27.三日目②
「わたし、ライゼスと付き合うことになりました!」
わたしの報告に、その場にいた全員の不思議そうな視線が集中した。
あ、あれ?
「……付き合ってなかったのか」
二男の言葉に、長兄が同意する。
「とっくに付き合ってるもんだと思ってたが。そうか、まだ付き合ってもいなかったのか」
「外堀はきっちり埋まっていたのに、本人はまだだったのね」
長女が小首を傾げて、微苦笑する。
え、え、ええええ……。外堀は埋まってるのか。
「それで、ライゼス様はどうしたのかな?」
「ライゼス様は、領主様からの依頼で、マルベロースの町に向かっています。用が終われば、すぐに戻ると仰っていました」
答えたアレクシスに、父は納得するように頷く。
「なるほど、領主代理としての仕事かな。エンネス男爵子息も護送しているのだろうね」
父の言葉で、ライゼスが後始末をしてくれているのだと思い至った。
なんだか面倒なことをやってもらって、申し訳ない気がする。
「彼が処理してくれるなら、安心だ」
父が満足そうにそう言う。
ライゼスは父からの評価が高いなあ。いや、父だけじゃなく、ウチの家族はみんなライゼスの評価が高いんだよね。
なんでなんだろうな?
さて、そんなすったもんだはあったけれど、豊穣祭の最終日がはじまる。
大量に作った商品を、長兄たちがバッチリ修理した出店の屋台と共に運ぶ。
「……っていうか、牽引式の屋台に改造されてる」
「どうせなら、定期的に町で店を出せばいいんじゃないかってことになってな。流石に町に店舗を借りるのは難しいから、市場があるときに引っ張って来れるようにしたんだ」
引くときはコンパクトなのに、設置するときは棚を伸ばしたり折り畳まれている支柱を立てたり、屋根ができて末子のカティアと二男が作ったダイン家の看板がつり下がる。
メニュー表を分かりやすく掲示して、カウンターの下には商品をストックする大きな冷蔵箱があり、一角には種銭を入れる金庫が作り付けられ、防犯対策で全体的に壊れにくくする魔法が掛けられている。
そして何より目を引くのは、カウンタ-に保冷効果のある透明ケースが付いているのだ。中には見本となる商品がディスプレイできるようになっている。
わたしが一日目に何気なく言ったことを、長兄が覚えていて実際に作ってくれたらしい。最高!
屋台の外観はポップな色合いで、こちらは末っ子の希望らしい。
ビタミンカラーいいよね!
屋台の設置が終わると、わたしと二男で夜なべして作ったチーズとバター、そして二日目の日中に三女のティリスと母が作ったクッキーを見本として透明ケースに並べる。
長女が美味しそうに見えるように切ったり、隣の屋台から葉物野菜やトマトを買って食品サンプルよろしく皿に盛り付けたりした。
本日の売り子は長女とわたしと三女です、護衛としてアレクシスが後ろに控えているけれど、彼もどうやら徹夜だったようなので、座って休んでもらっている。流石に、ヒーリングライトしちゃうわけにもいかないし、冒険者に徹夜はつきものらしいので、頑張ってもらおう。
そして緊張の三日目の販売状況は……そりゃあもう、大盛況ですよ。徹夜で商品を作った甲斐があるってもんです。
一日目に長女とアレクシスがめぼしい食堂に販促してくれたお陰で、そちらからの大口購入と継続的な商品の納入についても話を付けていた。さすが長女だ。
昨日のミス・ルヴェデュのコンテストで宣伝したのもよかったんだと思いたい。
「バンディがソレイユ方式で作れるようになったなら、もう少し販路を拡大してもいいかもしれないわね」
お客が切れた合間に、長女が思案するように言う。
「でもそうしたら、折角カシュー兄さんが作った、この屋台の出番がなくなっちゃうんじゃない?」
「週に一回、ティリスの作るお菓子をこの屋台で販売するのもいいんじゃないかしら」
長女の言葉に三女が目を輝かせた。確かに三女は売り子姿が似合っている。
移動販売なら、曜日毎に出店というのもありだね。
焼き菓子屋台もいいけど、夏場はあれだな……。
