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2.拗(こじ)れ

 執事の機転で、部屋で一息つかせてもらっている。


 今回の荷物は鞄ひとつだし、荷物の整理はないんだけど……。


「ライゼス、わたしの見覚えのない服が増えてるようですが?」

 クローゼに掛けられた服を前に、後ろに立っているライゼスを振り返る。


「今回は一泊じゃないし、着る機会があると思ったんだけど。気に入らなかったら換えてもらうこともできるよ」


 換えることができるということは、一応は既製品か? 本当に、既製品なのか?

 疑惑を拭えないが、要らないと言ってももうあるわけだし。


「好きな系統の服ばかりです、ありがとうございます」

 丁寧にお礼を言うだけにしておく。


「どういたしまして、ソレイユが着てくれると嬉しいです」

 わたしに合わせて彼も丁寧に答えてくれる、笑顔が眩しい。


「た、たくさん着るようにします」

 クローゼットに視線を戻し、折角買ってくれた服だからボロボロになるまで着ようと心に決めた。


「本当はもっと用意したかったけど、ソレイユが困ると思って我慢したんだ」

 後ろに立った彼が、ふわりと肩から両腕を回して緩く抱きしめながら、服の説明をしてくれるから……頭に入ってこない。

 距離感、距離感がおかしくはないかい?


「ダンジョンに行くとき用の服もあるんだけど、見る?」

「見ますとも!」


 わたしがダンジョンに入る時に着ているのはちょっと厚手の長袖長ズボンで、ショートブーツは動きやすいもの使っている。


 そして彼が衣装箱から出したのは、彼と同じ系統のセットアップだった。濃い緑に赤の差し色が入っている動きやすそうな上下に、軽そうな革で作られた防具もあるし、同じ革で作られたっぽいブーツもある。


「カ……カッコイイ!」


「僕とお揃いにしたんだけど、イヤじゃない?」

「イヤなわけない! 最高に嬉しい! ありがとう、ライゼス!」


 思わず抱きついたそのとき。


「ライゼスにーに!」


 という声と共に部屋のドアが開き、長兄マルキアスの息子ヨウエルが入ってきて、後ろには母であるパメラが立っていた。


「ヨウエル! 勝手に入るんじゃないっ!」

 マルキアスが慌てているが、その横にいるパメラの視線の冷たさといったら……。


 慌ててライゼスから離れるものの、なにか色々タイミングが悪かったと察せられる。


 部屋には侍女がいるから、二人っきりってわけではなかったけれど、抱きついたのは拙かった。それを見られたのはもっと拙かった、きっとこれで更に拗れるな。


「すまない、ソレイユさん、ライゼス。ヨウエルはしっかり、しつけておくから」

「……躾が必要なのは、そちらの女性ではありませんか」

 冷え冷えとした声に指摘され、思わず縮こまってしまう。


 確かに他所様よそさまのお宅で、抱きつく等というのは、マナー違反も甚だしいと思います。


「勝手に入ってきて、素晴らしい言い草ですね、パメラ義姉さん」

 ライゼスが臨戦態勢に入っている。非常に怖い。


「ライゼス様、いくら幼い頃面倒を見ていた相手だからといって、何でも許していては、つけあがらせるだけですよ。庶民に、過分な贈り物は控えてください」

 ツンと顎を上げ目を眇めてパメラがライゼスに言い放つ。


「なぜ、あなたにそんな命令をされなきゃいけないのかな? ああ、彼女への贈り物は、僕がダンジョンで稼いだお金だから、ブラックウッド家とは関係ないものだよ、口を出して欲しくはないな」

