28.豊穣祭終了
三日間開催された豊穣祭が終了し、ダイン家では打ち上げが開催されている。
最終日である今日は、末っ子も母と一緒に祭を見て回り、三女の彼氏も店に来てくれた。
いい勢いで売れてゆく商品に目を回しそうになりながらも、しっかり全部売り切った。主に長女が。ずっと笑顔でお客対応していたのには感心した、わたしにはできない芸当だ。
徹夜してかなりの量のバターとチーズを作ったから、完売するとは思わなかったんだよね。
長女の本気は凄い。
そんなわけで、打ち上げ用に二男にチーズをミルク缶ひとつ分作ってもらい、三女と共にピザ生地を作る。
いつぞや長男がどこぞで見てきたピザ釜を庭に作ってあったので、本日はピザパーティだ!
ちゃんとトマトをはじめとした野菜も確保してあるし、トッピング用に母がベーコンを作ってくれていた。
みんなで独自のトッピングのピザを作り、食べ比べをする。ピザへのシリリシリリ草の使用は禁止された、あれを入れちゃうと甲乙が付かなくなるからね。
他にも三男が裏の林で育てていた季節の果物を絞って水で割り果実水にして、涼しげな硝子のジャグに入れていつでも飲めるように置いてある、蛇口は子どもの頃に長兄と父が作ってくれたアレだ。
日本人だった頃のわたしなら洗うのが面倒だからと絶対に手をださないであろう商品だが、この世界では魔法でちょちょいのちょいだ。素晴らしすぎる。
「ユキマルちゃん、カティアの作ったピザ食べる?」
「ムウ!」
カティアからピザを分けてもらい、ご機嫌で食べているユキマル。
雑食で本当によかった。ステータスで確認したら食べて悪い食材もないので、飼いやすい生き物だ。
トマトソースの掛かったピザで、口の周りを赤く染めて……魔物らしく、血の滴る生肉を食べた様相になってしまったので、急いで綺麗にする魔法を掛けて白く戻しておく。万が一他の人に見咎められたら、驚かせてしまうかもしれないからね。
「――ってことで、俺はもうひと頑張りして、パーティの費用を稼いでくるよ」
ダイン家の敷地内に新居を構えることを了承してくれたアレクシスは、蓄えはあるけどと言い置いてから、結婚のパーティまでに時間があるからそれまで荒稼ぎしてくると宣言した。
「荒稼ぎって、今度はどこに行く予定なの?」
「隣の領にある、ちょっと難易度の高いダンジョンにしようと思ってる。何度か潜ったこともあるし、無理はしないから、大丈夫だよ」
心配そうな顔の長女に、アレクシスが説明している。
それでも、危険な仕事には変わりない。本職の冒険者は、わたしやライゼスがちょろっと潜るのとは訳が違うのだ。
危険を承知で結婚した長女でも、心配しないわけじゃない。
「ムウッ」
新婚夫婦の様子を見ていたわたしの膝に、ユキマルが咥えていた何かを落として、訴えるようにわたしを見上げる。
「これって……ユキマルのヒゲ?」
「ムウ!」
肯定されたので間違いはなさそうだ。
あちらの世界だと、猫の愛好家にとって、猫のヒゲはお守りだったけど……。
ユキマルのステータスを確認し、ユキマルのヒゲもお守りになることが発覚した。
ステータスは知りたいことが出てくる仕様だけど、知りたいと意識しないと出てこないのはあれだねえ。そもそも、最大長くても三行くらいしか表示されないけど、もっと表示数は増えないのだろうか。
ともあれ、ヒゲがお守りになるのなら、ユキマルの意思を酌んでこれをアレクシスに渡しておこう。
「レベッカ姉さん、ユキマルがコレをアレクシス兄さんにあげて、だって」
「ユキマルの……ヒゲ?」
「アレクシス兄さんか! 新鮮な響きだね」
受け取ったヒゲをまじまじと見て怪訝な顔をする長女と、わたしからの兄呼びに喜ぶアレクシス。
