパメラを蜂から守ってくれてありがとう」
「いえ、とんでもないことでございます。お二人にお怪我がなくて、よかったです」
マルキアスからお礼を言われていると、彼の隣に座るパメラが実に不本意そうな顔をする。そんなに、わたし嫌われてるのか、誤解が解けたとしても仲良くできないかもなあ……。
パメラは乗り気でないものの、和気藹々と話が弾んだ。
そして、ヨウエルもまた魔力が高い子どもだという話になる。
「そうなんですか。魔力循環はしてますか?」
「魔力を扱うのは、十歳からだろう? 君やライゼスは八歳からはじめたようだが」
領主様に聞かれた。
「わたしの末の妹は、意思疎通ができるようになったら、すぐにはじめましたが、なにも問題はありませんでした」
循環させるだけだから、早い内からはじめて大丈夫なんだよね。
魔力が貯まらないから魔法は使えないけど。
「カティアちゃんは、何歳からはじめたんだい?」
ライゼスが話を振ってくれたので二歳からだと伝え、説明を追加する。
「カティアは末っ子のせいか、何もかもが早いんです。喋り出すのも早かったし、歩くのも、魔法を使うのもわたしより早かったですし。やっぱり、家族みんながかまうからでしょうか」
うふふふと笑って伝えるが、双子のディーゴとティリスが上にいたのが大きかったのかもしれない。双子で試したノウハウを、更に磨いてカティアで実践したからね。
「そうか、二歳からか。では、うちのヨウエルももう魔力循環をはじめてもいいのかもしれないな」
マルキアスが思案する顔になる。
「そうですね、もうお喋りもできますし、言ったことを理解しているので、はじめても問題はないかと思います」
自信を持ってマルキアスにそう伝えると、パメラがライゼスの方を向く。
「ライゼス様、本当に幼い子どもに魔力循環を教えてよいのですか? その後の成長に悪影響はないんですか?」
「どうして僕に聞くんです? ソレイユ式の魔力循環法なので、折角本人がいるのですから、本人に聞くといいですよ」
憮然としたライゼスがそう言うと、パメラは鼻白んだ顔をする。
えええ……そんなにわたしと会話したくないのかあ。流石にちょっと凹む。
「ソレイユさん、本当にそんなに早く教えてもよいものなの? 魔法は十歳からとなっているでしょう?」
口を開かないパメラの代わりに、領主夫人であるセリーヌが聞いてくれた。
「魔力を循環させるだけですから、早くても問題はありません。現にわたしの一つ下の弟、三つ下の双子、それに九歳下の末の妹全員が、十歳よりも前にはじめましたけれど、なにも問題は発生しておりません。それに、特許機関からは、魔力循環法を申請してから、問題の発生を報告されたことはありませんから、自信をもっておすすめできます」
特許は専門の機関で、特許での問題があればそちらに申告できるシステムになっていて、そこから特許を保持している人に連絡が来るようになっている。
わたしの場合、魔力循環法は利用に料金を取らずに広めているけれど、問題があればちゃんと連絡は来るのだ。
「あれ……もしかして……」
はた、と気づき、動揺する。
「どうしたの?」
ライゼスが心配そうにこちらを向く。
「あの魔力循環法って、何歳からはじめてもいいんだけれど、もしかして十歳からはじめてるのかしら。早くからはじめた方が、早くに覚えるし、魔法だって早く使えるようになるのに」
ライゼスと顔を見合わせる。
そこら辺のことを、記載した記憶がない。自分が十歳未満ではじめたから、年齢のことを気にしていなかった。
「でも、小さな子どもに言って、わかるのかしら?」
領主夫人セリーヌに聞かれて、頷く。
「はい、不思議なことに、子どもの方が早く理解してくれるのです」
両親にも教えたけれど、既に魔法が使えるせいなのか、中々感覚を掴めなかったんだよね。それに比べて末っ子カティアはあっという間だった、子どもの吸収力って凄い。
「じゃあ、あとでヨウエルに教えてくれないか」
マルキアスのご要望で、食後ヨウエルに教えることになった。
母親であるパメラも一緒で、ライゼスも付いてきて、三人で部屋に向かう。
侍女に案内されて、ヨウエルの部屋に通された。まだ三歳なのに一人部屋だ。羨ましいよりも先に寂しくないのかなと思うのは、庶民の感覚なのだろう、貴族はきっとこれが当たり前なんだろうな。
「かあさま」
もう寝る準備をしていたヨウエルが、嬉しそうにパメラに抱きつく。
「ヨウエル、お客様の前ですよ」
嗜めたパメラにくっついたまま、ヨウエルは不思議そうに彼女を見上げる。
今日何回も会ってるし、ライゼスとセットで居るから、なんとなく身内感覚になったのかもしれない。