「おい、二人とも――」

 マルキアスが口を挟む隙を作らず、パメラとライゼスの応酬が続く。


「ライゼス様が稼いだお金ですって? ダンジョンなどで危険を冒させてまで稼がせて買っていただいた服はお気に召しまして?」


 わたしに向けられた微笑みが怖いものの、こちらもミス・ルヴェデュのコンテスト三位の笑顔で対抗する。


「ええ、わたし以上にわたしのことを理解しているライゼスが贈ってくれたものですから、気に入らないなんてことはあり得ませんから」

 わたしが言い返すとは思っていなかったのかパメラは虚を衝かれた顔をし、反対にライゼスが上機嫌になる。


「やっぱり一番気に入ったのはこれなのかな?」

 ライゼスが示したのは、さっきまで見ていた装備一式だ。


「はい、ダンジョンに潜るときの装備を持っていなかったので、とても嬉しいです。それに、お揃いですし」

「おねえさんもダンジョンにいくの?」

 ヨウエルが好奇心に負けて聞いてきたので、しゃがんで視線を合わせて頷く。


「ええ。まだ深いところまでは潜れませんが、冒険者登録もしておりますよ」

「かっこいいねえ」

 えへへと笑ってくれるのがとても可愛い。


 だが、そんなほのぼのした雰囲気を、パメラの硬い声が破る。


「かっこよくなどありません。淑女たるもの、そのようなことにうつつを抜かすものではないのです。家に入り、家を守る、それが妻としての務めです」

 ぽかんとパメラを見上げたヨウエルが、戸惑うようにわたしに視線を戻したので、真面目な顔で力強く頷く。


「パメラ様の言う通りです。お家を守るのも、大事な仕事ですからね」

 目を見て言い聞かせると、ヨウエルも真面目な顔になる。

「うんっ」

 勢いで頷いてくれた、可愛いなあ。どことなく、ライゼスの風味もあるのがいいね。


 頭を撫でてもいいものだろうか? いや、髪の毛も整えられているし、やめておこう。


「それで、謝罪ではないみたいだけれど、なにをしに来たの?」

 マルキアスに冷たい視線を向けて聞くライゼスだが、そんなあからさまに邪魔にしなくてもいいだろうにと思う。


「謝罪などいたしません。ヨウエル、行きますよ」

 まだお話ししたそうだったヨウエルを連れて、肩を怒らせたパメラが部屋を出て行く。


 一人残ったマルキアスが事情を説明してくれたところによると、どうやらどこかでわたしの噂話を聞いてきたようだ。


 そういえばオブディティも最初、わたしの噂を真に受けて、わたしを邪険にしていたっけ。

 オブディティとは一緒に生活していたらすぐに誤解は解けたけれど、パメラはどうだろう?


 ソファに座り、お茶を飲みながら如何ともしがたい話に雰囲気が重くなる。


「詳しい内容まではわからないが、聞いて楽しい噂ではないようだ」

 だとすれば詳しい内容を聞いていたとしても、わたしの前では言わないだろう。


「義姉上は、入手した情報を精査することもできないのですか」

 次期領主の嫁がそんなことでいいのか? ということだと思うけど、三男が次期領主の長男にそんなこと言っていいのだろうか。


 さすがにムッとするかと思ったけれど、マルキアスは大人の余裕なのか苦笑をするだけで反論はなかった。

 ライゼスもそれに気付いたのか、深く追求はせずに落ち着くようにティーカップを傾ける。


 お茶菓子としてクッキーも出してくれてあるので、ありがたく手を伸ばす。

 甘い物は心のささくれに効くよね。うん、ちゃんと甘い。以前食べた味のない不思議なクッキーも、たまに食べたくなるんだけれどね。


「さて、それじゃあ、どうやってパメラ様を攻略しましょうか」

 黙っていても解決しないので、わたしが口を開く。


「誤解を解くのが早いとは思うけどね。なにを、どんなふうに誤解しているのかがわからないと、ちょっと対策を考えるのが難しいね」

 ライゼスの言葉に、確かに、と納得する。


「わたしが直接聞くのが早いと思いますが」

「ソレイユがかい? うーん。まあ、直接危害を加えられることはないと思うけれど、酷いことを耳にしなきゃいけないかもしれないよ」

あらかじめ心積もりしてたら平気ですよ」


 ニッコリと笑顔を向ければ、ライゼスは「君が傷つくのはイヤなんだけどな」と渋りながらも承知してくれた。


「ということで、マルキアス様。パメラ様の、今日明日の予定を教えていただけますか」

 渋るマルキアスからパメラが今日明日は外出の予定などはないことを聞き出した。


「ソレイユさん、ウチのパメラが迷惑をかけて申し訳ない」

「迷惑だなんて思っておりません。マルキアス様は、あまりパメラ様を責めずに過ごしてくださいね。パメラ様が頑なになってしまうと、聞けるものも聞けなくなってしまいますから」

 笑顔で念を押してから、部屋を出て行くマルキアスを見送る。


「それで、ソレイユ。どんな考えがあって、パメラ義姉さんの誤解を解こうなんて言い出したんだい?」

 一緒に戸口でマルキアスを見送っていたライゼスが、笑顔で聞いて来た。


「だって、お兄さんたちは、全然わたしのことを悪者扱いしないし。パメラ様の反応こそ、わたしが想定していたものなのよ」

 正直に言って、お兄さんたちの反応では物足りなかったのだ。


「ああ……可愛い盛りの僕を独り占めしていたから、っていうあれかい?」

「そうそれです。怒られる気満々だったのに、全然そんなことないから、肩透かしを食らったところに、予想していた反応をくれるパメラ様なので、ここはもうパメラ様と和解できれば、わたしの完全勝利かなと思うのです」

「完全勝利というのが、よくわからないけれど。それでソレイユが納得できるなら、応援するよ。僕はなにをするといい?」

 ライゼスは本当に、よくできた彼氏だと思います。


 パメラの誤解を解消するミッションが、ここにスタートしたのだった。

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誤字脱字報告、大変、大変っ助かっております! ありがとうございます!! ゜・*.✿*書籍化決定しました!*✿.*・゜ 読んでくださる皆さまのおかげです! ありがとうございます。°(°´ω`°)°。ウレシ泣キ
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