「ええと、ライゼスが言ってたんだけど、ユキマルのヒゲって幸運のお守りなんだって。だから、アレクシス兄さんに持っててもらうといいと思って」
後でライゼスに名前を借りたことを報告しておかなきゃ。
「ライゼス君が教えてくれたんだ? それなら折角だし、お守りにしたほうがいいわね」
「でもこんな小さなヒゲ、すぐに失くしちゃいそうだ」
アレクシスの心許ない言葉に、長女は上着の中に縫い付けることに決めたようだ。
「絶対に落ちないように、ギッチギチに縫っておくから、問題無いわ」
「心強いね。奥さんがお守りを縫ってくれたら、威力が何十倍にもなりそうだ」
デレデレしたアレクシスに長女も満更でもない様子だ。
うむ……新しくピザを焼いてこよう、そうしよう。
皿を持ってピザ釜の方へ移動すると、ユキマルも付いてきた。
「ソレイユ、新しいピザが焼けたぞ。ユキマルも食うか?」
「ム……ムゥ……ムウ」
差しだそうとする二男に、ユキマルは逃げるようにわたしの後ろに下がる。
「お腹いっぱいだって。さっきカティアからもらって食べてたから、もういいみたいだよ」
「この体格だから、あんまり食べられないんだろうな」
皿をテーブルに置いてしゃがんだ二男が手を伸ばせば、ユキマルはホイホイ近づいていき頭を撫でてと擦り付けている。
少し前まで野生の魔物だったくせに、この人懐っこさは大丈夫なんだろうか。
「おいユキマル。知らない人にまで、懐くなよ? お前みたいに珍しい生き物なんて、いくらでも攫われるんだからな? わかってんのか?」
二男も心配になったようで、ユキマルをわしゃわしゃ撫でながら、言っているのだが……その手元が凄いことになっている。
「抜け毛が凄いね」
「牛もそうだけど、そろそろ換毛期なんじゃねえか? ふわっふわの毛だな」
二男は撫でて抜けた毛を丸めている。白い毛玉ボールのできあがりだ。
「そのまま捨てるの勿体な――ん? もしかして」
ステータスを見てみれば、案の定、毛もお守りになるとのことだった。
「捨てるの禁止っ、その毛は魔法で綺麗にしてから集めて再利用っ!」
「は? 再利用?」
「お守りになる!」
「おまもり? コレが?」
怪訝な顔で、毛玉ボールを見せてくる二男に、強く頷いて同意する。
「お守りになるのです。ぬいぐるみの中綿の代わりに使うとか、糸に紡いで編むとか、冬の上着の中綿に混ぜるとか、とにかくそのまま捨てるのは勿体ないの」
「お、おう。そんなに言うなら、取っておくけどよ。使ってもいいのか?」
わたしの勢いに呑まれるように二男が了承した。
「ムウ!」
二男の問いにユキマルも了承するように鳴く。
「使っていいってさ」
「今のは俺でも理解できた。本当にユキマルは頭がいいな」
確かにね! でも、まだわたしの方が上だよ! ステータスが見えるからねっ!
「あ、そうだ、ニードルで刺して、フェルト人形が作れるかも?」
日本で見ていた動画を思い出して、身振り手振りで作り方を伝える。
「針で刺して形をつくる? 毛を染めるのはまあ、どうにかできるだろうが……」
思案している二男に、肩を落とす。
「手が器用なバンディでも、流石に無理か……。フェルト人形ができたら可愛いと思ったんだけど」
「ああ? 誰ができねえって言ったよ、バカソレイユ」
「バカって言う方がバカなんだよ?」
にらみ合うわたしたちの上に、長男のゲンコツが落ちた。
無言で悶絶するわたしたちに、これ見よがしに溜め息を吐いてくる。
「お前ら、もういい年なんだから、その罵り合いはやめろ」
「これはあれだよ」
「そうそう、合い言葉みたいなものだからさ」
「いいから、もう止めろ、な?」
言い訳するわたしたちに対する長男の二度目の念押しに、二男と共に不承不承従うしかなかった。
* * *
それにしてもライゼスはどのくらい掛かるのだろうか?
