3.誤解解消大作戦1
まずは二人で会って、話をするというのが一番近道だと思うのだけど。
客の分際で勝手に屋敷を歩き回るなんてできないし、なんていう心配は必要なかった。
「今回は時間があるから、ゆっくり屋敷を案内できるね」
前回は一泊のみで、それも夕方に到着してから翌日も早くに寮へ向かったから、慌ただしくてあまり記憶がない。インパクトの強かった、味のないクッキーだけは覚えてるけどね。
旅装からライゼスが用意してくれた服に着替えて、ライゼスのエスコートでお屋敷を見て歩く。
うちとは比べものにならない大きさの図書室があったり、美術館の如く絵画などの美術品を展示している廊下、談話室や、植物がたくさん置かれている温室のような部屋、魔道具の保管庫。
「庭も自慢なんだよ。ソレイユと一緒に歩くのを楽しみにしてたんだ」
ライゼスに手を引かれて、サロンから中庭に出て、レンガで整えられた小道を歩く。
「綺麗に整えられていて、素敵ですね。それに風が涼しくて気持ちが良いです」
「そうだね、もう秋だし、ソレイユの好きな『食欲の秋』かな?」
「『運動の秋』だし『読書の秋』でもありますね」
前世の言葉を持ち出したわたしに、ライゼスは笑う。
「何をするにも良い季節ということか。確かに、涼しくなるから、運動するにもいいし、集中して読書もできるね。それに、こうして寄り添って歩くにも、丁度いい気温だ」
彼の肘に手を掛けて歩いているわたしを見下ろして少し照れたように言う彼に、わたしも照れてしまう。
視線に含まれる甘さが、心地よいやら悪いやら。
その時、通路の奥の方から子どもの悲鳴が聞こえ、慌てている女性の声も聞こえてきた。
反射的にライゼスに絡ませていた手を解いて、彼と一緒に走り出す。
通路の先の行き止まりに、柱と屋根だけの東屋があり、そこで数匹の蜂――といっても、こちらの世界の蜂は子どものこぶし大なので、中々恐ろしい――に襲われているヨウエルと、守るようにヨウエルに被さるパメラ、そして一生懸命蜂を追い払おうとしている侍女がいた。
「『重力の魔法』」
蜂を重力の魔法で地面に落とす。死なない程度に加減するのが難しいけれど、殺すのは忍びないので頑張る。
この蜂、凶悪なサイズ感だけど、基本的に温厚だし、蜂蜜を作ってくれるいい蜂なのだ。
「ヨウエル、義姉上、大丈夫ですか」
ライゼスが二人の元へ行くと、ヨウエルを抱きしめて守っていたパメラが安堵の表情になる。
奮闘していた侍女も、安心したのか気の抜けた顔をしていた。
わたしは蜂を重力の魔法で囲ったまま低温で動けなくしてから、ライゼスに確認して離れた場所にそっと置いてきた。
東屋に戻ると、蜂を放してきたわたしはパメラに睨み付けられた。
「なぜすぐに殺さないのですか。もし、また、ヨウエルを襲うことがあったらどうするのです!」
「あの蜂は、攻撃しなければ襲ってこない、温厚なミツバチですので、こちらから手を出さなければ、絶対に襲われることはありません。それに、あの蜂の蜜はとても美味しいので、仲良くしておくに越したことはありません。因みに、敵対的に殺してしまった場合、その群れの怒りを買い、群れで襲われる危険が高くなるので、わたしは殺したくありません」
説明すると、パメラはぐぬぅと押し黙る。
「それは、殺したくないね。ということで、義姉上、なにがあったのかお聞きしてもよろしいですか?」
ライゼスの言葉に、渋りながらもパメラが事の次第を教えてくれた。
はじめて蜂を見たヨウエルが蜂のお尻のもふもふ感に惹かれて触ろうとして、蜂が怒りだしたという経過だったらしい。
ヨウエルは自分が悪いことをしたという自覚があるのか、小さいのにしょんぼりしている。おっかない目にあったのに、もう泣き止んだのは偉いな。
「触りたくなるのは凄くわかる」
