26.三日目①
ただいま早朝、朝焼けを見ながらチーズを制作しています。
なんだか、太陽が黄色く見える気がする……。
おかしいな、夜中ヒーリングライトの灯りで作業をしていたから、疲れなんて取れてるはずなのに。
「徹夜……キライ」
「とかいいつつ、魔法の精度を落とさねえよな」
「それはそれ、これはこれ。失敗したら材料が無駄になる上に、新しく作るのに、わたしの時間が減るからね。それにもう、大して集中しなくても維持出来るようになってきたし」
ヒーリングライトの効能については内緒なので適当に誤魔化して、次のミルク缶に手を付ける。
ホント、なんでこんなにミルクのストックがあるんだろうか……と思ったら、今回は他の農家の協力で、うちの分のミルクの出荷をフォローしてもらったらしい。代わりにチーズを渡すそうで、その分もわたしのノルマに加算されている。
両親と他の兄妹が就寝してるなか、二男のバンディだけが夜通しチーズとバターの制作に付き合ってくれている。
寝てていいよ、って言ったのに。どうやら、昨日わたしがピオネル・エンネスに捕まったのを気に病んでいるようなんだよね、本人は絶対そんなことは言わないけど。
わたしがいるうちに重力の魔法をマスターするという口実で付き合ってくれているのだ、可愛い弟だよ。だから、わたしも目一杯愛情込めてスパルタで重力の魔法を仕込むことにした。
ヒーリングライトを大盤振る舞いで、ひたすら重力の魔法を使わせ続ける。習得なんてのは、数をやってなんぼなので、ひたすら繰り返すのみなのだ。
そういえば、オブディティは一回で木片を浮かせ……天井に突き刺す勢いで飛ばしてたよね。
やっぱり理解してるのと、感覚だけで覚えなきゃならないのは違うのかも。
二男はまずそこで、一時間くらい掛かっていた。
その後、安定して浮かせる練習をしたんだけど、かなり難しかったみたいだ。眉間に縦線入る程集中しなくても出来ると思うんだけどな。
取りあえず、チーズとバターを魔法で作る時に必須なので、頑張ってもらわねばならない。二男ができるようになれば、わたしが学園に行っている間も生産できるし二男が他の兄妹に教えれば、加工品の生産力が強化される。
だから、わたしが学園に帰るまでに絶対にマスターさせたかったのだ。
「バンディ、できたから受け取ってー」
「おう」
一切手を使わずに完成したチーズを二男に放り投げると、二男は軽々と反重力の魔法で受け取った。
すっかり危なっかしさはなくなり、しっかりと安定して受け取り、ホエイを満たしたミルク缶に同じ重さになるように分割して入れる。
ヒーリングライトと魔法の練習って、本当に相性がいいよね。
二男が夜中に一度、魔力切れをしないことや疲れがないことに気づき、なにか聞きたそうにわたしを見たけれど。少しの沈黙の後「まあ、ソレイユだしな……」と呟いて、なにも聞かれずに終わった。
「よーし、あと二缶だ。一遍にできそうな気がする!」
同じ工程を同時にすればいいんだから、できないわけないよねっ。
身体強化を使って、ミルク缶を二つ近くに持ってこようとしたわたしから、二男が一缶を奪取した。
「止めとけ。本当に、止めとけ」
「じゃあ、バンディが一つやる?」
まだ怖いと言って、一缶を使うのを躊躇っていた二男に聞いてみると、顔を引き攣らせた。
「俺がやらない場合は――」
「わたしが、二つ一遍にやるよ?」
折角なのでチャレンジしたい。今日はもうミルクがないけど、二個ができたら、三個同時もやりたい。
「じゃあ、俺がやる」
決意した二男に笑う。
「いいよー」
一緒にはじめて、しっかりと作り方を教える。
「……思ったよりも、簡単だった」
「そりゃ、あれだけちゃんと魔法を使えていれば、難しくないよー。放り投げたチーズを、魔法で受け取るとか、わたしでもまだやったことないし」
「は!?」