早くても明日の夕方にはなるよね……。
ピオネル・エンネスのせいで、ライゼスと祭を楽しんだのはダンスのときだけ。本当は一緒に屋台を見て回ったり、買い食いもしたかったのに。
やさぐれた気分で、打ち上げを抜けて一人で家の前にある丘に足を向ける。
子どものころに、ライゼスに魔法を教えたあの丘だ。
夕日を見ながら、立ったまま魔力を循環させる。
『鼻からゆっくりと息を吸います。その時に、足の裏から力が入ってきて、おへその下、胸の真ん中、喉、眉毛の間、頭のてっぺんに流れていくのを感じるの。それで、てっぺんまできたら、今度は息をゆっくり口から吐きながら、頭のてっぺんから足に向かって力を流していくの』
幼い日の自分が、木陰でライゼスに教えてたんだよね。
懐かしいなあ、なんて回想していたら、遠くに光の点滅が見え、それが街道に沿ってどんどん近づいてくる。
「見覚えのある光だ……」
試しに、わたしもちょっと光を放ってみれば、呼応するように向こうも光った。
人を乗せた馬が、一気に近づいてくる。
こちらの馬は一本角が生えているのがデフォルトなので、ずっと違和感を感じていたけれど、日本人だった頃の感性が抜けてなかったんだよねきっと。
スピードが乗ったまま、鞍からライゼスがひらりと飛び降り、そのままわたしを抱きしめた。
重力の魔法を、もうすっかり使いこなしてるよね。
馬は頭がいいので、ライゼスを下ろした後は速度を落として、その辺の草を食べている。
「ただいま、ソレイユ」
「お帰り、ライゼス。お疲れさま」
抱きしめ返して労う。
「うん、疲れた。ソレイユの顔を見たくて、頑張ったよ」
褒めて、という副音声が聞こえた気がして、手を伸ばして彼の頭を撫でる。
「偉いね」
「うん、早くソレイユに会いたかった」
チュッとおでこにキスを落とされる。
「ムウムウ!」
「あれ? ユキマル」
さっきまでいなかったのに、急に足下に現れたユキマルに驚く。
「ユキマルちゃーん、勝手に出ちゃだめよー」
カティアが家の方から走ってくる。
「ヒーリングライトに惹かれて来たのか。お前、少し重くなったな」
ユキマルを拾い上げたライゼスが、少し嬉しそうに言う。ダンジョンで出逢ったころのユキマルは、毛があるからある程度大きく見えたけれど、持ったら軽かったもんねえ。
「ライゼスお兄ちゃんだ! おかえりなさい!」
「ただいま」
「ピザあるよ! カティアの自信作だから、食べてねっ!」
片手にユキマルを抱き、片手を末っ子に引かれて家に向かうライゼスに並ぶ。
胸の奥から『嬉しい』があふれて、顔が緩みっぱなしになっちゃうな。
明日にはコノツエン学園に向かって出発する予定だけど、名残惜しいなあ。
「あ、そうだ、ソレイユ。一度兄たちに会いたいって言ってたよね? いま、丁度、領都に二人とも戻ってるんだ」
思い出したように言ったライゼスの言葉で、学園に戻る前に重大なミッションが発生してしまった。
可愛い幼い頃のライゼスを独り占めしたわたしは、果たしてライゼスの兄二人に許されるのだろうか……。
取りあえず今は、この幸せを満喫しておこう。
これにて『第三章 秋の長期休暇編』が終了となります。
お付き合いいただき、ありがとうございました!
誤字脱字報告も本当に感謝しております! ありがとうございます!
第四章はこれから鋭意制作致しますので、お待ちいただけると嬉しいです。
よろしくお願いいたします。