「ソレイユも触ろうとしたことあるね?」
ライゼスが笑顔で聞いて来たので、力強く頷いた。
「もちろん、ありますとも、その時に対処方法を父から聞いたのですから。今回は針を刺す前に対処ができたので、なにも問題ないですよ。死なない程度に冷やして、離れた場所に放置しておけば、なにがあったか忘れて巣に戻っていきますから。ヨウエル様、今度からはじめて見る生き物には、いきなり触らないでね? 危ない生き物もいるからね?」
最後にしゃがんでヨウエルに伝えると、唇をギュッと結んで何度も頷いた。
「ということで、無事、解決ですね」
笑顔でライゼスを振り返って見上げる。
「……まあ、解決だね」
「なにが解決ですかっ。貴族に近しい女ならば、自ら動くのではなく、側付きにやらせるものです。淑女がむやみに魔法を使うなどみっともない」
パメラに言われて、オブディティもそんなようなことを言っていたことを思い出した。
だからオブディティは、収納の能力とかを使う機会がなくて命拾いしたんだよね。
「みっともない? ソレイユの魔法が、みっともないだって?」
パメラの言葉を受けて、ライゼスがゆらりと体を彼女に向ける。
「三匹の蜂をそれぞれ魔法で押さえ込み、さらに個別に死に至らぬ程度の低温にして気絶させるなど、生半可なことではできぬ魔法の妙技ですよ。そのお陰で、蜜蜂も命を落とさず、こちらも無傷で済んだというのに、よくも恩知らずな言葉を」
ライゼスが低い声でパメラを詰るが、魔法に興味がない人にとっては、説明されたところで「へーそうなんだ」としか思えないよね。
学園で習う魔法も、必修じゃなくて選択科目っていうところからして、あまり重要視されていないことがわかる。
なんとなく日常生活で使う程度なら、習わなくても使えちゃうものだし。兄姉から勉強を教わっていたときに聞いたけれど、町の学校でも魔法はほとんど習わないとのことだったからねえ。
「ですが! ですが、ライゼス様の実績をお譲りする必要などないでしょう。庶民が嫁ぐとなれば、並の功績では足りませぬが、それにしたって、それをお膳立てして渡すなどっ」
「実績を譲る? 功績をお膳立て? 義姉上、一体なんのことを――」
パメラは怪訝な顔で尋ねるライゼスから逃げるように、ヨウエルの手を取った。
「ヨウエル、メリーナ行きますよっ」
慌ただしく去る三人を見送り、わたしはライゼスと顔を見合わせた。
「あれでしょうか、オブディティさんもお茶会で聞いてたっていう、噂話」
「更に尾ひれが付いていそうだね。だが、それを、我が家の人間が真に受けるというのは嘆かわしい」
苦々しく言うライゼスの目が光った気がする。どう贔屓目に見ても、怒ってる。
またライゼスから冷気が漏れてる気がするんだけど、もしかしてこれって無意識なのかな。夏場はいいけど、涼しい季節はちょっとね。
冷気が漏れてることを伝えればすぐに止めてくれたし、ちょっとクールダウンしたみたいだった。
その後、庭の散策をしながら蜜蜂の巣を探して庭師の人に伝えに行くと、庭師の人は喜んで蜂の巣の移動を請け負ってくれた。
「近々蜂蜜が食卓に上がるって、楽しみですね。ふふふ、ヨウエル様のお陰ですね」
ホットケーキに蜂蜜だったら嬉しいな。
「そうだね、そろそろ部屋に戻って少し休もうか」
ライゼスに促されて部屋に戻り、一息つく。
「僕は自分の荷物を片付けてくるから、ソレイユはゆっくり休んでて」
そう言い残してライゼスが部屋を出て行ったので、ありがたく休ませてもらうことにした。
ライゼスだって荷物を片付けるのは侍女がやってると思うんだけど、果たしてなにをしに行ったのかな? というツッコミは控えておく。
次話『幕間:ライゼス・ブラックウッドの報告』
短いので明日更新します(´▽`)ノシ