驚いている二男が浮かせているチーズを受け取り、分割してホエイの入ったミルク缶に入れて、蓋を閉めた。
「ノルマ完了ー、お疲れー」
「なんか、あんまり疲れてないけどな……」
やっぱり、気付かれてるのかな? いや、まだ指摘はされてないから、セーフなハズだ。
若干の不安に駆られたとき、コンコンコンと控えめにドアをノックされて、二男がドアを開ける。
「おはよう、アレクシスさん、お帰り」
「ああ、おはよう……。ってまだ、夜が明けたばかりだぞ?」
眠そうな顔をして入ってきたアレクシスに、食卓の椅子を勧める。
「今日販売する分のチーズとバターを追加で作ってたら、夜が明けたんだよね」
「徹夜してたのか。ライゼス様が、悔しがるだろうなあ」
アレクシスにお茶代わりにミルクを出しながら、二男も椅子に座る。
「アイツらを自警団に引き渡したにしては遅かったけど、なにか問題でもあったんですか」
二男……アレクシスには微妙に敬語なんだね。高レベルの冒険者とか、やっぱり憧れたりしてるんだろうか。
「んー、あー、まあね、人手が足りないみたいだったから、ライゼス様と一緒に手伝ってたんだ。ああそうだ、ソレイユちゃん、ライゼス様から伝言なんだけど、マルベロースの町で領主様から用事を頼まれてるから、ついでにピオネル・エンネスを護送して用を足してくるってさ。すぐに戻ってくるから、待っててだって」
それは丁度よかった!
「そっか! それじゃあ、全力で売り子頑張ろう。目指せ、一日目の売上更新だ!」
商品は十分に用意したから、夢じゃないぞ!
「……ソレイユ、もう少し残念がってもいいんじゃねえの?」
二男に呆れた視線を向けられる。
ライゼスと祭を回れないのは確かに残念だけどさ。
「自分じゃどうにもできないことでくよくよするのは、時間の無駄だよ?」
「くっ! 正論だけど、なんか、ムカつく」
奥歯をギリギリ言わせる二男を、アレクシスが笑って見ている。
「あ、そうだ、アレクシスさんじゃなくて、アレクシス義兄さんって呼んでいいんだよね?」
「お? おお、そうだな。もちろん、いいよ」
「お披露目のパーティはどうするの? 繰り上げちゃったから、急いで準備する?」
「いや、レベッカに確認してからだが、次の学園の長期休みに合わせてやろうと思うんだ」
アレクシスの提案に、嬉しくなる。
「次は新年だけど、いいのっ?」
「ああ、それだけあれば、準備も十分できるだろうしな」
鷹揚に頷くアレクシスに後光が差して見えたのだが、アレクシスはちょっと気まずげにタネ明かししてくれた。
「実は、ライゼス様に提案してもらったんだ」
「ライゼスが?」
「長期休みに合わせたら、ソレイユちゃんも参加出来るからってさ」
「あー……ライゼス兄さんなら言いそう」
二男が納得しているが、わたしもそれには同意だ。
ライゼスはわたし以上にわたしのことを分かっている節があるからね。
三人で話をしていると、両親と兄姉が起きてきた。うるさくしちゃったかなと申し訳なくなったけど、そうでもなかったみたいだ。
「ソレイユ、本当に全部使い切ったのか」
用意したミルクを使い切ったわたしに、長兄が驚いた。
「バンディも作れるようになったんだよ」
ドヤと胸を張ると、二男がつまらなそうに訂正を入れてくる。
「俺は最後の一缶しかやってねえよ」
「一晩でできるようになったんだから、無茶苦茶凄いよ?」
ちょっとヒーリングライトを使って、無茶を通しちゃったけど。
「うっせえ」
「ソレイユと同じやり方でできたのでしょ? それは、凄いわよ」
長女にも手放しで褒められて、余計にうんざりした顔になる二男。
あれかなあ、反抗期かなあ。
あ、そうだ、早めに家族に伝えておいた方がいいことがあった。
「わたし、ライゼスと付き合うことになったよ」
わたしにその場にいた全員の視線が集中した。
全員(え、今更?)