「かまいませんよ。お母様と一緒にいたほうが、安心できるでしょうから」
パメラにそう伝えてから、ヨウエルの視線に会わせてしゃがむ。
「ヨウエル様、おやすみの前に、魔力を体に巡らせる練習をしてみましょうね」
「まりょく?」
まだ、魔力というものをわかっていない彼を、ベッドに寝かせる。
「ねんねするの?」
「ねんねの前に、ちょっとだけ魔力を体の中で動かしてみましょうね」
ベッドに横になったヨウエルの隣に腰掛け、力が抜けるように手を持ちあげてぷらぷらさせ、足を持ちあげてぷらぷらさせる。
「はい、上手に力が抜けました。では目を瞑って、まずは足の裏」
足の裏を意識させるように手で触れると、くすぐったくて笑い出す。
「ヨウエル、真面目になさいっ」
険しい表情でパメラが叱る。
「パメラ様、怒らずとも大丈夫ですよ。ヨウエル様は、ちゃんとできておりますから」
パメラに怒られて目を開けて怯えた表情になってしまったヨウエルを宥めて、もう一度最初からやり直す。
その間に、ライゼスがパメラを遠ざけてくれた、以心伝心だね。
「はい、上手にできました。足の裏から入ってきたのが、次はおへそに、次は胸に、次は喉に、次はおでこに、はい、頭のてっぺんにきましたね。今度はゆっくり下にさがりますよ」
言いながら、それぞれの部位に触れて、そこに意識を集中させるようにする。この時、ほんのちょっとだけ魔力を流してあげると、コツを掴むのが早くなるんだよね。
「あったかい」
気の抜けた声で、ヨウエルが呟く。
「ちゃんとわかるの、偉いね。ふふっ、天才かな? 足の裏までいったら、もう一回、足の裏から入ってくるよ、それからおへそ、胸、喉、おでこ、頭のてっぺん。そうそう、ゆっくり呼吸しようね、吸ってー、ゆっくりふーして、あったかいのを、また頭から下げていくよ」
三回繰り返すと、呼吸が寝息に変わっていた。
起こそうとするパメラにこのままで大丈夫というふうに手で示して、ヨウエルのお世話係の侍女にこのまま寝かせるように伝えて任せ、パメラとライゼスと一緒に部屋を出た。
「もうコツは掴んだと思いますが、継続して補助をしてあげるといいですね。やり方は覚えましたか?」
「え……ええ」
おずおずと頷くパメラに、微笑みを返す。
「寝る前の習慣にするといいですね。大人でも、不思議とぐっすり眠れるようになりますし、魔法を早く使えるようにもなりますから、魔力量の多い子にはお勧めです」
そう伝えると、「そう……」と呟き、何か心ここにあらずな感じだった。
ヨウエルも魔力が多いとのことだから、心配なのかもな。
ライゼスも子どもの頃に魔力が暴走したことがあったらしいし、制御できない魔力はおっかないよね。母としては心配になると思う。
「もう少し大きくなったら、毎日続けていれば、八歳くらいにはもう魔法を出せるようになると思うので、その頃になったら、魔力を通してみて、当たり障りのない魔法から使えるようにしてもいいと思いますよ」
「八歳……それは、早いのではないかしら」
心配そうな母の顔でパメラが尋ねてくるので、安心させるように微笑んで説明する。
「ヨウエル様は魔力量が多めということなので、魔法を発現させることは可能になりますよ」
「ソレイユも八歳でできたし、僕も九歳のときにソレイユから教わって魔法を発現できるようになったね。ソレイユに光の魔法を見せてもらったときは、本当に感動したなあ」
ライゼスの言葉に懐かしさを思い出して嬉しくなる。
「ふふっ、懐かしい」
ライゼスが右手のひらをこちらに向けて差し出すので、わたしもその手のひらに手のひらを合わせて蕾の形にすると、そこにライゼスが魔力を通して小さな光を作り出した。
それはあの日に作った、ほんの小さな光。
「あの頃からずっと、君は僕の光だよ」
うっとりと仄かな光を見ていると、ライゼスに囁くように言われてわたしの顔が熱くなる。
「そ、そういうことは、時と場合を考えて言ってください……っ」
「いつだって言いたいのを我慢してるのに?」
「ぐ……っ」
「あの、わたくし、ヨウエルの様子を見て参りますっ」
パメラが慌てたようにヨウエルの部屋に戻ってしまって、いたたまれない。
思わずじっとりと、ライゼスを見上げる。
「ライゼス」
「うん? ああ、やっと二人きりになれたね」
「そうじゃない」
思わず弟妹にするように、ツッコミと共に「テイッ」と手刀をライゼスのおでこに当てたのが誰にも見られなくてよかった!
敢えて手刀を受けるライゼス。
咄嗟に手を出してしまい慌てるソレイユが可愛くて、抱きしめるまでが流れです。