「チーズとバター以外の商品を作って売るのもいいよね。夏なら、アイスとか。ティリスにアイスを入れるコーンを作ってもらったら、食べやすくて、いいんじゃないかな」
色んなフレーバーがあれば最高だよね。果物農家と共同開発とかしてくれないかなあ。
「ソレイユ姉さん、コーンってなに?」
薄く焼いたクッキーのような生地を熱いうちに円錐の形にして冷まし、そこにアイスを入れて売るイメージを伝える。
「領都ではそういうお菓子もあるのね。面白そうだわ、是非我が家でも取り入れたいわね」
長女も乗り気だ。
領都じゃなくて前世の記憶だけど、取り入れてくれるなら万々歳だ。
「レベッカ姉さんが加工食品部門の社長になる未来が見えるね。わたしは新商品の企画担当で、ティリスは製造と開発担当で、カティアはパッケージ担当ってところかな。夢が膨らむよねっ」
わたしの言葉に、長女が微笑んでくれる。
「そうね、ソレイユには領都なんかで流行ってる商品について、手紙で教えて欲しいわね」
「うんっ! 折角領都に居るんだから、色々な地域のお菓子とかもあるよね? そういうの、たくさん教えて欲しいな」
長女だけでなく、三女からもお願いされてしまった。
「わ、わかった。ちゃんと手紙に書くねっ」
姉妹の期待に応えられるように、頑張らないと……。
その後、またお客がたくさん来てくれて、雑談なんてしている暇はなくなってしまった。
そして昼食の買い出しに、比較的元気なわたしが指名され、荷物持ちとしてアレクシスが付き合ってくれることになった。
ここは長女とアレクシスで行くべきじゃないのかと提案したんだけど、アレクシスがライゼスからちょっとした頼まれごとがあるからと、押し切ってきた。
目星を付けていたご飯系の屋台を回り、昼の鐘が鳴るころに自警団の詰め所近くに来ていた。
「そろそろかな。ちょっとここで待っていてくれ」
なにかあるのだろうかと待つこと少々。
自警団の詰め所から、肩を落とし、疲れ果てた様子のナタリア・クロスが出てきた。
そういえば、ナタリアの転売店は既に撤去されていて、空き地はテーブルと椅子が設置されて休憩所になっていた。こういうお祭りで、休めるところがあるっていうのはいいよね。
ナタリアが顔を上げたとき、丁度正面にいたわたしと目が合った。
「ひぃっ! あぁぁぁぁぁっ」
彼女はわたしを目にした途端、恐怖の形相となり泡を吹いて倒れてしまった。
結構な距離があるのに、悲鳴がここまで聞こえたし、引き攣る顔も見えてしまった。
「えっ? え?」
自警団の人が、ナタリアを詰め所に引きずっていくのを見ながら大いに戸惑う。
「わたしを見て、ああなった、ってこと?」
「そういうこと。あの様子だと、もう二度と、ソレイユちゃんには近づかないだろうね。よかったよかった」
アレクシスが満足そうにしている。
「もしかして、ライゼスの頼まれごとってあれ?」
「さて、レベッカとティリスちゃんも待ってるから、早く戻らないとね」
明確な答えをはぐらかしたアレクシスの態度で、アレがライゼスの頼みだったことがわかる。
ナタリアのやったことは転売くらいで、転売自体は取り締まる体制ができていない。売店の破壊は誰がやったのかわからないし、馬車の中での様子ではピオネル・エンネスの手下という感じもしなかった。だから、彼女を罪に問うことはできないと思うんだよね。
一体なにがあったんだろう……。
「どうせもう二度と会うことはないだろうから、忘れてしまいな」
荷物持ちをしてくれているアレクシスに明るく言われて、頷いた。
豊穣祭の三日目は終了時間を待たずに、あれだけ作った商品が完売して幕を閉じた。
何軒ものお食事処から定期販売の契約を取り付けることもできたし、二男が魔法で乳製品を作れるようになったし、ダイン家の加工食品部門の採算についても目処がついた。
これで余剰分の生乳も廃棄せずに済むことになる、万々歳だ!
ナタリアの件については、ライゼスが絡んでいるなら、わたしにできることはなにもないと思うので、アレクシスも言ったように忘れてしまったほうがいいんだろうな。
虎&馬




